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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 声のない返事

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126/165

袋と、捨てそこねた一つ①

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 冷たかった。


 手のひらの上の石が冷たかった。


 夜の白の中で継ぎ目のない壁の冷たさと同じ冷たさだった。


 十日のあいだ胸にあった。ずっと肌の温度だった。きのうも。けさも。塔のいちばん下の床を踏んだときも。


 今は違った。


 ただの石だった。


 リュカはそれを握ったまま、しばらく動かなかった。


 ――消えたら袋に入れる。


 三年そうしてきた。


 三十二回。


 十日目の朝に次の石を選んでおく。空き地で掘って、並べて日に向けて一つ。日が落ちて、肌の温度が消えたら、袋に入れる。袋の口を閉じる。それから、選んでおいた次の石を胸に入れる。


 三十二回そうした。


 けさは次の石を選ばなかった。


 塔の中には石がなかった。継ぎ目のない床と壁だけだった。


 三十三回目はここで。


 屋根裏はここからずっと遠い。焼け残った半分の屋根の下。空き地も同じくらい遠い。


 三十二個目は、来る途中の道の上で外れた。屋根裏ではなかった。


 残っているのは袋だけだった。


---


 袋は外套の内側にあった。


 口の前で胸の前に回して、紐を首に掛けた。そのまま口を這って、坂を下りて、ここまで来た。出すのを忘れていた。


 外套の前を広げた。留め帯のない前はすぐに開いた。


 開くと白が胸に入ってきた。湿った冷たい白だった。


 袋の紐を首から外した。


 膝の上に置いた。


 布だけの軽い袋。


 ――宿らない石はもう要らない。


 てっぺんの段でそう思った。散らばった石を拾わなかった。三年で初めてそう思った。


 そう思ったのに、袋は置いてこなかった。


 ミラの布が入っていたからだ。鳴らないように、石の上から押しこんだ汗を拭くための布。


 布を置いていくのは違う気がした。


 だから、袋ごと持ってきた。


 中は空だ。


 空の袋に外れた石を一つ入れる。


 入れてどうするのか。


 分からなかった。


 分からないまま、手が袋の口を開けていた。


 三年の手だった。


---


 門の口から光が出ていた。


 四角く。


 塔の中の壁の光だ。昼も夜も同じように光る。それが門の口の形に切り取られて、白の中へ少しだけ伸びていた。


 伸びた先で白に溶けていた。


 リュカとリナンは、その四角の端に座っていた。


 光の中にいると外から見える。光の外にいると手元が見えない。


 端にいれば手元だけが見える。


「……入れるんですか」


 リナンが言った。


 隣で。膝を抱えて。


「入れる」


「外れたのを」


「外れたのを」


 リナンはそれ以上訊かなかった。


 訊かずに袋の口を見ていた。


 リュカは右の手で袋の口を広げた。


 左の手に冷えた石を持ち替えた。


 焦げた二本の指が石の冷たさで少しだけ痛んだ。


---


 袋の中に手を入れた。


 入れるつもりはなかった。石を口から落とせば済む。


 それでも手が入った。


 入れて底を確かめた。


 三年そうしてきたからだ。入れる前に底を確かめる。破れていないか。前の石と当たって割れないか。


 指が布に触れた。


 ミラの布。


 押しこんだときのまま、袋の底に折れて、溜まっていた。


 指が布の上をなぞった。


 なぞって折れ目に触れた。


 ごわついていた。


 ――汗だ。


 四十本目でそう思った。汗を吸って、乾いて硬くなった布だと。口の前でも、胸に当たって、そう思った。


 そう思ったところを指で押した。


 押して指が止まった。


 布は押せばへこむ。


 へこまなかった。


 硬かった。


 布の硬さではなかった。


 布の向こうに何かあった。


---


 リュカは手を止めた。


 止めたまま息を一つした。


 もう一度押した。


 同じだった。


 布の折れ目の内側に小さくて、硬くて丸いものが一つ。


 指の腹に当たっていた。


 ――石だ。


 分かった。


 分かるのに少しかかった。


 分かってから手が動かなくなった。


 空だと思っていた。


 四十本目で投げた。上へ。風を覚えるために減らして。最後はあの男へ。途中から数えなかった。指が布だけをつかんで、それで終わりだと思った。


 ――袋が空なら二十三個だ。


 そう数えた。


 空ではなかった。


 なら、二十二個だ。


 あの夕方投げたのは二十二個だった。


