灰の下と、何もなさ①
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第5部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
屋根裏の板の隙間に指を当てた。
まだ暗かった。
風が来ていた。
弱い。上から。
――夜の風。
ゆうべ、横になってからもう一度起きて、同じところに指を当てた。上からだった。夜のあいだずっと上からなのか。どこかで下からに変わるのか。
それをまだ数えていなかった。
リュカは梯子を下りた。
三段目が鳴った。
土間は暗かった。竈の口に火はなかった。ヴェスナはまだ起きていなかった。日が昇る前に起きる人がまだ起きていない。それくらい早かった。
戸口の焼け残った柱の脇を抜けた。
路地は黒かった。
空き地まで歩いた。
石垣の根元にきのうの杭が刺さったままだった。頭にミラの糸。
糸は見えなかった。
しゃがんで顔を近づけた。
見えた。
糸は下へなびいていた。
――上から。
まだ夜の風だった。
リュカは石垣に背中を預けた。
数えた。
百。二百。
空は黒かった。路地のどの家にも灯りはなかった。
千。
糸は下へなびいたままだった。
千五百。
糸の先が垂れた。
垂れて動かなくなった。
――止まった。
昼と同じだった。風がどちらでもなくなった。
リュカは数えつづけた。
百。二百。
空のいちばん下のほうが少しだけ黒くなくなった。黒が灰色になりかけていた。
三百。
糸が揺れた。
揺れて上へなびいた。
――下から。
日はまだ出ていなかった。
日が出る前に、風は下からに変わった。
リュカは膝の上で指を折った。
朝、下から。日が出ると弱くなる。昼に止まる。日が傾くと少し下から。日が隠れて百で止まって上から。夜は上から。明ける前に、一度止まって、三百で下から。
――輪。
一日の風が一つの輪になった。
数えていないところはもうなかった。
一日ぶんは。
明日も、同じかどうかはまだ数えていなかった。
リュカは杭を抜いた。
糸をほどいて懐に入れた。
杭を袋に戻した。
東の空が灰色から白になりかけていた。
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詰所の前でドランが硬貨を数えていた。
「きのうの二つ」
二十。
百九十四に二十。
二百十四。
リュカは受け取って袋に入れた。
ドランは、それから工具箱の横の布の袋を取った。
口をほどいた。
硬貨を出した。
十ずつ山にした。
四つ。
「四十」
ドランは言った。
「膠のぶんだ。坊主が数えて払え」
リュカは四つの山を見た。
自分の袋とは別にして、懐の反対側に入れた。
右と左。
自分の金と街の金。
「欠片を数えてから払え。四十、全部。欠けてるのが混じってたら、欠けてると言え」
「……言う」
「言えるか」
「言える」
ドランは布の袋の口を縛った。
「五十二」
残りを言った。
言って袋を工具箱の横に戻した。
「次は柱だ。柱は金が要らねえ」
「……石は焼け跡にある」
「ある。運ぶのは手だ。手は金が要らねえ」
ドランは荷札を取った。
「金の要らねえ仕事がいちばん長え」
ドランはそう言って、荷札をリュカに渡した。
「今日は下りが一つだ。上からはねえ」
一つ。
日当は十。
十の荷を一つ担いで、四十の金を懐に入れて下りる。
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籠の中で白を数えた。
一人で数えた。
二十三。
リナンと二人で数えたときと同じ数だった。一人でも二人でも、白は二十三だった。
受け渡し場でバルが荷札を数えていた。
「兄ちゃんか」
「はい」
「足は」
「ついてます」
「ならいい」
荷を台に下ろした。
バルが荷札に印を押した。
リュカは台の前を離れかけて止まった。
「……膠を買いに行きます」
バルは顔を上げなかった。
「四十か」
「四十」
「ならいい」
バルはそれだけ言った。
下の市へ歩いた。三十歩。
金物の台の前を通った。短い釘。長い釘。蝶番。値札の数は、六日前と変わっていなかった。
隣の革の台で女が量りの皿を拭いていた。
台の端に黒い小さな塊が並んでいた。
女はリュカを見た。
見て皿を拭く手を止めた。
「溶けたかい」
リュカは少しだけ黙った。
「……半分、溶けた。半分溶けなかった」
「溶けなかったのは」
「火が足りなかった」
リュカは言った。
