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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第二部 履いても灰は残る

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149/162

鑑定所と、来ない客①

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第5部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 土間の戸が鳴った。


 夜明けよりまだ前だった。


 板の隙間は黒かった。


 軽い足音が路地へ出ていった。


 リナンだった。


 ネラの臼。日が高くなる前とネラは言った。日が高くなる前に回すには日が出る前に、出ていかなければならなかった。


 足音が遠くなった。


 リュカは横になったまま、懐の袋を押さえた。


 四十七枚。


 ゆうべ数えた。数えたものは朝になっても、四十七枚だった。


 起き上がった。


 隙間の下に石が並んでいた。


 五十三。


 暗い中で一つずつ手のひらに載せた。


 平たいの。角のあるの。指の腹ほどの丸いの。


 載せてそれから肩に掛ける袋の口を開けた。


 石の袋。三年、肩に掛けてきた袋。塔の上で空になった袋。


 二年、空のまま掛けてきた。


 入れるかどうか迷った。


 ――見てもらうつもりはない。


 見てもらうつもりはなかった。


 なかったが一つ入れた。


 二つ目を入れた。


 入れはじめると、手が止まらなかった。


 五十三。


 袋の口を締めた。


 肩に掛けた。


 重かった。


 塔の上で空になってから初めての重さだった。


 ――どうせいつも掛けている。


 二年前にもそう思って、袋を肩に掛けた。二十五個のとき。


 左の手を開いた。


 片があった。


 暗い中で光らなかった。


 閉じた。


---


 井戸の綱を二度、引いた。


 イサは何も言わなかった。


 リュカの肩の袋を見た。


 見てそれから自分の桶を提げた。


---


 石段の途中で鍛冶場に寄った。


 トトはもう起きていた。炉の前できのうの釘を一本ずつ布で拭いていた。


 三十六本と半分。


 拭いても黒いままだった。


「上か」


 トトはリュカの肩の袋を見て言った。


「……なんで分かる」


「袋が重そうだ。下の市に石は持ってかねえだろ」


 トトは釘を一本、置いた。


「上の荷が二つある。ドランがゆうべ言ってた」


「担ぐ」


「アステル区か」


「たぶん」


 トトは少しだけ黙った。


 黙って次の釘を拭いた。


「……上の鍛冶屋がどこにあるか知ってるか」


「知らない」


「俺も知らねえ」


 トトは、拭いた釘を石の箱の杭の横に並べた。


「見かけたら教えろ。炉がいくつあるか。鞴がいくつあるか」


「……見るだけでいいのか」


「見るだけでいい。見て数えて来い」


 トトはそう言って炉の口を見た。


 冷たい炉の口。


「数えるのは坊主の仕事だろ」


 リュカは頷いた。


 ――炉。鞴。


 数えるものが二つ増えた。


---


 詰所でドランが硬貨を数えていた。


「きのうの六つぶん」


 六十。


 リュカは受け取って袋に入れた。


 四十七に六十。


 百七。


 ――百七。


 膠が四十。四十を引いて六十七。


 去年の十九日で二百十。


 まだ三日目だった。


「今日は」


「上へ二つ」


 ドランは荷を顎で示した。


 布で包んだ四角い荷が二つ。縄で十字に縛ってあった。


「アステル区の商会宛てだ。ミラの乾かした草と坂の上の家の織った布。ゆうべ、二人が持ってきた。昼の籠で上げる」


 ドランは荷の縄を確かめた。


「担ぐか」


「担ぐ」


「上は久しぶりだろう」


「……名がついてから初めて」


「去年は、ここから担いで上げる荷がなかったからな。上へ行くのは下から上がってきて、籠に積んだまま抜けていく荷だけだった。ニヒロから上へ出すものがなかった」


