手つきと、届かなさ②
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第5部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
昼の籠で下りた。
下りの荷は二つ。一人で担げる重さだった。
リナンはネラの臼へ行った。柄杓の子とトトは穴を開けていた。
受け渡し場でバルが荷札を数えていた。
「兄ちゃんか」
「はい」
「足は」
「ついてます」
「ならいい」
バルが荷札に印を押した。
リュカは下の市へ歩いた。三十歩。
金物の台の隣で火種石を一つ買った。二シャルド。
隣の革の台で女が量りの皿を拭いていた。
台の端の黒い小さな塊を見た。
「……一つ」
リュカは言った。
女は皿を拭く手を止めた。
「一つかい」
「一つ」
「四十じゃなくて」
「……試す」
女は少しだけリュカを見た。
見てそれから塊を一つ指で摘まんで、量りの皿に載せた。
「一欠片。一シャルド」
リュカは硬貨を一枚、置いた。
女は膠の欠片を小さな布に包んだ。
「試して溶けたら、残りの三十九を買いに来な」
「……溶けなかったら」
「溶けなかったら、何で溶けなかったか数えてから来な」
女は包みをリュカの手のひらに置いた。
置いて手を離した。
百七十七から三。
百七十四。
手のひらの上の膠の包みは軽かった。
――一。
四十のうちの一。
---
夕方の籠で上がった。
坂を下りて、石段を途中まで下りた。
鍛冶場の石段の下の側の壁の膝の高さに穴が三つ開いていた。
拳くらいの丸い穴。縁が少しだけ欠けていた。
柄杓の子が穴の前に、しゃがんでいた。手が石の粉で白かった。
「三つ」
柄杓の子は言った。
「数えた。三つ」
炉の口は積み直してあった。
石段の下のほうを向いていた。口の下少しだけ低いところに三つの穴の内側が来ていた。
――見たとおり。
見たとおりになっていた。
トトは炉の前に、焼けた梁を割った薪を並べていた。
黒く焦げた細い薪。焼け跡から拾ってきたもの。
「火種石は」
リュカは懐から出した。
灰色の指の先ほどの石。
それから、布の包みも出した。
膠の一欠片。
トトは包みを見た。
「……一つ買ったのか」
「試す」
トトは何も言わなかった。
炉の脇の張り出した平たい石の上に小さな鍋を置いた。宿から借りてきた欠けた鍋だった。
鍋に水を少し。膠の欠片を一つ。
「入れるぞ」
トトが言った。
リナンがネラの臼から戻ってきていた。戸口の脇に立っていた。手が白かった。
柄杓の子は穴の前に、しゃがんだままだった。
トトは、火種石を炉の中の薪の下に置いた。
鉄の棒の先で叩いた。
割れた。
火が出た。
小さい火。
薪の焦げたところに移った。
移ってそれから細くなった。
消えかけた。
――風。
リュカは穴を見た。
柄杓の子が穴に手のひらをかざしていた。
「……入ってる」
柄杓の子が言った。
「風、入ってる。手が引っぱられる」
火が細いまま立ち直った。
立ち直って、それから少しずつ薪に広がった。
穴から入った風が炉の下を通っていた。通って薪の下から火を押し上げていた。
火が立った。
炉の口から炎の先が少しだけ見えた。
――起きた。
鞴がなくても。
トトは炉の口の前で膝をついていた。
炎を見ていた。
長いあいだ見ていた。
トトの炉に火が入ったのは、焼けてから初めてだった。
二年と少し。
トトは何も言わなかった。
言わずに炉の脇の平たい石に手のひらを当てた。
「……温い」
平たい石が温かった。
熱くはなかった。温いだけだった。
鍋の中の膠の欠片は、水の底で黒いままだった。
「待て」
トトが言った。
誰に言ったのでもなかった。
待った。
百。二百。
鍋の水が少しだけ揺れた。
膠の欠片の縁が少しだけ柔らかくなった。
柔らかくなった縁から黒いものが水の中に細く溶け出した。
――溶ける。
三百。
柄杓の子が鉄の棒の先に焼けた釘を一本挟んで、炉に入れた。
トトに言われて。
釘が炎の中で少しずつ暗い赤になった。
四百。
日が傾いていた。
石段の上の屋根のない家々の向こうに日が隠れた。
影が石段を上から下りてきた。
杭の糸。
リュカは鍛冶場の外の杭を見た。
朝刺したままの杭。頭にミラの糸。
糸が垂れていた。
