手のひらと、戻るもの②
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
「……減らない」
リナンが言った。
小さな声で。
リュカはリナンを見た。
リナンはリュカの手の杭を見ていた。
「撃っても減らないです」
――石は投げたら減ります。弦は減りません。
塔に入った日の坂でリナンはそう言った。包みに手をかけて。
――……減りませんでした。
上の門の下の坂で弦を撫でながら、そう言った。六本とも切れなかった。
「……三十歩まではだ」
リュカは言った。
「三十歩までは減らない」
「三十歩まで」
リナンは繰り返した。
繰り返して少しだけ笑った。
「三十歩って鎌翼のですか」
リナンは、あの日空き地の隅に立っていた。
「……鎌翼の」
「リュカくんが初めて、落とした距離ですね」
「……初めて撃った」
リナンはそれ以上言わなかった。
言わなかったが何を言いたいのかは分かった。
分かったがそれが本当にそういうことなのかどうかは、分からなかった。
初めて撃った三十歩と拾いに行けなかった三十歩。二つが同じ数だった。
その三十歩まで杭が戻ってくる。
――そういうことなのか。
かもしれないだった。
かもしれないが三十歩だった。
---
四十本目で撃ち切った。
撃てる零。
四十本が十本になって、十本が零になった。
撃った杭は雲の中へ落ちていった。自分の杭が落ちてくるのを初めて見た。拳五つ右を通って雲へ。
拾いに行けなかった。
拾いに行く場所がなかった。
――撃てば減る。
三年そうだった。撃てば拾いに行かなければならない。拾いに行けないところへ撃てば減る。
だから、撃つ場所を選んできた。空き地の的の前。拾いに行ける場所。
塔では選べなかった。
選べないところで撃って減った。
今は。
三十歩までなら、拾いに行かなくていい。
三十歩までなら、撃っても減らない。
――三十歩。
てっぺんの段で三十歩はあった。四十本目から縁まで三十歩くらい。
あのとき、これがあったら。
――思わない。
リュカはそう自分に言った。
あのときなかった。
なかったものをあったことにして数えるのは、外れた石を宿ったことにして数えるのと同じだ。
なかった。
今はある。
それだけを数える。
---
「名前がいる」
アステナが言った。
珠を一つ繰って。
「……名前」
「技には名がいる」
結論から。
「理由は三つ。一つ。名がないと二度目が出にくい。二つ。名があると自分で呼べる。三つ」
アステナはそこで珠を止めた。
「……三つ目はゼクスが知っている」
白の奥の濃いところを見ないで言った。
「わたしは知らない」
――あの男が石の名を呼んだとき。
風が止まった。槍が白くなった。
白光。雷杭。
名前をリュカは知らない。知らないがあの男の技には、名があるのだろうと思った。
「……呼ぶのか。技を」
「呼ぶ者もいる。呼ばない者もいる」
アステナはそう言った。
「呼ばなくても名はある」
---
リュカは手の中の杭を見た。
――名前。
見たものに名前をつけてきた。
石の羽。一層目。三層目。四層目。
見たとおりの名前。石の色で羽がある。一つ目の平らなところ。
見たものしか言えない。
今見たものは。
撃ったものが帰ってきた。
投げたものが帰ってきた。
――帰る。投げた。
三年、荷を運んできた。行って帰る。行きの荷と帰りの荷。
撃つのは投げることだった。投げて届ける。的の先へ。
届けたものが帰ってくる。
「……帰投」
リュカは言った。
口に出してからそれが名前になったと分かった。
「きとう」
リナンが繰り返した。
「帰るに投げる」
「……帰るに投げる」
「見たとおりですね」
「見たとおりだ」
アステナが珠を一つ繰った。
「一の型」
アステナは言った。
「この石から来る型という意味。この石からまた何か来たら、それも一の型」
「……また来るのか」
「読めない」
アステナはそう言った。
「読めないけど一をつけておく。つけておかないと、何か来たとき、数え直すことになる」
――数え方を決める。
きのう、アステナはそう言った。
数え方を先に決めておく。
三年、自分がしてきたことだった。
---
「一の型」
リュカは口の中で言った。
「……帰投」
