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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 声のない返事

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131/165

幕間 「まだ、と人は言う」

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 朝の井戸端は、水の音より声のほうが多かった。


「まだ来ないのかい」


「籠かい」


「籠だよ。ほかに何が来るってんだい」


「来ないね。まだ」


「ドランが止め木のとこでずっと何かいじってるよ」


「いじってて直るのかい」


「直るまでいじるんだろ」


「直らなかったら」


「直らなかったら、まだいじるんだろ」


 桶が縁に当たった。


 誰かが笑いかけてやめた。


---


 綱を引いているのはイサだった。


 背中で引いていた。腕はもうあまり使わない。


 井戸に朝いちばんに来る順番がある。日の出前が鍛冶場と宿の分。そのあとが子持ちの家。そのあとが年寄り。


 宿の分を汲む者がいなくなった。


 だから、イサが自分の分のあとに宿の分も汲んでいる。


「宿の分まであんたが汲んでどうすんだい」


 桶を待っていた女が言った。


「腰やるよ」


「やったらやったときだよ」


 イサは綱を巻いた。


「戻ってきたら、また引いておくれって言ったんだ」


「誰に」


「石拾いの坊主に」


「ああ」


 女は少しだけ黙った。


「……まだ戻らないね」


「まだだね」


「何日になる」


「数えてないよ」


 イサはそう言った。


「数えるのはあの子の仕事だ」


---


「上へ行ったんだろあの子は」


 別の女が言った。


 水を汲み終えて、桶を両手で提げていた。


「上じゃないよ。下だよ。籠で下りてったんだ。地上層へ」


「地上層からどこへ」


「塔だってさ」


「塔」


「雲の上の」


「雲の上の塔へ下りて行くのかい」


「下りてそれから上がるんだろ」


「ややこしいね」


「ややこしいから、誰も行かないんだよ」


 桶の水が少しこぼれた。


「何しに行ったんだい」


「石だろ」


「石」


「あの子は石しか拾わないじゃないか」


「拾ってどうすんだい」


「宿るのを待つんだろ」


「三年、待って宿らなかったんだろ」


「三十何回外れたって」


「三十何回」


「数えてたのはあの子だけだよ。あたしらは知らない」


「知らないのに、三十何回って、なんで知ってんだい」


「宿のばあさんがそう言ったって誰かが」


「誰かねえ」


---


 井戸の縁に子供が腰かけていた。


 柄杓の男の子だった。じいちゃんの分の水を汲みに来ている。


「まだ拾ってるの」


 子供が訊いた。


「誰がだい」


「石の兄ちゃん」


「拾ってるだろうね」


「塔の上でも」


「塔の上にも石はあるだろ」


「あるの」


「知らないよ。行ったことないもの」


「じゃあなんで、拾ってるって分かるの」


 女は答えなかった。


 答えずに子供の頭を軽く叩いた。


「あの子が石を拾ってないとこなんて、誰も見たことないんだよ」


 子供はそれで納得したようだった。


 納得して柄杓を桶に沈めた。


---


 昼前に坂の上の詰所の前を通る者は、たいてい足を止めた。


 止めて四角い穴を覗いた。


 穴の奥は暗かった。太い綱が上へ伸びて、暗がりの中に消えていた。


 動いていなかった。


「まだかね」


「まだだね」


 柱には板が一枚打ちつけてあった。片道、四百。墨の字が雨で少し流れていた。


 読める者は少なかった。読めなくても、何が書いてあるのかはみんな知っていた。


「四百払っても、籠が来ないんじゃね」


「払う籠もないよ」


「上の人は下りてこないのかい」


「下りてこられないんだろ。籠がないんだから」


「下の人も」


「上がってこられない」


「行った者は」


「戻ってこられない」


 言ってから男は少しだけ黙った。


 穴の奥をもう一度見た。


「……籠が直ればだよ」


「そりゃそうだ」


「籠が直れば戻ってくる」


「戻ってくるかね」


「戻ってくる者は戻ってくるんだよ」


「戻ってこない者は」


「戻ってこないんだろうね」


 詰所の裏で金物を叩く音が一度した。


 ドランだった。


 誰も声をかけなかった。かけても答えない。答えるのは直ったときだけだ。


---


 鍛冶場の炉には、まだ火が入っていなかった。


 トトが炉の前で鞴の革を縫っていた。太い針で一目ずつ。


 炉の脇に石の箱がある。焼けなかった箱だ。帳簿の紙とほかにいくつか。


 その中に杭が入っていた。


 三十本。


「まだあるのかいそれ」


 焼け跡の釘を拾って、届けに来た男が言った。


「ある」


「石拾いの子のだろ」


「預かってる」


 トトはそう言った。


「四十本あった。十本選んで持たせた。三十本預かってる」


「十本で足りるのかい」


「足りねえ」


 トトは言った。


「足りねえのは行く前から分かってた。四十本担いで登れねえのも、行く前から分かってた。だから十本だ」


「足りなかったら」


「足りなかったら拾うんだろ」


 トトは一目、縫った。


「杭ってのは投げたら、拾いに行くもんだ」


「行けないとこに投げたら」


「行けないとこには投げねえよ。あいつは」


 トトはそう言って、針を革に刺したまま、手を止めた。


「三年ときどき空き地を見てた。二十歩。三十五歩。五十歩。投げて歩いて、拾って戻って、また投げる。行けないとこには一本も投げなかった」


「塔の上でもかい」


「……知らねえよ」


 トトは少しだけ黙った。


「塔の上は知らねえ」


 釘を届けに来た男は、それ以上訊かなかった。


