その程度と、確信①
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
二十。
三十。
壁沿いに歩いた。
右の手を壁に触れさせずに。左の肩だけを壁の近くに。
継ぎ目のない壁は、朝の白の中で灰色に湿っていた。手をつけば冷たいのは分かっていた。
つかなかった。
膝は抜けなかった。
五十。
後ろからリナンの足音がついてきた。
軽い足音だった。煤の段でふた晩膝を抱えていた足だ。それでも、リュカの足音より軽かった。
六十。
右の手を外套の中で閉じたり、開いたりした。
冷たさはゆうべのまま、手のひらの真ん中にあった。眠らずに三度千を数えたあいだも、なくならなかった。
――一日目。
宿って一日目。
十日目は来ない。外れる夜も来ない。
来ないものを数えなくていい日だった。
数えなくていい日に何を数えればいいのかは、まだ分からなかった。
分からないので歩数を数えた。
七十。
八十。
白の中に匂いが混じりはじめた。
火の匂いだった。
焚き木の匂いではない。火種石の乾いた匂い。宿の竈で毎朝嗅いできた匂い。
百。
――あと百。
ゆうべ、ロアンの足音が白の中に二百歩ぶん残っていたのかどうかは数えなかった。
今は数えていた。
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百五十を過ぎたところで橙色が見えた。
白の中に低く。
地面の近くに三つ。並んでいた。
近づくとそれが火種石だと分かった。平たい石の上に三つ。並べて割ってある。割れ目から橙色の火が低く出ていた。
その向こうに壁があった。
塔の壁。継ぎ目のない灰色。
その壁に門があった。
開いていない門。
扉の面に上を向いた三角が刻んであった。
塔に入った日に見た門だった。開いているほうから右へ二百歩。そのときは扉のことを考えても分からなかったので、場所だけを覚えた。
――百九十八。百九十九。
二百。
リュカは止まった。
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「おう」
ロアンが言った。
火の脇に腰を下ろしていた。片膝を立てて。腰の後ろに弓のような形のものがあった。
「来たな坊主」
「……来た」
「翼の子も」
「……はい」
リナンがリュカの半歩後ろで言った。
翼は畳んでいた。
ゆうべのようには開いていなかった。
火の反対側にアステナが座っていた。
膝の上に短い杖を置いていた。手の中の小さな珠を指が一つ繰った。
繰って止まった。
「来た」
アステナが言った。
「読んだとおり。朝に来た」
てっぺんの段で聞いた言い方だった。
同じ言い方を根元でも聞いた。
ゼクスは門の前に立っていた。
三角の刻まれた扉のすぐ前に。槍を右の肩に。左の腕は身体の脇に下がったまま。
こちらを見ていなかった。
扉を見ていた。
見ているのか扉の前に立っているだけなのか分からなかった。
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火の脇に荷があった。
革の背負い袋が三つ。てっぺんで見たものと同じだった。
その横に鉄の杭の束。てっぺんで見たのと同じくらいだった。
水袋が四つ。
膨らんでいるのが二つ。萎んでいるのが二つ。
――二つ。
リュカは数えた。
数えてから数えたことを少しだけ恥じた。
人の水を数えに来たのではなかった。
数えに来たのだとしても、数えたのを顔に出すのは違った。
「水だろ」
ロアンが先に言った。
「顔に書いてある」
「……書いてない」
「書いてねえ顔に書いてある」
ロアンはそう言って笑った。
ゆうべの灯りの向こうの笑っていない顔ではなかった。
いつもの笑い方だった。
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「借りに来たんじゃない」
リュカは言った。
言ってからそれが何に聞こえるかを考えた。
借りに来たのではない。なら、何をしに来たのか。
もらいに来たのか。
もらいに来たのなら、もらうと言えばいい。
言えなかった。
「返せないものは借りない」
リュカは言った。
「もらう理由もない」
「理由がなきゃもらえねえのか」
「……もらえない」
「面倒な坊主だ」
ロアンはそう言って、アステナのほうを見た。
助けを求める顔ではなかった。