 一つ残っていた。


 四日と少し。


 ずっとここにあった。


 胸の前にも肩にも。口の中を這ったときも。坂の五つの前でも。骨の脇で膝をついたときも。


 ずっと一緒に来ていた。


 知らなかった。


---


「……リュカくん」


 リナンが言った。


「どうかしたんですか」


「……ある」


「何が」


「一つ」


 リュカはそう言った。


 言ってそれから布の折れ目を指でほどいた。


 布は汗で固まって、なかなか開かなかった。開かないところを爪で起こした。焦げた指ではなく右の指で。


 折れ目が開いた。


 中から転がり出てきたものを右の手のひらで受けた。


 受けて門の光の端へ持っていった。


---


 小さかった。


 親指の先ほど。


 丸かった。


 角が一つもない。


 灰色で少しだけ白っぽい。川の底の石のような色だった。光に向けても何も透けなかった。筋もなかった。


 軽くも重くもなかった。


 ――知らない。


 リュカはそう思った。


 三年、拾った石は覚えている。どこで拾ったか。どの朝に胸に入れて、どの夜に外れたか。


 鑑定所でコルベルが台の上の山から一つ押し出したときも答えられた。角の取れた灰色の石。二年前の冬。空き地の北の端。土が凍っていて、掘るのに時間がかかった。


 覚えているはずだった。


 この石は覚えていなかった。


 どこで拾ったのか。いつ胸に入れたのか。どの夜に外れたのか。


 何も出てこなかった。


 ――角がない。


 角のない石は投げない。当たっても音が硬くない。鳴らない石は囮にならない。


 だから、投げなかったのかもしれない。三年のあいだ何度も袋に手を入れて、角のあるほうを選んできた。そのたびにこれは、指の先で避けられてきたのかもしれない。


 かもしれないだった。


 避けた覚えもなかった。


 拾った覚えも、胸に入れた覚えも外れて袋に入れた覚えもない。


 ただ袋の底にあった。


---


「……石ですか」


 リナンが言った。


 身体を少しだけ寄せてきた。翼の付け根が外套の袖に触れた。


「石だ」


「外れのですか」


「たぶん」


「たぶん」


 リナンが繰り返した。


「袋に入ってるのは全部、外れだ」


 リュカはそう言った。


 言ってそれから少しだけ黙った。


 全部、外れ。


 袋に入れるのは胸に入れて、十日待って、外れた石だけだ。三年そうしてきた。一つにつき十日。拾っただけの石は入れない。


 だから、これも外れたはずだった。


 どこかの朝に胸に入れて。十日目の夜に肌の温度が消えて。袋に入れた。


 そのはずだった。


 その朝もその夜も覚えていなかった。


「……三十二回、外れた」


 リュカは言った。


「三十三回目もさっき外れた」


「……はい」


「三十二回とも覚えてると思ってた。どの石か」


 リナンは、リュカの手のひらの丸い石を見た。


「……これは」


「覚えてない」


 リュカは正直に言った。


「袋に入ってるんだから、三十二のどれかのはずだ。どれにも当たらない」


---


 白が暗くなっていた。


 日はもう落ちきっていた。


 門の光の四角だけが残っていた。その外は白い闇だった。白いのに何も見えなかった。


 リュカは、左の手の冷えた三十三個目を見た。


 右の手の丸い一つを見た。


 二つとも冷たかった。


 二つとも肌の温度ではなかった。


 ――宿らない石はもう要らない。


 てっぺんでそう決めた。


 決めたのに袋を持ってきた。袋の中に一つ残っていた。


 置いていくはずのものを知らずに、ここまで運んできた。


 それなら。


 ここで置いていけばいい。


 いちばん低いところで。


 三十三回目と一緒に。


 リュカはそう決めた。


 決めてそれから口に出した。


「……捨てる」


 リナンが顔を上げた。


---


「捨てるんですか」


「捨てる」


「……三十三個目も」


「三十三個目も」


 リナンはしばらく黙っていた。


 黙ってリュカの左の手と右の手を順番に見た。


 それから言った。


「……反対って言ってもいいですか」


 塔を下りてから二度目だった。


 煤の段で水の線のときに一度。


「言っていい」


「反対です」


「……理由は」


 訊いてから自分が理由を訊いたことに気づいた。


 反対は聞くだけだと思っていた。理由を訊いたのは初めてだった。


 リナンは少しだけ考える顔をした。


「リュカくんの石なので」


 ――でもリュカくんの石です。


 塔に入った日の坂でリナンはそう言った。二十六個の外れの袋を持ち上げたときに。


 同じことを言っていた。


「外れは外れだ」


 リュカはそう言った。


 あのときと同じことを。


 言ってからそれが合っていないのに気づいた。


