灰と、箒②
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第5部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
詰所の前に人がいた。
二年でいちばん多かった。
籠が動くと人が来る。下へ用のある者。上へ用のある者。荷を出したい者。荷を待っている者。
ドランは止め木の前に、立っていた。
工具を腰に差したまま。
「坊主」
「……何日」
リュカは先に訊いた。
ドランは少しだけ口の端を動かした。
「二十日ばかりだ。去年と同じなら」
「去年は十九日だった」
「数えてやがる」
「数えた」
ドランは綱を見上げた。
穴の奥の暗がりで太い綱が震えていた。
「降った夜の光はここまで届く。届くのはその夜だけだ」
「知ってる」
「満ちたぶんだけ動く。減ったら止まる。止まったらまた来年だ」
ドランはそう言って、止め木の柄を握った。
「荷は四つ。下へ二つ。上から二つ」
「下へ行く」
「受け渡し場にバルがいる」
「知ってる」
「知ってることばかりだな、坊主は」
ドランは、それから声を少しだけ落とした。
「……二十日のうちに、上から鉄を下ろしたい」
「鉄」
「釘でも蝶番でもいい。焼け跡の釘はもう拾い尽くした」
「誰の」
「誰のでもねえ。街のだ」
ドランはそう言って、止め木の柄を握り直した。
「金はねえ。だから、二十日のうちに、下りて上がる荷を増やす。荷が増えりゃ運賃が上に払われる。払われたぶんの何割かがこっちに落ちる。落ちたぶんで鉄を買う」
――数えている。
ドランも数えていた。
「坊主の足が要る」
「……足はついてる」
「ならいい」
バルの言い方だった。
ドランは自分でも、そう思ったらしかった。
少しだけ顔をしかめた。
ドランは荷札を一枚リュカに渡した。
薄い板。行き先の字が炭で書いてあった。
リュカはそれを見た。
読めない字の中に読める形が一つあった。
ニヒロ。
ミラの字ではなかった。上の荷受けの字だった。上の荷受けがニヒロと書いていた。
二年前は焼け跡と書いてきた。
ドランが二年上に言い続けた。
焼け跡じゃねえ。ニヒロだ。
荷札の地名は三年見て覚えた。それから二年で覚えた形は、一つ増えただけだった。
この街の形だけが増えた。
---
詰所の脇の石の上に坂の老人が座っていた。
ふだんは昼のあいだだけそこにいる。籠が動く日は朝からいた。
二年前より背が丸かった。
籠が鳴るたびに穴の奥を見ていた。
倅はまだ下りてこない。
二十年と二年。
老人はリュカを見て、少しだけ頷いた。
「動いたな」
「動いた」
「動くうちは見とくよ」
老人はそう言って、また穴の奥を見た。
老人の隣にカイの女房が立っていた。
籠の戸のほうを見ていた。
上から下りてくる籠から誰が出てくるのか。
カイは上にいる。焼けた次の朝の籠で上へ運ばれた。頭を打っていた。傷のことは分からない。便りは籠が来なければ来ない。
去年の十九日のあいだに便りは来なかった。
「……坊主」
カイの女房が言った。
リュカのほうを見ずに。
「上へ行く荷に言伝は乗るかい」
「荷札の裏なら」
「字は書けないよ」
「ドランが書ける」
カイの女房は少しだけ黙った。
「じゃあドランに頼むよ。十七番目はまだここにいるって」
リュカは頷いた。
頷いてドランのほうを見た。
ドランは聞こえていた。
止め木の柄を握ったまま、小さく頷いた。
---
籠で下りた。
白を二十三。
地上層。受け渡し場。
バルは荷札を数えていた。
顔を上げなかった。
「兄ちゃんか」
「はい」
「足は」
「ついてます」
「ならいい」
バルは二年で言葉が減らなかった。増えもしなかった。
リュカは荷を台に下ろした。
バルが荷札に印を押した。
押した荷札の行き先は上の地名だった。ニヒロを通っていく荷。ニヒロに下りない荷。
「……バルさん」
「何だ」
「下の市に豆は」
「ある。高い」
「いくら」
「去年の倍だ。降る前に上が買い込んだ。下がるのは遅い」
リュカは懐の硬貨を数えなかった。
数えなくても分かっていた。
一包みなら買えた。
「一包み」
「自分で行け。市は三十歩だ」
バルはそう言って、また荷札を数えた。
---
下の市は三十歩だった。
星降りのあとの市は人が多かった。上から下りてきた荷が台に並んで、値札がどれも書き直してあった。
