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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第二部 履いても灰は残る

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160/163

灰の下と、何もなさ②

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第5部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 昼の風が止まっていた。


 宿の前に戻った。


 ミラの石と長屋の石を一つずつ鍛冶場まで運んでから。往き二度。帰り二度。石段を上って、下りて上って下りた。


 宿の戸口の脇の焼け残った柱。


 その向こうの焼け落ちた東の半分。


 リュカは柱の脇に立って、東の半分を見た。


 一階の東側。


 土間の東の奥。


 台所があった場所。


 二年前焼けてから五日目に梁の隙間から中を覗いた。壁に棚が三段。棚の上には何もなかった。上の段の端に割れた壺の底が一つ。


 あれから二年。


 落ちてきた梁は、何本か焼けた次の冬までに路地へ引き出された。焼けた板は冬の薪になった。


 残ったのは梁が三本。板が何枚か。手前の土間の東の半分の上は空だった。


 その下に灰があった。


 二年誰も掘らなかった灰。


 奥の台所の上にだけ傾いた二階がまだかぶさっていた。二階の床の東の端が斜めに下がってきていた。下がった端と灰の山のあいだに腰をかがめれば、入れるくらいの隙間があった。


 リュカは土間に入った。


 ヴェスナが竈の前で豆を選っていた。


 笊の中の豆。黒いのと割れたのを除けていた。


「……婆さん」


「なんだい」


「東の焼けたところ。掘っていいか」


 ヴェスナの指が止まった。


 豆を一粒摘まんだまま。


「何を探すんだい」


 リュカは少しのあいだ黙っていた。


「……何も」


 ヴェスナは豆を笊に戻した。


「何もないのを探すのかい」


「石を。柱の」


「ああ」


 ヴェスナはまた豆を選りはじめた。


「二階の床が下がってるよ。頭打つんじゃないよ」


「打たない」


「打つよ。あんた、背が伸びたんだから」


 ――背が伸びた。


 二年で伸びた。屋根裏の梯子を上るとき、三段目より上で頭を屈めるようになった。


 リュカは梁の下をくぐった。


 腰をかがめた。


 かがめたまま東の奥へ進んだ。


 暗かった。


 傾いた二階の床の裏側がすぐ頭の上にあった。焦げて黒くて、ところどころ割れていた。割れ目から昼の光が細く入ってきていた。


 足の下が柔らかかった。


 灰だった。


 踏むと沈んだ。沈んで靴の縁から灰が入ってきた。


 壁に棚があった。


 三段。


 二年前に梁の隙間から見た棚。焦げて黒く縮れた板。


 上の段の端に壺の底はなかった。


 落ちたのだろう。どこかに。


 棚の下にしゃがんだ。


 両手で灰を掻いた。


 灰は軽かった。掻くと舞い上がった。舞い上がって、割れ目からの細い光の中でゆっくり回った。


 息を止めた。


 止めて掻いた。


 焦げた板の切れ端。


 また板。


 板の下に硬いもの。


 指でつまんだ。


 鉄だった。


 平たい鉄。二枚が軸でつながっていた。


 蝶番。


 焼けて黒かった。指で曲げようとすると、軸のところでぽきりと折れた。


 ――焼けた鉄は脆い。


 釘と同じだった。


 台所の戸の蝶番だったのだろう。戸はなかった。戸の板はとうに薪になっていた。蝶番だけが灰の下に落ちていた。


 リュカは折れた蝶番を横に置いた。


 また掻いた。


 陶器の欠片。


 厚い。丸みがあった。外側に釉が少しだけ残っていた。


 ――水瓶。


 台所の隅にあった水瓶。


 三年、毎朝梯子を下りてから外に出る前に、柄杓で一杯だけ飲んだ。


 その水瓶の欠片だった。


 欠片はいくつもあった。拾って並べた。並べても瓶の形にはならなかった。足りない欠片が多すぎた。


 また掻いた。


 小さな塊が二つ。


