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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第二部 履いても灰は残る

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148/161

道具と、足りない手②

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第5部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 籠で上がった。


 詰所の脇に朝から荷が三つ置いてあった。ゆうべ、上から下りてきた籠が置いていった荷。


 三つとも荷札にニヒロとあった。上の誰かがニヒロの誰かに送った荷。


 ドランが詰所の奥から出てきた。


 手のひらに硬貨を載せていた。


「きのうの四つぶん」


 四十。


 リュカは受け取って袋に入れた。


 七枚に四十。四十七。


「今日の六つは明日だ」


「知ってる」


「明日の荷はまだ分からねえ。上が何を送ってくるか」


 ドランは荷札を一枚ずつ見た。


「一つは坂の上の家。二つは粉屋だ」


「粉屋」


「麦だよ。ネラが去年の冬から上に頼んでた」


 ドランはそう言って、麦の袋を手のひらで叩いた。


「金はネラが出した。何を売って出したのかは知らねえ」


 詰所の脇の石に坂の老人が座っていた。


 その隣にカイの女房が立っていた。


 きのうと同じところに。


 籠の戸のほうを見ていた。上から下りてくる籠も、下から上がってくる籠も戸が開くたびに見ていた。


 いま、下から上がってきた籠から出てきたのはリュカとリナンと荷だけだった。


「……乗ったかい」


 カイの女房が言った。


 ドランのほうを見ずに。


「乗った」


 ドランが言った。


「きのう、下から上がってきて、ここを抜けて、上へ行った荷だ。荷札の裏に書いた。上の荷受けに渡った」


「渡った」


「渡った。そこから先は上が決める」


 カイの女房は頷いた。


 頷いてまた籠の戸のほうを見た。


 ――十七番目はまだここにいる。


 荷札の裏の字は、リュカには読めなかった。読めないがドランが書くのを見ていた。


 短い字だった。


 短い字が上へ行って、上の誰かがそれを読む。


 読んだ誰かがカイに言うかもしれない。言わないかもしれない。


 リュカはそれを数えなかった。


 数えようがなかった。


 リュカは坂の上の家の荷を担いで、詰所の脇から坂の上の家へ回った。


 坂の上で宿の屋根が見えた。


 焼け残った半分は、二年前と同じ形だった。


 焼け落ちた半分の上は空だった。


 梁が三本。焦げて黒い。梁と梁のあいだに板が何枚か渡してあるだけ。板のあいだから空が見えた。


 荷を届けて宿の前に戻った。


 リナンが店先に立っていた。


 屋根を見上げていた。


「……直りますか」


「板がいる」


「板はありますね。焼け跡の長屋の」


「焦げてないのがいる。それと釘」


「釘」


「二百」


 リナンは少しだけ黙った。


「……四百」


「四百」


 リナンは市で値札を読んでいなかった。


 読んでいなかったがリュカの顔を見て言った。


 ――二で二百なら四百。


 リナンも数えていた。


「釘があったら」


「叩く」


「リュカくんが」


「叩く。上で」


 リュカは焦げた梁のいちばん端を見た。


「板を上で押さえる手がいる。押さえて叩く。一人だと板が滑る」


 リナンは屋根を見上げたまま、黙っていた。


 長く黙っていた。


「……上がれないです」


 小さく言った。


「知ってる」


「下から押さえるのは」


「下からだと届かない」


「……そうですね」


 リナンは見上げるのをやめた。


 やめて足もとを見た。


 リュカは何も言わなかった。


 理由は訊かなかった。


 二年前に平らなところで聞いた。夜の同じ高さのところで。


 聞いたことはもう聞いたことだった。


 土間の戸口からヴェスナが出てきた。


 箒は持っていなかった。


