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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 声のない返事

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136/165

線と、見えぬ檻②

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第5部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

「……名前言いませんでしたね」


 リナンが言った。


「言わなかった」


「三回訊いたのに」


「三回」


「天気のことしか言わなかったです」


「……言わなかった」


 リュカは男の消えた岩のほうを見た。


 ――名前があっても、言わないものは名前がないのと同じだ。


 来るときにそう思った。塔の一層目の坂で。動いた壁の名前の話をしていて。


 それから言い直した。


 同じではない。


 言わないだけだ。


「……あるんだと思う」


 リュカは言った。


「名前は」


「あると思います」


 リナンも言った。


「天気の話をずっとしてたので」


「……なんでそれである」


「天気の話をする人は、自分の名前のことは話さないので」


 リナンはそう言った。


「里にいました。そういう人。名前を呼ぶと雲の話をするんです。……と思うんですけど」


 リュカは何も言わなかった。


 言わずに男の言ったことを数えた。


 雲が西から来る。日が落ちる前に、蓋の明るいところにかかる。かかったら冷える。冷えたら風が北に回る。今夜は北から吹く。


 五つ。


 名前は零。


 ――訊いたことは数に入れる。


 答えなかったことも。


 バルに言うことが一つ増えた。


 東の岩場で人に会った。名前を訊いた。三回。答えなかった。天気の話をした。


---


 歩いた。


 四千。


 五千。


 リナンの足音が少しだけ遅くなっていた。


 振り返ると、翼の付け根がまた縮んでいた。風が顔に来ているからだ。前から来る風は、畳んだ翼の上の縁に当たる。


「……大丈夫です」


 訊く前にリナンが言った。


「乾いたので軽いです」


「……軽いのか」


「さっきよりです」


 さっきよりというのは数ではなかった。


 数ではないものをリュカはそのまま、受け取った。


 風はまだ西から来ていた。


 日が傾いた。


 西の蓋の下の低い白が少しずつ広がってきた。


 男の言ったとおりだった。


 六千。


 七千。


 八千を過ぎたところで白が蓋の明るいところにかかった。


 急に暗くなって冷えた。


 ――かかったらすぐ冷える。


 それも男の言ったとおりだった。


 雲が西から来た。明るいところにかかった。冷えた。


 三つ当たった。


 残りは二つ。


 当たるかどうかは夜が決める。


---


 九千で止まった。


 西の低い白の向こうが暗くなっていった。


 夜は歩かない。


 バルがそう言った。来るときにそうした。


 リュカは岩を探した。


 来るときは石の東側を探した。西からの風が石で切れる。


 ――今夜は北から吹く。


 男はそう言った。


 東側では北からの風が切れない。


 南側なら切れる。


 リュカは少しだけ考えた。


 確かめていないことを数に入れるのか。


 男の言ったことは五つのうち三つ当たった。三つ当たったものの残りの二つ。


 ――確かではないけど数える。


 アステナがそう言った。


 確かではないものも、数えておくというやり方がある。


「……南側にする」


 リュカは言った。


「南ですか」


「北から吹くって」


「……言ってましたね」


 リナンは頷いた。


「当たったらいいですね」


「当たらなくても南でいい」


 リュカは言った。


「西から吹いたら少し寒いだけだ」


 腰の高さほどの横に長い岩だった。南側が少しだけえぐれていた。


 二人で入った。


 大きいほうの袋から一口ずつ飲んだ。


 それから、もう一口ずつ。


 ――六と少し。バルが四。


 十と少し。


 明日の十口と少し。


 数は合っていた。


---


 入ってからリュカはえぐれの端を見た。


 えぐれは浅かった。


 北からの風は岩で切れる。けれど、東の端と西の端が開いていた。回りこんでくる風は切れない。