 ドランは縄の結び目を指で押した。


 片手で解ける結び方だった。リュカが三年で自分で考えた結び方。


 二年のあいだにドランも、それで縛るようになっていた。


「上は焼けとらん」


 ドランは言った。


「二年たっても焼けとらん」


「……知ってる」


「知っとるか」


 ドランはそれだけ言った。


 リュカの肩の袋を見た。


 重さで少しだけ片方に傾いている袋。


 見たが何も訊かなかった。


 詰所の脇の石に坂の老人が座っていた。


 隣にカイの女房が立っていた。


 今日は何も言わなかった。籠の戸のほうを見ているだけだった。


 老人がリュカの担いだ荷を見た。


「……上かい」


「上」


 老人は頷いた。


 頷いて穴の奥の上のほうを見た。


 倅が二十年前に、上がっていったほう。


 老人は何も言わなかった。


---


 昼の籠で上がった。


 戸が閉まった。止め木が外れた。


 籠が上がりはじめた。


 三番街の屋根のない路地が下へ遠ざかった。


 詰所の屋根が見えなくなった。


 それから、摩天楼の壁が来た。


 壁はずっと続いた。


 上へ行くときは白を通らない。白は地上層と空層のあいだにある。ニヒロより下にしかない。


 代わりに壁の割れ目から差す光が少しずつ増える。


 上へ行くほど明るくなる。


 リュカは荷の縄の結び目を見ていた。


 見ながら数えた。


 割れ目の光。一つ。二つ。


 二年前にここを上がったとき、数えたかどうかは覚えていなかった。


 覚えていないものを二年ぶりに数えた。


 十一。


 籠が止まった。


 戸が開いた。


 光がまともに顔に当たった。


---


 アステル区の受け渡し場は明るかった。


 灯柱が切れ目なく並んでいた。昼でも点いていた。


 二年前と同じだった。


 何も変わっていなかった。


 ――腹が立つほどな。


 ドランならそう言った。リュカは腹は立たなかった。


 立たなかったが少しだけ目を細めた。


 荷を台に下ろした。


 台の向こうに男が座っていた。


 帳面と荷札の束と炭の欠片。


 男は荷札を一枚、取った。リュカの下ろした荷の縄に挟んであった荷札。


 読んだ。


 それから、帰りの荷の荷札を一枚、取った。新しい白い板。


 炭で書いた。


 リュカはその字を見ていた。


 読めない字の中に読める形が一つあった。


 ニヒロ。


 ――この男だ。


 荷札にニヒロと書く手。二年前は焼け跡と書いていた手。


 ドランが二年、言い続けた相手。


 男は顔を上げなかった。


「ニヒロの荷運びか」


 言った。


 顔を上げずに。


 リュカは少しだけ黙った。


 三番街の、とは言われなかった。


 焼け跡のとも言われなかった。


「……はい」


「帰りの荷は一つ。夕方の籠だ」


「はい」


「それまで好きにしてろ」


 男はそれだけ言って、次の荷札を取った。


 リュカは台から離れた。


 離れてから一度だけ振り返った。


 男はもう別の荷札に別の字を書いていた。


 ニヒロと書いた手は、次の地名を同じ速さで書いていた。


---


 受け渡し場を出た。


 通りは広かった。荷車が二台すれ違えるほど。


 敷石に灰はなかった。継ぎ目の奥まで白かった。


 通りの角にパンの台があった。


 焼いたばかりの匂いがした。


 値札の数字だけ読んだ。


 七。


 二年前も七だった。下の市では三。ニヒロにはパンの台がない。


 台の前に子供が一人立っていた。


 リュカよりずっと小さい。きれいな靴を履いていた。


 子供はパンではなくリュカを見ていた。


 リュカの靴を。


 それから、肩の重そうな袋を。


 子供の手を女が引いた。


 引かれて子供はパンの台の前を離れた。離れながら一度だけ振り返った。


 リュカは自分の靴を見た。


 焼け跡から来た靴。焦げたままの革。


 ニヒロでは誰の靴もこうだった。


 ここではリュカの靴だけがこうだった。


---


 第七通りへ歩いた。


 灯柱と灯柱のあいだは六歩。同じ歩幅で六歩。


 二年前に数えた。数えたとおりだった。


 受け渡し場から第一通り。第三通り。第七通り。


