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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第二部 履いても灰は残る

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150/161

鑑定所と、来ない客②

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第5部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 受け渡し場へ戻る途中で音を聞いた。


 第三通りの角だった。


 かあん。


 鎚の音。


 かあん。


 もう一つ。一つ目と少しずれて。


 二つの鎚が交互に鉄を叩いていた。


 リュカは足を止めた。


 角から左へ三つ目の細い路地の奥から来ていた。


 路地の入り口に立つと顔に熱が来た。


 壁越しの熱。炉の熱。


 それから匂い。


 焦げた匂いではなかった。甘くて重くて少し生臭い。


 ――膠。


 膠を煮ている匂いだった。


 宿の土間の竈の脇の窪みに転がっていた黒い塊。ヴェスナが戸の蝶番を直すのに使っていた膠。あれを温めたときの匂いに似ていた。


 ――上の鍛冶屋はどうやって、鍋一杯の膠を煮てんだろうな。


 きのう、トトはそう言った。


 炉があるから煮られる。煮られるから鞴が直る。鞴が直るから炉が焚ける。


 輪になっていた。


 この路地の奥では輪が回っていた。


 かあん。かあん。


 リュカは路地の奥へ一歩入りかけた。


 入りかけて止まった。


 夕方の籠の刻限があった。帰りの荷が一つあった。


 ――第三通りの角から左へ三つ目。


 数えた。


 炉がいくつあるかは見えなかった。鞴も見えなかった。


 聞こえたのは鎚が二つ。


 トトに言えるのはそれだけだった。


 それだけ数えて路地を離れた。


 鎚の音は、受け渡し場に着くまで背中で鳴っていた。


---


 受け渡し場の隅で夕方の籠を待った。


 台の向こうで上の荷受けの男が荷札の束を揃えていた。


 揃えて紐で縛った。


 縛ってから顔を上げた。


 初めて顔を上げた。


 ドランより少し若かった。目の下に炭の色がついていた。指でこすったらしかった。


「……ニヒロってのは」


 男が言った。


「誰がつけた」


「……俺が言った。みんなで決めた」


「おまえが」


 男はリュカを見た。


 長くは見なかった。


「詰所の男がな。二年前から籠が動くたびに荷札の裏に書いてよこした」


 男は紐の結び目を指で押した。


「焼け跡じゃねえ。ニヒロだ。焼け跡じゃねえ。ニヒロだ。……毎回、同じ字で」


 リュカは何も言わなかった。


 ――ドランが二年、上に言い続けた。


 言い続けたと思っていた。


 書き続けていた。


 ドランは字が書ける。書ける字で二年、同じことを書いていた。


「この籠の一日目にこっちが根負けした」


 男は言った。


「書き直すほうが早い。それだけだ」


 男はそれだけ言って、また顔を下げた。


 次の荷札に炭で字を書いた。


 リュカは、その字が何なのか分からなかった。


 分からなかったがニヒロではないことだけは分かった。


 形が違ったから。


---


 夕方の籠で下りた。


 帰りの荷は一つ。小さな木の箱。荷札にニヒロとあった。


 上の荷受けの男が書いた字だった。


 壁の割れ目の光が一つずつ減っていった。


 十一。十。


 数えながら下りた。


 一。


 三番街の屋根のない路地が下から上がってきた。


 籠が止まった。


 ドランが止め木を引いていた。


「どうだった」


「焼けてなかった」


「そうだろう」


 ドランは木の箱の荷札を見た。


「……薬房だ。ミラ宛て」


 リュカは箱を担いだ。


 軽かった。


---


 坂を下りて、石段を下りて、広場を抜けた。


 東の横丁の入り口で白いものが目に入った。


 粉屋の戸口にリナンが座っていた。


 手が白かった。


 手だけではなかった。袖も膝も翼を畳んだミラの布も白かった。髪の端にも白い粉がついていた。


「……回した」


「回しました」


 リナンは白い手を膝の上に置いた。


「朝から昼過ぎまで。ネラさんと交代で」


「重かったか」


「最初は。途中から重くなくなりました」


「軽くなったのか」


「手が覚えました」


 戸口の奥でネラが粉を袋に詰めていた。


 石臼の溝の埃はなくなっていた。


 ネラはリュカを見て、手を止めなかった。


「羽の子はね回すのがうまいよ」


 ネラは言った。


「同じ速さで回す。速くも遅くもならない。数えながら、回してるんだねあれは」


「数えてました」


 リナンが言った。


「千まで。千でネラさんと替わりました」


 ――千で替わる。


 塔の夜に二人で決めたことだった。見張りを千で替わる。


 リナンは二年たっても、千で替わっていた。


 ネラは、小さな袋を一つ戸口へ持ってきた。


 手のひらに載るくらいの。


「挽き賃だよ」


 リナンに渡した。


「粉で払う。金はないからね」


 リナンは袋を受け取った。


 受け取ってリュカを見た。


「ヴェスナさんに」


「……ヴェスナに」


「パンになりますか」


「なる」


 リュカは言った。


 言ってから数えた。


 この二年宿の土間でパンを焼いたことはなかった。粉がなかったから。


 パンは下の市で買うものだった。


---


 薬房の焼け跡でミラが土台の石に腰かけていた。


 木の箱を渡した。


 ミラは荷札を見た。


「……上から。頼んでた乾いた根」


 ミラは箱を開けた。中に細い根の束が三つ。