 黒くて軽かった。指で押すと崩れた。崩れた中が少しだけ赤かった。


 ――火種石。


 割れて焼けて、崩れた火種石だった。


 二つ。


 ――棚に二つあった。焼けたのか割れたのか。探したけどなかった。


 焼けてから五日目にヴェスナがそう言った。


 あった。


 二年灰の下にあった。


 焼けて割れて、崩れてもう火は点かない形で。


 リュカは二つの塊を手のひらに載せた。


 載せたまままた片手で掻いた。


 灰。


 灰。


 指先が硬いものに当たった。


 平たい。


 大きい。


 灰を両手でどけた。


 石だった。


 平たい四角い石。膝の高さくらいの厚み。上の面が少しだけ窪んでいた。窪みの丸い形。


 ――水瓶の台。


 水瓶が毎朝載っていた石。


 窪みは瓶の底の形だった。何年も、載っていたから石が瓶の形に窪んだ。


 リュカは窪みに手を置いた。


 冷たかった。


 灰の下の冷たさだった。


 蝶番。水瓶の欠片。火種石の崩れた塊。水瓶の台の石。


 宿の物だった。


 全部宿の物だった。


 リュカは掻いた。


 台の石のまわりを。棚の下を。壁の根元を。


 掻いて掻いて指先が土に届いた。


 リュカの物はなかった。


 一つも。


 はじめからここにはなかった。


 リュカの物は全部屋根裏にあった。杭と投槍器と石の袋と。屋根裏は焼けなかった。焼けなかったから、灰の下にリュカの物は一つも落ちていなかった。


 落ちていないものは掘っても、出てこない。


 ――持ってきたものは何もない。


 てっぺんの段であの男にそう言った。


 ここにもなかった。


 持ってこなかったものは、焼けることもなかった。焼けなかったものは、灰の下に残ることもなかった。


 リュカは土に手のひらを置いた。


 ミラと同じように。


 ――掘らないと、何もないって、言えないでしょ。


 掘った。


 何もなかった。


 言えた。


---


 台の石は一人では動かなかった。


 リュカは火種石の塊を二つ手のひらに載せて、梁の下をくぐって戻った。


 灰が髪から落ちた。肩から落ちた。靴の縁からこぼれた。


 ヴェスナはまだ豆を選っていた。


 顔を上げた。


 灰まみれのリュカを見た。


「打たなかったかい頭」


「打たなかった」


「嘘だね。額が黒い」


 リュカは額に手をやった。


 煤が指についた。


 打ったのか灰がついただけなのか分からなかった。


 リュカは、手のひらをヴェスナの前に出した。


 黒い崩れた塊が二つ。


 ヴェスナは、少しのあいだそれを見ていた。


「……火種石かい」


「棚の下にあった」


「二つ」


「二つ」


 ヴェスナは笊を膝から下ろした。


 手のひらから塊を一つ摘まんだ。


 指で押した。


 崩れた。崩れた中の赤いところが少しだけ見えた。


「あったんだね」


 ヴェスナは言った。


「焼けたのか割れたのか。両方だったね」


 ヴェスナは、崩れた粉を指から払わなかった。


 もう一つの塊も摘まんだ。


 二つを竈の脇の棚に置いた。


 椀の隣に。


 捨てなかった。


 火はもう点かない。点かないものをヴェスナは、竈の脇に置いた。


「ほかには」


「蝶番。台所の戸の。折れた。水瓶の欠片。いくつか。それと水瓶の台の石」


「台の石」


「柱に使う」


 ヴェスナは少しだけ黙った。


「あの水瓶はね三十年あそこにあったんだよ」


 ヴェスナは言った。


「あんた、毎朝一杯だけ飲んでたね」


 リュカは何も言わなかった。


「梯子を下りて柄杓で一杯。二杯は飲まない。外に出る前に一杯だけ。三年」


「……見てたのか」


「見てなくても分かるよ。瓶の水の減り方で」


 ヴェスナは笊をまた膝に載せた。


 豆を一粒、摘まんだ。


「あんたの物は出てきたかい」


 リュカは答えなかった。


「出てこないよ」


 ヴェスナは言った。


 豆を選りながら。


「あんたの物は全部上にあったろ。屋根裏は焼けなかった」


「……焼けなかった」


「だから、ここにはないよ」


 ヴェスナは黒い豆を一つ除けた。


「来たときも何も持ってなかったよ」


 ――十二。