 灯柱の根元を白い衣の男が一人手を触れながら、歩いていた。二年前の男かどうかは分からなかった。年齢の分からない顔は二年たっても、年齢が分からなかった。


 第七通りは静かだった。


 突き当たりの手前に、石造りの家があった。


 看板は出ていなかった。


 石の段が一段。真ん中が深く凹んでいた。


 二年前より凹みが深い気がした。


 気がしただけかもしれなかった。


 段の前に人が並んでいた。


 三人。


 二年前は一人だった。


 いちばん前は腰の曲がった男だった。布の包みを両手で抱えていた。


 次は若い女。包みはなく手のひらを握ったり、開いたりしていた。手の中に何かあるらしかった。


 三人目は子供を連れた男だった。子供が小さな箱を持っていた。箱の蓋を何度も開けて閉めた。


 リュカは少し離れて立った。


 並ばなかった。


 並ばずに見ていた。


 戸が開いた。


 黒い上衣の女が出てきた。


 襟のところに小さな飾りが一つ。二年前と同じ服。同じ女だった。


 女は腰の曲がった男に何か言った。男が段を上がって中へ入った。


 女は戸を閉める前に列を見た。


 列の外のリュカを見た。


 靴を見た。


 ――焦げた靴の方はみなさん三番街です。


 二年前にそう言われた。


 靴は二年のあいだに一度、替えた。足が大きくなったから。トトが底を張り直した靴は、もう入らなかった。


 替えた靴は、焼け跡でドランが拾ってきた誰かの靴だった。それも焦げていた。


「……三番街の」


 女は言いかけて止まった。


「いえ。ニヒロの方ですね」


 リュカは何も言わなかった。


 上の荷受けの男が荷札に書く。荷札が上を回る。回った名をこの女も読んでいた。


「お並びですか」


「……いいえ」


「見料は一件、十です」


 女は言った。


「二年前と同じです。リュカ゠ルスールス様」


 名前を姓ごと呼ばれた。


 帳面を開かずに。


 リュカは少しだけ肩の袋を持ち直した。


 五十三が袋の中で鳴った。


 女はその音を聞いた。


 聞いて何も言わなかった。


「お並びになるときは列のうしろに」


 女はそれだけ言って戸を閉めた。


 閉まった戸の向こうに布が下がっているのをリュカは知っていた。布の向こうに目の動かない男がいることも。


 ――該当なし。無価値。


 二年前に三行ほどの紙にそう書かれた。


 五十三を見てもらえばまたそう書かれるかもしれない。書かれないかもしれない。


 それはどちらでもよかった。


 見料は十。膠の四分の一。


 百七から十を引けば九十七。


 払えない数ではなかった。


 リュカは列のうしろを見た。


 うしろには誰もいなかった。


 並べば四人目だった。


 ――その手のやつな。上の連中には言うなよ。


 根元の火の向こうでロアンはそう言った。


 ――登録所だの鑑定所だの。ステラ一枚がどこにあるか。知りたがるやつはいくらでもいる。


 石を見せれば袋を開ける。袋を開ければ手を出す。


 手を出せば手のひらを見られる。


 右の手のひらには線がある。左の手のひらには片が載っている。


 見せるつもりがなくても見える。


 リュカは外套の内側で左の手を握った。


 握っても片はそこにいた。


 しばらくして、戸が開いた。


 腰の曲がった男が出てきた。


 包みを抱えたまま。


 段を下りて、列の次の女の横を通るとき、男は笑っていた。


「該当なしだってさ」


 女は何も言わなかった。


「また来るよ。来年も」


 男はそう言って、第七通りを受け渡し場のほうへ歩いていった。


 包みは開かれないまま、男の胸にあった。


 ――また来る。


 該当なしと言われて、また来る客がここにはいた。


 来るところには客は来る。


 リュカは列には入らなかった。


 入らずに段の前を離れた。


---


 突き当たりに戸があった。


 二年前は壁だった気がする。


 灯柱が並ぶ壁の突き当たり。そこに新しい石を嵌めて、戸口が開けてあった。戸口の上に板が一枚。字と印。


 印は開いた本の形をしていた。


 字は読めなかった。


 戸口の前に人が並んでいた。


 さっきの看板のない家の列より長かった。十と少し。


