手つきと、届かなさ①
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第5部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
石段の途中で音がしていた。
夜明けよりまだ前だった。
石と石が当たる音。置く音。ずらす音。
鍛冶場の戸口から灯りは、漏れていなかった。暗いまま音だけがしていた。
リュカは井戸の綱を引く前に、石段を途中まで上がった。
戸口の前の段の脇の広くなったところ。荷を担いで上るときに、最初に休む場所。
そこに焼け跡の石が並んでいた。
炉の口の石だった。
外して地面に並べてあった。
鍛冶場の中でトトが炉の前に、しゃがんでいた。
炉の口がなかった。口のあったところが黒い穴になっていた。
「……外したのか」
「外した」
トトは振り返らなかった。
「ゆうべのうちに。向きが違う」
トトは、炉の口のあったところの縁を指でなぞった。
「この口は戸口のほうを向いてた。戸口のほうが炉に近えからな。焚いたことがねえから向きなんか考えなかった」
トトは立ち上がった。
膝の煤を手で払った。
「坊主」
「……」
「どっちが風の来るほうだ」
リュカは答えなかった。
答えを持っていなかった。
上の路地では風は通りから路地へ来ていた。背中から。いつも同じ向きに。
ここは路地ではなかった。
石段だった。
石段の風をリュカは、数えたことがなかった。五年、四十二段を毎日上り下りしてきた。荷を担いで。石を拾いに。
上り下りしてきたのに、風の向きは数えたことがなかった。
「……分からない」
「分からねえか」
トトは怒らなかった。
「なら、数えて来い」
トトはそう言って、またしゃがんだ。
外した石の一つを手に取った。焼け跡の石。誰かの家の土台だった石。
「数えてるあいだにこっちは、口を積めるところまで積む。向きはあとで決める」
トトは手の中の石を裏返した。
石の裏に煤の筋が残っていた。竈の内側だったところ。
「これは樽を干してた家の竈の石だ」
トトは言った。
「婆さんが冬に死んで家が空いた。春にドランと崩して運んだ」
リュカは石を見た。
――坂の樽を干してた家のお婆さん。冬に。
ミラが名簿を見ながら、そう言った。名を書いていなかった人。
「炉の石は全部誰かの家の石だ」
トトは石を地面に戻した。
「誰の家のだか俺は全部、覚えてる。覚えてるから積み直すのが遅え」
トトはそう言って、少しだけ笑った。
笑ったまま次の石を取った。
---
井戸の綱を二度、引いた。
宿の分とイサの分。
桶を宿へ運んでから土間でリナンに言った。
「糸を一本」
リナンは、膝の上でバルの袋の口を縫い直していた。
顔を上げた。
「糸ですか」
「長いのを。腕くらい」
リナンは針から糸を抜いた。
ミラの針。ミラの糸。
腕の長さに切って、リュカに渡した。
「何に使うんですか」
「風を数える」
リナンは少しだけ黙った。
「……わたしも行っていいですか」
「ネラの臼は」
「日が高くなってからです。今日は」
リナンは針を袋に刺した。
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鍛冶場の前の段の脇の広くなったところの石の継ぎ目に杭を一本差しこんだ。
自分の杭だった。芯の曲がっていない一本。
杭の頭に糸を結んだ。
糸は垂れた。
垂れてそれから少しだけ揺れた。
揺れて石段の上のほうへなびいた。
――上へ。
風は石段の下から上がってきていた。
リュカはなびく糸を見ていた。
リナンが隣にしゃがんでいた。
「上になびいてますね」
「下から来てる」
「ずっとですか」
「分からない。数えてる」
リュカは数えた。
糸が上へなびいているあいだ。
百。
二百。
三百で糸が一度、垂れた。
垂れてまた上へなびいた。
五百。
千。
――千で替わる。
リナンが隣で小さく言った。
「替わりますか」
「替わる」
リナンが数えた。声に出さずに。唇だけ動かして。
リュカは糸を見ていた。数えずに見ていた。
日が出た。
石段の上の屋根のない家々の向こうから光が来た。
光が来ると、糸の揺れが少しだけ弱くなった。
弱くなったが向きは変わらなかった。
上へ。
「……千」
リナンが言った。
「千」
リュカがまた数えた。
二千。
糸は上へなびいていた。
弱く。けれど上へ。
――下から来る。
朝の石段の風は、下から吹き上がってくる。空き地の風と同じだった。朝のうちは弱い。
二千と少し。日はもう屋根より上にあった。
糸は上へなびいたままだった。
リュカは杭を抜かずに、立ち上がった。
鍛冶場の戸口から言った。
「下から」
トトは炉の前で石を持ったまま、振り返った。
「下からか」
「朝は下から来る。二千と少し、ずっと上へなびいてた。弱くなったけど、向きは変わらなかった」
