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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 油の匂い、朝の匂い

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16/161

四人と、ひとつの街 ①

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


今はまだ第1部1章で、まだ物語の序章ですので大きな変化が見られるのをこうご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 ルフが病気になった。


 正確には、病気かどうか分からなかった。


 朝、軒下から出てこなかった。


 リュカは杭の袋を担いだまま、しばらく待った。いつもなら足音で出てくる。梯子を降りる音を聞き分けているらしく、彼が地面に降りる前にはもう軒下から顔を出している。


 今朝は出てこなかった。


 覗き込むと、奥のほうで丸くなっていた。


「ルフ」


 名を呼んでも動かない。


 名がついてから、呼べば必ず反応した。耳のあたりが動いて、こちらを見る。それだけの反応だが、毎回あった。


 今朝はなかった。


 リュカは軒下に入った。頭がつかえるので、四つん這いになる。奥まで進んで、手を伸ばした。


 鱗に触れる。腹が上下していた。生きている。


「起きろ」


 目が開いた。


 だがすぐ閉じた。開けているのが辛い、という閉じ方だった。


 彼は昨日置いた石を見た。三つ置いて、二つ残っている。一つは食べたらしい。


 その二つを、鼻先に寄せてみた。


 匂いを嗅いで、顔を背けた。


「昨日は食べたのか」


「食べてました」


 リナンが軒下を覗き込んでいた。翼が邪魔で、うまく屈めていない。


「夕方、わたしが見たときは。三つくらい」


「今朝から?」


「たぶん」


 リュカはしゃがんで、鱗に触れた。


 冷たい。もともと冷たい生き物なのかもしれない。比べる相手がいないので分からない。


 ――どうすればいい。


 獣の医者がいるとは聞いたことがない。この街には人の医者もいない。


「薬房」


 リナンが言った。


 リュカは彼女を見た。


「開いてるのか」


「朝から開いてます。夕方に閉めるまで」


「知ってるのか」


「使いで、何度か」


 彼女は軒下を覗き込んだままだった。


「あの、わたしが行きましょうか」


「なんで」


「リュカくん、仕事があるので」


 リュカは詰所のほうを見た。


 昇降機は動いている。今日も荷がある。行かなければ日当が入らない。四十シャルド。それがなければ杭も買えないし、火種石も買えない。


 彼は杭の袋を、軒下の脇に置いた。


 撃っていない。四十本のうち一本も。


 三年、毎朝やってきた。雨の日も、街が騒がしい日も、指を切った日もやった。やらなかった日は思い出せない。


 ――今日は、なしだ。


 置いた袋を、彼は振り返らなかった。


「一緒に行く」


「でも」


「ドランさんには言う」


「怒られませんか」


「怒られる」


 リュカは軒下に手を入れて、ルフを布ごと包んだ。


 抵抗しなかった。それが逆に不安だった。


「行きましょう」


---


 詰所に寄った。


 ドランは籠の下にいた。いつも通りだ。


「今日、遅れます」


 油まみれの手が突き出て、止まった。


「なんでだ」


「軒下のが、動かなくて」


 男が這い出てきた。布の包みを見て、それから中を覗いた。


「……ああ」


「薬房に行きます」


「行け」


 即答だった。


「怒らないんですか」


「怒ってどうなる」


 ドランは工具箱の蓋を閉めた。


「荷は昼まで待つ。上の連中も、そんなに急いじゃいねえ」


「でも」


「坊主」


 男は彼を見た。


「日当は減る。それだけだ。怒られるより痛いだろ」


「……はい」


「行け」


 リュカは頭を下げた。


 坂を下りながら、計算した。半日ぶんなら二十シャルド。杭が四本ぶん。


 だが数えるのをやめた。


 数えると、行かない理由が見つかりそうだった。


---


 薬房は三番街の外れにあった。


 二階建ての一階で、間口が狭い。看板は出ていない。戸口の脇に薬草を干す棚があって、それが目印になっている。


 リュカは前を通ったことはあったが、入ったことはなかった。三年、一度も。


 怪我をしたことはある。杭で指を切ったことも、荷を落として足を打ったことも。だが薬を買う金が惜しかった。


 戸を開けると、匂いが押し寄せてきた。


 苦い匂い。乾いた草と、何かを煮詰めた匂い。それから、酢のような酸っぱい匂いが混じっている。


 中は思ったより暗かった。窓が一つしかない。天井まで棚が組んであって、光を遮っている。


 棚には壺と、瓶と、束ねた草。壺には字が書いてあるが、リュカには読めない字だった。数字でもない、記号のようなものだ。


 土間の中央に台がある。作業台らしい。乳鉢が三つ、大きさ違いで並んでいた。


「いらっしゃい」


 奥から声がした。


 若い女だ。リュカより二つか三つ上に見える。


 前掛けが薬草の汁で緑に染まっていた。洗って落ちなかった色だ。袖をまくった腕に乳鉢を抱えていて、その手も指の付け根まで緑がかっている。


 髪を後ろで一つに束ねている。作業のためだろう。ほつれた分は気にしていない。


「あ、リナン。おはよう」


「おはようございます」


 知り合いらしい。


 考えてみれば当然だった。彼女は毎日、乳鉢を抱えて歩いている。誰かの使いだと思っていたが、**使い先がここだった**。


