二度目と、同じ塔②
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第5部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
宿の前の路地をヴェスナが掃いていた。
夕方だった。
夕方の掃除はいつも通りだった。
路地の端まで掃いて、ヴェスナは箒を止めた。
顔を上げた。
リュカを見た。
リュカの後ろのリナンを見た。
何も言わなかった。
また掃きはじめた。
リュカは路地の真ん中で止まった。
止まって待った。
――何を言えばいいのか。
白の中で分からなかった。岩場でも分からなかった。籠の中でも。
今も分からなかった。
ヴェスナは店先まで掃いた。
掃き終えて、箒を焼け残った柱に立てかけた。
立てかけてから言った。
「戸は」
「……」
「戸は閉めてきたかい」
リュカは少しだけ黙った。
「……閉めた」
言った。
「戸はなかった。門には戸がなかった。だから、壁に手を触れてきた」
ヴェスナはリュカを見た。
見てそれから土間のほうを向いた。
「そうかい」
それだけ言った。
「湯を沸かすよ」
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土間の竈にヴェスナが火種石を一つ割って落とした。
二シャルド。
一日のうちで最後に使う金。
火がついた。
焼け残った梁の上で鳥が首を傾げた。
リュカを見た。
「……はい」
鳥が言った。
リュカの声だった。
かすれた短い返事の声。
リュカは梁を見上げた。
自分の声を外から聞いたのは、初めてだった。
――こういう声か。
「あんたが返事してどうするんだい」
ヴェスナが鍋に水を張りながら言った。
鳥に。
「……はい」
鳥がまた言った。
「分かってるじゃないか」
鳥はそれきり黙った。
リナンが梁の下に立った。
見上げて手を少しだけ上げた。
鳥は首を傾げてリナンを見た。
見てそれから羽を少しだけ揺らした。
何も言わなかった。
「……忘れられてないです」
リナンは言った。
「たぶん」
「皿はあんたが置いてったまんまだよ」
ヴェスナが言った。鍋のほうを見たまま。
「餌はあたしがやってた。あたしの声は覚えないねあれは」
「……覚えないんですか」
「覚えたくない声は覚えないんだろ」
リナンは少しだけ笑った。
笑ってそれから土間の西の隅に行った。
毛布が畳んで置いてあった。出ていく前の夜と同じ畳み方で。
リナンはその前に膝をついた。
膝をついて毛布に手を置いた。
「……置いてありました」
小さな声で言った。
誰にではなかった。
ヴェスナは聞かなかったことにしたように、鍋を竈に載せた。
---
湯が沸いた。
椀に注がれた。
三つ。
ヴェスナとリナンとリュカ。
リュカは椀を両手で持った。
熱かった。
右の手の手のひらの真ん中だけが熱くならなかった。
椀の熱が線のところで止まった。
――冷たい。
ヴェスナは湯を飲んでいた。
何も訊かなかった。
何日だったのかとも。何を拾ってきたのかとも。宿ったのかとも。
訊かれなければ言わない。
三年そうしてきた。
リュカは湯を飲んだ。
半分。
それから言った。
「……三十三回、外れた」
ヴェスナの椀を持つ手が止まった。
止まってそれからまた動いた。
「そうかい」
「三十三回目は塔の根元で外れた。捨てた」
「捨てたのかい」
「白の中へ」
「……そうかい」
「それから」
リュカは右の手を開いた。
椀を左に持ち替えて。
手のひらを竈の火のほうへ向けた。
線があった。
「選ばなかったのが宿った」
ヴェスナはリュカの手のひらを見た。
長くは見なかった。
すぐに自分の椀に目を戻した。
「数えたのかい」
「数えてない」
リュカは言った。
「選んでないから。数に入ってなかった」
「数に入ってないのが宿ったのかい」
「宿った」
ヴェスナは湯を飲んだ。
飲み干して椀を竈の縁に置いた。
「――昔もいたよ」
ヴェスナは言った。
「そういう子が」
「……」
「続きは知らないよ」
ヴェスナはそう言って、立ち上がった。
「覚えてないからね」
立ち上がって、鍋を竈から下ろした。
それきり何も言わなかった。
リュカも何も言わなかった。
おかえりとは言われなかった。
