工房と、外からの目①
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第5部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
きのうの朝宿の土間でパンが焼けた。
薄いのが四枚。
ヴェスナは竈の縁で粉を練って、手のひらで平たく伸ばした。伸ばして熱した石の上に載せた。
焼ける匂いが土間に広がった。
二年しなかった匂いだった。
リナンが竈の前で膝を抱えて、それを見ていた。
イサも来た。
四人で一枚ずつ食べた。
ヴェスナは何も言わなかった。イサも何も言わなかった。
リナンは半分だけ食べて、残りの半分を布に包んだ。
「……あとで食べます」
あとで、と言ってその日は包んだままだった。
――四日目。
四日目の籠は下りの荷が三つだった。上へ行く荷はなかった。
リュカは三つを地上層へ下ろした。
下ろす前に鍛冶場に寄った。
「鎚が二つ」
リュカは言った。
「炉と鞴は見えなかった。壁の向こうだった」
トトは、炉の口の前で柄杓の子の釘をまた拭いていた。
「鎚が二つ」
「二つ。少しずれて鳴ってた。交互に」
「熱は」
「壁越しに来た。顔に」
「匂いは」
「膠の匂い。ヴェスナの黒い塊を温めたときの」
トトは釘を拭く手を止めた。
「……煮てたのか」
「煮てた。たぶん」
トトは少しだけ黙った。
黙って冷たい炉の口を見た。
「なら、もう一回見て来い」
トトは言った。
「壁の向こうを。炉がどっちを向いてるか。鞴を誰が踏んでるか。膠の鍋がどこに載ってるか」
「……見えるところがあれば」
「なかったら作れ」
トトはそう言って、また釘を拭いた。
作れと言ったトトの手が少しだけ震えていた。
震えていたのは、釘が重かったからではなかった。
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五日目の朝詰所でドランが硬貨を数えた。
「きのうの三つ」
三十。
百七におとといの三つぶんの三十ときのうの三十。
百六十七。
「今日は上へ一つ」
ドランが顎で示した。
麻の袋。口を二重に縛ってあった。
「粉屋の粉だ。アステル区のパン屋宛て」
「……ネラの粉を上に」
「上で売って、その金でまた麦を下ろす。ネラがそう言ってきた」
ドランは袋の口の結び目を指で押した。
「ミラの草と布と。それから粉。ニヒロから上へ出すものが三つになった」
「三つ」
「去年は一つもなかった」
ドランはそれだけ言って、工具を取った。
取ってからリュカを見た。
「上で何を見てくる」
リュカは少しだけ黙った。
「……鍛冶屋」
「鍛冶屋」
「トトに頼まれた」
ドランは何も言わなかった。
言わずに止め木の柄を握った。
「夕方の籠には乗れよ」
「乗る」
「乗り遅れたら明日の昼まで上だ。上の宿は高けえぞ」
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昼の籠で上がった。
壁の割れ目の光を数えた。
十一。
アステル区の受け渡し場で粉の袋を台に下ろした。
上の荷受けの男が荷札を読んだ。
「またニヒロか」
顔を上げずに言った。
「粉だな。焦げてねえ粉がニヒロから来るのか」
「……来る」
「来るようになったのか」
男は荷札に印を押した。
「帰りの荷はない。夕方の籠に空で乗れ。木札は持ってるな」
「持ってる」
「なら、好きにしてろ」
リュカは台から離れた。
受け渡し場を出た。
第一通り。第三通り。
灯柱が六歩ごとに並んでいた。
第三通りの角で止まった。
――角から左へ三つ目。
数えて歩いた。
一つ目の路地。二つ目の路地。
三つ目。
かあん。
かあん。
鎚の音が聞こえた。
二つ。少しずれて。
おとといと同じだった。
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路地は細かった。
両側が石の壁。荷車は入れない。人が二人すれ違えるかどうか。
路地の奥は少しだけ広くなっていた。
そこに窓のない石の壁があった。
高い壁だった。リュカの背丈の三倍はあった。壁の上のほうに黒い四角い穴が一つ。穴の縁が煤で黒かった。
煙の抜け穴。
壁の根元に木の戸が一つ。閉まっていた。
戸の横の壁が熱かった。
手のひらを近づけると熱が来た。触らなくても来た。