 ドランに連れられて、宿の屋根裏に上がったのは十二のときだった。


「ドランが連れてきてさ。荷運びの小僧だって。荷運びの小僧が荷を一つも、持ってなかった」


 ヴェスナは割れた豆を一つ除けた。


「その外套だって忘れ物さ。客が置いてった。取りに来なかった。だから、あんたに着せた」


 リュカは外套の裾を見た。


 灰で白かった。


 丈は合うようになっていた。二年前は裾が地面をこすっていた。今はこすらなかった。


 外套が縮んだのではなかった。


「何も持ってないのが来て」


 ヴェスナは言った。


「何も持ってないままいるんだよ。五年」


 ヴェスナは豆を選りおえた。


 笊を竈の縁に置いた。


「それでいいんだよ」


 それだけ言った。


 何がいいのかは言わなかった。


 リュカも訊かなかった。


---


 日が傾きはじめていた。


 リナンがネラの臼から戻ってきた。


 手が白かった。


 戸口の脇で焼け落ちた東の半分を見ていた。梁の下の掘り返された灰。灰の真ん中の平たい石。


「……掘ったんですか」


「掘った」


「何かありましたか」


「宿の物が」


「リュカの物は」


「ない」


 リナンは少しのあいだ黙っていた。


「わたしも掘るところがないです」


 リナンは言った。


「里の家は崖の上です。ここからずっと遠い。焼けてもいないです。たぶん。誰か別の子が住んでるかもしれない」


 リナンは自分の白い手を見た。


「持ってきたものは少しです。全部土間の西の隅にあります」


「……知ってる」


「知ってますよね」


 リナンは少しだけ笑った。


 リュカは梁の下をくぐった。


 台の石の片側に手をかけた。


 振り返った。


 リナンが梁の前に立っていた。


 翼を畳んで。


 畳みきれない左の翼の二つ目の節を少しだけ外に出して。


 リュカは何も言わなかった。


 台の石の反対側を顎で示した。


 リナンは少しだけ黙った。


 それから、腰をかがめて、梁の下に入ってきた。


 左の翼の先が梁に擦れた。


 擦れたまま入ってきた。


 台の石の反対側に白い手をかけた。


「……重いです」


「重い」


「材木とどっちが」


「こっちのほうが短い」


 リナンは少しだけ笑った。


 二人で持ち上げた。


 六日前の材木と同じだった。前の端と後ろの端。荷運びが二人なら木札は一枚。二人で一つ担いだら一つぶん。


 日当は出ない荷だった。


 梁の下を出た。


 路地を歩いた。


 石段を上った。


 四十二段の途中まで。


 広くなったところで下ろした。


---


 鍛冶場の前に石が並んでいた。


 段の脇に一列。


 トトが並べたのだった。並べながら、一つずつ言ったのだろう。


 リュカは数えた。


 長屋の西の端。長屋の二軒目。長屋の真ん中。坂の下から三軒目。薬房。長屋の三つと半分の拳の石。


 六つ。


 トトが戸口から出てきた。


 リュカとリナンのあいだの平たい石を見た。


「……どこのだ」


 トトは言った。


 リュカは少しのあいだ黙っていた。


 自分の、と言う石ではなかった。


 自分の家の、と言える家もなかった。


「……宿の」


 リュカは言った。


「宿の台所の。水瓶の台」


 トトは石の上の面の窪みを見た。


 丸い窪み。


「竈の石じゃねえな」


「竈じゃない」


「火に慣れてねえ」


 トトは窪みに指を置いた。


「でも、平てえ。下に据えるのにいい。いちばん下だ。火が当たらねえところ。上に全部、載る」


 トトは立ち上がった。


「宿の台所の水瓶の台」


 トトはもう一度言った。


 覚えるように。


「いちばん下だ」


 リナンが石から手を離した。


 白い手に煤がついていた。


 柄杓の子が石段の上から下りてきた。


 並んだ石を端から端まで拳で測っていった。


「七つ」


 柄杓の子は言った。


「七つだ」


 トトが言った。


 七つ。


 煙の柱にいくつ要るのかは、まだ誰も数えていなかった。


 石段の上からもう一つ足音が下りてきた。


 柄杓の子の祖父だった。


 鑿を一本手に持っていた。二日前に柄杓の子が持ってきて、トトが鍛冶場の壁に穴を三つ開けた鑿。