どうすると訊く顔だった。
アステナは珠を一つ繰った。
「交換する」
アステナが言った。
結論から。
「理由は三つ」
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「一つ。あなたは借りない。読んだとおり」
アステナは珠を一つ繰った。
「二つ。わたしは見たい」
「……何を」
「三つ」
アステナは、リュカの問いに答えなかった。
答えずに三つ目を言った。
「見るなら明るいほうがいい。夜は読み違える」
それから、ようやくリュカの右の手を見た。
外套の袖の先で閉じたままの右の手を。
「その手」
アステナは言った。
「見せてもらう。代わりに水」
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リュカはすぐには答えなかった。
右の手を閉じたまま、少しだけ考えた。
――見せる。
見せるだけなら減らない。
手のひらの線は見せても、なくならない。冷たさもなくならない。名前は見えない。言わなければ渡らない。
減らないものと減るものを交換する。
水は飲めば減る。
減るものを受け取って、減らないものを渡す。
――釣り合ってない。
釣り合っていないのは、こちらの得のほうへだった。
それでも交換だった。
借りるのでも、もらうのでもなかった。
「……リナン」
リュカは振り返らずに言った。
「はい」
「決めた」
「……言ってください」
「見せる。代わりに水を受け取る」
リナンは少しだけ黙った。
黙ってそれから言った。
「……反対って言わないです」
「……三度目か」
「三度目です」
リナンはそう言った。
言い切った。
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リュカは火の脇に膝をついた。
膝をつくのに膝が抜けた。抜けるのに任せてついた。
アステナの前に。
右の手を出した。
開いた。
手のひらを上に。
白い朝の光の中で線が一本あった。
手のひらの真ん中から親指の付け根のほうへ斜めに。糸ほどの細さで。関節一つぶんの長さで。灰色に少しだけ白が混じって。
アステナは身を乗り出さなかった。
座ったまま見た。
珠を繰らなかった。
手を珠の上に置いたまま見ていた。
見ているあいだ何も言わなかった。
ロアンも何も言わなかった。
火種石の火が少しだけ鳴った。
ゼクスは扉の前から動かなかった。
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「触っていい」
アステナが言った。
問いではなかった。
リュカは少しだけ黙った。
「……いい」
アステナの指がリュカの手のひらに触れた。
線の端に。
冷たい指だった。
――違う。
冷たいのはこちらだ。
アステナの指は、ふつうの人の指の温度だった。手のひらの真ん中のほうが冷たかった。
アステナの指が線の上をなぞった。
端から端まで。
なぞって止まった。
止まってそれから指を引いた。
引いた指を珠の上に戻した。
一つ繰った。
「冷たい」
アステナが言った。
「……冷たい」
「宿ったのはゆうべ」
「ゆうべだ」
「日が落ちたあと。三十三個目が外れたあと」
「……そうだ」
アステナはそこで珠をもう一つ繰った。
「弱い」
---
結論からだった。
「理由は三つ」
アステナは珠を一つ繰った。
「一つ。紋が線一本。わたしが見てきた紋でいちばん少ない」
――紋。
リュカはその言葉を知らなかった。
知らなかったが何のことかは分かった。手のひらの線のことだ。
ゼクスの肩の白い点も紋なのだろう。
「二つ」
アステナは珠を繰った。
「冷たい。熱を出していない。宿った石はたいてい温かくなる。出すものがあるから」
「……出すものがない」
「ないとは言っていない」
アステナはそう言った。
「少ないと言っている」
珠を繰った。
「三つ。ロアンに聞いた。杭が指一本ぶん動いた。翼の子が見た」
リナンがリュカの後ろで少しだけ身体を固くした。
「指一本。宿った日に出たものとして、いちばん小さい」
アステナはそこで珠から手を離した。
「だから弱い。たぶんいちばん下の」
等級の名前は言わなかった。
言わなかったが何を言ったのかは分かった。
鑑定所の台の上でコルベルが言ったのと同じだった。
上から下までどの等級にも当たらない。
今度は、いちばん下に当たる。