言われなかったから、まだ出ていける。
そういうことなのだとリュカは思った。
なぜそう思ったのかは分からなかった。
---
屋根裏へ上がった。
梯子の三段目が軽く鳴った。
頭が屋根裏の床の高さに出た。
暗かった。
焼け残った半分の屋根の下。板の隙間から夕方の最後の光が細い線になって、差しこんでいた。
板が一枚少しだけ外から押し上げてあった。隙間が広くなっていた。
出ていったときには、なかった隙間だった。
床に毛布が四つに畳んであった。
その横の板の継ぎ目に小さな石が一つ。
灰色の平たいただの石。
隙間の光の真下に。
――置いたままだった。
空き地で拾って、まだ選んでいない石を隙間の光の下に置いておく。日に向けておく。三年の癖だった。
出ていく朝は暗いうちに、梯子を下りた。光の下の石のことは考えなかった。持っていかない石だった。外れた石でもない。選ばなかった石。
毛布の端が少しだけ石のほうへ寄っていた。
畳んだときには寄せていなかった。
リュカは毛布の端を見た。
見て何もしなかった。
戻さなかった。
石にも触らなかった。
触れば片づけたことになる気がした。
リュカは、毛布の寄っていないほうの端に横になった。
外套の内側に手を入れた。
紙があった。
五枚。四つに折ってまとめて。
四枚に字がある。ミラの字とほかの誰かの字。四枚とも自分では読めない。残りの一枚は白いままだ。
――なら次は持って来い。
てっぺんの段であの男がそう言った。
持ってきたものではないとも言った。手のひらの線のことを。
何を持っていけばいいのか。
石ではなかった。石は塔の中にはない。
杭でもなかった。杭は戻ってくる。戻ってくるものは、持っていくものとは違う。
――分からない。
分からないまま、紙を外套の内側に戻した。
煙が四本上がっていた。
老人がまだ籠の穴を見ていた。
柄杓の男の子がまだ拾ってるのと訊いた。
ヴェスナが戸は閉めてきたかいと訊いた。
訊かれたことを数えた。
数えているうちに、隙間の光が灰色になって消えた。
---
六日目の朝。
日の出前に井戸へ行った。
イサがもういた。
綱に手をかけていた。背中で引こうとして。
「……イサさん」
イサが振り返った。
振り返って、それから綱から手を離した。
何も言わなかった。
言わずに井戸の縁から一歩、下がった。
リュカは綱を握った。
引いた。
三年、日の出前に引いてきた綱。宿の分。
手のひらの線のところに綱が当たった。
冷たい手のひらで綱を引いた。
桶が上がってきた。
水が揺れていた。
「……引くのが上手くなったね」
イサが言った。
出ていく朝に言ったのと同じことを。
「……前と同じです」
「同じじゃないよ」
イサは言った。
「戻ってきてから引いたんだから」
リュカは桶を縁に上げた。
もう一つ引いた。
イサの分。
イサは何も言わなかった。
背中を伸ばして立っていた。
宿の分の桶を提げて戻った。
広場から宿まで四十歩。
土間の水瓶に空けた。
水瓶の底が乾いていた。イサが汲んだ分は、ゆうべの湯でなくなっていたのだろう。
空けた水が底に当たって鳴った。
竈の前でヴェスナがゆうべの灰を掻いていた。
掻く手が一度だけ止まった。
振り返らなかった。
振り返らずにまた灰を掻いた。
火は夕方に一度だけ入る。朝は入らない。三年そうだった。
---
朝の空き地は、出ていったときのままだった。
物干し綱は、焦げた杭のあいだにまだ張ってあった。
二十歩と三十五歩と五十歩のところに的の板が立っていた。
三十歩には何もなかった。
空き地の端にトトが立っていた。
鍛冶場から下りてきたのだろう。腕に布で包んだものを抱えていた。
長いものがひと束。重そうに。
「……数だけ言え」
トトが先に言った。
リュカはトトの前に立った。
「十本持っていった」
「おう」
「三本持って帰った」
「おう」
「七本は上」
「上か」
「坂で一本。雲の中に五本。てっぺんの尖ったものの横に一本。刺さってる」
「刺さってるか」
「刺さってる」
トトは少しだけ黙った。
「……拾いに行けねえとこに投げたのか」
「投げた」
「お前が」
「投げた」
トトは空き地の二十歩の的を見た。
三年ときどき見ていた的。
「……行けねえとこには投げねえと思ってた」
「投げた」
リュカは言った。
