星の欠片と、ただの小銭③
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第5部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
三人がいた。
弧の右の端から三歩、内。ロアンが片膝を立てて、座っていた。
腰の後ろに弦を張ったもの。
ロアンの向こうにアステナが座っていた。膝の上に短い杖。手の中に珠。
革の背負い袋が三つ。鉄の杭の束。鎚。煤けた油皿。
ゼクスは尖ったものの前に、立っていた。
槍を右の肩に。三つの環。左の腕は身体の脇に下がったまま。
足元の床だけ焦げ跡がなかった。
立っていた場所だった。何日も。
一度目にふた晩立っていた。段の縁の杭の列の真上に。
今は尖ったものの前に、立っていた。
ゆうべ、煤の段から見上げた白い光は縁の上だった。
――夜は縁。昼は尖ったものの前。
立つ場所を変えていた。
夜は来るほうを見ていた。昼は窪みの前を塞いでいた。
窪みを見ていなかった。
こちらを見ていた。
縁の上に顔を出したリュカを。
「――来たか坊主」
ロアンが言った。
軽い声だった。
軽いが立ち上がらなかった。
「……来た」
「翼の子は」
「下に。五十八本目」
「上げてやれよ」
「……上げる」
「その前に一ついいか」
ロアンが顎で段の上を示した。
焦げ跡のあいだの石。
「あれ坊主のだろ」
「……外れた石だ」
「拾わねえのか」
「拾わない」
「なんで」
「置いていくって決めた」
ロアンは少しだけ黙った。
「俺は杭だけ拾った。石は拾わなかった。坊主のもんだからな」
「……知ってる」
「坊主のもんを坊主が拾わねえなら、ずっとここだぞ」
「ずっとここでいい」
リュカは言った。
「外れた石は外れた石だ。持って帰っても宿らない」
「……持って帰ってもか」
ロアンはそう言って、少しだけ口の端を上げた。
「上げてやれ。翼の子が待ちくたびれる」
リュカは縁に腹這いになった。
腹這いのまま、右の手を下へ伸ばした。
リナンの手がそれを握った。
引いた。
リナンが縁を越えた。
越えて膝をついた。
背中の翼は畳んだまま、少しも浮いていなかった。
ロアンがそれを見た。
「……背中に杭刺して登ってきたのか」
「布に」
リュカは言った。
「翼には刺してない」
「布に刺してどうすんだ」
「線が張る」
ロアンは少しだけ黙った。
「……見えねえぞ」
「見えない」
「見えねえもんで、翼の子の翼押さえてきたのか」
「押さえてきた」
ロアンは片膝を立てたまま、手を少しだけ伸ばした。
リナンの背中の二本の杭のあいだへ。
リナンが少しだけ身体を固くした。
ロアンの指が止まった。
何もないところで。
止まって少しだけ押した。押し返された。
「……冷てえ」
ロアンが言った。
灯りの向こうで眉を上げた夜と同じ顔だった。
「冷てえなこれ」
「冷たい」
「坊主の手と同じか」
「同じ」
ロアンは手を引いた。
引いて自分の指を見た。
何もついていなかった。
「……ふうん」
それだけ言った。
ロアンは笑わなかった。
笑わずにアステナのほうを見た。
「参謀」
「読めない」
アステナは言った。
珠を一つ繰って。
「読めないもの五つ目」
「五つ目」
ロアンが繰り返した。
「何をしに来るのか。曲がった杭。石。戻る杭。それとこれ」
アステナは珠をもう一つ繰った。
「――五つともこの子」
---
リュカは立った。
膝は抜けなかった。
ゼクスを見た。
ゼクスもリュカを見ていた。
尖ったものの前。十五歩。
――戻れ。
六度言った男だった。
今日は言わなかった。
言わずに見ていた。
リュカは歩いた。
一歩。
二歩。
焦げ跡を避けずに。外れの石を踏まずに。
五歩。
止まった。
ゼクスから十歩。
尖ったものから十歩と少し。
窪みの横の杭から。
――二十歩もない。
三十歩よりずっと近い。
呼べば来る。
呼ばなかった。
まだ。
---
「……持ってきたか」
ゼクスが言った。
誰に、とは言わなかった。
お前とも言わなかった。
――なら次は持って来い。
何を、とは言わなかった。
何を持ってくるのかは、自分で決めろと言われた気がした。
