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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 数えるほど減る

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125/163

幕間 「昔もいた子」

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 夕方の掃除はいつも通りだった。


 土間を掃いて、店先を掃いて、路地を掃く。焼けた瓦の粉は、まだ石畳の隙間に残っている。掃いても掃いても出てくる。


 ――きりがないね。


 六十八年そう思ってきた。思いながら掃いてきた。


 路地の端まで来て、ヴェスナは箒を止めた。


 詰所のほうが静かだった。


 籠の音がしない。


 もう何日もしない。ドランが止め木のところで何かをいじっているのは朝に見た。何をいじっているのかは訊かなかった。訊いても分からないし、分かっても直せない。直せる者が直せばいい。


 籠が来なければ、上からは誰も下りてこない。下からも誰も上がっていかない。


 出ていった者が戻ってくるのも籠からだ。


 ――戻ってくるなら、この籠から下りてくる。


 坂の途中の家の年寄りがそう言ったと聞いた。見送りの日に。


 籠が止まっていては、下りてきようがない。


 そう思ってからヴェスナは、また掃きはじめた。


 思ったところで籠が動くわけでもない。


---


 井戸端ではイサが綱を巻いていた。


 夕方に一度綱を巻き上げて、桶を縁に伏せる。それがイサの夕方だ。昔は腕で引いていた今は背中で引いていると本人が言う。


 朝いちばんの水を汲む者がいなくなった。


 三年、日の出前に、坊主が綱を引いてきた。宿の分を。出ていく朝綱を引くのが上手くなったねとイサが言ったそうだ。


 今はイサが自分で汲んでいる。背中で。


「戻ってきたら、また引いておくれって言ったんだよ」


 いつだったかイサがそう言った。井戸の縁で。誰に言うでもなく。


「言わなきゃよかったかね」


「さあね」


 ヴェスナはそう答えた。


 言ってしまったものは、言ってしまったものだ。取り消すと二度言ったことになる。


 イサはそれきり黙って綱を巻いた。


---


 土間に戻ると、焼け残った梁の上で鳥が首を傾げた。


 看板の絵は羊だとこの鳥にも言い聞かせてある。鳥はちゃんと繰り返した。翼のある娘が世話をしていて、連れていかずに、置いていった。皿も置いていった。


「……はい」


 鳥が言った。


 坊主の声だった。


 かすれた短い返事の声。訊かれたときにだけ出る声。


 ヴェスナは梁を見上げた。


「あんたが返事してどうするんだい」


「……はい」


「分かってるじゃないか」


 鳥はそれきり黙った。


 あの声を鳥はいつ拾ったのだろう。出ていく前の夜かもっと前か。この鳥は、拾った声を拾った順には出さない。出したいときに出す。


 ――人と同じだね。


 ヴェスナは竈の前に、しゃがみかけてやめた。


 火を入れるにはまだ少し早い。


---


 梯子の下に立った。


 屋根裏へ上がる短い梯子。三段目が緩んでいる。直そうと思って十年になる。


 直さないのは、緩んだ音で誰が降りたか分かるからだ。軽ければ坊主。重ければ客。二段飛ばしなら急いでいる。


 この何日か三段目は、一度も鳴っていない。


 鳴らないのは誰も降りてこないからだ。


 分かっている。分かっているのに、朝湯を沸かしながら、耳が梯子のほうを向く。三年でそういう耳になった。


 ――耳は数えないからね。


 数えるのは坊主の仕事だ。歩数も杭も日当も石も。人を一度だけ。


 自分は数えない。数えると何かしなければならない気がする。してやれることはたいしてない。


 だから数えていない。坊主が出ていってから何日になるのか。


 数えていないが朝椀を一つ多く出して、棚に戻した日がいくつかある。


 出しても取りに来る者がいない。


---


 ヴェスナは梯子に手をかけた。


 一段目。


 二段目。


 三段目が鳴った。


 重い音だった。


「……客かいあたしは」


 口に出して少しだけ笑った。


 膝が鳴った。六十八の膝だ。この梯子を上がるのは、何年ぶりか分からない。坊主が来てからは、一度も上がっていない。上がる用がなかった。上は坊主のものだった。


 頭が屋根裏の床の高さに出た。


 薄暗かった。


 屋根の焼け残った半分の下。板の隙間から夕方の光が細い線になって、何本も差しこんでいた。


 毎朝この隙間からの光で坊主は目を覚ましてきた。そう本人が言ったわけではない。だが、朝の早さは季節で変わった。光が早い季節は坊主も早い。


 床に毛布が一枚四つに畳んであった。


 その横の板の継ぎ目に小さな石が一つ置いてあった。


 灰色の平たいただの石だった。


 窓のない屋根裏で板の隙間の真下に置いてある。


 ――日に向けてたのかね。


 空き地で拾った石を屋根裏でも、光の下に置いていたのか。出ていく朝に置き忘れたのか。置いていったのか。


 ヴェスナはその石に触らなかった。


 触れば片づけたことになる。


 三年前ドランが坊主を連れてきた。


 屋根裏空いてるか。


 それだけ言った。どこの子だとも、なぜだとも言わなかった。ヴェスナも訊かなかった。十二だった。外套を持っていなかった。客の忘れ物の外套を椅子の背から取って、着なと言って渡した。丈が合わなかった。