――当たった。
リュカはそう思った。
当たらないよりは、当たったほうが上だった。
それがいちばん下でも。
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「その程度か」
ロアンが言った。
火の向こうで。片膝を立てたまま。
軽い声だった。
軽い声だったがゆうべの灯りの向こうの顔と少しだけ同じ顔をしていた。
「その程度って」
リナンが言った。
小さな声だった。
リナンがオリンピアの誰かに言い返すのは、初めてだった。
「その程度でも宿ってます」
ロアンはリナンを見た。
見て少しだけ黙った。
「……そうだな」
それから言った。
「宿ってるな。悪い。言い方が悪かった」
謝った。
悪いとロアンが言うのを聞いたのは、てっぺんの段で尖ったものに刺さった一本のことを悪いなと言ったとき以来だった。
軽口ではなかった。
本心かどうかは分からなかった。分からなかったが軽口ではなかった。
「その程度だ」
リュカは言った。
ロアンでも、リナンでもなく自分の手のひらに言った。
「その程度だ。いちばん下の。指一本」
「……リュカくん」
「本当のことだ」
リュカは手のひらを閉じた。
「本当のことは言われていい」
――無価値。
鑑定所でそう言われた。
本当のことだった。だから構わなかった。紙をもらって帰った。
いちばん下。
これも本当のことだった。
構わなかった。
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足音がした。
一つ。
速さを変えない一定の足音。
てっぺんの段で荷をまとめる音のあいだに聞いた足音だった。
ゼクスが扉の前を離れていた。
火のほうへ三歩。
止まった。
リュカを見下ろした。
リュカは膝をついたまま見上げた。
見上げると右の肩に槍があった。三つの環が朝の白の中でくすんでいた。光っていなかった。
左の腕は下がったままだった。
ゼクスの目がリュカの右の手に降りた。
閉じた手に。
リュカは手を開いた。
開こうと決めたのではなかった。
開いていた。
ゼクスは手のひらを見た。
線を。
一度だけ。
長くは見なかった。
尖ったものの横の自分の杭を見たときほどは見なかった。
「それは」
ゼクスが言った。
低い声だった。
誰の名も呼ばなかった。お前とも言わなかった。
「持ってきたものではない」
リュカはゼクスを見上げた。
――これじゃない。
ゆうべ、ロアンにそう言った。
同じことをこの男が言った。
違う言い方で。
「……分かってる」
リュカは言った。
本当だった。
何を持っていけばいいのかは分からない。分かっているのは、これではないということだけだった。
それをこの男も分かっていた。
分かっている者が二人になった。
二人になっても、何を持っていけばいいのかは一つも分からなかった。
ゼクスは何も言わなかった。
そうかとも言わなかった。
背を向けた。
三歩戻って扉の前に立った。
また扉を見ていた。
---
ロアンが萎んでいないほうの水袋を一つ取った。
「で何口だ」
「……二十」
「二十」
「二十で足りる」
リュカは言った。
行きは地上層で三十口、飲んだ。帰りは二十と筒の縁で決めた。煤の段で十に減った。
八口が残っている。
二十を足せば二十八。
三十には二口、足りない。
足りないぶんは知っている道で埋める。
「口で量るのか」
ロアンが言った。
「量る」
「翼の子の袋にか」
「大きいほうに」
リナンが腰から空の大きい袋を外した。
萎んで口が開いていた。
ロアンが自分の袋の栓を抜いた。
抜いてそれから手を止めた。
「……口って誰の口だ」
「俺の」
「坊主の一口は、俺の一口より小せえぞたぶん」
「俺の一口で量る」
「そりゃ得したな俺が」
ロアンはそう言って笑った。
笑いながら注いだ。
リュカは注がれる音を数えた。
袋の口から水が落ちる音。一口ぶんの重さで袋が膨らむ。
十。
十五。
――二十。
「止めろ」
「おう」
ロアンは栓をした。
少しだけ多かった。
二十と少し。
少しのぶんは言わなかった。
言わずにリナンの手の袋の口を閉じた。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
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