「夕方に風が逆になった。炉の煙が吹き返した。火が細くなった。鍋が冷えた。冷えて溶けきらないまま固まった」
女は何も言わなかった。
「風は朝は下から。昼に止まる。日が隠れて百で上から。夜は上から。明ける前に、止まって三百で下から」
言ってからリュカは口を閉じた。
訊かれていないことまで言った。
女は量りの皿を台に置いた。
「数えてきたね」
それだけ言った。
「四十かい」
「四十」
女は塊を一つずつ指で摘まんで、皿に載せた。
リュカは数えた。
一。二。三。
女の指が一つ止まった。
摘まんだ欠片を台に戻した。端が欠けていた。
別の欠片を摘まんだ。
リュカは何も言わなかった。
欠けていると言う前に、女が戻した。
三十九。四十。
女は布を広げて、四十の欠片を包んだ。
包んで紐で縛った。
「四十シャルド」
リュカは懐の左の側から硬貨を出した。
十ずつ四つ。
台に置いた。
女は数えなかった。
山の高さを見ただけだった。
「次に溶けなかったら」
女は包みをリュカの手のひらに置いた。
「また数えてから来な」
包みは重かった。
一欠片のときよりずっと重かった。
四十倍とは思わなかった。手のひらは四十倍を数えなかった。ただ重かった。
懐の左の側が空になった。
右の側の二百十四はそのままだった。
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昼過ぎの籠で上がった。
包みを両手で持っていた。
坂を下りた。
石段を途中まで下りた。
鍛冶場の前の広くなったところに石が三つ並んでいた。
焼け跡の石だった。黒い。煤で黒い。煤の下の石の肌がところどころ赤っぽく変わっていた。
トトが戸口から出てきた。
四つ目の石を抱えていた。
抱えたまま、リュカの手の包みを見た。
「……四十か」
「四十」
トトは石を段の脇に下ろした。
三つの石の隣に。
下ろして手の煤を膝で拭いた。
それから、包みを受け取った。
両手で。
受け取って、少しのあいだ持っていた。
重さを確かめているようだった。
「一つずつ数えて買った。欠けてたのは向こうが戻した」
「そうか」
トトは包みを持ったまま、鍛冶場の中へ入った。
リュカも入った。
炉の脇に焼けなかった石の箱があった。
蓋を開けた。
杭が並んでいた。二十三本。預かりの杭。その横に柄杓の子の釘。三十七本のうち折れずにいるのは三十五本。折れた半分が二つ。
トトは杭の反対側に包みを置いた。
蓋を閉めた。
「膠」
トトは言った。
蓋の上に手を置いたまま。
「一つ目だ」
――膠。柱。炉。釘。屋根。
一つ目が済んだ。
済んだのに、何も変わっていなかった。炉は冷たかった。屋根はなかった。鞴の継ぎ目はまだ固まっていなかった。
変わったのは石の箱の中だけだった。
トトは蓋から手を離した。
「柱の石を集めてる」
「……見た。四つ」
「竈の石だ。焼け跡の」
トトは、戸口の外の四つの石を顎で示した。
「こっちから言う。あれは長屋の西の端の家の竈だ。あれは長屋の二軒目。あれは長屋の真ん中の」
トトは少しだけ黙った。
「四つ目はまだ言ってねえ。まだ誰のか確かめてねえ。たぶん坂の下から三軒目だ」
リュカは四つの石を見た。
どれも同じように黒かった。
同じように、黒い石をトトは一つずつ違う名で呼んだ。
「坊主」
「……」
「お前の家の石は」
リュカは答えなかった。
トトは待った。
待ってから自分で言った。
「屋根裏に竈はねえな」
「……ない」
「焼けてもねえな」
「焼けてない」
屋根裏は焼けなかった。
焼けた次の日の夜。梯子を上がると、杭の袋が壁際にあった。投槍器もその横に。四十本。数え終えてから数えたことに気づいた。
焼けなかった。
焼けなかったから、掘るところがなかった。
トトはそれ以上何も言わなかった。
戸口の外に出ていった。
次の石を取りに。
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薬房の焼け跡でミラがしゃがんでいた。
土台の石の内側。焼け跡の奥の隅。
灰を手で掻き出していた。
草の束は土台の石の上に並んでいた。九つ。きのうと同じ数だった。
「……ミラ」
「来たの」
ミラは顔を上げなかった。
掻き出した灰の下から石の角が出ていた。黒い角。
「竈よ。うちの」
ミラは言った。
「薬を煮る竈。母が使ってた。わたしも使ってた」
ミラは石の角に指をかけた。
引いた。
動かなかった。
リュカは横にしゃがんだ。
石の反対側の角に指をかけた。
「せえの、は言わないわよ」