言われてはいなかった。言われていないことを自分で決めてきた。
「……持ってきた」
リュカは言った。
「一人で持ってきたものはない」
ゼクスは何も言わなかった。
「杭は俺のだ。日当で買った。三年前に五本。それから少しずつ。でも、十本を選んで、量って巻き直したのはトトだ。七本は選び直してもらった」
外套の内側の杭に手を置いた。
「水は井戸の水。イサの井戸。袋はバルとリナン」
腰の袋。
「豆はヴェスナ。布はミラ。木札はバルが渡して、ドランが捨てるなと言った」
袋。外套の内側。
「紙は五枚。字はミラのとコルベルのと俺が写した誰かの字。読めない。一枚は白い」
ゼクスは何も言わなかった。
「投槍器は拾った。市の裏手で。直したのは俺だけど、拾ったものだ」
リュカは少しだけ黙った。
「――俺が一人で持ってきたものは何もない」
言った。
「手のひらの線も。持ってきたものじゃない。来たものだ」
――それは持ってきたものではない。
根元でこの男がそう言った。
この男の言い方だった。
「だから、預かったものと誰かの手の入ったものだけを持ってきた」
ゼクスはリュカを見ていた。
長くはなかった。
短くもなかった。
それから言った。
「……そうか」
六度目だった。
---
ゼクスは動かなかった。
尖ったものの前から。
槍を肩から下ろしもしなかった。
――通さない。
二度目に姓を訊いてそう言った。
今日は言わなかった。
言わなかったが尖ったものの前に、立っていた。窪みとリュカのあいだに。
――通さないとは言っていない。
通すとも言っていない。
リュカは右の手を見た。
開いた。
線。冷たさ。
窪みの横の杭のほうへ。
手のひらの冷たさが少しだけ引かれていた。
――あの一本。
呼べば来る。
来る線の真ん中にゼクスが立っている。
来る杭はゼクスの背中に当たる。
当たる前にゼクスが取る。
取れば来ない。
――持ってるやつからは取らない。
ゼクスが握れば、杭はゼクスの手の中で引っぱるだけだ。
「……リナン」
「はい」
「そこにいて」
「……はい」
リナンは上がり口のそばで膝をついたまま、動かなかった。縁はすぐ後ろだった。下がる場所はなかった。
ロアンが片膝を立て直した。
アステナの珠が止まった。
---
リュカは右へ歩いた。
弧に沿って。
三歩。
窪みの横の杭と自分のあいだから、ゼクスを外すために。
ゼクスも歩いた。
速さを変えない一定の足音。
三歩。
窪みとリュカのあいだにまた立った。
――同じだ。
左へ歩いた。
五歩。
ゼクスも五歩。
あいだに立った。
一定の足音で。迷いなく。
――読まれているのではない。
見ている。
見て動いている。
リュカは止まった。
止まって外套の内側から杭を一本、出した。
まっすぐな一本。
投槍器につがえた。
ゼクスを狙わなかった。
ゼクスの右の床へ。
撃った。
かつん。
焦げ跡のあいだに当たった。
ゼクスは動かなかった。
右の床に杭が転がっていた。
――動かない。
当てる気のない杭では動かない。
拾う形で手を出した。
来た。
ゼクスの足元から転がって、浮いてまっすぐリュカの手へ。
ゼクスはそれを見ていた。
取らなかった。
――取らない。
取れたはずだった。足元を通った。
取らなかった。
---
二回目。
ゼクスの左へ。
かつん。
来た。
ゼクスは取らなかった。
三回目。
ゼクスの足元の少し前。
かつん。
来た。
四回目。
五回目。
撃って呼んで来る。
撃って呼んで来る。
「……六」
アステナが言った。
珠を繰らずに。数だけを。
「撃って六。戻って六」
「数えてんのか参謀」
「数えてる」
「何のために」
「読めないから」
アステナは言った。
「読めないものは数える。この子がそうしてる」
ロアンは何も言わなかった。
言わずに腰の後ろの弦を張ったものに、手をやりかけた。
やりかけてやめた。
――三歩。
一度目にアステナがそう言った。ゼクスが決めた。わたしたちは三歩。
ロアンは三歩よりももっと離れていた。
七回目。
ゼクスの両足のすぐ後ろの床へ。
かつん。
ゼクスは動かなかった。
杭はゼクスの踵の後ろで跳ねて止まった。
手を出した。
来た。
ゼクスの両足のあいだを抜けて。
――取らない。
両足のあいだを抜けても、取らなかった。
