柱と、順番②
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第5部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
日が傾いた。
リュカは空き地の石垣の根元に戻った。
杭の頭のミラの糸。
昼に石段の糸が垂れていたあいだ空き地の糸も、垂れていたのだろう。今は少しだけ揺れていた。
揺れて上へ。
揺れて垂れて。
日が屋根のない家々の向こうに隠れた。
影が空き地に入ってきた。
糸が垂れた。
垂れたまま、少しのあいだ動かなかった。
百。
それから。
下へなびいた。
――下へ。
日が隠れてから百。
百で風は逆になった。
リュカは数えた。
朝は下から。二千と少しずっと。日が出ると弱くなる。昼に止まる。三百で少し揺れてまた止まる。日が傾くとまた少し下から。日が隠れて百で垂れて逆になる。上から。
――一日。
一日の風を数えた。
一度ではなかった。
きのうの朝と夕方。今日の朝と昼と夕方。
数えたものを数えた順に並べた。
並べると輪になった。
朝、下から。夕方、上から。夜のあいだにどこかでまた下からになるはずだった。
夜の風はまだ数えていなかった。
数えていないところが輪の中に一つあった。
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日が落ちてから宿の土間に人が集まった。
椀は足りなかった。
ヴェスナは椀を出さなかった。湯だけ鍋に沸かした。飲みたい者は、自分の椀を持ってきていた。
リュカは土間の西の隅の近くに立った。リナンが毛布の上に座っていた。
数えた。
ドラン。トト。ヴェスナ。イサ。ミラ。ネラ。カイの女房。坂の家の爺さん。柄杓の子とその祖父。粉を壺でもらいに来る年寄り。麻袋をいつも担いでいる男。名前を知らない顔がほかに八つ。
二十と少し。
名をつけた夜より少なかった。
二年前は三十一。今は二十八。二十八のうち二十と少しが土間にいた。
赤子を抱いた女が戸口の近くに立っていた。赤子は眠っていた。
ドランが竈の前に立った。
工具を腰から外して、竈の縁に置いた。
「籠はあと十三日だ」
ドランは言った。
前置きはしなかった。
「六日で取り分が九十二。荷ははじめのうちが多い。上に二年ぶん溜まってたからな。あとは減る。今日のとあと十三日でたぶん百と少し。合わせて二百ばかりだ」
誰も何も言わなかった。
「二百で何を買うか」
ドランは土間を見回した。
「籠が止まったら、下には買いに行けねえ。上にも行けねえ。買うなら十三日のうちだ」
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「鍛冶場が先だ」
トトが言った。
竈の反対側の壁際から。
「炉に火が入りゃ鉄が打てる。鉄が打てりゃ釘ができる。蝶番ができる。鍋の取っ手も直せる」
「入るのかい火」
ネラが言った。
「きのう、入ったのは見たよ。それから消えたのも」
「入った」
トトは言った。
「消えた。風が逆になって」
「じゃあまた消えるじゃないか」
「柱を立てる。煙の柱だ。高く積めば消えにくくなる」
「なりにくくかい」
「……たぶんだ」
ネラは何も言わなかった。
カイの女房が言った。
「屋根のない宿に誰が泊まるんだい」
ヴェスナのほうを見ずに。
「上から誰かが下りてきたとして。泊まるところがないじゃないか。この土間と屋根の半分しか」
「泊まれるよ」
ヴェスナが言った。
鍋の湯を柄杓でまわしながら。
「二年泊まってる。この子らが」
ヴェスナはリナンのほうを顎で示した。
それから、梁の上のセイルを。
「屋根がなくても宿は宿だよ」
「冬は」
イサが言った。
膝の上で手を組んだまま。
「冬はどうするんだい。宿の屋根も、鍛冶場の火も冬は待ってくれないよ」
「冬のぶんは」
ヴェスナが言った。
「先に数えなって、この子には言ってある」
ヴェスナはリュカを見なかった。
見なかったが土間の何人かがリュカのほうを見た。
「麦も要るよ」
ネラが言った。
「麦があれば粉ができる。粉があればパンが焼ける。冬にパンがあれば、豆より長く持つ」
「麦は上で売った粉の金でまた下ろすって、言ってたろ」
ドランが言った。
「言った。でも、足りないよ。一袋じゃ」
戸口の近くで赤子を抱いた女が言った。
小さな声だった。
「……この子の冬は」
土間が少しだけ静かになった。
女は赤子の顔を見ていた。
