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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 油の匂い、朝の匂い

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14/165

掌と、沈黙④

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


今はまだ第1部1章で、まだ物語の序章ですので大きな変化が見られるのをこうご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 軒下に、それはいた。


 リュカが近づいても動かなかった。眠っている。腹が上下している。


 彼は空き地へ行った。


 夜の空き地は昼と違う。段差の位置が分からなくなる。三年通っているので足は覚えているが、それでも一度つまずいた。


 石垣の崩れた面に手を当てる。昼のうちに乾いていた土が、夜気で少し湿っていた。


 手探りで掘る。爪の間に土が入る。指の腹で押して、粒を探す。


 こういうときは目より指が正確だ。角があるか、丸いか。重いか、軽いか。表面がざらついているか、なめらかか。


 三つ出た。


 二つは砂利で、一つは石英だった。透ける。宿らない。彼の基準では「拾わない」ほうの石だ。


 拾わないほうの石。


 リュカはそれを持って、宿へ戻った。


 軒下に置いた。三つとも。


 それは目を開けて、鼻先を寄せた。


 三つを順に嗅ぐ。砂利、砂利、石英。


 そして石英から食べはじめた。


 かちり。


 砂利には口をつけない。二つとも残っている。


 ――透けるやつがいいのか。


 リュカが「違う」と判断して捨てる石を、これは選んで食べている。


 基準が逆だった。


 彼は透けない石を拾い、これは透ける石を食べる。同じ場所を掘って、違うものを持っていく。


 かちり、かちり。


「……それでいい」


 彼は言った。


 通じるとは思っていない。だが言った。


「俺の袋のは、やらない」


 かちり、かちり。


「悪いけど」


 齧る音だけが続いた。


 リュカは梯子を上がって、寝床に戻った。


 枕の下の袋が硬い。いつも通りだ。


 ――名前、どうするか。


 考えて、やめた。


 名前をつけると、いることになる。いることになると、いなくなったときに困る。


 彼は目を閉じた。


 軒下から、かちり、と音がした。


---


 翌朝、リナンが空き地に来て、足を止めた。


「リュカくん、あの」


「うん」


「後ろに、なんかいます」


「うん」


 それは彼の踵の後ろについてきていた。三歩の距離を保っている。


「なんですか、それ」


「竜らしい」


「竜」


「婆さんが言ってた」


 リナンはしゃがんで、顔を近づけた。それは逃げなかった。


 彼女の翼が、しゃがむと地面に触れる。畳んでいても、先が土についた。


 それはその翼を見た。首を伸ばして、匂いを嗅いだ。


 リナンが動かないでいると、鼻先が羽に触れた。擦り切れているほうの、外側の羽に。


「……くすぐったい」


「離すか」


「いえ、いいです」


 彼女は動かなかった。


 それはしばらく匂いを嗅いで、それから離れた。興味を失ったというより、確かめ終わったという動き方だった。


「かわいいですね」


「そうか」


「名前は」


「ない」


「つけないんですか」


 リュカは杭を袋から出しながら答えた。


「つけない」


「なんで」


「……いると、思うと」


 言いかけて、止まった。


 うまく言えなかった。


 リナンは待っていた。彼女は待つのが上手い。二度、言いかけてやめた彼女を、彼も待った。同じことをしている。


「いなくなったときに、困る」


 リナンはしばらく黙っていた。


 それから、しゃがんだまま言った。


「……でも、いますよ」


「うん」


「いま、いるじゃないですか」


「うん」


「名前がなくても、いなくなったら困ります」


 リュカは杭を握ったまま、彼女を見た。


「同じですよ。つけてもつけなくても」


「……そうか」


「はい」


 彼女はそれの背中を、指の先で触った。それは逃げなかった。棘の間に指を入れて、鱗の並びをなぞっている。


「わたし、名前を呼ばれるの、好きです」


「そうか」


「里だと、あんまり呼ばれなかったので」


 リュカは何も言わなかった。


 訊けば答えるのかもしれない。だが訊かなかった。彼女が言いかけてやめたのを二度見ている。二度とも待った。


 リナンも、それ以上は言わなかった。


 リュカは杭を並べる手を止めた。


 それは石垣の前に座って、朝の光を受けていた。鱗が灰緑色に光る。透けない。


 ――拾いたくなる色だ。