八回目。
九回目。
――十。
十回目を撃った。
来た。
十回撃って十回、戻った。
外套の内側の杭は、一本も減っていなかった。
撃ったのは同じまっすぐな一本だった。十回。
「……十」
アステナが言った。
「同じ一本で十」
ゼクスが初めて、少しだけ目を細めた。
――見ている。
撃たれた杭ではなく戻ってくる杭を。
根元で戻ってきた杭を長く見ていたように。
杭は減らなかった。
一度目はここで九本が零になった。撃った杭は、雲へ落ち段に転がり一本だけが刺さった。
今は十本のままだった。
十一回目を撃とうとしたとき。
――白。
ゼクスの槍の穂先が少しだけ傾いた。
柄の真ん中を握ったまま。
白い線が出た。
リュカの足元の一歩前を。
水平に。床すれすれを。
焦げ跡が一つ増えた。
――撃たせない。
当てなかった。
一歩前の床。
六日目の朝と同じだった。
あの朝は、曲がった一本が指一本ぶん外れた。外れてそれから槍が来た。
誰かの名前を呼んで、槍そのものが撃ち出された。膝のすぐ前の床に突き立った。床が割れた。リュカは後ろへ飛ばされた。縁まで。
その前から膝は伸びなかった。立てないまま撃たれた。
今日も一歩前の床だった。
今日は動けた。
――アルゲとは呼ばなかった。
誰かの名前を呼んで、槍そのものを撃ち出して、一歩前の床を割った。あの日は。
今日は呼ばなかった。
白い線だけだった。
リュカは止まった。
止まって杭をつがえたまま、ゼクスを見た。
ゼクスもリュカを見ていた。
---
風が来た。
弧の側から。雲の上を渡ってきた風。
右、二つ。左、三つ。
日が傾きはじめていた。
リュカは撃たなかった。
撃ってもゼクスは取らない。
撃ってもゼクスは動かない。
撃てば白い線が一歩前を焼く。
――通さないとは言っていない。
通すとも言っていない。
なら。
――取りに行くと来ねえ。
ロアンの言葉を思った。
力で取れるものじゃねえ。外そうとすると外れねえ。取りに行くと来ねえ。
――取りに来ていた。
今日も。
一度目もそうだった。
四十本を担いでは来られなかったから、十本を持って来た。坂で一本、落とした。九本で全部を出して、一本だけ届かせた。窪みの指一本ぶん横に。
届かせたのは取りに来たからだった。
取りに来て、届いて刺さって、それで終わった。
刺さったまま待たせた。
待たせたのは、取らなかったからではなかった。取れなかったからだ。
――今日は。
ゼクスを外して呼ぼうとした。外すために歩いた。外すために撃った。
取りに来ていた。
杭を。
杭の横の青い光を。
リュカは投槍器から杭を外した。
外して外套の内側に戻した。
投槍器も戻した。
ロアンが小さく息を吐いた。
アステナの珠は止まったままだった。
---
リュカは膝をついた。
焦げ跡の上に。
外れの石のあいだに。
上の門でそうしたように。両膝を。
それから、両手を床についた。
頭を下げた。
――下げたのは頭だけだ。
頭だけではなかった。
膝も手も下げた。
預かったものを背負ったまま。半分はリナンが持っていた。
――何を下げているのか。
上の門で言葉にならなかった。
今も言葉にはならなかった。
ならなかったが数えることはできた。
十本の杭。トトの手の入った。
三つの袋。リナンとバルの。
井戸の水。イサの。
豆。ヴェスナの。
布。ミラの。
木札。バルとドランの。
紙。ミラとコルベルと写した字の誰かの。
投槍器。市の裏手の誰かが捨てた。
――全部、下げた。
一人のものではないものを。
一人のものではないから、下げられた。
床の焦げた灰色が額のすぐ前にあった。
冷たかった。
焦げの匂いがした。
六日目の朝は、もっと縁に近いところで仰向けに倒れていた。槍が一歩前の床を割った。割れた床の細かい欠けがまだ焦げ跡の縁に残っていた。
あのときは空を見ていた。
今は床を見ていた。
見上げていたものを今は見下ろしていた。
――違う。
見下ろしているのではなかった。
頭を下げていた。
同じ床に向いていても。
---
右の手を床から離した。
床すれすれに出した。
手のひらを下に。指を少しだけ開いて。
拾う形で。
膝をついたまま。頭を下げたまま。
窪みのほうへ。
――。