市の入り口で薬屋の老人が戸を開けていた。
リュカを見て、少しだけ顎を上げた。
「足は」
「……冷やしてません」
「ならいい」
老人はそれだけ言って、戸口の奥へ戻った。
二年前に足を冷やすなと言った老人だった。言ったことを覚えていた。
豆の台で一包み買った。
値は去年の倍だった。台の男は、上が買い込んだからなと言った。買い込んだ上の荷がいまこの台に並んでいるのだとは言わなかった。
市の奥へ少しだけ歩いた。
金物の台の二つ隣。
古い木の棚が三段。
本がぎっしり並んでいた。
台の後ろの椅子は空いていた。
――嘘つきの棚。
二年空いたままだった。
本には布が掛けてあった。誰が掛けたのかは知らなかった。
「来てないよ」
隣の革の台の女が言った。
顔は知っていた。名は知らなかった。
「二年、来てない」
「……どこに」
「知らないよ。誰も知らない。棚だけ置いてった」
女は量りの皿を布で拭いた。
「布はあたしが掛けた。埃が溜まるからね」
「……ありがとうございます」
「あんたが礼を言うことじゃないよ」
女はそう言って少しだけ笑った。
「でも、まあ。言う人がいないからね。あの爺さんの代わりに」
リュカは棚のいちばん下の段を見た。
少しだけ飛び出していた本があった。
二年前に指で押し戻して、隣と揃えた本だった。
揃ったままだった。
願わなかった一族の話をしてくれた爺さんだった。セイルをリュカに引き取らせた。
セイルは、毎晩爺さんの声で話を繰り返した。一年目は。
二年目は繰り返さなくなった。
覚えたくない声は、覚えない鳥ではなかった。忘れる鳥だった。
リュカは本には触らなかった。
触れば片づけたことになる気がした。
---
受け渡し場に戻った。
リュカは、受け渡し場の木札を袖に挟んだ。
何百回も袖に挟まれて、縁の磨り減った木札。
受け渡し場の東の戸口から外を見た。
地上層の空は低かった。雲の蓋の明るいところが少しだけ東に寄っていた。
轍が東へ延びていた。一万五千で消える轍。
その先に岩場。その先に白。白の中に塔。
見えなかった。
見えないところに坂の一本がまだある。
七つの坂の二つが上の壁に貼りついている。下の五つはどこかへどかされた。
――次に登るときはいますね。
リナンは二年前にそう言った。
次に登る理由は二年来なかった。
来たら数える。
リュカは戸口から離れた。
---
昼過ぎの籠で上がった。
豆の包みを外套の内側に入れて。
隙間が開いた。
屋根のない路地。井戸の広場。空き地の四角い地面。
黒い山が一つあった。
二年前は三つだった。
籠が止まっているあいだリュカは山を運んだ。焼けた梁。崩れた瓦。煤けた石。
荷車に載せて、路地の端の崖の縁まで。往復で三十歩と少し。
二年で山が二つなくなった。
日当は出なかった。誰の荷でもない荷だった。
――荷運びののままだ。
宿ってすぐのころにそう思った。何も出ないなら、呼び方は変わらない。
変わらなかった。
運ぶものが荷から瓦礫に変わっただけだった。
残った一つの山のいちばん上に焼けた石が積んであった。土台の石。竈の石。
崩れていない四角い石だけを選んで積んだ。
何に使うかは決めていなかった。
選んで積んだのはリュカだった。
――選ぶのは三年石でしていた。
石段の途中で鍛冶場の炉の脇を通った。
炉は冷たかった。
二年冷たかった。
炉の口に灰はなかった。灰が出るほど焚いたことがなかった。
トトが炉の前に座っていた。
膝の上に杭を一本。巻いた木の端を小刀で削っていた。
炉の横に鞴があった。
革は張ってあった。縫い目が細かく揃っていた。二年前に縫いはじめて、去年の春に縫い終えた。
縫い終えても膠がなかった。
膠は炉が焚けなければ、煮られない。炉は鞴がなければ焚けない。鞴は縫えた。縫えたのに、継ぎ目を固められない。
踏めば継ぎ目から風が逃げる。
「……籠、動いたな」
トトが言った。
顔を上げずに。
「動いた。二十日ばかり」
「膠は下の市か」
「革の台にある。一欠片、一シャルド」
「欠片じゃ足りねえ」
トトは小刀を止めた。
「鞴の継ぎ目を固めるにゃ鍋に一杯要る」
「……訊いた。鍋に一杯なら四十欠片」
「四十シャルドか」
トトはそう言ってまた削った。
「上の鍛冶屋は自分で煮るんだろうな。炉があるから」
「……たぶん」
「行ったことねえけどな。上の鍛冶屋」
トトはそう言ってまた削った。