戸の横の膝の高さに拳ほどの穴が三つ並んでいた。石の継ぎ目にわざと開けたような丸い穴。
足もとを路地の風が抜けていった。抜けた風が三つの穴に吸いこまれていくのが分かった。外套の裾が穴のほうへ引かれた。
何のための穴なのかは、まだ分からなかった。
かあん。
かあん。
鎚の音は戸の向こうから来ていた。
リュカは音を数えた。
一つ目の鎚は間が少しずつ違った。速くなったり遅くなったり。息を吸うところで間が空いた。
――人の鎚。
二つ目の鎚は間が少しも違わなかった。
同じ間で同じ強さで鳴った。十。二十。三十。
息を吸うところがなかった。
――人の鎚ではない。
リュカは戸を見た。
戸を叩けば開くかもしれなかった。
開いたら何と言うのか。
――ニヒロの荷運びです。鍛冶屋の炉を見せてください。
見せてくれと言えば見せてくれるのかもしれない。見せてくれないのかもしれない。
見せてもらう代わりに渡せるものがなかった。懐の百六十七は膠と冬のぶんだった。
見せてもらって、返せるものもなかった。
リュカは戸を叩かなかった。
路地の隣の壁を見た。
隣は物置らしかった。低い石の壁に板の屋根が載っていた。屋根の端が工房の高い壁にくっついていた。
屋根の高さはリュカの背丈の倍くらい。
物置の壁の角に石が一つ出っ張っていた。
足を掛けた。
手を屋根の縁に掛けた。
身体を引き上げた。
宿の屋根に二年上がってきた。焼けた梁の上を歩いてきた。上がるのは慣れていた。
板の屋根は少しだけ鳴った。
鳴ったところで止まった。
鎚の音は止まらなかった。
屋根の上を四つん這いで、工房の壁のほうへ進んだ。
壁に着いた。
壁の上の煙の抜け穴は、まだ頭の上だった。
壁のちょうど目の高さに細い隙間があった。石と石の継ぎ目が一つだけ崩れて、指二本ぶん開いていた。
隙間から熱い空気が出てきた。
リュカは片方の目を隙間に寄せた。
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中は赤かった。
まず炉が見えた。
一つ。
壁際に石を積んで、口をこちらへ向けていた。こちらではなかった。少し右へ。路地の入り口のほうへ。
炉の口の中で火が白に近い色で燃えていた。
炉の横に鞴があった。
一つ。
革の袋に板を二枚合わせたもの。トトの鞴と同じ形だった。大きさは、トトのよりひと回り大きかった。
鞴は膨らんでしぼんでいた。
膨らんでしぼんでまた膨らむ。
踏んでいる者はいなかった。
鞴の上の板に拳ほどの石が嵌めてあった。石は薄く光っていた。
光るたびに板が持ち上がった。光が引くと板が下りた。
――石で動いている。
灯柱と同じ石だった。星の光で満ちる石。
ニヒロには星の光がほとんど届かない。
リュカは数えた。
炉、一つ。鞴、一つ。鞴を踏む者なし。
炉の前に男がいた。
若かった。リュカより少し上くらい。前掛けをして、腕に布を巻いていた。
男は鉄の棒を鉗で挟んで、金床の上で叩いていた。
――一つ目の鎚。
金床の向こう側にもう一つ鎚があった。
柄が柱に留めてあった。柱の上にまた石が嵌めてあった。石が光るたびに鎚が持ち上がって落ちた。
落ちたところに別の鉄が置いてあった。
鉄は鎚が落ちるたびに少しずつ平たくなっていた。
――二つ目の鎚。
人の鎚と石の鎚。
鎚、二つ。人、一人。
リュカは炉の口の向きをもう一度見た。
右へ向いている。路地の入り口のほうへ。
それから壁を見た。
戸のある壁の低いところ。床から膝くらいの高さに穴が三つ並んでいた。
拳くらいの丸い穴。
さっき戸の横で外套の裾を引いた三つの穴だった。穴の外は路地だった。
――路地の風が入る。
さっき路地に入ったとき、背中から風が来ていた。通りから路地へ。細いところで速くなる風。
三番街の路地と同じだった。建物の隙間が狭いので、抜けるところだけ速くなる。
風が低い穴から入って、炉の口の下へ流れる。流れて火の下から上へ抜ける。抜けて壁の上の煙の抜け穴から出ていく。
――鞴がなくても。
鞴がなくても風は入る。
入るなら火は起きる。
弱くても起きる。
リュカは穴の数を数えた。三つ。穴と穴のあいだを数えた。拳、二つぶん。床からの高さを数えた。膝。
炉の脇を見た。
炉の石の外側に平たい石が張り出していた。火床。炉の熱が石を伝って、そこまで来ている。
火床の上に鍋が一つ載っていた。
鍋の中で黒いものがゆっくり泡を立てていた。
匂いが隙間から来た。