何も思わなかった。
来いとも。
戻れとも。
取るとも。
何も。
息を数えた。
一。
二。
三。
――擦れる音。
高いところで。
尖ったものの窪みの横で。
何かが擦れた。
抜ける音。
刺さったものがゆっくり抜ける音。
浮く音。
来た。
杭が来た。
高いところから斜めに下りてきた。尻を先に。
低く。
膝をついたリュカの低い手のひらへ。
ゼクスの腰より低いところを。
ゼクスの脇を。
――取らなかった。
ゼクスは手を出さなかった。
足元を通る杭を見ていた。
見て取らなかった。
置かれた。
握った。
塔の五日目に撃った一本。十六日待たせた一本。
端に少しだけ青い粉がついていた。
---
それからもう一つ。
――擦れる音ではなかった。
音はしなかった。
窪みの青い光が少しだけ揺れた。
揺れて窪みから離れた。
離れて落ちてきた。
ゆっくり。
石が落ちる速さではなかった。羽が落ちる速さでもなかった。
置かれに来る速さだった。
尖ったものの前を下りて。
ゼクスの肩の高さを過ぎて。
腰の高さを過ぎて。
リュカの手はまだ床すれすれにあった。
拾う形のまま。
右の手の杭を膝の上に置いた。
床についていた左の手を上げて、右の手の隣に出した。
拾う形で。
何も思わずに。
青い光が手のひらに来た。
置かれた。
――音はしなかった。
リナンの息を呑む音がした。
縁のほうで。
ロアンは片膝を立てたまま、動かなかった。
アステナの手の中で珠が一つ鳴った。
繰ったのではなかった。指が珠を取り落としかけて、止めた音だった。
ゼクスは動かなかった。
ただ、肩の槍の三つの環の一つがほんの少しだけ鳴った気がした。
気がしただけだった。
---
軽かった。
小さかった。
指の腹ほど。
青い平たい欠片。
縁が少しだけ欠けていた。
表に何か刻まれていた。
――三角。
上を向いた三角。
根元の開かない扉に刻まれていたのと同じ形。
冷たくはなかった。
熱くもなかった。
重さだけがあった。
左の手のひらの真ん中に載っていた。
――重さ。
一枚ぶんの重さ。
知っている重さだった。
三年、日当で受け取ってきた重さ。手のひらに載せて、一枚ずつ数えた。
――一シャルド。
銅貨、一枚。
同じくらいの大きさだった。
同じくらいの重さだった。
リュカは膝をついたまま、それを見ていた。
頭を上げなかった。
まだ上げられなかった。
――三十三。
三年で三十三回選んで、三十三回、外れた。
選ばなかった一つが宿った。
取りに来た一本は刺さって待った。
取りに来なかったものが来た。
三十三と一と一。
足しても何にもならない数だった。
足さずに並べて持った。
---
「――ステラ一枚ってか」
ロアンの声がした。
弧の右の端のほうから。
軽い声だった。
軽い声に戻そうとしている声だった。
「銀貨一枚と同じ名前だ。下の市で百シャルド」
「……百」
リュカは言った。
頭を下げたまま。
「百もない」
「何が」
「重さ」
リュカはゆっくり頭を上げた。
膝はついたまま。
左の手のひらの青い欠片を見た。
「一シャルドと同じだ」
「一シャルド」
「銅貨。日当の。三年、毎日手のひらに載せてきた」
ロアンは少しだけ黙った。
「……小銭か」
「小銭の街の小銭と同じ大きさだ」
ロアンが笑った。
声を出して。
笑い声が弧の上を雲のほうへ流れていった。
「小銭ね。――星の欠片が小銭か」
「小銭だ」
「坊主の街じゃそう言うのか」
「……シャルドは欠片だって」
リュカは言った。
誰に聞いたのかは思い出せなかった。市の誰かか。ザッハか。ヴェスナか。
「シャルディアは欠片の街。小銭の街。同じ字だって」
ロアンは笑うのをやめた。
やめて少しだけリュカを見た。
「……知ってて言ってんのか」
「知らない。字は読めない」
「読めねえのに」
「聞いた」
ロアンは片膝を立て直した。
立て直して、それきり何も言わなかった。
---
アステナの珠が一つ繰られた。
「――取った」
アステナが言った。
結論から。
「取っていない」
すぐに言い直した。
「拾った」
「……拾った」
リュカは言った。
「理由は三つ」
アステナは珠をもう一つ繰った。
「一つ。手を出しただけ。伸ばしていない。二つ。頭を下げた。頭だけではなかった。三つ」
