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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 数えるほど減る

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123/163

下りと、来た道①

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 五十九本目から五十八本目へ。


 右の手で杭をつかむ。左の手を次の杭へ。足を下の杭へ探り当ててから手を離す。


 下りるのは登るより遅かった。


 登るときは手が先に行く。手が見ている先に身体がついていく。


 下りるときは足が先に行く。足は見えない。見えない先をつま先で探る。探り当てるまで手は離せない。


 左の手の焦げた二本の指が杭の四角い頭の角に当たるたびに痛んだ。痛んでも握った。握れるならいい。


 投槍器は、外套の内側の紙のほうに杭三本と一緒に差しこんだ。曲がった一本の先が外套の布を押し上げて、下りるたびに脇腹を突いた。


 五十本目。


 壁の厚みが片腕ほどだった。こちらの面を這い上がる風と向こうの面を這い上がる風が縁でぶつかってねじれた。


 おとといの夜この縁を抱えて登った。壁の陰を。


 今は杭の列の上をまっすぐ下りていた。


 隠れる必要はもうなかった。


 見下ろす者がいなかった。


---


 四十五本目のあたりで壁の焦げ跡が目の前に来た。


 杭と杭のあいだの黒い跡。拳一つぶん上。拳半分、上。


 ――ここで止まった。


 ここで手を出して撃たせた。光で三本、見た。


 焦げ跡の数を数えた。


 数えてそれがひと晩の登りの数だと分かった。


 焼かれたぶんだけ登った。


 焼かれたぶんだけ止まった。


 焦げ跡はどちらとも言わなかった。


---


 四十本目。


 隣の杭に結び目が二つ重なっていた。


 さきおとといの結び目とおとといの結び目。


 リナンを結んだ帯の切れ端。それに自分の帯の端をつないだ結び目。


 二つともほどけない結び方だった。


 二つとも途中で切られていた。


 リュカは結び目に指で触れた。


 触れて引いてみた。


 締まった。


 引けば引くほど締まる結び方だった。


 ――置いていく。


 ほどけないものは置いていく。


 上の誰かが紐をそうして置いていったように。


 手を離した。


 離して三十九本目へ足を下ろした。


---


 三十本目を過ぎたあたりで下から声がした。


 百のところではなかった。


 数の途中だった。


 言葉だった。


 風にちぎれていた。ちぎれていたが言葉の形をしていた。


「――ュカく――」


 リュカは杭をつかんだまま下を見た。


 煤の段が近くなっていた。十本と少し。


 小さな影が膝立ちでこちらを見上げていた。


 見上げて口が動いていた。


 リュカは答えなかった。


 答えようとしても、声が出なかった。喉が乾いた布のままだった。


 答える代わりに一本、下りた。


 また一本。


 下りることが答えだった。


---


 二十本目。


 十九本目。


 十八本目。


 十七本目の少し上。


 煤の段のすぐ横の杭。


 リュカはそこで止まった。


 止まって段を見下ろした。


 リナンがそこにいた。


 膝立ちのまま。翼の布の結び目から帯が一本すぐ横の杭へ伸びていた。ほどけない結び方で。


 結び目の横に色の抜けた欠片が挟まっていた。


 殻。


 置いたときのままそこにあった。


 リナンはリュカを見上げていた。


 唇が割れていた。目の下が黒かった。


 何も言わなかった。


 さっきは言葉の形をした声を出していたのに、今は何も言わなかった。


 見上げて待っていた。


 ――待つのはわたし上手です。


 リュカは杭から段の上へ足を移した。


 膝が折れた。


 折れて段の上に膝をついた。


---


 リナンは何も言わなかった。


 言わずに腰のバルの革袋を外した。


 栓を抜いた。


 抜いてリュカの胸の前に、差し出した。


 両手で。


 手が震えていた。袋の口から水が少しだけこぼれそうになって、こぼれなかった。


 リュカは袋を受け取った。


 口へ持っていった。


 一口。


 水が舌の上を通った。通って喉へ落ちていかなかった。喉が水を受け取らなかった。乾いた布に水を垂らしたときのように、表で止まって、それからゆっくり染みていった。


 井戸の匂いがした。


 三番街の井戸の底の水。三年、毎朝運んできた匂い。


 ――まだ残ってた。


 開けるたびに塔の空気が入って、味が薄くなっていくはずだった。


 薄くなっていた。


 それでも、少しだけ残っていた。


 二口。


 今度は、喉が受け取った。


 三口。


 袋を口から離した。


 離して息をした。


 息が喉の奥まで通った。ふた晩ぶりにどこにも引っかからずに。


「……もう一口」


 リナンが言った。


 かすれた声だった。


「いい」


 リュカの声もかすれていた。


 かすれていたが出た。


「三口だ」


「……三口」


「数えたか」


「数えました」


 リナンは袋を受け取った。


 受け取って、自分の口へ持っていった。