 馬鹿げた考えだと思って、打ち消した。


「……そうだな」


「はい」


 彼は杭を一本、つがえた。


 三巡する。四十本を撃って、四十本を拾う。いつも通りだ。


 撃つたびに、それは首を動かして杭を追った。刺さると、そこまで歩いていって、匂いを嗅いで、戻ってきた。


 三本目で、リュカは気づいた。


 ――先に着いてる。


 杭が刺さる前に、それはもう的の下にいた。


 四本目で確かめた。撃つ前に、それが動く。彼が構えた方向へ、先に歩いていく。


 ――どこを狙うか、分かってる。


 構えの角度か、腕の向きか。あるいは目線か。


 五本目、リュカはわざと的を変えた。二十歩の的に構えて、五十歩を撃った。


 それは二十歩の的へ歩いていって、途中で止まった。


 振り返って、彼を見た。


「……悪い」


 通じない。それでも言った。


 六本目からは、素直に撃った。それは毎回、先に着いていた。


 邪魔ではなかった。


---


 その日から、それは軒下にいるようになった。


 朝、リュカが出るとついてくる。空き地まで来て、練習を見て、彼が仕事に行くと軒下へ戻る。夕方、帰るとまた出てくる。


 石は自分で探して食っていた。街には石が転がっている。誰も拾わない石が。


 ヴェスナは店の中に入れなかった。それは軒下から動かなかった。


 名前はつけなかった。


 初日の夜、井戸端で話が回った。


 リュカが水を汲みに行くと、女が三人立っていて、話が止まった。


「あんた、あれ」


「軒下のですか」


「そう。何なの」


「知りません」


「知らないもん置いてるのかい」


 悪意はない。この街の人はこういう訊き方をする。


「婆さんが、竜だろうって」


「竜」


 女たちが顔を見合わせた。


「竜って、あの、大きいやつ?」


「小さいのもいるらしいです」


「じゃあ大きくなるのかい」


 リュカは答えられなかった。


「危なくないのかい」


「石しか食べません」


「石ならいくらでもあるけどねえ」


 女の一人がそう言って、それで話は終わった。


 この街には石が転がっている。誰も拾わない石が。それを食べる生き物がいても、誰も困らない。


 困る理由がないので、誰も追い出さなかった。


---


 二日目、街の子供が集まってきた。


 三人。全員が十歳前後で、リュカのことは「石拾いの兄ちゃん」と呼んでいる。


「なにこれ」


「蜥蜴?」


「鱗ある。触っていい?」


「知らない」


 子供の一人が手を伸ばした。ルフは——まだそう呼ばれていないが——身体を低くして、後ろへ下がった。


 逃げる。だが遠くへは行かない。三歩ぶんだけ下がって、また止まる。


「逃げた」


「逃げてない。下がっただけだ」


「同じじゃん」


「違う」


 リュカは自分でも意外なほど、きっぱり言った。


「逃げるのは、戻ってこない。あれは戻ってくる」


 子供たちは納得しない顔をして、それでも手を引っ込めた。


 その日の夕方、井戸端の女に呼び止められた。


 昨日、竜かと訊いてきた三人のうちの一人だ。


「あんた、あれの歯は見たかい」


「歯」


「石を齧るんだろ。相当硬い歯じゃないと無理だよ」


「見てない」


「見ときな。うちの人が言ってたよ、獣は歯を見りゃ何を食うか分かるって」


 言われてみればそうだ。


 リュカは軒下へ戻って、しゃがんだ。


「口、開けろ」


 通じない。


 それは彼を見上げて、首を傾げた。首を傾げる仕草をする。何度見ても妙な生き物だと思う。


 しばらく待っていると、あくびをした。


 奥歯が見えた。


 平らだった。臼のような形をしている。前歯は細かく尖っていて、奥へ行くほど平たくなる。削って、磨り潰す形だ。


 ――石を食うために、そうなってる。


 生まれつきそうなのか、食べているうちにそうなったのかは分からない。だが石を食う歯だった。


 リュカは自分の手を見た。


 指の腹が荒れている。爪の間に土が入っている。指紋が薄いと言われる。物心ついてから、石を拾ってきた手だ。


 似ている、と思った。


 似ているような気がしただけかもしれない。


---


 三日目、雨が降った。


 軒下は濡れない。だが風向きが変わると吹き込む。リュカが帰ったとき、それは軒下のいちばん奥で丸くなっていた。


 鱗が濡れている。震えてはいない。


「……入るか」


 言ってから、入れる場所がないと気づいた。


 屋根裏は梯子が急だ。宿の中は婆さんが許さない。空き地には屋根がない。


 彼は自分の外套を脱いで、軒下の奥に置いた。丈の合わない、誰かのお下がりの外套。


 それは匂いを嗅いで、その上に乗った。


 翌朝、外套は土だらけになっていた。


「洗います?」


 リナンが訊いた。


「いい」


「でも」


「もともと汚れてる」


 彼女は何か言いたそうにして、結局こう言った。


「……じゃあ、干すだけ」