言ってから順番が逆だと思った。
名前を先に言うのではなかった。
撃って戻ってきて、それから名前を言った。
来たものに、あとから名前をつけた。
――それでいい。
名前は先にはない。
見て来てそれからつける。
石の羽も一層目もそうだった。
ゆうべ、手のひらに置かれた名前だけは先に来た。訊いていないのに来た。
あれは自分がつけた名前ではなかった。
これは自分がつけた。
――名前は訊くものだった。
根元の夜にそう思った。訊いて答えて、それで何かが決まる。
石の名前は訊かずに来た。
技の名前は誰にも訊かなかった。訊く相手がいなかった。自分でつけた。
訊かずに来た名前と訊かずにつけた名前。
二つとも手のひらの中にあった。
一つは声に出せない。
一つは声に出せる。
「……あとから言うのか」
ロアンが言った。
面白がる声だった。
「技の名を。撃ったあとで」
「……あとからしか言えない」
「撃つ前に言うやつのほうが多いぜ」
「撃つ前に言ったら」
リュカは言った。
「戻れと思うのと同じになる」
ロアンは少しだけ黙った。
黙ってそれから笑った。
声を出して。
「……そうかい。坊主の型はあとからか」
---
白の奥で何かが動いた。
濃い白。人の背丈ほどの。
足音がした。
一つ。
速さを変えない一定の足音。
ゼクスだった。
白の中から出てきた。槍を右の肩に。左の腕は下がったまま。
ずっとそこにいたのか。今、来たのか。
分からなかった。
ゼクスは、門の光の四角の端まで来て止まった。
リュカから五歩。
リュカの手の杭を見た。
端の欠けたまっすぐな一本。
見ていた。
長く。
てっぺんの段で尖ったものの窪みの横の刺さった一本を見ていたのと同じくらい長く。
何も言わなかった。
そうかとも。
戻れとも。
持って来いとも。
見てそれから目を上げた。
リュカの顔を見た。
一度だけ。
それから背を向けた。
白の中へ戻っていった。
足音が一定のまま遠くなった。
――戻れとは言わなかった。
あの男は六度戻れと言った。てっぺんの段で。五日目に四度。縁から顔を出して五度目。仰向けのリュカを見下ろして六度目。
六度目は命じていなかった。
七度目は来なかった。
戻ってきた杭を長く見て、何も言わずに、白の中へ戻っていった。
――戻ったのは杭だ。
自分ではなかった。
自分はまだ戻っていなかった。てっぺんへは。
なら、次は持って来い。
あの男はそう言った。
戻ってくる杭は、持っていくものになるのか。
――これでもない。
手のひらの線が持ってきたものではないように。
戻ってくる杭も、たぶん持ってきたものではない。
来たものだ。
来たものと持っていくものは違う。
何が違うのかは分からなかった。
分からないが違うことだけは分かった。
あの男もたぶん同じことを見ていた。
---
「……何も言わなかったですね」
リナンが言った。
「言わなかった」
「見てましたね」
「見てた」
「長く」
「……長く」
――あの男が長く見るのは。
刺さった杭。
窪みの青い光より刺さった杭のほうを長く見ていた。
今は戻ってきた杭を長く見た。
刺さった杭と戻ってきた杭。
どちらも自分の杭だった。
――何を見ているのか。
分からなかった。
分からないものをまた一つ数に入れずに持った。
---
――尖ったものの一本。
リュカは塔の上を見上げた。
見えなかった。
白の上に雲の床がある。雲の床のずっと上にてっぺんの段がある。尖ったものがある。窪みがある。青い光がある。
その指一本ぶん横に杭が一本刺さっている。
――呼べば。
拾う形の手を上へ向ければ。
三十歩よりずっと遠い。五十九本の杭の上のそのまた上。来ないかもしれない。
来るかもしれない。
リュカは手を上げなかった。
――刺さったまま待たせておく。
てっぺんの段でそう決めた。
置いていくのとは違う。待たせておく。
呼べば待たせたことにならない。
呼ばなかった。
手を下ろしたまま、杭を外套の内側にしまった。
三本とも。
紙のほうへ。
曲がった一本だけ向きが揃わずに、外套の布を少しだけ押し上げた。
---
「行くのか」
ロアンが言った。
「行く」
「水は」
「足りる」
「足りねえだろ」
「足りないぶんは知ってる道で埋める」
「……面倒な坊主だ」
ロアンはそう言って、少しだけ黙った。