 ――塞ぐ。


 荷を運ぶとき、荷車の縁に杭を立てて、縄を張ったことがある。荷が崩れないように。


 縄はない。


 布ならある。


 リュカは袋の口を開けた。


 ミラの布を出した。


 汗を拭くための布。三番街を出る前の夜にミラが置いていった四枚のうちの一枚。布の折れ目に丸い石が一つ残っていた。


 今は何も挟まっていなかった。


「……これも」


 リナンが包みの外側の布をほどいた。


 中の楽器は、もう一枚の薄い布にくるまれていた。


「外のはただの布なので」


 リュカは受け取った。


 二枚。


 外套の内側から杭を出した。


 三本。


 まっすぐな二本と曲がった一本。


 えぐれの東の端に岩から半歩離して、まっすぐな一本を刺した。乾いた土に拳ひとつぶん。


 そこから岩を離れて南へ二歩。もう一本のまっすぐな杭を刺した。


 二本のあいだにミラの布を掛けた。杭の頭に端を結んで。


 風よけだった。荷車の縁と同じやり方だった。


 西の端にもと思った。


 曲がった一本が残っていた。


 曲がった杭はまっすぐに刺さらない。刺すと斜めになる。斜めになった杭に布を結んでも、風でずれる。


 ――西は一枚でいい。


 えぐれの西の端に岩から半歩離して、曲がった一本を刺した。斜めに。


 リナンの布の端を杭の頭に結んだ。もう片方の端は岩の角に挟んだ。


 風よけが二つ。


 杭が三本。


 布の掛かっていないところが一つ。


 二歩南の杭から西の曲がった杭まで。


 えぐれの前を斜めに横切るあいだ。


 そこは何もなかった。


 二人が出入りするところだった。


---


 日が落ちた。


 蓋が灰色から暗い灰色になって、それから見えなくなった。


 風が止まった。


 西からの風が一度、止まった。


 止まって少し静かになった。


 それから来た。


 北から。


 岩の上を越えて、えぐれの外を回りこんで。


 冷たい風だった。


 ――当たった。


 風が北に回った。今夜は北から。


 四つ目と五つ目。


「……来ました」


 リナンが言った。


「北から」


「来た」


 リナンは横向きに座っていた。翼を畳んで。北に背を向けずに。


 男がそう言った。


 東の布が鳴った。


 ばたと。


 杭は倒れなかった。拳ひとつぶん刺さっていた。


 西の布が鳴った。


 ばたばたと。


 曲がった杭が少しだけ傾いた。


 傾いて布の結び目がずれた。


「あ」


 リナンが手を伸ばした。


 布の端が風で浮いていた。浮いてえぐれの前のほうへはみ出していた。


 はみ出した端を押さえようとして。


 リナンの手がえぐれの前を斜めに横切った。


 布の掛かっていないところを。


 二歩南の杭と曲がった杭のあいだを。


 ――止まった。


---


「……え」


 リナンが言った。


 手が止まっていた。


 布の端の指一本ぶん手前で。


 何もないところで。


「リナン」


「……何かあります」


 リナンの声が小さかった。


「ここに何か」


 リュカはリナンの手を見た。


 暗かった。


 日が落ちて灯りはなかった。


 それでも見えた。リナンの指が空中で止まっていた。何かに押し返されたように、少しだけ反っていた。


「……冷たいです」


 リナンが言った。


「細くて冷たいもの。糸みたいな」


 ――冷たい。


 リュカは右の手を開いた。


 手のひらの真ん中が冷たかった。


 いつもと同じ冷たさだった。


 いつもと同じなのに、どこかへ引かれていた。


 手のひらから二本の杭のほうへ。


 二歩南の杭と曲がった杭のほうへ。


 二本のあいだへ。


---


 リュカは立った。


 膝は抜けなかった。


 えぐれの前に出た。


 リナンの手の隣に自分の右の手を出した。


 拾う形ではなかった。


 手のひらを横に向けた。


 二本の杭のあいだに。


 ――あった。


 何もないところに冷たいものがあった。


 指の腹に当たった。


 細かった。


 糸一本ほど。


 糸より硬かった。けれど、針金ほどではなかった。


 押すと少しだけしなった。


 しなって押し返してきた。


 押し返す力は弱かった。


 指一本ぶん。


 ――指一本。


 きのうの前の日。地面の杭が手のほうへ寄ったのと同じくらいの。


 リュカは指を横に滑らせた。


 冷たいものはずっと続いていた。


 右へ。曲がった杭のほうへ。


 左へ。二歩南の杭のほうへ。


 杭と杭のあいだをまっすぐに。