「屋根かい」


「屋根」


「去年も見上げてたね」


「……見上げてた」


「おととしも」


 ヴェスナは屋根を見なかった。


 土間の奥のほうを見た。


 土間の焼けた半分の下に桶が三つ並んでいた。伏せて。


 雨の日に上を向けて、置く桶だった。


 二年、そうしていた。


「雨は桶で受ければいいんだよ」


 ヴェスナは言った。


「受けて捨ててまた受ける。屋根がなくても宿は宿だよ」


 それから、少しだけ黙った。


「……桶が一つ漏りはじめたけどね」


 ヴェスナはそれだけ言って、土間へ戻った。


 リュカは伏せた桶を見た。


 三つのいちばん端。


 底の継ぎ目に細く光が通っていた。


 ――桶。


 数えるものが一つ増えた。


---


 麦の袋を二つ粉屋へ運んだ。


 リュカが一つ。リナンが一つ。


 一人で担げる重さだった。リナンは、袋を背中ではなく胸の前に抱えた。背中には畳んだ翼があった。


 東の横丁の粉屋の戸口でネラが待っていた。


 袋を見てそれから袋を抱えたリナンを見た。


「……二人で来たのかい」


「二人です」


 リナンが言った。


「羽の子が荷を担いでるよ」


 ネラは誰に言うのでもなく言った。


 言ってから戸口の奥を指した。


 奥に石臼があった。


 焼けなかった石臼。上の石と下の石。上の石の縁に木の柄が一本差してあった。柄は新しかった。焦げた柄を抜いて、差し替えたらしかった。


 石臼の溝に埃が溜まっていた。


 二年ぶんの埃だった。


 袋を石臼の横に下ろした。


 ネラは袋の口をほどいた。


 麦を一掴み出した。手のひらの上で転がした。


 焦げていなかった。


「……粉屋はね」


 ネラは言った。


「粉がなきゃ粉屋じゃないって言ったろ。二年前にあんたに」


「言ってた」


「麦が来たら粉屋だよ」


 ネラは麦を袋に戻した。


 戻して石臼の上の石の縁に手を置いた。


 押した。


 石が少しだけ回った。


 ごりっと溝の埃が鳴った。


「……重いね」


 ネラは手を離した。


「二年、回さなかったら、石も重くなるんだね」


 リュカは石臼の柄を見た。


 一本の柄を一人で回す臼だった。


 回すのはネラ一人。挽いた粉をふるうのも、袋に詰めるのもネラ一人。


「……手は」


「手かい」


「回す手」


 ネラは少しだけ笑った。


「娘がいたらね。上へ行っちまったよ。去年の星降りのあとの籠で」


 ネラは石臼の上の石を布で拭いた。


「いないものは数えないよ。粉はあたしの手で挽けるぶんだけ挽く」


 リナンが石臼の柄を見ていた。


 見ていてそれから手を柄に伸ばしかけた。


 伸ばしかけて止まった。


 ――持ってるやつからは取らない。


 柄はネラのものだった。


「……挽くとき呼んでください」


 リナンが言った。


「回すのはできます。たぶん」


 ネラはリナンを見た。


 長くは見なかった。


「羽の子に挽かせたって、上で言われるよ」


「言われてもいいです」


「……そうかい」


 ネラは布を置いた。


「じゃあ明日の朝。日が高くなる前」


 リュカは頷かなかった。


 頷くのはリナンだった。


 リナンは頷いた。


 ――一つ。


 足りない手が一つ足りた。


 ネラの手が一つ増えたのではなかった。リナンの手が一つネラのほうへ行った。


 行ったぶんどこかがまた足りなくなる。


 リュカはそれを数えなかった。


 数えるとまた足りなくなる気がした。


---


 鍛冶場でトトが鞴の縫い目を指でなぞっていた。


 炉はきのうと同じに冷たかった。


 リュカは投槍器を出した。


 鉤のついた細長い板。手元の革帯。


 革帯は二年前に、トトが縫い直した。鞴の革の余りで。


 縫い目がまた擦り切れはじめていた。手首に掛けるところ。指の当たるところ。


「縫える」


 トトは革帯を見て言った。


「革はまだ余ってる。縫うのはいつでも縫える」


 それから、リュカの外套の内側を顎で示した。


「杭」


 リュカは杭を出した。


 十一本。


 トトは一本ずつ手に取った。


 巻いた木の端を見た。木の下の鉄の芯の先を見た。