削った木の屑が冷たい炉の口に落ちた。
「……三十歩は」
トトが言った。
顔を上げずに。
「伸びたか」
「伸びない」
「二年でか」
「二年で」
トトは小刀の刃を木から離した。
「杭は伸びねえ。巻き直しても伸びねえ。俺が巻いたぶんだけ重くなる」
「……重くなっても来る」
「来るのは知ってる。毎朝、見てた」
トトは空き地のほうを顎で示した。
「三十歩のところで毎朝、落ちてた」
――毎朝、見てた。
二年前まではときどき見ているだけだった。
この二年は毎朝だった。
「炉に火が入らねえ鍛冶屋は」
トトが言った。
「鍛冶屋か」
リュカは答えなかった。
答えを持っていなかった。
トトも答えを待っていなかった。
炉の脇の焼けなかった石の箱に杭が並んでいた。
布に包んで。二十三本。
「返す相手がいるうちは預かりもんだ」
トトは箱を見ずに言った。
二年言わなかったことを今日は言った。
籠が動いたからかもしれなかった。
「ドランが鉄を下ろしたいって」
リュカは言った。
「二十日のうちに。釘でも蝶番でも」
「鉄か」
トトは少しだけ顔を上げた。
「鉄があっても、炉がなきゃ打てねえ」
「……知ってる」
「知ってて言うのか」
「数えてる」
リュカは言った。
「膠と鉄と。どっちが先か」
トトはリュカを見た。
長くは見なかった。
「……膠だ」
トトは言った。
「鉄は待てる。錆びるだけだ。炉は待つと冷えたままだ」
――冷えたまま。
二年冷えたままだった。
リュカは膠と数えた。
一つ目に。
---
薬房の焼け跡でミラが記録の束を開いていた。
土台の石の上に乾かした草が並んでいた。去年より少しだけ多かった。
ミラはリュカを見て、束のいちばん上の紙を指で押さえた。
リナンが隣で草を裏返していた。
乾かす草を日に向けて一枚ずつ。
二年そうしていた。下の市でしか買えない草は、籠が動くあいだにリュカが買ってきた。
リナンは下りなかった。籠に乗るには、四百か荷運びの木札が要った。
飛ばなかった。
坂も石段も歩いて上り下りした。
リナンはリュカを見て、少しだけ手を止めた。
「豆買えましたか」
「一包み」
「倍でしたか」
「倍」
「ミラさんが倍だろうって、言ってました。草もたぶん倍だって」
リナンはそう言って、また草を裏返した。
「数えに来たの」
「……数えに来た」
ミラは紙をリュカのほうへ向けた。
読めない字が並んでいた。
並んでいる字のいちばん下に数があった。
数の形は読めた。
二十八。
「減ったのが四人」
ミラは言った。
「籠で上へ行ったのが二人。去年の星降りのあとに。下へ下りて、戻らなかったのが一人。それから」
ミラは少しだけ黙った。
「坂の樽を干してた家のお婆さん。冬に」
リュカは頷いた。
知っていた。
知っていたが数えたのは今だった。
「来たのが一人」
ミラは紙の下のほうを指した。
一行だけほかと書き方が違った。
「生まれたの。先月」
「……誰の」
「名を書いてなかった人の。去年名を訊いた」
ミラはそう言って、その一行の横を指でなぞった。
「子のほうの名はまだない」
「まだない」
「親が決めてないの。決めるまで書かない」
ミラは紙から指を離した。
「書かなかったらただの音。書いたら名前。……二年前にわたしがそう言ったのよね」
「言った」
「音もまだないのよ。この子は」
リュカは紙のその一行を見た。
読めない字が少しだけ並んでいた。親の名。それから生まれた日。それから、何も書いていないところ。
何も書いていないところがいちばん新しかった。
「名を書いていない者は十二」
ミラが言った。
「二年前は二十だった。四人、訊いた。四人は訊く前にいなくなった」
「……残りは」
「訊く」
ミラは束を閉じた。
「会ったときに。一人ずつ。急がない。急ぐと違う名になる」
---
夕方。
空き地の石垣の上に腰を下ろした。
路地の何本かから煙が上がりはじめた。
竈の煙。夕方に一度だけ火種石を割って、鍋を一つ煮る煙。
数えた。
一本。二本。三本。四本。
五本。
六本。
――六。
二年前は五本だった。
一本増えていた。
生まれた子の家の煙かもしれなかった。
そうではないかもしれなかった。
坂の途中の屋根を半分だけ葺き直した家から細い声がした。
泣く声だった。
短くて高くてすぐに止んだ。
名のない声だった。
名がなくても泣いた。
泣いたのをリュカは数えなかった。
数えるものではなかった。