「投げなきゃ上に行けなかった」
---
リュカは外套の内側から杭を一本、出した。
端の欠けたまっすぐな一本。
投槍器を出した。手元の革帯は裂けたままだった。
「トト」
「何だ」
「見てて」
トトは何も言わなかった。
リュカは二十歩の的に向かって立った。
三年、毎朝立ってきた場所。的から二十歩。
杭をつがえた。
撃った。
肩から。肘。手首。
杭が離れた。
二十歩。
的の板に当たった。
かつん。
板は避けない。
当たって杭は板の前に落ちた。
トトが歩きだそうとした。拾いに。三年、何度か見ていたのと同じに。
リュカはトトの前に手を出した。
トトを止めるためではなかった。
手のひらを下に。指を少しだけ開いて。
拾う形で。
――。
何も思わなかった。
板の前で擦れる音がした。
浮く音がした。
杭が来た。
地面から浮いて、撃ったときと逆の向きで。尻を先に。
二十歩をまっすぐに。
手のひらに置かれた。
握った。
---
トトは動かなかった。
歩きだしかけた足がそのまま、止まっていた。
長いあいだ止まっていた。
それから言った。
「……戻ってきやがった」
「戻ってくる」
「拾いに行かなかったな」
「行かない」
リュカは言った。
「三十歩までなら」
「三十歩」
「三十歩より先からは来ない。三十歩のところで落ちる」
トトはリュカの手の杭を見た。
自分が選んで、量って木を巻き直した一本。
端が少し欠けていた。
「……欠けてるな」
「岩に当たった」
「巻き直す」
「……あとで」
「今だ」
トトはリュカの手から杭を取った。
取ろうとして一度、止まった。
――持ってるやつからは取らない。
リュカが指を開いた。
トトは杭を受け取った。
腰の袋から細い木の皮の帯を出した。欠けたところの巻いた木の端を小刀で少しだけ削った。削ったところに帯を巻いた。三巻き。四巻き。端を指で押さえて噛ませた。
炉は要らなかった。手と小刀と帯だけで足りた。
「……ほら」
返された杭は、欠ける前とほとんど同じ重さだった。
「お前の手」
トトが言った。
「見せろ」
リュカは右の手を開いた。
線があった。
トトはそれを見た。
見て指を伸ばしかけてやめた。
「冷てえのか」
「……冷たい」
「誰かに訊かれたか。そういうふうに」
「……訊かれた」
「顔に書いてある」
トトは言った。
「何回も訊かれた顔だ」
リュカは手を閉じた。
「線一本か」
「一本」
「一本で戻ってくるのか」
「戻ってくる」
「なら、一本でいいじゃねえか」
トトはそう言った。
言ってから少しだけ黙った。
「……杭も一本ずつ拾うもんだ」
トトは何も言わなかった。
言わずに腕の包みをほどいた。
杭が入っていた。
布の中にきちんと並べて。
三十本。
「三十本預かってた」
トトは言った。
「預かったものは、返すまで預かったもんだ。だから返す。三十本」
「……十本でいい」
リュカは言った。
「三本ある。七本足して十本」
「戻ってくるんなら、何本でも同じだろ」
「同じじゃない」
「何が」
「上に待たせてる一本がある」
トトはリュカを見た。
「尖ったものの横に刺さってるやつか」
「それ」
「呼べば来るのか」
「分からない。三十歩よりずっと遠い」
「じゃあ取りに行くのか」
「……取りに行くんじゃない」
リュカは言った。
「待たせてる。何を持っていくか決めてから行く」
トトはしばらく黙っていた。
黙って包みの中から杭を選びはじめた。
一本ずつ持って重さを量って。
七本。
選んで布に包み直して、リュカに渡した。
「残りの二十三本は」
「……預かっといて」
「預かる」
トトは言った。
「返す相手がいるうちは預かりもんだ」
---
「――それと」
トトが言った。
空き地を出ようとしたとき。
「もう一回見せろ」
リュカは振り返った。
「見せろって」
「戻ってくるやつだ」
トトは顎で二十歩の的を示した。
「さっきのはたまたまかもしれねえ」
――確かめないと数に入れない。
リュカは少しだけトトを見た。
それから、杭をつがえた。
撃った。
かつん。
手を出した。
拾う形で。
来た。
置かれた。
握った。
「……二回」
トトが言った。
「二回だ」
「二回で二回」
戻る数は七になった。
「数えてやがる」
トトはそう言って、少しだけ笑った。
声を出して。
---
水は井戸で満たした。