 訊けば分かったことだ。訊かなかった。


「リナン、今日は昼からでいいわよ」


「え、でも」


「そっちが先でしょ」


 ミラは顎で布の包みを示した。


「……すみません」


「謝らない。その分、明日多めに働いてもらうから」


「はい」


 雇っているのだ、とリュカは理解した。


 宿代を自分で払っていると、ヴェスナが言っていた。薬草の使い走りで。その使い走り先が、ここだった。


「そっちの子は」


「リュカくんです」


「石拾いの」


 女は乳鉢を台に置いた。


「知ってる。井戸端で聞くから」


「……そうですか」


「ミラ。ミラ゠オルト。ここの娘」


 彼女はそう言って、それから二人の後ろを見た。


「で、それが噂の竜?」


 リュカが抱えていた布の中で、ルフが動いた。


---


「食べないの」


「今朝から」


「昨日までは?」


「食べてた」


 ミラは布ごと台に置かせて、端をめくった。


 覗き込んで、しばらく見ていた。触らない。距離を保って、目だけで見ている。


「鱗の色、いつもこう?」


「たぶん」


「たぶんって」


「比べる相手がいないので」


「それもそうか」


 彼女は台の反対側に回って、別の角度から見た。


 しゃがんで目の高さを合わせ、しばらく動かない。


「呼吸、いつもより速い?」


「分からない」


「数えたことある?」


「ない」


「じゃあ今から数えて」


 彼女は懐から糸を出した。先に小さな錘がついている。


「これ、揺らすから。一往復のあいだに、何回息をするか」


 ミラが糸を垂らして、指で揺らした。錘が左右に振れる。


 リュカは腹の動きを見た。


 錘が一往復する間に、腹が三回上下した。


「三回です」


「三回ね」


 彼女は糸を止めた。


「あとで落ち着いたときに、もう一回数えて。同じ揺れ方で比べれば分かる」


「はい」


「数えるの、得意でしょ」


「なんで」


「井戸端で聞いた。杭の本数を毎朝数えてるって」


 リュカは黙った。


 この街は狭い。


「腹、見せられる?」


「どうやって」


「持ち上げて」


 リュカは布ごとルフを持ち上げた。抵抗しなかった。


 ミラが下から覗き込む。


「……ここ、腫れてる」


「どこ」


「首の下。左寄り」


 言われて見ると、鱗の並びが一枚ぶん盛り上がっていた。周囲より色が濃い。


「触っていい?」


「本人に訊いてください」


「本人ね」


 ミラは笑って、それから布の端を持ち上げた。


「じゃあ訊くわ」


 彼女はルフの目を見た。


「触るけど、いい?」


 ルフは目を開けて、彼女を見た。


 そして、また閉じた。


「……許可が出た」


「出てないと思います」


「出たことにする」


 ミラは指先で軽く触れた。


 ルフが身をよじった。痛がっている。


「詰まってる」


「詰まる」


「たぶん、石が。喉のところに」


 彼女は指を離した。


「石を食べるんでしょ。飲み込んだけど、通らなかったんじゃない」


 リュカは息を止めた。


 ――昨日、三つ食べたと言っていた。


 そのうちの一つが、通らなかった。


「どうすれば」


「知らないわよ」


 ミラはあっさり言った。


「獣の薬は扱ってないし、竜なんて見たこともない。何を飲ませたら効くかも分からない」


「じゃあ」


「でも」


 彼女は棚のほうを向いた。


「詰まってるだけなら、出せばいいでしょ」


「出せるんですか」


「出したことはない」


「じゃあ」


「**でも詰まったものは、出すしかないでしょ**」


 ミラは棚から瓶を一つ取った。


「薬で溶かせるものなら溶かす。溶けないものなら出す。石は溶けない。だから出す」


「危なくないですか」


「危ないわよ」


 あっさり言った。


「喉に道具を入れるんだから。傷つけたら死ぬかもしれない」


「……」


「やめる?」


 リュカは布の中を見た。


 ルフは目を閉じている。呼吸が速い。


 ――このままだと、どうなる。


 訊かなくても分かった。詰まったままなら、食べられない。食べられなければ、そのうち動かなくなる。


「やってください」


「即答ね」


「はい」


「後悔しても、あたしのせいにしないでよ」


「しません」


 ミラは彼をしばらく見て、それから頷いた。


「じゃあ、道具が要る」


---


 トトを呼びに行ったのはリナンだった。


 鍛冶場の場所を知っているらしい。「使いで何度か」と言って、走っていった。翼のぶん背中が重いので、走り方が独特だった。上体を前に倒して、腕を振らない。


 その間、リュカは台の脇に立っていた。


 ミラは棚から瓶を出して、中身を確かめている。開けて、匂いを嗅いで、戻す。三つ目でようやく台に置いた。


「座れば」


「立ってます」


「長くなるわよ」


「はい」


 彼女は乳鉢を出しながら、こちらを見ずに言った。


「怖い?」


「……何がですか」


「死ぬかもって」


 リュカは答えなかった。


 考えていなかった。考えないようにしていたのかもしれない。


「言っとくけど」


 ミラは瓶の栓を抜いた。


「分からないものは、分からないの。効くかどうかも、治るかどうかも」


「はい」


「それでも何かする。しないよりましだから」


「はい」


「返事が早いわね」


「そうですか」


「もうちょっと嫌がってもいいのよ」


 彼女は少し笑った。


 リュカは何と答えていいか分からず、黙っていた。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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