 曲がった杭は斜めに刺さっていた。


 冷たいものは斜めではなかった。


 杭の頭から杭の頭へ。まっすぐに。


「……線」


 リュカは言った。


 言ってから手のひらの線を思った。


 手のひらの真ん中から親指の付け根のほうへ一本。


 同じ冷たさだった。


---


「……リュカくんの杭のあいだに」


 リナンが言った。


 手を引いていた。引いた指を胸の前で握っていた。


「線があるんですか」


「ある」


「見えないです」


「見えない」


「見えないのにある」


「……ある」


 リュカは手を引いた。


 引いてそれからもう一度出した。


 同じところに。


 あった。


 冷たくて細くて少しだけしなる。


 ――確かめないと数に入れない。


 リュカは二歩南の杭のところへ行った。


 しゃがんだ。


 膝は抜けなかった。


 杭を握った。


 抜いた。


 拳ひとつぶん土から出てきた。


「リナン」


「はい」


「手を」


 リナンがまた手を伸ばした。


 さっきと同じところへ。


 止まらなかった。


 リナンの手は何もないところを通った。


「……ないです」


「ない」


 リュカは杭をもう一度刺した。


 同じ穴に。拳ひとつぶん。


「もう一度」


 リナンが手を伸ばした。


 止まった。


「……あります」


「ある」


 一回。


 抜くとない。刺すとある。


 ――それから。


 リュカは、手のひらを線に当てたまま思った。


 ――張れ。


 線が消えた。


 指の腹から冷たいものがなくなった。


 手が何もないところを通った。


「……消えました」


 リナンが言った。リナンの手も通っていた。


「張れと思った」


 リュカは言った。


「思ったら消えた」


 ――動けと思うと動かない。戻れと思うと来ない。


 張れと思うと張らない。


 同じだった。


 手を引いた。


 引いて息を数えた。一。二。三。


 何も思わずに。


 もう一度出した。


 あった。


 冷たくて細くて少しだけしなる。


「……あります」


「ある」


 思わないときだけある。


 思うとなくなる。


 ――拾う形と同じだ。


 拾うつもりで手を出す。つもりだけで思わない。


 思わずに刺した。


 刺したから張った。


 張らせようとしたら、張らなかった。


---


「……東のほうは」


 リナンが言った。


「布の掛かってるほうは」


 リュカは、東の端のまっすぐな杭と二歩南の杭のあいだを見た。


 ミラの布が掛かっていた。風で膨らんでいた。


 布の上のところに手を出した。


 布より少し上。杭の頭の高さ。


 ――あった。


 冷たくて細くて少しだけしなる。


 布の上にも線があった。


 布を張ったところにも。


 布を張らなかったところにも。


「……こっちにもある」


「じゃあ」


 リナンが言った。


「西の杭と東の杭のあいだは」


 リュカはえぐれの内側を見た。


 東の端の杭から西の端の曲がった杭まで。


 岩の面に沿ってまっすぐに。


 手を出した。


 座っていたところのすぐ後ろ。岩と背中のあいだ。


 あった。


 冷たくて細くて少しだけしなる。


 ――三本。


 杭が三本。


 線が三本。


 東の杭から二歩南の杭へ。二歩南の杭から曲がった杭へ。曲がった杭から東の杭へ。


 三角だった。


 えぐれの前に、三角の見えない線が張られていた。


 その中に二人がいた。


---


「……籠みたいです」


 リナンが言った。


 三角の真ん中で。


 膝を抱えて。


「籠」


「見えないですけど。囲まれてるので」


 リナンは、そう言ってから少しだけ腰を浮かせた。


 浮かせて二歩南の杭と曲がった杭のあいだの線をまたごうとした。


 線は杭の頭の高さにあった。脛の半ばほど。


 またげた。


 膝を上げれば。


 リナンは線の外に出た。


 出てそれからまたまたいで、戻ってきた。


「……出られます」


 リナンが言った。


「出られる」


「籠なのに」


「……籠なのに」


 またげば出られる。またげば入れる。


 見えない線は、杭の頭の高さに一本ずつ張られているだけだった。上はどこまでも開いている。


 籠と呼ぶには穴だらけだった。


 ――籠。


 リュカは三角の線を見た。


 見えなかった。


 見えないがどこにあるのかは分かった。手のひらが三本のほうへ引かれていた。