 並んでいる者は、包みを持っていなかった。


 手ぶらだった。


 手ぶらで胸を押さえている者がいた。手首に布を巻いている者がいた。額に手を当てている者がいた。


 ――宿した者。


 石を身体に宿した者が並んでいた。


 戸口の脇に灰色の上衣の男が立っていた。


 手に帳面。


 列の先頭の若い男に言った。


「宿した場所を見せてください」


 若い男は上衣の前を開いた。


 胸の真ん中。肌の下に石の形が少しだけ浮いていた。


 灰色の男は帳面に何か書いた。


「次の方」


 次の女は手首の布をほどいた。


 手首の内側に硬い小さな膨らみ。


「次の方」


 リュカは列の外に立っていた。


 列の後ろのほうで二人の男が話していた。


「登録がなきゃ選抜戦にも出られねえ」


「出られなきゃ宿したって、ただの宿した奴だ」


「登録したって、ただの宿した奴だろ」


「登録した宿した奴だ」


 二人は笑った。


 リュカは外套の内側で右の手を開いた。


 線があった。冷たさがあった。


 ――宿した場所を見せてください。


 見せる場所は手のひらだった。


 手のひらを見せれば、もう片方の手のひらも見られる。


 リュカは右の手を閉じた。


 左の手も閉じたままだった。


 ――登録所は上にしかない。


 ニヒロにはない。下の市にもない。


 上にしかないものは、上で見せるしかない。


 見せられないものはどこにも出せない。


 列が一人ぶん前へ進んだ。


 リュカは進まなかった。


---


 第七通りを戻った。


 灯柱の根元に白い衣の男が立っていた。


 台座に手を置いていた。


 低い音がした。言葉ではない音。途中で一度だけ上がって、また下りる。


 音が終わると、灯柱の光が少しだけ強くなった。


 男は手を離した。


 離して次の灯柱へ歩きかけて止まった。


 リュカを見た。


「……写した字の方ですね」


 男は言った。


 年齢の分からない顔が少しだけ動いた。


「二年ぶりです」


「……覚えてたんですか」


「台座と同じ字を紙に写して持ってきた方は、あなただけでしたから」


 男は台座の字を指でなぞった。


「看板のない家へ行かれましたか」


「行った」


「見てもらいましたか」


「……見せなかった」


 男は少しだけ黙った。


 黙ってそれから六歩次の灯柱へ歩いた。


 リュカも六歩、歩いた。


「私は見てもらいました」


 男は台座に手を置いた。


「若い頃に。読めると言った方は、似た字と間違えていました」


「……丸が二つ離れてる字」


「覚えておいででしたか」


 男はまた少しだけ顔を動かした。


「見せれば間違えられることもあります。見せなければ、間違えられることはありません」


 男は口を開いた。


 低い音が出た。


 終わると光が少しだけ強くなった。


「どちらでも読めないままです」


 男は手を離した。


「読めないまま、三十二年、唱えています。唱えれば明るくなります。それは見せなくてもなります」


 リュカは外套の内側で左の手を握った。


 握っても光らなかった。


 唱えてもたぶん光らなかった。


「……三十二年」


「二年前に三十年でしたから」


 男は次の灯柱へ歩いた。


 六歩。


 振り返らずに言った。


「三百と少し。順番は変えません。変えると抜けますから」


 リュカは男の背中を見ていた。


 見ているうちに、男は第七通りの突き当たりのほうへ歩いていった。


 登録所の列の横を通りすぎた。


 列の誰も男を見なかった。


 男も列を見なかった。


 ――見せないまま三十二年。


 リュカは数えた。


 一日三百と少し。三十二年。


 数は大きすぎて、重さが分からなかった。


 分からないまま、男の歩いた六歩をもう一度数えた。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在5部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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