数えたから増えたのが分かった。
リュカは左の手を開いた。
片があった。
夕方の光でも光らなかった。
――言わなくてもいずれ知れる。知れたら取りに来る。
根元の火の向こうでロアンがそう言った。
二年誰も来なかった。
上の誰も。オリンピアも。
ステラ一枚が小銭の街の小銭の重さでここにある。
知れていないのか。知れていて来ないのか。
分からなかった。
二年で数えたものがあった。
籠が動いた日。去年は十九日。
星降り。二度。
選んでいない石。五十三。
帰投。毎朝二十歩と三十五歩と五十歩。五十歩は毎朝三十歩ぶん戻って落ちた。
鎖線。毎朝三角に一度。
黒い山。三つが一つ。
名を書いていない者。二十が十二。
住む者。三十一が二十八。
竈の煙。五が六。
――遅いのは悪くない。数える時間がある。
アステナはそう言った。
数える時間はあった。二年ぶん。
数えるものはいくらでもあった。
片のことだけは数えるものがなかった。
閉じた。
「……光りませんでしたね」
リナンが石垣の下に来ていた。
包みを膝に載せて。
「光らなかった」
「わたしの新しい弦は鳴りました」
「鳴った」
「リュカくんのは鳴らないし光らない」
「鳴らないし光らない」
リナンは少しだけ黙った。
「でも、落ちないですね」
「落ちない」
「二年落ちないのすごいと思います。わたし二年でミラさんの針を三本なくしました」
「三本」
「三本とも土間のどこかにいます。たぶん」
リナンは少しだけ笑った。
「落ちないのは、たぶん置かれたからですね。持ってきたんじゃなくて」
リュカは何も言わなかった。
――来たものだ。
持ってきたものではない。てっぺんの段であの男にそう言った。
来たものは落ちない。
持ってきたものは落とすことがある。坂の一本のように。
来たものと持ってきたもの。
数え方が違った。
---
宿の店先でヴェスナが箒を使っていた。
夕方の掃除。
朝も掃いた。夕方も掃く。
灰は朝と同じだけ出た。
リュカは豆の包みを土間の台に置いた。
「イサさんの」
「置いときな」
ヴェスナは掃きながら言った。
「高かったろ」
「去年の倍」
「毎年そうだよ」
ヴェスナは店先の端まで掃いた。
掃いて箒を止めた。
止めてそれから柱に立てかけなかった。
リュカのほうへ柄を向けた。
差し出したのではなかった。向けただけだった。
リュカは柄を見た。
焦げて黒くなった穂先。手の形に擦れた柄。
ヴェスナの手の形だった。まだ少し大きかった。
リュカは柄を握った。
ヴェスナは何も言わなかった。
土間へ入っていった。
リュカは店先を掃いた。
敷石の継ぎ目に穂先を入れた。
灰が出た。
掃いた。
また出た。
――灰はまだ出るからね。
二年前の夕方にヴェスナがそう言った。名前がついたって、掃くのは同じだよ、と。
出るぶんだけ掃いた。
掃いて数えなかった。
灰は数えるものではなかった。
梁の上でセイルが言った。
「……ニヒロ」
リュカの声で。
リュカは箒を柱に立てかけた。
ヴェスナが立てかけるのと同じ高さに。
---
日が落ちてからイサが来た。
桶を提げずに。
土間の竈の前に座った。
ヴェスナが鍋を竈に載せた。
豆をひとつまみ鍋に落とした。
「……あたしの豆だよ、それは」
イサが言った。
「知ってるよ」
ヴェスナが言った。
「あんたがここで食べるぶんだよ」
イサは何も言わなかった。
言わずに膝の上で手を組んだ。
椀が四つ。
ヴェスナとイサとリナンとリュカ。
二年前は三つだった。
イサがここで食べるようになったのは、去年の冬からだった。自分の竈に火を入れなくなってから。
誰もそのことを言わなかった。
ヴェスナが椀を一つ多く出すようになっただけだった。
リュカは豆を噛んだ。
固かった。
長く噛んだ。
長く噛むとたくさん食べたことになる。塔の門の前でリナンがそう言った。
リナンも長く噛んでいた。
---
――籠はあと十九日。
十九日のうちに、何を運び込めるか。
膠。豆。鍋。鉄。
数えはじめた。
数えるものが多すぎた。
多すぎるものを一つずつ数えた。
一。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在5部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)
よろしければ是非応援頂けますと幸いです。