 坊主は礼を言わなかった。


 言わずに梯子を上がった。三段目が軽く鳴った。


 その音を三年、聞いてきた。


 丈は出ていく朝も、まだ合っていなかった。前よりはましだった。


---


 屋根裏の空気はこもっていた。


 板を一枚外から押し上げて、隙間を広げた。夕方の風が少しだけ入ってきた。焦げた匂いと、煤の匂いと、それから誰も吸っていない空気の匂い。


 膝をついたまま、ヴェスナはしばらくそこにいた。


 ――昔もいたよそういう子が。


 いつだったか坊主にそう言ってしまった。


 続きを話さなかった。話せなかった。続きを覚えていなかったからだ。


 覚えているのは少しだけだ。


 石を拾っていた。袋に入れて持ち歩いていた。誰かが「捨てろ」と言うと、「うん」と言って捨てなかった。


 それからもう一つ。


 今思い出した。


 その子も拾った石を日に向けていた。


 どこでとは覚えていない。屋根の上だったか窓の縁だったか石段の端だったか。並べて日に向けて、しばらく見て、また袋に戻していた。


 何を見ていたのかは訊かなかった。


 訊けばよかったと思ったことはない。訊いてもたぶん分からなかった。


---


 三十年、雲の上の話をする子を何人も見た。


 行った子も何人かいた。戻ってきたのは一人だけだった。


 何も持っていなかった。


 坊主にそう話した。戻ってきたのは一人。何を持って帰ったのかと訊かれて、何もと答えた。


 その一人の顔もよくは覚えていない。


 石を日に向けていた子と何も持たずに戻ってきた子が同じ子だったのかどうかも分からない。


 同じだったような気もする。違ったような気もする。


 六十年経つと覚えていないことのほうが多くなる。覚えていないことを覚えていないまま持っているのは、思っていたほど重くない。


 ――そういう子だったんだよ。


 誰に言うでもなくそう思った。


 どの子のことかは自分でも、分からなかった。


---


 光の線が細くなっていった。


 板の隙間の光が橙から灰色になって、それから見えなくなった。


 日が落ちたのだ。


 この街の上のずっと上で。あるいはずっと下で。坊主が今どこにいるのかは知らない。雲の上の塔はここからは見えない。


 見えないところで同じ日が落ちている。


 それだけは確かだった。


 ――数えてるだろうね今も。


 何を数えているのかは知らない。歩数か杭か水か。


 数えるものがまだ手元に残っているといい。


 数えるものがなくなった子は、たいてい戻ってこなかった。


 そう思ってからそれが本当かどうか、ヴェスナには分からなかった。戻ってこなかった子が最後に何を持っていたのかなど誰も知らない。


 知らないことを知っているように思うのは、年寄りの悪い癖だ。


 ヴェスナは、その考えを板の隙間から外へ逃がした。


 それから、畳んだ毛布の端を少しだけ継ぎ目の石のほうへ寄せた。


 寄せてから自分が何をしたのかに気づいた。


 焼けたあとの夕方娘が包みを毛布の脇の壁際に置いたのを見て、毛布の端を寄せてやったことがある。同じ手つきだった。


 石に毛布を寄せてどうするんだい。


 自分にそう言った。


 言っただけで戻さなかった。


---


 おかえりとは言わないことにしている。


 宿の客には言わない。客はそのうち出ていく。出ていく者におかえりと言うとそこが帰ってくる場所になる。帰ってくる場所になると、出ていけなくなる。


 出ていけない宿は宿ではない。


 三十年そうしてきた。


 坊主にも言わなかった。三年、一度も。


 坊主は客ではなかった。宿賃を払ったことがない。払う代わりに毎朝水を運び荷を運び屋根を直した。


 それでも、言わなかった。


 ――一度だけ言ったことがある。


 そんな気がした。


 ずっと前に。誰かに。


 言ったらその子は、次の朝も出ていかなかった。次の朝もその次の朝も。


 それから出ていった。


 誰だったのかは覚えていない。


 覚えていないのに、言わないことだけは覚えている。


 だから言わない。


 坊主が戻ってきても、たぶん言わない。


 言わないで湯を沸かす。


---


 戸は閉めていくんだよ、と出ていく朝に言った。


 戸は焼けてなかった。


 閉める戸がないのは知っていた。知っていて言った。


 なぜそう言ったのかは、言ったあとで分かった。


 閉めていけというのは、開けて戻ってこいということだ。戸のない戸口でも、閉めて出た者は開けて入ってくる。


 おかえりとは言わない。


 その代わりに戸を閉めさせた。


 ――ずるいねあたしも。


 坊主ははいと言って、焼け残った柱に手を触れた。


 礼は言わなかった。行ってきますとも言わなかった。


 それでよかった。言われていたら、こちらも何か返さなければならなかった。


 土間の西の隅には、娘の毛布が畳んで置いてある。娘も出ていった。坊主の後ろで頭を下げていった。何か言ったかもしれない。掃いていて、聞かなかったことにした。


 二人とも、行ってきますとは言わなかった。


 言わなかったから、まだ戻ってこられる。


 そういうことにしておく。


---


 梯子を下りた。


 三段目が鳴った。


 重い音だった。


 土間に下りて、竈の前にしゃがんだ。


 火種石を一つ割って落とした。二シャルド。一日のうちで最後に使う金がこれになる。


 火がついた。


 梁の上で鳥が羽を揺らした。


「……はい」


 また坊主の声で言った。


「訊いてないよ」


 ヴェスナはそう言って、鍋に水を張った。


 湯が沸くまで土間の隅の煤を掻いた。


 いい日だとは思わなかった。


 悪い日だとも思わなかった。


 いつもの夕方だった。


 いつもの夕方が今日も来た。


 それでよかった。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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