「……言わなくていい」
ミラが引いた。
リュカも引いた。
石が灰の中から浮いた。
浮いて二人の手の上に載った。
膝の上に下ろした。
両手で抱えるくらいの石だった。煤が厚かった。煤の下にひびが一本走っていた。
「割れてないわね」
「割れてない」
「ひびはあるけど」
「ひびはある」
ミラは石のひびを指でなぞった。
「最後でいいって言ったけど」
ミラは言った。
「石は先でいいの。薬房が最後でも、薬房の石は先に行ける」
リュカは何も言わなかった。
ミラは石を膝から地面に下ろした。
それから、石の下にあった灰をもう一度掻いた。
灰。
灰の下も灰だった。
掻いて掻いて指先が土に届いた。
何もなかった。
壺の欠片もなかった。瓶の口もなかった。
「二年前に全部、見たのよ」
ミラは、土に手のひらを置いたまま言った。
「床下の油が最後だった。あれで全部」
――母親が床下に分けてしまってた分。
焼けてから五日目にミラは、床下から油の瓶を出した。宿の土間で豆と一緒に皆で食べた。
「分かってて掘ったの」
「……分かってて」
「分かってても掘るのよ」
ミラは手を土から離した。
手のひらが黒かった。
「掘らないと、何もないって、言えないでしょ」
ミラは黒い手を前掛けで拭いた。拭いても黒いままだった。
「この石トトに持ってって。薬房の竈だって。母のだって」
「……母の」
「わたしのでもあるけど。先に使ってたのは母だから」
ミラは立ち上がった。
土台の石の上の九つの束を見た。
「誰のって言うなら、先に使ってた人の名がいいわ」
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焼け跡は路地の両側にあった。
リュカはミラの竈の石を抱えて歩いた。
重かった。
膠の包みよりずっと。
路地を歩きながら数えた。
二十三軒。
焼ける前に、この路地に肩を寄せて建っていた家の数。
今、竈の煙が上がる家は六つ。
二十三から六。
十七。
十七のうち屋根を半分でも、葺き直した家がいくつか。壁だけ残った家がいくつか。土台だけの家がいくつか。
土台だけの家の土台の内側は灰だった。
二年誰も掘らなかった灰。
釘は拾い尽くした。ドランがそう言った。灰の上に出ていた釘は、焼けた次の年までに全部誰かが拾った。
でも、灰の下は誰も掘らなかった。
灰の下にあるのは竈の石だった。竈の石は重い。重いものは売れない。売れないものは誰も掘らない。
だから残っていた。
――何もない。
何もないから残っていた。
路地の真ん中あたりで柄杓の子がしゃがんでいた。
空き地のほうの長屋の黒い山の端。
両手の拳を石に当てていた。
「兄ちゃん」
柄杓の子は顔を上げた。
「これ拳、四つ。こっちは三つと半分」
黒い石が二つ並んでいた。灰の山から半分掘り出してあった。
「鍛冶屋の兄ちゃんが測っとけって」
「……測ったのか」
「測った。四つのは重い。おれじゃ持てない。三つと半分のは持てる。たぶん」
柄杓の子は、三つと半分の石に両手をかけた。
持ち上げた。
膝まで上がった。
膝の上で止まった。
腕が震えた。
リュカはミラの石を地面に下ろした。
三つと半分の石の下に手を入れた。
「……持てる」
「持てる。今は」
柄杓の子は少しだけ黙った。
それから言った。
「これ誰の家の」
リュカは答えられなかった。
長屋の黒い山。どの家のどこの竈だったのか。焼ける前の長屋を三年、毎日、見ていた。見ていたのは、屋根と軒と物干し綱だった。中の竈は見ていなかった。
「トトに訊く」
「鍛冶屋の兄ちゃんは知ってる」
「知ってる」
「なんで知ってるの」
「……全部覚えてるって言ってた」
柄杓の子は石を見た。
「おれ覚えてない」
「……」
「おれのじいちゃんの家の前の家。焼ける前は誰がいたのか。じいちゃんは知ってる。おれは知らない。小さかった」
柄杓の子は膝の上の石を見下ろした。
「知らない家の石運んでいいの」
リュカは少しのあいだ黙っていた。
黙ってそれから言った。
「トトが言う。誰のか。運ぶのは手だ」
「手」
「手は知らなくていい」
柄杓の子は自分の手を見た。
それから、石を抱え直した。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在5部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
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