 そして物干し綱にかけた。半月前に彼女が引っかかって落ちた、あの綱だ。


 その日、外套は一日じゅう風に揺れていた。


 夕方、取り込みに行くと、リナンが先に畳んでいた。


「乾きました」


「うん」


「あの、これ」


 彼女は外套の裾を指した。


「破れてます」


 見ると、裾に鉤裂きができていた。三本の爪痕。乗ったときに引っかけたのだ。


「そうか」


「縫いますか」


「いい」


「でも、広がります」


「広がったら考える」


 リナンは何か言いたそうな顔をした。


 それから、外套を抱えたまま言った。


「……縫わせてください」


「なんで」


「わたし、縫うの得意なんです」


「そうか」


「それだけです」


 彼女は言い切った。言い切るときの彼女は、引かない。


 リュカは外套を渡した。


 翌日、返ってきたとき、裾の三本の裂け目は消えていた。縫い目が細かい。同じ色の糸を使っている。


「気づかないくらいですね」


「うん」


「これなら、広がりません」


 リュカは裾を裏返して、縫い目を見た。


 内側の始末まで丁寧だった。糸の端が飛び出ていない。


「……上手いな」


「里で、翼の付け根を縫ってたので」


 彼女はそう言って、それから少し慌てた。


「あ、布のほうです。翼じゃなくて」


「分かってる」


「はい」


 リュカは外套を着た。丈は相変わらず合っていない。だが裾は破れていなかった。


---


 だが四日目に、リナンが呼んだ。


「ルフ」


 リュカは顔を上げた。


「なに」


「あ、いえ。この子」


 彼女はそれを指した。


「鳴き声が、そう聞こえたので」


「鳴くのか」


「鳴きました。昨日」


「聞いてない」


「リュカくん、寝てました」


 それは二人を見上げていた。


 リナンが「ルフ」ともう一度言うと、耳のあたりが動いた。


「……反応してる」


「してますね」


「つけてないぞ、俺は」


「はい。わたしがつけました」


 彼女はそう言って、少し笑った。


「勝手につけたので、リュカくんは困らなくていいです」


 リュカは何か言おうとして、やめた。


 言うことがなかった。


「……ルフ」


 試しに呼んでみた。


 それは顔を上げた。耳のあたりが動く。こちらへ二歩、歩いてきた。


「反応してる」


「してますね」


「なんでだ」


「呼ばれたからじゃないですか」


 リナンは当たり前のことのように言った。


 リュカはもう一度呼んだ。


「ルフ」


 それは彼の足元まで来て、止まった。見上げている。何かを待っている顔だ。


「……何もやらないぞ」


 それは待っていた。


「石は自分で探せ」


 まだ待っていた。


 リュカはしゃがんで、地面の砂を指ですくった。粒が三つ混じっている。全部ただの砂利だ。


 それを掌に乗せて差し出した。


 ルフは匂いを嗅いで、二つ食べて、一つ残した。


「……選り好みするのか」


「するみたいですね」


 残った一粒を、リュカは指でつまんだ。


 角の取れた、灰色の小さい石。透けない。たぶん何でもない。


 彼はそれを、袋に入れた。


 からから、と鳴った。


「増えましたね」


「うん」


「二十七」


「……数えるなよ」


「もう数えました」


 リナンは立ち上がって、手をはたいた。


 朝の光が空き地に差している。物干し綱に外套がかかったままだ。昨日干して、取り込むのを忘れていた。


 軒下で、ルフが石を齧りはじめた。かちり、かちり。


 誰も拾わない石を、誰も拾わないまま、それが食べていた。


 そして食べ残した一つが、彼の袋に入っていた。


---


 その夜、リュカは袋を開けた。


 二十七個。並べて、拭いて、戻す。ここ数日、毎晩やっている。土がついたままにすると鳴らなくなると分かったからだ。


 最後に増えた一つは、ルフが食べ残したものだ。角の取れた灰色の粒。何でもない石に見える。


 それでも並べると、他の二十六個と区別がつかなかった。


 最後の一つを戻したとき、軒下から音がした。


 かちり。


 一つだけ。それきり静かになった。


 ――食い終わったか。


 明日また探しに行かなければならない。誰も拾わない石を、誰も拾わない場所で。


 彼は袋の紐を締めた。片手で解ける結び方だ。三日前、リナンに教えた。彼女は四回やり直して覚えた。


 窓の外は暗い。摩天楼の腹に塞がれて、星は見えない。


 シャツの内側に、灰白色の石が入っている。試して四日目。あと六日。


 何も起きる気配はない。


 いつも通りだ。


 リュカは袋を枕の下に押し込んで、目を閉じた。


 軒下から、もう音はしなかった。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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