 トトもそれ以上言わなかった。


 石の箱の蓋を少しだけずらして、また閉めた。


 中を数えたのかどうかは、分からなかった。


「……拾いに行ってんだろ。まだ」


 トトは炉に言った。


 男はもう坂を下りていた。


---


 薬房の前を通る者はいなかった。


 薬房は焼けてもうない。


 ミラはイサの家の奥で寝起きしている。昼は焼け跡の土台の石の上に何か並べている。


 乾かした草。布。瓶の欠片。


「何してんだい」


 通りがかった女が訊いた。


「数えてる」


 ミラは言った。


「何を」


「残ってるものを」


「残ってるのかい」


「少し」


「少しじゃ薬房はできないね」


「まだね」


 ミラはそう言って、布を一枚、畳んだ。


 汗を拭くための布だった。出ていく前の夜に宿の土間に置いていった四枚と同じ布。


「あの子に持たせたんだって」


「持たせたんじゃない。置いてっただけ」


「同じことだろ」


「同じじゃない」


 ミラはそう言った。


「持たせたら、返してもらわなきゃいけない。置いてったのは返さなくていい」


 女はよく分からない顔をして、行ってしまった。


 ミラは畳んだ布を石の上に置いた。


 置いて少しだけ坂の上を見た。


 詰所のほうを。


 それから、また数えはじめた。


---


 宿の前の路地は昼過ぎになると、静かになる。


 ヴェスナが掃いていた。


 焼けた瓦の粉は、まだ石畳の隙間に残っている。


「ばあさん」


 坂の上から下りてきた男が言った。


「坊主はまだかい」


「さあね」


「さあねって」


「知らないものは知らないよ」


 ヴェスナは掃いた。


「宿ったのかね」


「さあね」


「宿ってないだろうね。三年、宿らなかったんだ」


「そうかもね」


「宿ってたらもう戻ってきてるよ」


「なんでだい」


「宿ったら見せに戻ってくるだろ。誰だって」


 ヴェスナは手を止めなかった。


「見せたい相手がいる者はね」


「坊主にはいないのかい」


「さあね」


 男は肩をすくめて、行ってしまった。


 ヴェスナは路地の端まで掃いた。


 掃いて箒を止めた。


 ――見せに戻ってくるかね。


 あの坊主は見せない。


 宿ってもたぶん見せない。数だけ言う。何回目で宿ったと。


 それも訊かれたらだ。


 訊かれなければ言わない。


 ヴェスナはまた掃きはじめた。


 訊くかどうかは、戻ってきたときに決める。


---


 横丁の二本目の入り口の家の前に、カイの女房が座っていた。


 膝の上で手を組んで。


「まだかい」


 通りがかった粉屋のネラが言った。焦げた麦の袋の空になったのを抱えていた。もう畳むものしか残っていない。


「まだだよ」


 カイの女房は言った。


「うちの人は上。籠が来なきゃ下りてこられない」


「傷は」


「知らないよ。塞がったんだか塞がらないんだか」


「便りは」


「籠が来なきゃ便りも来ないよ」


 ネラは抱えた袋を持ち直した。


「石拾いの子もまだだってね」


「まだだってね」


「あの子うちの戸口も叩いてったんだよ。焼けた晩のあと。今夜ここで寝る人は何人ですかって」


「うちにも来たよ」


 カイの女房はそう言った。


 少しだけ笑った。


「あたしは十七番目なんだって」


「十七番目」


「数えた順番だって。番まであるんだよ」


「うちは何番だったかね」


「知らないよ。あの子に訊きな」


「訊こうにもいないじゃないか」


「戻ってきたら訊きな」


 カイの女房は組んだ手をほどいた。


 ほどいてまた組んだ。


「……戻ってきたらね」


 ネラは何も言わなかった。


 言わずに袋を抱え直した。


 四十九人のうちの何人かは、もうこの街にいなかった。下りた者も、上がった者も戻らなかった者もいる。


 十七番目はまだここにいた。


 数えた子がいないだけだった。


---


 夕方の井戸端は朝より声が少なかった。


「まだだね」


「まだだね」


「籠も」


「籠も」


「石拾いの子も」


「あの子も」


「……宿ってないだろうね」


「宿ってないよ」


「三十何回も外れたんだ」


「外れる子は外れるんだよ」


「拾ってるんだろうね。まだ」


「拾ってるさ」


「塔の上でひとりで」


「ひとりじゃないよ。翼の娘がついてった」


「ああ。あの」


「庇った娘だよ。焼けた夜に」


「そうだった」


「二人でまだ拾ってるんだろうね」


「二人で何拾うんだい」


「知らないよ」


 桶が縁に伏せられた。


 イサが綱を巻き上げていた。


 背中で。


「まだだよ」


 イサが言った。


 誰にでもなく。


「まだってのはまだってことだ」


「何だいそれ」


「終わってないってことさ」


 イサは綱を巻き終えた。


 巻き終えて、井戸の縁に手を置いた。


 朝いちばんの水を汲む者は、まだいなかった。


---


 日が落ちかけていた。


 坂の上の詰所の前を通る者は、もういなかった。


 四角い穴の奥で。


 太い綱が一度だけ鳴った。


 軋んだ。


 風だった。穴の奥のずっと上から下りてきた風が綱を揺らしただけだった。


 籠は来なかった。


 誰も見上げなかった。


 詰所の裏でドランが手を止めた。


 止めて穴の奥を見上げた。


 見上げてしばらくそのままだった。


 何も来なかった。


 ドランはまた手を動かしはじめた。


 金物を叩く音が一つ。


 それから二つ。


 三番街の夕方はいつもと同じように、暗くなった。


 石拾いの坊主がどこで何を拾っているのか。


 知っている者は、この街に一人もいなかった。


 まだだった。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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