「けさ、あんたが担いでいった草と引き換え。去年のうちに、上の荷受けを通して、話をつけておいたの」


 ミラは言った。


「上の薬屋に出したの。ここの草を乾かして。金じゃなくて根で返ってくる」


 ――ニヒロから上へ出すもの。


 ドランは去年はなかったと言った。


 今年はミラの草があった。坂の上の家の布があった。


 ミラは根の束を一つずつ日に向けた。


 向けてからリュカの肩の袋を見た。


「重そうね」


「……五十三」


「石」


「石」


「見てもらったの」


「見せなかった」


 ミラは根の束を膝に置いた。


「上まで持っていって」


「持っていって」


「見せなかった」


「見せなかった」


 ミラは少しだけ黙った。


 黙ってリュカの外套の左のほうを見た。


 左の手が外套の内側に入ったままだった。


 ミラは何も訊かなかった。


「……ここに鑑定所があったらね」


 ミラは言った。


「わざわざ上まで持っていかなくていいのに。拾ってそのまま見てもらえる」


「……誰が見る」


「さあ。誰か」


「誰かが来ても」


 リュカは言った。


「客が来ない」


 ミラはリュカを見た。


 リュカは続けた。


「上の鑑定所には客が並んでた。三人。外れた人が来年も来るって言ってた」


「……並んでたの」


「並んでた。上には人がいるから」


 ニヒロには二十八人。


 二十八人のうち石を拾っているのは、リュカと柄杓の子くらいだった。柄杓の子が拾っているのは釘だった。


「焼け跡まで石を見せに来る人はいないわね」


 ミラは言った。


「鍛冶屋は火がなきゃ鍛冶屋じゃない。粉屋は粉がなきゃ粉屋じゃない」


 ミラは根の束を箱に戻した。


「鑑定所は客がなきゃ鑑定所じゃない」


「……誰が言った」


「わたし。今」


 ミラは少しだけ笑った。


「トトとネラさんが言ってたのを真似したの」


 リュカは何も言わなかった。


 言わずに肩の袋を下ろした。


 土台の石の上に置いた。


 五十三が鳴った。


「……鑑定所ができたら」


 リュカは言った。


「最初の客は俺だ」


「そうね」


 ミラは言った。


「それから柄杓の子ね。釘で」


---


 日が落ちてからイサが来た。


 椀が四つ。


 竈の脇にネラの袋が置いてあった。


 ヴェスナは袋の口を開けて、粉を指でつまんだ。


 つまんで指のあいだで擦った。


 長く擦っていた。


「……挽きたてだね」


「リナンが回した」


「知ってるよ。この子の袖を見れば」


 ヴェスナはリナンの袖を見なかった。粉を見ていた。


「明日の朝焼くよ」


 ヴェスナは言った。


「薄いのを。四枚」


 四枚。


 椀の数と同じだった。


 イサが何も言わずに、背中を少しだけ伸ばした。


 伸ばしきらなかったがきのうより伸びた。


---


 椀を洗いながらリナンが言った。


「……上はどうでしたか」


「焼けてなかった」


「それは知ってます」


 リナンは椀を布で拭いた。


「ほかに」


 リュカは少しだけ黙った。


「……登録所があった」


「登録所」


「宿した奴が並んでた。見せてくださいって、言われて見せてた。胸とか。手首とか」


 リナンは椀を拭く手を止めた。


 止めてリュカの外套の左のほうを見た。


 見たのは少しだけだった。


「……リュカくんは」


「並ばなかった」


「並ばなかったんですね」


「並ばなかった」


 リナンはまた椀を拭いた。


「わたしもたぶん並ばないです」


「……おまえは宿してない」


「宿してないです。でも、並べって言われても、並ばないです」


 リナンは拭いた椀を竈の縁に置いた。


「見せてくださいって言われて、見せるのは苦手です。翼も」


 リュカは、リナンの畳んだ翼を見なかった。


 見ないようにした。


「……ロアンが言うなって言った」


「言ってましたね。根元の火で」


「聞いてたのか」


「聞こえました」


 リナンは次の椀を取った。


「言わないで、並ばないで、それでどうするんですか」


 リュカは答えなかった。


 答えを持っていなかった。


 リナンも答えを待っていなかった。


 待っていなかったが椀を拭く手は、いつもよりゆっくりだった。


---


 屋根裏で袋を開けた。


 五十三を一つずつ隙間の下に戻した。


 平たいの。角のあるの。指の腹ほどの丸いの。


 朝と同じ順に。


 戻しながら数えた。


 百七。見料の十。膠の四十。釘の四百。


 上の鑑定所の三人。登録所の十と少し。


 ニヒロの二十八人。


 ――来ない客。


 上の鑑定所には客が来る。来て外れてまた来る。


 ニヒロには鑑定所がない。あっても客が来ない。


 それから。


 ――来ない客は俺だ。


 見てもらいたいものを袋に入れて、上まで担いでいった。


 戸の前まで行った。


 名前を姓ごと呼ばれた。


 並ばなかった。


 来ないのではなかった。行って入らなかった。


 入らなかった客は、来なかった客と同じだった。


 五十三個目を隙間の下に置いた。


 左の手を開いた。


 片があった。


 ――知れたら取りに来る。


 ロアンはそう言った。


 見せなければ知れない。知れなければ取りに来ない。


 取りに来ないあいだはここにある。


 ここにあるあいだはどこにも出せない。


 閉じた。


 ――鎚の音。


 第三通りの角から左へ三つ目。


 数えたものをもう一度数えた。


 ――籠はあと十七日。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在5部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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