そこでアステナは止まった。
止まってゼクスを見た。
「……三つ目はゼクスが知っている」
「名前の三つ目と同じか」
ロアンが言った。
「同じかどうかもわたしは知らない」
アステナはそう言った。
珠を懐にしまった。
「読めない。三つ目はこのごろ読めない」
アステナは、それからリュカの左の手を見た。
「それをどうする」
結論を訊いてきた。
「……分からない」
「分からない」
「持って帰る。持って帰って、どうするのかは分からない」
アステナは、珠のない手で珠を繰る形に指を動かした。
「一つ目」
アステナは言った。
「ここには一つ。七つあると言われている。誰が言ったのかは知らない。ここで一つ目」
「……七つ」
「残りの六つがどこにあるのかも知らない」
アステナはそう言った。
「知らないけど、数え方は決めておく。一つ目には一をつける」
――数え方を先に決めておく。
根元で帰投に一の型とつけたときと同じ言い方だった。
「……一つ目」
リュカは言った。
「一つ目」
アステナは繰り返した。
「つけておかないと、二つ目が来たとき、数え直すことになる」
---
ゼクスは尖ったものの前に、立っていた。
槍を右の肩に。三つの環。
リュカの膝の上の杭を見ていた。
それから、左の手のひらの青いものを見た。
長く。
窪みの青い光を刺さった杭より短く見ていた男が今手のひらの青を長く見ていた。
――何を見ているのか。
分からなかった。
ゼクスは何も言わなかった。
そうかとも。
戻れとも。
持って来いとも。
――戻れとは言わなかった。
七度目は来なかった。
根元でも。今日も。
ゼクスの右の手が少しだけ動いた。
槍の柄を握り直した。
リュカは膝をついたまま、それを見ていた。
――取らなかった。
杭が足元を通ったとき。
青い光が肩の高さを過ぎたとき。
この男なら取れた。一歩横に出て手を伸ばせば。
取らなかった。
――取りに行くと来ねえ。
この男はそれを知っていたのか。
知っていて取らなかったのか。
知らなくて取らなかったのか。
この段でこの男は、窪みのほうへ手のひらを向けた。六日目に。自分で見た。リナンもロアンからそう聞いていた。届かない高さへ手のひらを向けて。
何も来なかった。
――来なかったから、取らなかったのか。
来なかったものをもう取りには行かないと決めていたのか。
分からなかった。
――撃つのか。
「……なんで」
リュカは言った。
膝をついたまま。
「取らなかった」
ゼクスは答えなかった。
段の上で一度目に訊いた。取らないのかと。段の上の三人に。答えたのはアステナだった。わたしたちのことと。あの男は答えなかった。
今も答えなかった。
「訊いても答えねえよ」
ロアンが言った。
「答えねえやつだ。答えねえで立ってるやつだ」
「……知ってる」
「知ってて訊いたのか」
「訊きたかった」
リュカは言った。
「答えなくても、訊いたことは数に入れる」
ロアンは少しだけ黙った。
黙ってそれから小さく笑った。
「……誰かに教わったのかそれ」
「……受け渡し場の人が名前を訊けって言った」
「名前じゃねえだろ今のは」
「名前じゃない」
リュカは言った。
「でも、訊いた」
ゼクスはまだ何も言わなかった。
撃たなかった。
ゼクスは槍を肩から下ろした。
穂先を空に向けて。
石突きを焦げ跡の上に置いた。
置いてそれから言った。
「……まだだ」
リュカはゼクスを見た。
ゼクスはもうリュカを見ていなかった。
弧の向こうの雲を見ていた。
「まだだ」
もう一度言った。
何がまだなのかは言わなかった。
「……まだ」
リュカは繰り返した。
膝をついたまま。
ゼクスは答えなかった。
――戻らない。
六日目の朝に口の形だけでそう言った。声にならなかった。
なら、次は持って来い。
持ってきた。
まだだと言われた。
――次がまだある。
そういうことなのかもしれなかった。
そうではないのかもしれなかった。
分からなかったがまだという言葉は、終わりの言葉ではなかった。
---
「……決着はついてねえぞ」
ロアンが言った。
ゼクスにではなくリュカに言っているようだった。
けれど、坊主とは言わなかった。
「ついてない」
リュカは言った。