 細い鉄の芯に木を巻いた指二本ぶんの太さの棒。


 三本目で手が止まった。


 芯が半ばで曲がっていた。拳半分ほど。


 塔の中で曲がった一本だった。今朝、二年ぶりに撃った一本。


 七本目でまた止まった。


 芯の先が潰れていた。毎朝、的の板に当たって。


 巻いた木は削れば巻き直せる。帯を巻けば帯の分太くなる。


 鉄は削っても伸びない。


「……直せるか」


「直せねえ」


 トトは言った。


 すぐに言った。


「曲がった鉄は、熱くしなきゃまっすぐにならねえ。潰れた先は熱くして、叩いて尖らせる」


 トトは鎚を取った。


 焼けた柄を削り直して、新しい木を嵌めた鎚。


「叩くもんはある」


 鎚を膝に置いた。


「熱いもんがねえ」


 リュカは曲がった一本を受け取った。


 ――武器も直せない。


 十一本のうち二本。


 残りの九本も、毎朝少しずつ先が丸くなる。


 石の箱の二十三本は預かりのまま。預かりの杭を毎朝撃つわけには、いかなかった。


「……上の鍛冶屋は」


 トトが言った。


 鞴の縫い目を見ながら。


「どうやって、鍋一杯の膠を煮てんだろうな」


 リュカは答えなかった。


 答えを持っていなかった。


 トトも答えを待っていなかった。


 待っていなかったが鞴の縫い目から指を離さなかった。


---


 横丁の四本目で柄杓の子が祖父の家の戸口に座っていた。


 二年前より背が伸びていた。座った膝が二年前より高かった。


 戸口の前の平たい石の上に釘が並んでいた。


 焼けた釘。曲がった釘。頭の取れた釘。


 二年前も並べていた。空き地の石の代わりに。


「兄ちゃん」


 柄杓の子はリュカを見て言った。


 立ち上がらなかった。釘を並べる手を止めただけだった。


「……ドランのおじさんが釘探してるって。じいちゃんが言ってた」


「探してる」


「鉄って」


 柄杓の子は並んだ釘を指で押した。


「……これ」


 リュカはしゃがんだ。


 数えた。


 三十七。


 ドランは、焼け跡の釘は拾い尽くしたと言った。


 拾い尽くしたあとに三十七本ここにあった。


「どこで」


「あちこち。じいちゃんの家の焼けた戸の下とか。瓦の下とか」


「二年で」


「二年より前から」


 柄杓の子は言った。


「焼けた次の日から」


 リュカは釘を一本手に取った。


 黒かった。曲がっていた。頭が半分欠けていた。


 焼けた次の日からこの子は、石の代わりにこれを拾っていた。


 選ばないで。並べて。日に向けて。


「……持っていっていい」


 柄杓の子が言った。


「鉄なら。おれ数えたから。三十七」


---


 鍛冶場に戻った。


 トトの前の地面に三十七本を並べた。


 トトはしばらく黙って見ていた。


 それから一本、取った。


 金床の角に当てた。


 鎚で軽く叩いた。


 かつん。


 もう一度。


 かつん。


 三度目で釘が曲がった角から折れた。


 折れた先が炉の口に落ちた。


「……冷たいまま叩くと折れる」


 トトは言った。


「焼けた鉄は脆いんだ。いっぺん熱くして、ゆっくり冷まさねえと使いもんにならねえ」


 トトは残った半分を地面に戻した。


 三十六本と半分。


「鉄はある」


 トトは言った。


「炉がねえ」


 ――膠が先だ。


 きのう、トトはそう言った。


 今日それがもう一度確かになった。


 鉄があっても、炉がなければ、鉄はただの黒い釘だった。


「……預かっとく」


 トトは、三十六本と半分を手のひらで寄せた。


 寄せて石の箱の杭の横に置いた。


「あの子に言っとけ。返す相手がいるうちは、預かりもんだって」


---


 柄杓の子はまだ戸口に座っていた。


 平たい石の上は空だった。


「どうだった」


「預かるって」


「……使えないの」


「今は」


 柄杓の子は空の石を指でなぞった。


「おれも運べる」


 言った。


 リュカの顔を見ずに。


「麦の袋。兄ちゃんきょう羽の姉ちゃんと粉屋に運んでた。見てた」


 リュカは何も言わなかった。


「おれも担げる。じいちゃんの水毎日、汲んでる。桶、二つ」


 ――十二。