リナンの袋が二つ。大きいほうと小さいほう。それから、バルの新しい袋。
三つとも。
ヴェスナが土間で布の包みを一つ渡してきた。
「豆だよ」
「……豆」
「炒っておいた。煮た豆は持っていけないからね」
「……粉じゃない」
「粉じゃないよ」
ヴェスナは言った。
「あたしが炒った」
包みは思っていたより重かった。
どれくらいあるのかは数えなかった。
数えたら何日ぶんか分かってしまう。
分かったら、その日数で帰ってこなければならない気がした。
ミラは薬房の焼け跡にいた。
土台の石の上に何か並べていた。
リュカを見て並べる手を止めた。
止めて布を一枚、取った。
汗を拭くための布。
差し出しはしなかった。
石の上に置いた。
リュカの手の届くところに。
「……置いとくね」
ミラは言った。
リュカは布を取った。
取って袋に入れた。
袋の中の布が一枚、増えた。
---
出ていく朝だった。
二度目の。
宿の前でヴェスナが掃いていた。
顔を上げなかった。
「戸は閉めていくんだよ」
ヴェスナが言った。
掃きながら。
「……はい」
リュカは焼け残った柱に手を触れた。
右の手で。
冷たさと焦げた木が触れた。
閉める代わりだった。
一度目の朝と同じだった。
同じだったが手のひらが違った。
リナンがリュカの後ろで頭を下げた。
何か言いかけた。
言いかけてやめた。
やめてもう一度頭を下げた。
ヴェスナは掃いていた。
聞こえなかったことにしていた。
坂を上がった。
石段の途中鍛冶場の炉の脇を通った。
トトが炉の前に座っていた。鞴の革を膝に広げて。
顔を上げなかった。
針を動かしていた。一目ずつ。
リュカも声をかけなかった。
かけなくても、二十三本はあそこにある。
返す相手がいるうちは預かりもんだ。
---
籠は下りた。
木札をドランに見せた。ドランは見ただけで止め木を引いた。
詰所の脇の石の上で老人が見ていた。
何も言わなかった。
今度は、下りていくのを見ていた。
鎖が軋んだ。
壁が上へ流れていった。
受け渡し場でバルは顔を上げなかった。
「足は」
「ついてます」
「ならいい」
それだけだった。
東の戸口を出た。
匂いが変わった。
---
一度目は数えながら歩いた。
轍の終わりまで一万五千。そこから岩場まで。岩場を抜けて白の際。白の中を四万三千。
知らない道だった。知らない道は数えないと、どこにいるのか分からなくなる。
二度目も数えた。
けれど、数え方が違った。
一度目は残りを数えていなかった。残りが分からなかったから。来たぶんだけを数えた。来たぶんだけが増えていった。
帰りは残りを数えた。四万三千から減らしていった。来たぶんと残りを足すといつも、同じになった。
二度目は。
残りは分かっていた。
分かっていたが残りを数えなかった。
来たぶんを数えた。
――来たぶんは減らない。
てっぺんの段でそう思った。
だから、来たぶんを数えた。
一万五千で轍が消えた。
轍の終わりに立った。
一度目は、ここで轍がないことを確かめた。
二度目は確かめなかった。
ないのは知っていた。
---
大きな石の東側で一晩。
次の日は岩場をまるごと抜けた。一度目の二日目と同じに。
岩場の名乗らない男の岩の前を通った。
膝の高さの平たい岩。
誰も座っていなかった。
リュカは左の手を置いた。
蓋の下の昼の岩の温かさだった。
それ以上は温かくなかった。
日の匂いもしなかった。
――いない。
いないのは当たり前だった。
あの男は天気を見に来て、日が落ちる前に戻った。どこへ戻ったのかは知らない。
リュカは手を離した。
---
――確かめるのは明るいほうがいい。
岩場の終わり近く。蓋の明るいところがまだ高いうちに。
リュカは杭を二本、出した。
一本を足元に刺した。
もう一本を持って歩いた。
十歩。
刺した。
戻って二本のあいだに手を出した。
あった。
冷たくて細くて少しだけしなる。
十歩の線。
抜いて二十歩。
あった。
抜いて二十五歩。
あった。
抜いて三十歩。
刺して戻って手を出した。
――あった。
弱くはなっていなかった。
三十と五歩。
刺して戻って手を出した。
なかった。
何度出してもなかった。
手のひらの冷たさが三十五歩先の杭のほうへ引かれていなかった。
「……三十歩」
リュカは言った。