黙って何か言いかけた。
言いかけてやめた。
やめてから別のことを言った。
「坊主」
「……」
「三十歩ってのはな」
ロアンは白の中を見た。
どこを見ているのかは分からなかった。
「いい数だ」
それだけだった。
なぜいい数なのかは言わなかった。
軽口の声ではなかった。
「……参謀」
ロアンがアステナに言った。
「読めねえもんがまた増えたな」
アステナは珠を一つ繰った。
「四つ」
アステナは言った。
「四つともこの子」
――この子。
あなた、ではなかった。
初めてそう言った。
リュカは何も言わなかった。
言わずにリナンを見た。
リナンは包みの縄を確かめていた。荷の結び方で十字に。
確かめ終えて顔を上げた。
「……行けます」
「行く」
アステナが珠を懐にしまった。
しまってから言った。
「白の際まで四万三千」
「……知ってる」
「あなたの脚で今日は届かない」
結論だけだった。
「理由は」
リュカは訊いた。
アステナは少しだけ目を上げた。
「一つ。膝が今朝、一度、抜けた。二つ。水が少ない。三つ」
アステナはそこで少しだけ黙った。
「……三つ目は届かなくても、あなたは困らない」
「……困らない」
「白の中で夜をつくれる。塔の中でつくってきた」
アステナはそう言った。
「だから、届かなくていい」
リュカは何も言わなかった。
言わなかったが頷いた。
頷いたのをアステナは見ていなかった。もう背を向けていた。
ロアンが片手を少しだけ上げた。
振りはしなかった。
上げて下ろした。
「……戸は閉めていけよ」
ロアンが言った。
――戸は閉めていくんだよ。
三番街を出る朝にヴェスナがそう言った。
ロアンはヴェスナを知らない。
知らないはずの言い方だった。
「……戸はない」
リュカは言った。
「門には戸がない」
「知ってるよ」
ロアンはそう言って笑った。
「知ってて言ってんだ」
リュカは、開いているほうの門を振り返った。
四角い光。戸のない口。
その奥に一層目の床。七本の杭と骨。
リュカは、門の脇の継ぎ目のない壁に手を触れた。
右の手で。
冷たさと冷たさが触れた。
閉める代わりだった。
三番街を出る朝に焼け残った柱にそうしたように。
---
白の中へ出た。
門の光の四角が背中で少しずつ薄くなった。
十歩で輪郭だけになった。
二十歩で白に溶けた。
振り返らなかった。
――一。
数えはじめた。
来るときは四万三千で塔に着いた。白に入った朝から日が傾くまで。白の際の窪みの深い石の陰でひと晩過ごしてから。
帰りは逆に数える。
四万三千で白の際。
この脚で今日のうちに、届くかどうか。
分からなかった。
分からないので数えた。
---
白の中は来たときと同じ匂いがした。
冷たくて少し甘い。
籠で通る白と同じ匂い。
足元は岩と乾いた土だった。湿った白がその上にずっとかかっていた。
来るときは、この白の中で数えるのをやめた。
百を数えてまだ白かった。三百を数えてまだ白かった。終わりが分からないものを数えるのをやめて、歩数に戻した。歩数は終わりが分からなくても、増えるだけだ。
今は終わりが分かっていた。
四万三千。
増えるだけではなく減っていく数だった。
――来たぶんと残り。
筒の坂でそう数えた。足すといつも同じになる。
足すと四万三千。
リナンが後ろを歩いていた。
翼の付け根は縮んでいなかった。風がなかった。
「……リュカくん」
「うん」
「二つ目も来ますか」
「……読めないって」
「参謀の人は読めないって言いました」
「言った」
「リュカくんは」
リュカは少しだけ黙った。
――二つ目。
一の型の二つ目。
一つ目が来たのはけさだった。宿ってから一日と半分。
宿ったのも、来ないと数えてきたものだった。
来ないと数えてきたものが来た。
来たものの二つ目が来るのかどうか。
「……数えない」
リュカは言った。
「来たら数える」
「来たら」
「来るまでは数えない。来ないとも数えない」
リナンは少しだけ黙った。
黙ってから言った。
「……分からないものですね」
「分からないものだ」
――ないのと分からないのとは違う。
根元の夜にそう思った。
思ったことをリナンは知らない。
知らないのに同じ言い方をした。
---
――帰るに投げる。