 籠。


 三番街の昇降機の籠。


 三年、毎朝乗ってきた。荷を積んで上へも下へも。


 太い綱の先で籠は鎖で吊られていた。


 鎖が軋んだ。籠が上がるときも下がるときも。


 あの軋みを三年、聞いてきた。


 籠の中に入ると、鎖は見上げないと、見えなかった。荷を抱えていると、見上げられない。


 見上げなくても、あるのは分かった。


 軋むからだ。


 籠が落ちないからだ。


 ――見えない鎖。


 今、ここにあるのは鎖ではなかった。


 線だった。


 軋まない。


 けれど、見えないのに張っていた。杭と杭のあいだに。


---


 風が強くなった。


 北から。


 西のリナンの布がばたと大きく鳴った。


 結び目が外れた。


 布が浮いた。


 浮いて風に引っぱられて、えぐれの外へ飛ぼうとした。


「あっ」


 リナンが手を伸ばした。


 届かなかった。


 布はえぐれの前を斜めに飛んだ。


 ――止まった。


 地面の少し上で。


 布が何もないところに引っかかった。


 二歩南の杭と曲がった杭のあいだ。


 布のふちがまっすぐな一本の線の形に折れていた。


 見えない線に掛かっていた。


 布は風に押されていた。押されて膨らんで、線に食いこんだ。


 線はしなった。


 しなって押し返した。


 押し返す力は弱かった。


 弱かったが布一枚は止まった。


 リナンが立って布をつかんだ。


 つかんでから線の手前で止まった。


 布を線から外した。


 外れた。


 引けば外れるくらいの力だった。


「……止まりました」


 リナンが言った。


 布を両手で握って。


「布が」


「止まった」


「見えないのに」


「……見えないのに」


 リュカは線のあったところを見た。


 布が引っかかったところ。


 布の折れた形がまだ目に残っていた。


 まっすぐな一本。


 ――見えた。


 布が掛かったあいだだけ。


 見えないものの形が。


---


 リュカは曲がった杭のところへ行った。


 抜いた。


 抜いて西へ歩いた。


 三歩。四歩。五歩。


 えぐれの外の乾いた土に刺した。斜めに。拳ひとつぶん。


 戻って二歩南の杭の横に立った。


 手を出した。


 二歩南の杭から西へ五歩動かした曲がった杭のほうへ。


 あった。


 さっきより長い線だった。長いのに冷たさも細さも同じだった。しなり方も同じだった。


 ――長くても弱くならない。


 もっと遠くへ刺したら。


 十歩。二十歩。三十歩。


 暗かった。


 暗い中で遠くへ刺した杭をまた探しに行くことになる。


 ――拾う形で手を出せば戻ってくる。


 三十歩までは。


 分かっていた。


 分かっていたが今夜はやめた。


 確かめるのは明るいほうがいい。夜は読み違える。


 アステナの言い方だった。


 リュカは曲がった杭を抜いた。


 元のえぐれの西の端に戻した。


 同じ穴に。斜めに。


 三角が戻った。


---


 リナンが布を膝の上に畳んだ。


 畳んでそれから言った。


「……二つ目来ましたね」


「……来た」


「来たら数えるって」


「数える」


 リュカは手のひらを開いた。


 冷たかった。


 ――寄る。戻る。張る。


 寄るのは地面の杭が指一本ぶん。


 戻るのは撃った杭が三十歩まで。


 張るのは、刺した杭と杭のあいだに見えない線が一本。


 三つとも杭だった。


 三つともトトの杭だった。


 三つとも冷たい手のひらから来ていた。


 ――この石から来る型という意味。


 アステナがそう言った。


 この石からまた何か来たら、それも一の型。


 つけておかないと、何か来たとき、数え直すことになる。


 数え直さなくてよかった。


 一とつけてあった。


---


 名前を考えた。


 見たとおりの名前。


 ――見えない。


 見たとおりにつけられない。


 見えなかった。


 見えたのは布が掛かったあいだだけ。まっすぐな一本。


 それと籠。


 籠の中から見えなかった鎖。


 軋みでしか分からなかった鎖。


 見えないのに、籠を落とさなかった鎖。


 ――鎖。


 それと線。


 手のひらの線と同じ冷たさの。


「……鎖線」


 リュカは言った。


 口に出してからそれが名前になったと分かった。


「させん」


 リナンが繰り返した。


「鎖に線」


「……鎖に線」


「籠のですか」


「籠の」


 リナンは少しだけ黙った。