「三十歩ですか」
リナンが言った。
三十歩の線の真ん中あたりに立っていた。手を出して。
「張るのも三十歩まで」
「戻るのと同じですね」
「同じだ」
――三十歩。
鎌翼の日に初めて撃った距離。てっぺんで、拾いに行けなかった距離。
戻るのも張るのもそこまで。
リュカは三十五歩の杭のほうへ五歩、歩いた。
三十歩のところで拾う形の手を向けた。
来た。
足元の一本も抜いた。
二本とも外套の内側にしまった。
――三十歩の外に立てば。
ロアンなら、そう言うかもしれないと思った。
なぜそう思ったのかは分からなかった。
---
白の際の窪みの深い石で一晩。
えぐれの前に杭を三本、刺した。
風は西からだった。窪みは深かった。
刺さなくてもよかった。
刺した。
張った。
リナンが手を出して、指先で確かめた。
「……あります」
「ある」
張る数を二にした。
八日目の朝白に入った。
風は背中から来た。
西からの風が背中。前が東。
一度目と同じだった。
白の中は同じ匂いがした。冷たくて少し甘い。
三歩先の岩が輪郭だけになる。五歩先は白い。
一度目は百を数えて、まだ白かった。三百を数えてまだ白かった。終わりが分からないものを数えるのをやめて、歩数に戻した。
二度目は終わりを知っていた。
知っていて一度だけ杭を撃った。
一万を過ぎたところで前の白の中へ。
三十歩。
三息でかつん。
岩だった。
拾う形で手を出した。
来た。
置かれた。
「……何かありましたか」
リナンが訊いた。
「岩が三十歩先にある」
「見えないのに」
「見えないから撃った」
リュカは言った。
「撃って鳴ったところに何かがある。鳴らなかったら何もない。拾いに行かなくていいなら、撃って確かめられる」
一度目はできなかった。
撃てば拾いに行かなければならなかった。拾いに行くなら、撃つ前に歩いて、確かめたほうが早かった。
今は撃って聞いて呼べばいい。
見えないところを先に聞く。
――登るのも。
壁の見えない上を。
リュカは手の中の杭を見た。
それから、外套の内側にしまった。
登り方は塔の前で考える。
今は来たぶんを数える。
四万三千。
知っていて来たぶんを数えた。
一万。
一万三千のあたりで腰の高さの岩の陰を過ぎた。帰りの一晩目の岩だった。帰りは塔から三万と少しでここだった。
二万。
三万。
四万。
四万二千。
白が少しだけ明るくなった。
壁の光だった。
門の光。
四万三千。
---
門の前に立った。
開いているほうの門。
四角い光。戸のない口。
その奥に一層目の床。七本の錆びた杭と骨。
門の脇の継ぎ目のない壁に手を触れた。
右の手で。
冷たさと冷たさが触れた。
出ていくときに、閉める代わりに触れた壁だった。
――開けて入る。
戸のない戸口でも、閉めて出た者は開けて入ってくる。
誰がそう言ったのかは知らなかった。
誰も言っていないのかもしれなかった。
リュカは見上げた。
白の上に雲の床がある。雲の床のずっと上にてっぺんの段がある。尖ったものがある。窪みがある。青い光がある。
その指一本ぶん横に杭が一本刺さっている。
待っている。
見えなかった。
見えないがそこにある。
壁の継ぎ目のない灰色も。門の四角い光も。七本の杭も骨も。
何も変わっていなかった。
一度目に見上げたときと。
同じ塔だった。
「……リュカくん」
リナンが隣で言った。
「同じですか」
「同じだ」
リュカは言った。
「塔は同じだ」
リナンは少しだけ黙った。
「……塔は」
「塔は」
リュカは右の手を開いた。
線があった。
冷たさがあった。
外套の内側に杭が十本。
七本はトトが選び直した。三本は上から持って帰った。
水袋が三つ。リナンの大きい袋の口には、まだ知らない匂いが少しだけ残っていた。
十本とも拾いに行かなくても、三十歩までなら、戻ってくる。
リュカは手を閉じた。
――一。
数えはじめた。
来たぶんを。
一度目と同じ門から。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在5部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
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