歩きながら、もう一度その名前を思った。
撃ったものが帰ってくる。
自分も帰るところだった。
三番街へ。
投げられたのではなかった。自分で出ていった。戸は閉めていくんだよ、と言われて、焼け残った柱に手を触れて。
出ていったものが帰る。
帰って何を言うのか。
トトには数を。十本持っていった。三本持って帰った。七本は上。
イサには綱を。戻ってきたら、また引いておくれと言われた。
ヴェスナには。
――何を。
分からなかった。
何を言えばいいのか分からない相手が一人だけいた。
分からないまま歩数を数えた。
五千。
一万。
白は終わらなかった。
一万二千のところでリュカの左の膝が抜けた。
岩に手をついた。
右の手で。
手のひらの線が湿った岩に当たった。
冷たさと冷たさが触れた。
何も起きなかった。
リナンが止まった。
止まって待った。
――待つのはわたし上手です。
リュカは膝を伸ばした。
伸びた。
「……昼にする」
「昼ですか」
「一万二千で昼だ」
来るときは白の中で昼を数えなかった。昼かどうかも分からなかった。
今は決めた。この脚では一万二千が昼だった。
---
大きいほうの袋を開けた。
ロアンの水だった。
栓を抜くと匂いがした。
井戸の匂いではなかった。
革と鉄とそれから何か知らない匂い。上の層のどこかの水の匂い。
――知らない匂いだ。
知らない匂いの水を一口、飲んだ。
喉が受け取った。
知らない匂いでも水は水だった。
リナンも一口、飲んだ。
飲んで少しだけ首を傾げた。
「……違う味です」
「違う」
「でも、水です」
「水だ」
リナンは指を折った。
リュカは残りを数えた。
突き合わせて合っていた。
大きいほうに十八と少し。バルの袋に四。
――二十二と少し。
干し肉の残りの四分の一を噛んだ。
二人とも。
同じ大きさで。
---
午後の白も白だった。
一万五千。
二万。
二万を過ぎたところでリュカは、立ち止まった。
右の手を見た。
外套の内側の杭に触れた。
――確かめる。
白の中で。
根元ではなくここで。
門の光も壁もないところで。
まっすぐな一本を出した。
つがえて撃った。
前へ。
三十歩。
三息でかつん。
手を出した。
拾う形で。
何も思わずに。
擦れる音。
浮く音。
来た。
置かれた。
握った。
「……来た」
「来ました」
「根元じゃなくても来る」
「来ますね」
――四。
数えた。
戻る数の四つ目。
塔の根元でなくても来る。
門の光の端でなくても来る。
白の中でも来る。
――持っていける。
リュカはそう思った。
どこへでもとは思わなかった。どこへでもかどうかは確かめていない。
確かめたところへは持っていける。
確かめたところが一つ増えた。
---
「……リュカくん」
リナンが言った。
「さっきの言いました」
「……何を」
「あとから」
リナンは杭を見ていた。
「名前。あとから言ってないです」
リュカは手の中の杭を見た。
――あとからしか言えない。
根元でロアンにそう言った。
言ってから今は言っていなかった。
「……言わなくても来た」
「来ました」
「なら、言わなくてもいい」
「……いいんですか」
「名前はあっても、呼ばなくていいって」
アステナがそう言った。呼ぶ者もいる。呼ばない者もいる。呼ばなくても名はある。
「……でも」
リナンは言いかけて止まった。
止まってから小さく言った。
「わたしは聞きたいです。リュカくんが言うの」
リュカは何も言わなかった。
言わずに杭を外套の内側にしまった。
しまってそれから少しだけ黙って、口の中で言った。
「……一の型」
声に出たのかどうか、自分でも分からなかった。
「帰投」
リナンは何も言わなかった。
言わずに少しだけ笑った。
笑ったまま歩きだした。
---
二万五千。
三万。
白が少しずつ灰色になりはじめた。
雲の上で日が傾いていく。
――届かない。
四万三千には届かない。
今日のうちに、白の際には届かない。
リュカはそう数えた。
数えて足を止めた。
「……ここで夜にする」
「白の中でですか」
「白の中で」
来るときは、白の際の窪みの深い石の陰で夜をつくった。
今日は白の中だった。
三万と少し。
岩の少しだけ大きいのを探した。腰の高さほどの。陰に座れるくらいの。
三つ目に見つけた岩の陰に座った。