 右の手の一つは、外れたのを覚えていない。


 覚えていないものを外れは外れだとは言えない。


 言えないのに言った。


 三年の口だった。


「……三十三個目は外れだ」


 リュカは言い直した。


「確かめた。さっき」


「……はい」


「これは」


 右の手の一つを少しだけ持ち上げた。


「分からない。分からないが宿らなかった石と同じ袋に入ってた」


「同じ袋に入ってたら、外れなんですか」


 リナンが言った。


 静かな声だった。


 責めてはいなかった。


 訊いているだけだった。


 リュカは答えなかった。


 答えられなかった。


---


 答えずに立った。


 膝が抜けかけた。


 壁に肩をつけた。つけたまま膝を伸ばした。


 伸びた。


 リナンは立たなかった。


 座ったまま、リュカを見上げていた。


 煤の段でふた晩見上げていたように。


「反対は聞いた」


 リュカは言った。


「……はい」


「聞いたが捨てる」


「……はい」


 リナンはそれ以上言わなかった。


 言わないのは分かったから、ではなかった。


 反対と言ったのを取り下げてもいなかった。


 取り下げないまま黙っていた。


 黙ったまま隣にいた。


 ――それでいい。


 リュカはそう思った。


 反対と言う者が隣にいる。それでいい。


 決めるのは自分だ。


---


 三年、外れた石は袋に入れてきた。


 捨てたことは一度もなかった。


 投げたことはある。囮にして水路の鼠を追い出すために。七つに挟まれた坂で三つ。てっぺんの段で一つ。四十本目で袋が空になるまで。


 投げるのは使うことだった。使えば減る。減るのは構わなかった。外れだから。


 捨てるのは違う。


 使わずに手放すことだ。


 三年それだけはしなかった。


 なぜしなかったのかは、考えたことがなかった。


 考えてみると答えはすぐに出た。


 ――外れでも拾ったものだから。


 たいていは、空き地の土の中から自分の手で掘った。並べて日に向けて、選んで胸に入れて、十日、待った。三十三個目だけは道で拾った。それでも、自分の手で拾った。


 十日肌の温度だった石だ。


 外れても十日ぶんは残る。


 来たぶんは減らない。


 だから捨てなかった。


 それを今、捨てる。


 てっぺんの段に散らばった石を置いてきた。あれは投げたあとの石だった。拾わなかっただけだ。


 これは手の中にある。


 手の中にあるものを自分で離す。


 ――それでいい。


 リュカはそう決め直した。


 来たぶんは減らない。石を捨てても十日は減らない。


 減らないなら、石は持っていなくていい。


---


 門の光の四角の外へ一歩、出た。


 白い闇だった。


 足元も見えなかった。


 見えないがどこへ投げるかは決めていた。


 根元から外へ。白の中へ。


 ここに来るとき歩いてきた白だ。岩と乾いた土と轍の消えた跡の上に湿った白がずっとかかっている。


 投げた石はどこかの岩の上に落ちる。


 落ちてそれきりだ。


 誰も拾わない。


 空き地なら、誰かが拾うかもしれない。三年、空き地でどこから来たのか分からない石を拾ってきた。拾われた石はまた誰かの袋に入る。


 ここでは拾われない。


 ――それが捨てるってことだ。


 リュカは、左の手に持っていた三十三個目を右の手に持ち替えた。


 丸い一つは、外套の胸のところにいったん入れた。


 右の手の三十三個目を見た。


 見えなかった。


 門の光の外だった。


 見えなくても形は知っていた。十日胸にあった。指の腹ほどで片面に浅い窪みがある。塔に入る前の日に道で拾った石だ。掘らずに三つ手に取って選んだ。


 その窪みが今手のひらの真ん中に当たっていた。


 冷たい窪みだった。


 ――十日。


 道で拾って胸に入れた。次の日に白に入って塔に入った。一層目の骨を見て、七つに挟まれた坂で杭を一本なくした。三層目で初めての夜をつくった。


 坂をずっと登った。下から五つが上がってきた。夜の途中でまた登った。


 低い門の前で膝をついた。口を這って、筒を登って、縁で外を見た。


 一枚壁を他人の杭で登った。四十本目まで。


 てっぺんの段へ一人で。全部を出した。


 次の日に何もなくなった。


 四十二本を下りて帯を切った。


 口を這って五つを上げた。


 ここへ来た。


 十日、全部胸にあった。


 どの日も肌の温度だった。


 十日目の夜に冷たくなった。


 三十二回と同じだった。


 同じだったから捨てる。


 来たぶんは減らない。十日は減らない。


 石だけを置いていく。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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