垂れて揺れて。
それから。
下へなびいた。
――下へ。
石段の上から風が来ていた。
朝と逆だった。
炉の口から煙が吹き返した。
石段の上から来た風が戸口から入って、炉の口へぶつかって、煙を押し戻した。押し戻された煙が炉の中で行き場をなくして、三つの穴から外へ出た。
穴の前にしゃがんでいた柄杓の子の顔に煙が当たった。
柄杓の子は咳きこんで、尻もちをついた。
鍛冶場の中に煙が満ちた。
リナンが戸口で袖で口を覆った。
炎が細くなった。
炉の口から入るはずのない風が入っていた。穴から入るはずの風が出ていた。
火は下からではなく上から押されていた。
細くなって。
細くなって。
薪の焦げたところに小さな赤がいくつか残った。
炎はなかった。
「……釘」
トトが言った。
柄杓の子が咳きこみながら、鉄の棒を引いた。
釘は暗い赤だった。赤くなりきる前に、火が細っていた。
トトは釘を受け取って、炉の口から今の火の灰を掻き出した。掻き出した灰の上に釘を置いて、灰を手でかぶせた。
灰は少なかった。釘一本がやっと隠れるくらいだった。
――灰に埋める。
いつまで埋めるのか。
上の工房の壁の刻み目。十二。
十二が何なのかは分からなかった。
トトは灰の上に手を置いて待った。
百。
二百。
トトは灰を掘った。
釘を出した。
黒かった。
金床の角に当てた。
鎚で軽く叩いた。
かつん。
かつん。
三度目で釘はまた折れた。
四日前と同じに。曲がった角から。
---
石段の上から足音が下りてきた。
一つではなかった。
ミラが来た。薬房の焼け跡から。それから、ネラが粉で白い前掛けのまま。
石段の下からは坂の家の爺さんが杖をついて、ゆっくり上がってきた。
広くなったところに三人が立った。
戸口から煙がまだ出ていた。
「……煙が見えたのよ」
ミラが言った。
「薬房から。石段のところから煙が一本。竈の煙じゃない太いのが」
「鍛冶場から煙が出たのは、焼けてから初めてだよ」
ネラが言った。
「火が入ったのかい」
トトは炉の口の前に、座ったまま答えた。
「入った」
それから、少しだけ間を置いた。
「消えた」
ネラは何も言わなかった。
爺さんが杖の先で段を一つ叩いた。
「入って消えたか」
「入って消えた」
「入らねえよりはましだ」
爺さんはそう言って、戸口の中の煙を見た。
「二年、入らなかったんだろ」
トトは答えなかった。
ミラが戸口から中を覗いた。
煤で黒いトトの顔を見た。咳きこんでいた柄杓の子の赤い目を見た。
「……目洗いなさい。井戸で」
柄杓の子に言った。
「煙で赤くなってる」
柄杓の子は立ち上がった。立ち上がって、それからトトを見た。
「行ってこい」
トトが言った。
「穴は逃げねえ」
---
煙が戸口から少しずつ抜けていった。
鍛冶場の中は煤の匂いがした。焼けた夜と同じ匂いだった。
鍋の中を見た。
膠の欠片は半分だけ溶けていた。
溶けた半分は鍋の底に薄く広がって、それから冷えて、固まっていた。
固まった膠は鍋の底に貼りついていた。爪でこすっても剥がれなかった。
溶けなかった半分は黒い塊のまま、固まった膠の中に埋まっていた。
――使えない。
溶けきらずに、冷えた膠は鞴の継ぎ目には塗れなかった。
一欠片。
四十のうちの一つが鍋の底で使えない形になった。
トトは炉の口の前に座っていた。
顔が煤で黒かった。
「……風が向きを変えやがる」
トトが言った。
「朝は下から来た」
リュカは言った。
「下から。二千と少しずっと」
「夕方は上からだ」
「……数えてなかった」
リュカは言った。
「夕方は数えてなかった。朝だけ数えた」
「上の路地は」
「上の路地の風は変わらなかった。通りから路地へ。いつも」
「いつもか」
「……一度しか見てない」
リュカは言った。
一度しか見ていなかった。
きのう一度。
一度見ていつもと数えた。
トトはしばらく黙っていた。
黙って煤で黒い手を膝の上で拭いた。
「……見ただけじゃ足りねえ」
トトは言った。
責める声ではなかった。
自分の手を見ながら言った。
「見たとおりに積んだ。積んだのは俺だ。見てねえのに、見たとおりに積んだ」
「見たのは俺だ」
「見たのは坊主だ。積んだのは俺だ」
トトはそう言って、少しだけ笑った。
笑ったのか煤で顔がゆがんだのか分からなかった。