「うちの屋根は半分葺き直したけど、残りの半分から雪が入るの。去年はわたしとこの人だけだったから、半分のほうで寝られた」
この人と言って、女は隣の男を見た。男は何も言わなかった。
「今年は三人」
女はそれだけ言った。
誰もすぐには答えなかった。
ヴェスナが柄杓を止めた。
「うちの屋根の残ってる半分に来な」
ヴェスナは言った。
「土間の竈の近く。冬のあいだ。三人くらい入るよ」
女はヴェスナを見た。
「……泊まり賃は」
「宿の客じゃないよ。冬のあいだ竈の近くにいるだけさ」
ヴェスナはまた柄杓をまわした。
「出ていける者が泊まっているうちは宿だよ。出ていけない者がいるうちは竈だよ」
声が重なった。
鍛冶場。屋根。冬。麦。
誰も間違ったことを言っていなかった。
間違っていないことが重なって、土間が少しだけうるさくなった。
セイルが梁の上で首を傾げた。
それから言った。
「……冬は」
イサの声だった。
土間が少しだけ静かになった。
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坂の家の爺さんが杖を土間についた。
「結界の柱は」
爺さんは言った。
低い声だった。
「東の外れの柱は。あれが立たにゃ何を建てても、また焼けるだろう」
誰も答えなかった。
東の外れには、柱の下のほうだけが残っていた。背丈ほどの高さで折れたまま。折れた上の半分は、焼けた夜に摩天楼の壁へ倒れこんだ。
「……聖石がなきゃ立たねえ」
ドランが言った。
「結界は聖石が元だって聞いてる。元が一つ抜けりゃ端から割れる。ここは端の端だ」
ドランはそれから少しだけ黙った。
「抜けたのか何なのか上は何も言ってこねえ。二年言ってこねえ」
「じゃあ立たないのかい」
「二百じゃ立たねえ。二百万でも立たねえ」
爺さんは杖を握ったまま黙った。
黙ってそれから言った。
「……倅が上で何とかしとるかもしれん」
誰も何も言わなかった。
爺さんの倅が二十年下りてこないことを知らない者は、土間にいなかった。
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「坊主」
ドランが言った。
「数を持ってきたか」
土間の顔がこちらを向いた。
二十と少し。
リュカは少しだけ黙った。
二年前この街に名前がついた夜。リュカはニヒロと言った。決めたのではなかった。言っただけだった。言ったら名前になった。
今夜は名前ではなかった。
数だった。
数なら持っていた。
「……膠は四十」
リュカは言った。
「下の市の革の台で一欠片、一。鍋に一杯で四十。籠が止まったら買いに行けない」
トトがこちらを見ていた。
「釘は屋根に二百。短いので四百。四百は二百では買えない」
ヴェスナは鍋をまわしていた。
「炉に火が入れば釘は作れる。柄杓の子が拾った釘が三十七本。二本、折れた。折れてないのが三十五本。焼けて脆い。きのうも焼き直して折れた。火が足りなかった。灰も足りなかった。火と灰が足りれば使える。たぶん」
柄杓の子が戸口の近くで背を伸ばした。
「膠がないと、鞴の継ぎ目が固まらない。鞴がなくても火は起きる。きのう起きた。でも、夕方に風が逆になる」
リュカは続けた。
「今日、一日、数えた。朝は下から。二千と少し。昼に止まる。日が隠れて百で上からになる。朝は二日同じだった」
トトの手が膝の上で少しだけ動いた。
「上から来る風より高く煙の柱を積めばたぶん煙は抜ける。石は焼け跡にある」
リュカは息を吸った。
「屋根は桶で冬を越せる。二年、越した。桶は一つ漏ってる」
土間が静かだった。
「順番は」
リュカは言った。
「膠。柱。炉。釘。屋根」
それから、もう一つ言った。
「冬の豆は俺の日当で買う。二百は使わない」
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誰もすぐには何も言わなかった。
ヴェスナが柄杓を止めた。
止めてそれから言った。
「桶を一つ足しとくれ」
それだけだった。
反対はしなかった。
イサが膝の上で組んだ手をほどいた。
「……数えてたんだね」
イサは言った。
誰にとは言わなかった。
ネラが言った。
「麦は」
「麦は粉の金で下ろす」
リュカは言った。
「粉を上で売って麦を下ろす。籠が動くうちはそれで回る。冬は回らない」
「冬は回らないね」
「回らない」
ネラは少しだけ笑った。
「正直だねあんた」
カイの女房は何も言わなかった。
言わずにヴェスナの鍋の湯を自分の椀にすくった。
ドランが竈の縁の工具を取った。