甘くて重くて少し生臭い。
――膠。
炉の火の余りで煮ていた。
膠を煮るために火を焚いているのではなかった。鉄を打つ火の余りの熱で膠が煮えていた。
トトの問いの答えだった。
――上の鍛冶屋はどうやって、鍋一杯の膠を煮てんだろうな。
炉があるから煮られる。
炉の火が一度、起きれば。
一度、起きれば膠が煮える。膠が煮えれば鞴が固まる。鞴が固まれば炉が強くなる。
輪の最初の一回を回すのは、鞴ではなかった。
風だった。
若い男が鉄の棒を炉から抜いた。
棒は曲がっていた。曲がったところが赤かった。
男は棒を金床の上で何度か叩いた。曲がりが少しずつ戻った。
戻ってから男は棒を叩かなかった。
炉の脇の木の箱に入れた。
箱の中は灰だった。白い細かい灰。
男は棒を灰の中に深く埋めた。
埋めて手を離した。
――焼けた鉄は脆いんだ。いっぺん熱くして、ゆっくり冷まさねえと使いもんにならねえ。
トトがそう言った。
ゆっくり冷ますとはこういうことだった。
灰に埋める。
男は灰の箱の縁を指で叩いた。
一つ二つと数えているのではなかった。
箱の横の壁に刻み目があった。縦の線がいくつも。男は指でその一本をなぞって、それから次の鉄を炉に入れた。
――刻み目は何を数えている。
分からなかった。
分からないものは数えられなかった。
リュカは刻み目の数だけ数えた。
十二。
十二のどこまでが今日の鉄なのかは、分からなかった。
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鎚の音が一つ止まった。
人の鎚だった。石の鎚は止まらなかった。
若い男が顔を上げていた。
こちらを見ていた。
壁の崩れた継ぎ目の指二本ぶんの隙間を。
隙間の向こうの片方の目を。
リュカは動かなかった。
動いたら屋根が鳴る。
男も動かなかった。
鉗を持ったまま。鉗の先の鉄が赤から暗い赤に変わっていった。
男は鉄を炉に戻した。
戻してそれから鎚を置いた。
「……親方は留守だよ」
男が言った。
大きな声ではなかった。石の鎚の音のあいだにちょうど入る声だった。
リュカは何も言わなかった。
言えなかった。
「見に来たんだろ」
男は言った。
「親方に会いに来たんじゃなくて」
リュカは何も言わなかった。
男は少しだけ笑った。
笑ったのか炉の熱で顔がゆがんだのか分からなかった。
「ファイスの親方なら、当分戻らないよ」
男は鎚をまた取った。
「戻ってきても、壁の穴は塞がない人だけどね」
それだけ言って、男は炉から鉄を抜いた。
鎚が鳴った。
人の鎚と石の鎚がまた少しずれて、鳴りはじめた。
男はもうこちらを見なかった。
見ないまま鉄を叩いていた。
リュカは隙間から目を離した。
四つん這いで屋根の上を戻った。
板が鳴った。
鳴っても鎚の音は止まらなかった。
屋根の縁から路地へ下りた。
足が石の上に着いた。
――ファイス。
名前だった。
読めない字の名前ではなかった。聞いた音の名前だった。
顔は知らない。
顔を知らない人の炉を見た。
鞴を見た。鎚を見た。風の穴を見た。膠の鍋を見た。灰の箱を見た。
見て数えた。
数えたものを持って路地を出る。
――持ってるやつからは取らない。
二年前白の中で杭がそう教えた。
リナンが杭を握っていた。握っている手から杭は来なかった。引っぱるだけで振りほどいてまでは来なかった。
だから、リュカもそうしてきた。
イサの桶に手を出しかけてやめた。ネラの臼の柄にリナンが手を伸ばしかけてやめた。
持っている者から黙って取らない。
――取った。
炉の向き。風の穴の数と高さとあいだ。膠の鍋の置き場所。灰に埋めること。
持っている者から黙って取った。
見て取った。
取れた。
――取らないか。取れねえ、じゃなくて。
ロアンが白の中でそう言った。
取れた。
取れたから取った。
路地の入り口で背中から風が来た。
通りから路地へ。細いところで速くなる風。
工房の低い三つの穴へ入っていく風。
リュカは振り返らなかった。
振り返らずに第三通りへ出た。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在5部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
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