「どっちも足りなかった」
柄杓の子が炉の脇にしゃがんでいた。
鍋の底の固まった膠を指でつついていた。
つついてそれからリュカを見た。
「これ数えていい」
リュカは鍋の底を見た。
「……一欠片」
言った。
「使えなかった一欠片」
「一」
柄杓の子は指を一本、立てた。
「使えなかったのも一なんだね」
リュカは何も言わなかった。
トトが言った。
「一だ」
トトは立ち上がった。
煤だらけの膝を払わずに。
「火は起きた」
トトは炉の口を見た。
小さな赤がまだ一つ残っていた。
「起きたのも一だ」
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日が落ちきる前に、空き地の石垣の上から煙を数えた。
竈の煙。夕方に一度だけ火種石を割って、鍋を一つ煮る煙。
一本。二本。三本。
六本。
六本の向こう石段のあたりにもう一本細い煙が残っていた。
鍛冶場の炉の消え残りの煙だった。
――七。
七本目はすぐに細くなって、見えなくなった。
六本に戻った。
七と数えたのは、少しのあいだだけだった。
少しのあいだでも七は七だった。
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日が落ちてから土間の竈の前に座った。
ヴェスナが鍋を竈に載せていた。
リュカが土間に入ったとき、ヴェスナの手が止まった。
止まってそれから鼻を少しだけ動かした。
「……煤だね」
「鍛冶場で」
「知ってるよ。煙が上がってた。石段のところから」
ヴェスナは鍋の中を柄杓でまわした。
まわしながら言った。
「焼けた夜と同じ匂いだ」
リュカは何も言わなかった。
焼けてからしばらくのあいだこの土間でヴェスナは椀を数えた。数えて何人だったのか言わなかった。
「怖かったかい」
ヴェスナが言った。
リュカのほうを見ずに。
「……煙が吹き返した。柄杓の子が尻もちをついた」
「怖かったかいって訊いたんだよ」
リュカは少しだけ黙った。
「……怖くはなかった」
「そうかい」
ヴェスナは柄杓を止めた。
「あたしはさっき石段の煙を見て、少しだけ手が止まったよ」
ヴェスナはそう言って、自分の手を見た。
柄杓を握っている手。
「二年、竈の火しか見てなかったからね。竈の火より大きい火は、焼けた夜の火だけだった」
ヴェスナはまた柄杓をまわした。
「火はね怖いもんじゃないよ。焚くもんだよ」
ヴェスナは言った。
「焚くもんだって、思い出すのに、二年かかった」
リナンが土間の西の隅からこちらを見ていた。手がまだ少し白かった。
イサが来た。
椀が四つ。
ヴェスナは椀に豆の汁をよそった。
よそいながら言った。
「トトはどうしてた」
「……消えた炉の前に座ってた」
「消えたかい」
「入って消えた」
ヴェスナは、イサの椀をイサの前に置いた。
「入ったんだね」
ヴェスナはそれだけ言った。
消えたのほうは繰り返さなかった。
---
屋根裏で横になった。
煤の匂いが髪に残っていた。
数えた。
数えたもの。
穴、三つ。拳、二つ。膝の高さ。朝の風下から。二千と少し。
火、一つ。起きた。
膠、一欠片。使えなかった。
釘、一本。折れた。
数えられなかったもの。
夕方の風。上の工房の壁の刻み目十二。釘を炉から抜く頃合い。
――取った。
きのう、壁の隙間から取った。
取ったものは取ったぶんしかなかった。
壁の隙間の指二本ぶん。一度だけ。昼過ぎのひととき。
その幅とその長さのぶんしか取れていなかった。
夕方の風は、壁の隙間からは見えなかった。
刻み目の意味は、壁の隙間からは読めなかった。
若い男の手が火の色を見て、鉄を抜くその頃合いは目で見ても、手には来なかった。
――手つき。
手つきは見て取れるものではなかった。
リュカは左の手を開いた。
片があった。
来たものは手のひらにある。
取ったものは手のひらにない。
頭の中にしかない。
閉じた。
――籠はあと十四日。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在5部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)
よろしければ是非応援頂けますと幸いです。