「……見たとおりじゃないですね」


「見えなかった」


 リュカは言った。


「見えなかったから、聞いたとおりにした」


 軋み。


 三年、聞いてきた鎖の軋み。


 見えないものは聞いたとおりにつける。


 それも一つのつけ方だった。


---


「……一の型」


 リュカは言った。


 あとから。


 声に出た。


 小さかったが三角の中には届いた。


「鎖線」


 リナンは何も言わなかった。


 言わずに息を一つ吐いた。


 笑ったときの息だった。


---


 夜が深くなった。


 北からの風は止まなかった。


 東のミラの布がときどき鳴った。西のリナンの布はもう掛けなかった。リナンが膝の上で握っていた。


 風はえぐれの外を回りこんで来た。


 来て三角の線に当たった。


 当たったのかどうかは分からなかった。


 風は線では止まらなかった。


 糸一本で風は止まらない。


 冷たい風は三角の中にも入ってきた。


 ――その程度だ。


 布一枚は止まる。


 手は止まる。指一本ぶん押し返す。


 風は止まらない。


 その程度。


 いちばん下の石の。


 リュカは外套の前を合わせた。


 合わせた外套の内側に杭はなかった。


 三本とも土に刺さっていた。


 線を張ったまま。


 ――抜けばない。


 抜かなかった。


 抜かずにそのままにした。


 止まらない風の中で見えない線を張ったままにした。


---


 ――荷が崩れない。


 布一枚が止まった。


 風で浮いた布が線に掛かって止まった。


 荷車の縁に杭を立てて縄を張る。荷が滑らないように。崩れないように。


 縄は荷を持ち上げない。押さえるだけだ。


 縄がないところでも。


 杭さえ刺せば。


 三年、荷を運んできた。いちばん怖いのは、荷が崩れることだった。重いことではなかった。重いのは運べば運べる。崩れたものは、拾い直さなければならない。


 崩れないように先に張っておく。


 ――その程度だ。


 風は止まらない。人の手は少しだけ止まる。布一枚は止まる。


 その程度でも、荷は止まるかもしれない。


 確かめていない。


 確かではないけど数える。


 荷を止める線と数えておいた。


---


「……リュカくん」


 リナンが言った。


 暗い中で。隣から。


「あの天気の人」


「……うん」


「知らない人ですよね」


「知らない」


「でも、言ったとおりでした」


 リナンは指を折った。


「雲が西から来る。明るいとこにかかる。冷える。風が北に回る。今夜は北から」


「……五つ」


「五つとも」


 ――五つとも。


 当たった。


 名前は零のまま。


 天気だけが五つ当たった。


「バルさんに言いますか」


「言う」


「何て」


「東の岩場で人に会った」


 リュカは言った。


「名前を三回、訊いた。答えなかった。天気は五つ当たった」


 リナンは少しだけ黙った。


「……バルさん笑いそうです」


「笑わない」


「笑わないですか」


「印を押す」


 リュカは言った。


「荷札に。……たぶん」


 リナンは息を吐いた。


 また笑ったときの息だった。


---


 ――おらんはずのところにおる者は、名前を訊いておくもんだ。


 訊いた。


 三回。


 答えは天気だった。


 答えなかった者の名前は分からない。


 分からないがないのではない。


 言わないだけだ。


 あの男も。


 この線も。


 見えないだけである。


 リュカは右の手を膝の上に置いた。


 閉じて。


 閉じた中に冷たさがあった。


 冷たさは、三本の杭のほうへ少しだけ引かれていた。


 ――四。七。


 寄る数。


 ――五。


 戻る数。


 ――一。


 張る数。


 確かではない。一回だけだ。


 確かではないけど数える。


「……千で起こします」


 リナンが言った。


「起こせ」


 リナンは数えはじめた。


 声に出さずに。


 風が三角の線の外と中を同じように、吹いていった。


 見えない檻は風を止めなかった。


 止めなかったがまだそこにあった。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在5部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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