 祖父は段の脇の七つの石を見た。


 端から順に。


 三つと半分の拳の石の前で止まった。


「……これは長屋の西から四軒目だ」


 祖父は言った。


 それから名を言った。


 リュカの知らない名だった。


「焼けた次の年に上へ行った。戻ってこん。名を言う者がおらんのなら、わしが言う」


 柄杓の子が祖父の顔を見上げた。


「じいちゃん知ってたの」


「知っとる。おまえが小さかっただけだ」


 祖父は鑿をトトに差し出した。


「積むなら石の面を合わせにゃならん。焼けた石は面が狂っとる。そのまま積むと三つ目で傾く」


 トトは鑿を見た。


 受け取った。


「……借りる」


「貸すんじゃない。置いていく。わしの手はもう鑿を真っ直ぐ打てん」


 祖父は自分の右手を見た。


 節が太かった。指が少しだけ曲がったまま、伸びなかった。


「わしの家の竈はまだ使っとる。石はやれん」


 祖父は言った。


「鑿ならやれる」


 リュカは七つの石を見た。


 ――石を出せる家は誰もいない家だった。


 竈の煙が上がる家は、竈の石を出せなかった。竈の石を出せるのは、竈の火が消えた家だけだった。


 出せる家の者はここにいなかった。いない者の石をいる者が運んで、いる者が名を言った。


 リュカの家の石はなかった。


 リュカはいなくなっていなかったから。


 ――いるからない。


 そういうないもあった。


 祖父は柄杓の子の頭に手を置いた。


「帰るぞ」


「おれ明日も測る」


「測れ」


 二人は石段を上がっていった。


---


 日が隠れた。


 石段の上の屋根のない家々の向こうに。


 リュカは段の脇にしゃがんでいた。


 七つの石の隣。


 杭は刺していなかった。糸も結んでいなかった。


 頬で数えた。


 影が石段を上から下りてきた。


 頬に風が当たっていた。下から。弱い。


 ――日が傾くと少し下から。


 百。


 頬から風が消えた。


 止まった。


 しばらく何も来なかった。


 それから額に来た。


 上から。


 ――百で上から。


 きのうと同じだった。


 夕方に逆になるのは三日目だった。百を数えたのは二日目だった。二日同じだった。


 リュカは立ち上がった。


 鍛冶場の戸口の中から炉の口が見えた。


 積み直した口。石段の下のほうを向いている口。


 今、火が入っていたら、また吹き返していた。


 ――柱が立てば。


 上から来る風より高く煙の口があれば。


 リュカは七つの石を見下ろした。


 いちばん下に水瓶の台。


 その上に薬房の竈。長屋の竈。坂の家の竈。


 積んでも背丈に届かなかった。


 石段の上の家の屋根より高く。そこまで積むのに、石がいくつ要るのか。


 リュカは数えなかった。


 数えるにはまだ足りなかった。石の大きさも、柱の太さもまだ決まっていなかった。決まっていないものは数えられない。


 数えられないものは積むしかなかった。


---


 屋根裏で横になった。


 三段目が鳴った。鳴ってから上がった。


 板の隙間に指を当てた。


 上から。弱い。


 夜の風だった。


 明ける前に、一度止まって、三百で下から。


 一日の輪。


 リュカは指を隙間から離した。


 数えた。


 膠、四十。石の箱の中。一つ目が済んだ。


 柱の石七つ。いちばん下に水瓶の台。


 炉。釘。屋根。


 二百十四。自分の金。


 五十二。街の金。ドランの布の袋の中。


 ――持ってきたものは何もない。


 灰の下にもなかった。


 はじめからなかった。


 何もないところから数えるしかなかった。


 何もないところに膠が四十。石が七つ。


 何もないは零ではなかった。


 零からは数えはじめられる。


 リュカは目を閉じた。


 目を閉じても、数えるものはあった。


 ――籠はあと十二日。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在5部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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