「ついてねえのに拾っちまったな」
「……拾った」
「通さないって言ったやつの前で」
「通ってない」
リュカは言った。
「前には出てない。十歩より近づいてない」
ロアンは少しだけ黙った。
黙ってそれから言った。
「……通らずに拾ったか」
「拾った」
ロアンはゼクスの背中を見た。
見て何か言いかけた。
言いかけてやめた。
根元の火の向こうで一度だけ何かの名前を言いかけて、やめたときと同じ顔をしていた。
誰の名前だったのかは知らない。
知らないものを数に入れずに持った。
---
リナンが縁のほうから歩いてきた。
膝をついたリュカの隣に膝をついた。
背中の翼は畳んだまま。二本の杭が布に刺さったまま。
「……見せてください」
リュカは、左の手を少しだけリナンのほうへ傾けた。
リナンは見た。
触らなかった。
「……青いですね」
「青い」
「窪みのときと同じ青です」
「同じ」
「三角」
「三角」
「根元の扉と同じですね」
「同じだ」
リナンは少しだけ黙った。
「……開くんでしょうか」
「開かない」
リュカは言った。
――開かない。
根元でゼクスがそう言った。三角の扉の前で。
「一つでは開かない。たぶん」
「たぶん」
「読めないって言われる」
リナンは少しだけ笑った。
笑ってそれから言った。
「交換の半分」
「……半分」
「見せたのは手だけでした。今、残りの半分を見せましたね」
リュカは何も言わなかった。
言わなかったが手のひらの青いものを見た。
見せたのは手と手の中のもの。
――半分と半分。
足すと一つになる。
何が一つになるのかは分からなかった。
---
リュカは立ち上がった。
膝が少しだけ揺れた。
抜けなかった。
杭を外套の内側に戻した。九本。リナンの背中の二本と合わせて十一本。十本とも手元にある。待たせた一本も戻ってきた。
坂の一本はまだ坂にいる。
落としたまま。
青い欠片はどこにもしまわなかった。
どこにしまえばいいのか分からなかった。
袋には布しかない。布の折れ目に丸い一つが残っていたことがある。そこにまた何かを入れる気には、なれなかった。
外套の内側には紙がある。読めない紙。
胸には石を入れてきた。十日、待つ石。
――これは待つものではない。
来たものだった。
リュカは左の手を握った。
握ってそれから開いた。
欠片は、左の手のひらに載ったままだった。
握っても落ちなかった。開いても落ちなかった。
――置かれた。
手のひらに。
しまわなくてもここにある。
――昔もいたよ。そういう子が。
ヴェスナがそう言った。続きは知らないよ。覚えてないからね。
どういう子だったのかは聞かなかった。
その子は何かを拾ったのだろうか。
知らない。
ヴェスナも覚えていない。
――覚えていないことを覚えていないまま、持っている。
ヴェスナはそういう顔をしていた。
リュカは手のひらの青いものを見た。
これは覚えておく。
数に入れたから。
――帰ったら。
トトには数を言う。十本持っていって、十一本持って帰った。待たせた一本も。坂の一本は落としたまま。
イサには綱を引く。
ヴェスナには。
――一つ拾ったと。
訊かれたら言う。
訊かれなくても、言うかもしれない。
一度目に帰ったときは、訊かれずに言った。三十三回、外れたと。選ばなかったのが宿ったと。
今度も。
――一つ拾った。小銭と同じ重さだった。
ヴェスナはそうかいと言うだろう。
言わないかもしれない。
どちらでも湯は沸く。
---
「……下りるのか」
ゼクスが言った。
雲を見たまま。
根元で同じことを訊かれた。
「下りる」
リュカは言った。
「帰る。三番街へ」
「そうか」
七度目だった。
――そうかが七つ。
姓を訊いてそうか。二度目に姓を訊いてそうか。撃ち方をどこで覚えたかを訊いてそうか。
六日目の朝立てないのを見てそうか。
根元で帰ると言ってそうか。
今日預かったものを持ってきたと言ってそうか。
今日帰ると言ってそうか。
――戻れが六つ。そうかが七つ。
一つだけ多かった。
多いぶんが何なのかは分からなかった。
分からないものを数に入れずに持った。
---
ロアンが立ち上がった。
膝が鳴った。
鉄の杭の束を肩に担いだ。
「俺らも下りるわ」
「……片は」