トトは石を置いた。
「なら、口は石段の下へ向ける」
トトは、炉の口のあったところに手を当てた。
「穴は石段の下の側の壁の下だ。下から来る風が穴から入って、炉の下を通って、口から火の上へ抜ける」
「……上の工房の炉の口は、風の来るほうを向いてた」
「向けりゃ風が口から入る」
「口から入って穴からは」
トトは少しだけ黙った。
「……穴から入れて、口から出すんじゃねえのか」
「上の工房は穴が戸の側だった。炉の口も戸の側を向いてた。穴から入った風が炉の口の下に入る」
トトは炉の黒い穴を見た。
「口と穴が同じ側か」
「同じ側。口は穴の少し上」
トトはしばらく黙っていた。
黙ってそれから言った。
「……見たとおりに積む」
見たとおりとトトは言った。
見たのはリュカだった。トトは見ていなかった。
見ていないものを見たとおりに積む。
リュカは何も言わなかった。
言えることは見たことだけだった。
---
石段の上から足音が下りてきた。
小さい足音だった。一段ずつ両足を揃えて。
柄杓の子だった。
両手で布の包みを抱えていた。
「兄ちゃん」
柄杓の子は、広くなったところで止まった。
杭の糸を見た。
「何してんの」
「風を数えてた」
「風」
柄杓の子は糸を見た。上へなびいている糸。
「……数えられるの風」
「向きだけ」
柄杓の子は少しだけ考えた。
それから、抱えていた包みをほどいた。
中に鑿が一本。柄の擦り減った古い鑿。それと小さな鎚。
「じいちゃんの」
柄杓の子は言った。
「穴開けるって。きのう、鍛冶屋の兄ちゃんがじいちゃんに言ってた。鑿貸してくれって」
リュカは鍛冶場の中を見た。
トトはこちらを見なかった。炉の石を積んでいた。
「じいちゃんが持ってけって。おれが持ってけって」
柄杓の子は鑿を両手で差し出した。
差し出したまま持っていた。
――持ってるやつからは取らない。
リュカは手を出さなかった。
「……トトに」
「鍛冶屋の兄ちゃんに」
柄杓の子は鍛冶場の戸口へ行った。
段を一つ上がって。
トトの背中に言った。
「鑿」
トトは振り返った。
鑿を見た。柄杓の子を見た。
「……持ってきたのか」
「じいちゃんが持ってけって」
トトは手を出した。
柄杓の子は鑿を離さなかった。
「おれも開ける」
トトは手を出したまま止まった。
「穴開けるんだろ。おれも開ける。拳くらいのだろ。おれの拳小さいから、ちょうどいい」
トトはリュカを見た。
リュカは何も言わなかった。
――籠には乗せられない。
四日前にそう言った。
ここは籠ではなかった。
「……拳で測れるか」
リュカが言った。
柄杓の子は頷いた。
頷いてそれから鑿をトトに渡した。
自分で指を開いて。
---
炉の石段側の壁は、焼け跡の石を積んだものだった。
トトが積み直した。
その下のほう。膝の高さに穴を三つ。
リュカは柄杓の子の拳を取った。
拳を石の上に当てた。
「拳二つぶんあける」
「拳、二つ」
柄杓の子は自分の拳を石の上で二回、転がした。
転がしたところに炭で印をつけた。
一つ目の穴。拳、二つ。二つ目の穴。拳、二つ。三つ目の穴。
「おれの拳で測ったら、兄ちゃんの拳より狭くなるよ」
「……狭くなる」
「いいの」
リュカは少しだけ黙った。
上の工房の穴のあいだは、リュカの拳で二つだった。
柄杓の子の拳では二つと少し。
――測る拳が違う。
数は同じ二つ。拳が違う。
「……おれの拳で測る」
リュカは印をつけ直した。
柄杓の子は何も言わなかった。
言わずに自分の拳を見ていた。
トトが鑿を印の上に当てた。
鎚で叩いた。
かん。
焼け跡の石は固かった。焼けて固くなっていた。
かん。かん。
石の粉が落ちた。
リナンがしゃがんで、石の粉を手で払った。払って段の脇に寄せた。
かん。
柄杓の子が言った。
「替わる」
トトは手を止めた。
「……千でか」
「千で」
柄杓の子はリナンを見た。
「羽の姉ちゃん千で替わるんだろ。ネラさんが言ってた」
リナンは石の粉を払う手を止めた。
少しだけ笑った。
「千で替わります」
トトは鑿と鎚を柄杓の子に渡した。
柄杓の子は両手で鑿を持った。鎚はトトが持った。
「おまえが当てろ。叩くのは俺だ」
「……おれ叩けるよ」
「叩けても当てるほうがむずかしい」
柄杓の子は鑿を印の上に当てた。
当てて両手で押さえた。
トトが叩いた。
かん。
鑿が少しだけずれた。
柄杓の子は押さえ直した。
かん。
今度はずれなかった。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在5部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
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