 ドランに連れられて、宿の屋根裏に上がったのは十二のときだった。


 外套を持っていなかった。客の忘れ物の外套をヴェスナが渡した。


 この子がいくつなのかは知らなかった。


 背丈は、あのときの自分と同じくらいだった。


「……籠には乗せられない」


 リュカは言った。


「誰を荷運びにするかはドランが決める。俺じゃない」


「……そう」


「そう」


 柄杓の子は空の石を見ていた。


 リュカは立ち上がりかけて止まった。


 ――名前を。


 二年前もここでそう思った。


 思ってやめた。


 今日も口を開きかけた。


 開きかけて閉じた。


 訊いたらミラが書く。書かれたら名前になる。


 名前になったら、この子は名簿の上で担げる手の二つに数えられる。


 数えるのはまだ早い気がした。


 リュカは立ち上がった。


「……釘は数えておく」


「三十七」


「三十六と半分」


 柄杓の子は少しだけ笑った。


---


 日が落ちてからイサが来た。


 桶を提げずに。


 竈の前に座った。


 椀が四つ。


 豆はきのうより少しだけ多かった。ヴェスナがそうした。イサは何も言わなかった。


 食べ終えてからリュカは数を言った。


 ヴェスナに。


 四十七枚。十八日で入るぶん。去年の二百十。冬のぶん。膠の四十。釘の四百。


 ヴェスナは鍋の底を柄杓でこそげながら、聞いていた。


 リナンは、土間の西の隅でバルの袋の口を縫い直していた。ミラの針で。


 ヴェスナは最後まで聞いた。


 聞いて柄杓を止めた。


「冬のぶんを先に数えな」


 言った。


「膠は冬を越してからでも膠だよ」


 リュカは何も言わなかった。


 ――冬を越したら籠は止まっている。


 止まっている籠では下へ膠を買いに行けない。


 言わなかった。


 言わなくても、ヴェスナは知っていた。


 知っていて言った。


 ヴェスナはまた柄杓を動かした。


「屋根も膠も釘も。どれも食べられないよ」


「……知ってる」


「知ってることを数えてるんだね」


 ヴェスナはそれだけ言った。


 イサが椀を膝の上に置いた。


「……冬は長いよ」


 イサが言った。


 誰に、とは言わなかった。


「去年の冬は長かった。今年の冬も長い。長いのは毎年だよ」


 イサはそう言って、背中を少しだけ伸ばした。


 伸ばしきらなかった。


「長い冬を越すのはね豆じゃないよ」


「……何」


「数だよ。何日ぶんあるか知ってりゃ越せる。知らないと越せない」


 イサはヴェスナのほうを見た。


「この婆さんは、知らないふりをするのがうまいからね。あんたが数えときな」


 ヴェスナは何も言わなかった。


 柄杓で鍋の底をもう一度こそげた。


 こそげるものはもうなかった。


---


 屋根裏で数え直した。


 横になって隙間の暗がりを見て。


 膠。豆。鍋。鉄。


 きのうの四つ。


 板。釘。桶。


 今日の三つ。


 それから。


 ――手。


 数えられる手を数えた。


 宿に六つ。リュカの二つ。リナンの二つ。ヴェスナの二つ。


 そのうち籠の荷を担げるのは四つ。


 屋根に上がれるのは二つ。


 鍛冶場に二つ。トトの二つ。炉に火が入らなければ、木を巻く手。


 詰所に二つ。ドランの二つ。止め木を引く手。


 横丁の四本目に二つ。籠には乗せられない手。


 二十八人の五十六の手。


 そのうち屋根の上で板を押さえられる手は。


 リュカは数えるのをやめなかった。


 やめなかったが数はそこで止まった。


 止まったところから先がなかった。


 ――足りない。


 手が足りない。


 道具が足りない。


 足りないものを数えると、数えるたびに増えた。


 増えたものを一つずつ数えた。


 膠。


 一。


 ――籠はあと十八日。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在5部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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