「片は坊主の手の上だろ」
ロアンはそう言って笑った。
「片がねえ段にいつまで座ってても、しょうがねえ」
「……待ってたのか」
「俺が決めたんじゃねえ」
ロアンはゼクスの背中を顎で示した。
「いつまでとも言われてねえ。来るまでとも言われてねえ。何も言わねえからなあいつは」
「……あいつ」
「ゼクスだよ」
ロアンは言った。
「こいつは名乗らねえから俺が言う。誰の名前も呼ばねえやつのことはこっちが名前で呼んでやるしかねえ」
ロアンはそう言って、背負い袋を拾った。
拾ってそれから少しだけ黙った。
「坊主」
「……」
「戸は閉めていけよ」
――まただ。
根元でそう言った。知ってて言ってんだと。
「……段に戸はない」
「知ってるよ」
ロアンは言った。
「知ってて言ってんだ」
アステナが立ち上がった。
短い杖を膝から取って。
リナンを見た。
「その線」
結論から。
「下りでも外さない」
「……外さないです」
「理由は三つ」
アステナは言った。
「一つ。下りは風が下から来る。二つ。下りは手より足が先。手が翼に回らない。三つ」
アステナは少しだけ黙った。
「……三つ目はあなたが知っている」
リナンは少しだけ黙った。
黙ってから言った。
「リュカくんの荷なので」
アステナは珠を一つ繰った。
「それ」
それだけ言った。
初めて三つ目を人に言わせた。
---
リュカは尖ったもののほうを見た。
窪み。
青い光はもうなかった。
窪みはただの窪みだった。
指一本ぶん横の杭の刺さっていた穴も、ただの穴だった。
穴の縁が白かった。
抜いてすぐの穴は縁が白い。何日か経つと白は風で飛んで、穴の縁がまわりと同じ色になる。
空き地で三年、見てきた。
今抜けた穴だった。
――何も変わっていない。
尖ったものは尖ったまま。人の背丈の四つぶん。
弧の側は雲。
焦げ跡も外れの石もそのまま。
変わったのは手のひらの上だけだった。
リュカは尖ったものの根元へ歩いた。
ゼクスの横を通って。
ゼクスは動かなかった。
通さないとは言わなかった。
――今は通っている。
十歩。
尖ったものの根元に立った。
右の手で尖ったものの灰色の面に触れた。
冷たかった。
冷たさと冷たさが触れた。
閉める代わりだった。
門の脇の壁に触れたように。焼け残った柱に触れたように。
――戸はない。
ないから触れて閉める。
閉めて出た者は開けて、入ってくる。
――またそう思った。
---
縁の上がり口に立った。
弧の向こうに雲の床が広がっていた。
傾きはじめた日の光が雲の上を斜めに渡っていた。
煤の段まで日のあるうちに、下りられるかどうか。
分からないが下りる。
十七本目まで下りれば、煤の段がある。止まれる段がある。
――上はある。
一度目にリナンに言おうとした。尖った先の上は空だった。上はある。ただもう登れない。
言わなかった。言うのは下りてからだと決めた。
リナンは今、隣にいた。
言わなくても見えていた。
「……上はまだありますね」
リナンが言った。
尖ったものの先の上を見上げて。
「ある」
「登れないですね」
「登れない。もう上に何もない」
「でも、ありますね」
「……ある」
空だった。
雲の上の何もない空。
星はまだ出ていなかった。
五十九本目がすぐ下にあった。
リナンが上がり口のすぐ後ろに立った。
背中の二本は刺したままだった。下りでも翼は浮く。
「……下りるときは下が先です」
リナンが言った。
「下が先だ」
リュカは言った。
「先に下りる」
五十九本目に足を載せた。
鉄が冷たかった。
左の手のひらの上で青い欠片が少しだけ揺れた。
揺れて落ちなかった。
――一。
数えはじめた。
下りの来たぶんを。
来たぶんは減らない。
下りたぶんもたぶん減らない。
見上げると、縁の上にゼクスの槍の先が見えていた。
見えていて、それから見えなくなった。
ゼクスが背を向けたのだろう。
――まだだ。
何がまだなのかは分からなかった。
分からないものを一つ数に入れずに持った。
手のひらの上の小銭ほどの重さは数に入れた。
一つ。
三年で初めて、拾って数えた星だった。
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