リナンが隣に座った。
同じ低さに。
---
大きいほうの袋から一口ずつ飲んだ。
十六と少し。
バルの袋は四のまま。
――二十と少し。
あと一日と少し。
足りない。
足りないがまだある。
リナンが指を折った。リュカは残りを数えた。突き合わせて合っていた。
今日二人とも同じだけ飲んだ。
同じだけ飲んで、同じだけ足りなかった。
水は合わせない。塔に入った日の坂でそう決めた。
合わせないと決めたのに、合っていた。
合わせたのではなかった。同じだけ乾いていただけだった。
白が暗くなった。
門の光はない。壁の光もない。
暗い白だった。
何も見えなかった。
自分の手も見えなかった。
右の手を開いた。
見えなかったが冷たさはあった。
――いる。
閉じた。
---
暗い白の中でリュカは立った。
「……リュカくん」
「撃つ」
「見えないです」
「見えない」
「見えないのに」
「見えないから撃つ」
――分からないから撃つ。
根元でロアンにそう言った。
まっすぐな一本をつがえた。
手探りで。鉤に杭の尻を掛けて。
三年、毎朝そうしてきた手だった。暗くても掛けられた。
前へ。
見えない白へ。
三十歩。
撃った。
一息。
二息。
三息。
――かつん。
手を出した。
拾う形で。
見えない手を見えない白へ。
何も思わずに。
息を数えた。一。二。
擦れる音。
浮く音。
来る。
見えないところから見えないところへ。
手のひらに置かれた。
握った。
三年、毎朝持ってきた重さだった。
---
――五。
数えた。
見えなくても来る。
暗くても来る。
リュカは座った。
岩の陰に。リナンの隣に。
杭を膝の上に置いた。
見えなかった。
見えなくても、そこにあるのは分かった。
――三年。
三年、撃って歩いて拾ってきた。二十歩。三十五歩。五十歩。毎朝。
三十歩だけは、歩いて拾いに行ったことがほとんどなかった。鎌翼の日だけ。てっぺんでは行けなかった。
その三十歩が今は手のひらの中にあった。
歩かなかった距離が手のひらに入っていた。
――来たぶんは減らない。
てっぺんの段でそう思った。縁の前に立って、五十九本目へ足を下ろしたとき。
来たぶんは減らない。
三年、歩いたぶんも減っていなかった。歩けなかった三十歩も、なかったことにはなっていなかった。
減らずにここにあった。
---
「……リュカくん」
リナンの声がした。
暗い白の中で。隣から。
「言いましたか」
「……何を」
「今のあとから」
リュカは少しだけ黙った。
黙って膝の上の杭に手を置いた。
「……一の型」
今度は声に出た。
小さかった。
小さかったが暗い白の中で隣には届いた。
「帰投」
リナンは何も言わなかった。
言わずに息を一つ吐いた。
笑ったときの息だった。
それから、少しだけ黙って言った。
「……てっぺんの一本は」
「……呼ばなかった」
「呼ばなかったんですか」
「呼ばなかった」
「呼んだら来ましたか」
「分からない。三十歩よりずっと遠い」
リュカは言った。
「来なくても来ても呼ばない」
「……どうしてですか」
「待たせてる」
リナンは少しだけ黙った。
「……杭も待つのは上手ですか」
「……知らない」
リュカは言った。
「上手じゃなくても待たせてる」
リナンはまた息を一つ吐いた。
「わたしは上手でした」
「……知ってる」
「ふた晩」
「知ってる」
――待つのはわたし上手です。三年、待ってたので。
煤の段でリナンはそう言った。
ふた晩待って、帯を切られるまで殻を使わなかった。
あの杭も待っている。
尖ったものの窪みの横で。
何を持ってくるのかを待っている。
――何を。
分からなかった。
分からないものを待たせていた。
「……千で起こします」
「起こせ」
「間違えないです」
「間違えてもいい」
リナンは数えはじめた。
声に出さずに。
リュカは杭を外套の内側に戻した。
戻して右の手を膝の上に置いた。
閉じて。
閉じた中に冷たさがあった。
――四。七。
寄る数。
――五。
戻る数。
数えた。
数えながら目を閉じた。
白の中の一晩目だった。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)
よろしければ是非応援頂けますと幸いです。