「膠、四十。柱の石は焼け跡から。炉と釘は冬のあいだにトトと坊主で。屋根はそのあとだ」
ドランは工具を腰に差した。
「異論は」
誰も言わなかった。
「なら、そうする」
ドランは土間を見回した。
「金は俺が預かる。膠は坊主が下りるときに、買ってこい。四十、全部、一度に」
「……一度に」
「試すのはもう済んだろ」
ドランはそう言って、口の端を少しだけ動かした。
ミラは最後まで何も言わなかった。
訊かれなかったので、言わなかった。
薬房のことは誰も口にしなかった。
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人が帰っていった。
帰っていく背中の何人かが口の中で何かを繰り返していた。
膠。柱。炉。釘。屋根。
トトが戸口で止まった。
「坊主」
「……」
「柱は誰の家の石で積む」
リュカは答えなかった。
トトも答えを待っていなかった。
「俺は全部、覚えてる。誰の家のどこの石か」
トトはそう言って、戸口の柱に手を置いた。
ヴェスナの柱。リュカが出ていくときに触れた柱。
「積むときに言うよ。一つずつ。誰の家のだか」
「……言うのか」
「言う。言わねえとただの石になる」
トトは柱から手を離した。
戸口の外に柄杓の子が立っていた。
祖父の袖を握っていた。
「膠、柱、炉、釘、屋根」
柄杓の子は指を折りながら言った。
「五つ」
「五つだ」
トトが言った。
「おれ柱の石運べるよ」
「運べるのか」
「拳で測れるよ」
トトは少しだけ笑った。
笑って柄杓の子の頭に手を置いた。
置いてそれから石段のほうへ歩いていった。
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トトのあとを追った。
石段を上る前に、トトは広場の端で止まっていた。
東のほうを見ていた。
「……見るか」
トトが言った。
リュカは頷いた。
二人で広場を東へ抜けた。横丁を一本、二本。焼けた家の土台が並ぶところ。
街の東の外れ。
柱が立っていた。
背丈ほどの高さで折れていた。四角く積んだ黒い石の柱。折れ口がぎざぎざに空を向いていた。
上の半分はなかった。
焼けた夜に途中で折れて、斜めに倒れて、摩天楼の壁に食いこんだ。壁ごと剥がれて、三番街の屋根の上に落ちてきた。剥がれたところは穴になって、今も外の空が見えた。
リュカは残った柱の根元に手を置いた。
冷たかった。
夜の石の冷たさだった。
「三年、毎日この下を通った」
リュカは言った。
「結界は、整備の日に空が光るときしか見えなかった。柱だけ毎日、見てた」
「俺もだ」
トトは折れ口を見上げていた。
「年に一度か二度、光った。整備のときに。光ると親方が今日は結界の日だって言った。それだけだ」
トトは柱に触らなかった。
「この石は積まねえ」
「……積まない」
「煙の柱には使わねえ。これはこれでここに残しとく」
トトはそう言って、少しだけ黙った。
「いつか、誰かがこの上に継ぐかもしれねえ。下の半分がなきゃ継げねえ」
「聖石がなきゃ」
「聖石がなきゃ立たねえ。ドランが言った」
トトは背を向けた。
「でも、これは残しとく」
リュカは柱から手を離した。
手のひらに冷たさが残った。
右の手のひらの線の冷たさとは違う冷たさだった。
二人で広場へ戻った。
戻る途中でトトが言った。
「柱の石は焼け跡の竈の石から積む」
「竈の石」
「竈の石は火に慣れてる。焼けても割れねえ」
トトはそう言って、石段を上がっていった。
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屋根裏で横になった。
数えた。
膠、四十。柱。炉。釘。屋根。冬の豆。
百九十四から冬の豆。
一日の風。
朝、下から。二千と少し。昼、止まる。日が隠れて百で上から。
夜の風はまだ数えていなかった。
リュカは起き上がった。
板の隙間に指を当てた。
隙間から風が来ていた。
弱い。
上からだった。
――夜も上から。
明け方にいつ下からに変わるのか。
それはまだ数えていなかった。
明日の朝数える。
数えていないところが一つずつ減っていく。
リュカはまた横になった。
――籠はあと十三日。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在5部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
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