 一口。


 栓をした。


---


「……戻った」


 リュカは言った。


 言うのは下りてからだと思っていた。


 下りたから言った。


 リナンはリュカを見ていた。


 見たまま少しだけ黙った。


 それから言った。


「切ってください」


 リュカは結び目を見た。


 リナンの胸の前の翼の布の結び目から杭へ伸びた帯。ほどけない結び方で杭の頭の下に締まっていた。


 ふた晩締まっていた。


 結び目の横に殻が挟まっていた。


 リュカは殻を抜いた。


 色の抜けた軽い欠片。角が尖っていた。おとといの朝この手でリナンに握らせたときのまま。


 ――使わないので。置いておくだけです。


 使わなかったのだ。


 ふた晩とも。


 リュカは、杭の側の結び目のすぐ上に殻を当てた。


 当ててそれから手を止めた。


 ――残しておけばまた結べる。


 おとといの夜の自分の帯のことを思った。四十本目で切った帯。半分を杭に置いてきた。


 リュカは、殻を結び目から指二本ぶん杭のほうへずらした。


 引いた。


 焦げた指で帯を押さえて。右の手で殻を。


 帯が少しずつ裂けていった。


 リナンはそれを見ていなかった。


 リュカの顔を見ていた。


 最後の繊維が切れた。


 帯がリナンの胸のほうへゆるんだ。


 ゆるんでリナンの身体がほんの少しだけ前へ傾いた。


 傾いてそれから戻った。


 自分で戻った。


「……切れました」


 リナンが言った。


「切った」


「リュカくんが」


「俺が」


 リナンは、ゆるんだ帯の端を手のひらに載せた。


 載せて指を閉じた。


 それから言った。


「……おかえりなさい」


 リュカは答えなかった。


 答える言葉を持っていなかった。


 屋根裏で誰かにそう言われたことはなかった。三年、一度も。


 言う者がいなかった。


 答える代わりに殻をリナンの手に返した。


 殻は割れていなかった。角がまだ尖っていた。


 リナンは殻を帯の端と一緒に握った。


---


「……負けた」


 リュカは言った。


 言わなければならない気がした。


 いちばん短いものから言った。


「知ってます」


 リナンは言った。


「笑う人が言ってました」


 ――翼の子に言っとく。


「……何を言われた」


 リナンは少しだけ目を伏せた。


 伏せて思い出す顔をした。


 思い出しながら言った。


「坊主は生きてるって」


「……」


「上で寝てる。負けた。どこも折れてねえけど動けねえ。今日は下りてこねえかもしれねえ」


 リナンは、それをロアンの言い方で言おうとした。


 言おうとして、うまく言えていなかった。声が高かった。「ねえ」の終わりがリナンの声のまま、少しだけ消えた。


「待つなら待て。下りるなら、俺らの後ろについてこい。どっちでもいい。お前が決めろって」


「……」


「決めました」


 リナンはそれだけ言った。


 何を決めたのかは言わなかった。


 言わなくてもここにいた。


---


「それと」


 リナンは言った。


「百のこと」


「……百」


「上まで聞こえてるって。言葉は分かんねえけど、間がずっと同じだって」


 リナンは、膝の上で帯の端と殻を握った手を少しだけ強く握った。


「それを聞いて」


 言いかけて止まった。


 止まってそれから続けなかった。


 ――何かを聞いたあとの黙り方。


 リュカはそう思った。


 リナンの百が途切れたのを自分は、上で数えていた。脈の百が二度来て、二度とも下からは何も来なかった。三度目で来た。


 来なかったのは、何かを聞いたからだった。


 聞いて黙って、それからまた数えはじめた。


「……届いてた」


 リュカは言った。


「上まで」


「……はい」


「百で起きた」


 リナンが顔を上げた。


「ふた晩」


 リュカはそれだけ言った。


 縁の陰で目を閉じかけたこと。段の上で杭を握ったまま眠ってしまったこと。どちらも言わなかった。


 ふた晩と言えば足りた。


 リナンはしばらくリュカを見ていた。


 それから、また目を伏せた。


「……数えててよかったです」


 語尾が少しだけ消えた。


 消えたが言い切っていた。


---


「もう一つ言われました」


 リナンは言った。


「リュカくんがたぶん訊くからって」


「……何を」


「なんで取らなかったか」


 リュカは黙った。


 ――取らないのか。


 段の上で口が先にそう訊いた。あの男は答えなかった。


 ロアンは言いかけてやめた。尖ってるやつにはな杭は打てねえんだ。


 その先をリナンが持っていた。


「着いた日に試したって」


 リナンはゆっくり言った。


「笑う人が鎚で鉄の杭を打った。尖ったものの根元に。登るための杭を。打ったら杭が弾かれて、雲へ落ちた」


「……弾かれた」


「はい。打ちこむ前に。当たったところから戻ってきたって」


 尖ったものには杭が打てない。だから、誰も窪みまで登れない。


 リュカは、窪みの横に刺さった自分の杭を思った。


 弾かれなかった。


 刺さった。


「それからあの人が」


「槍の人が手を伸ばしたって。下から窪みのほうへ。届かないけど手のひらを向けて」


「……」


「何も来なかったって」


 段の上であの男が届かない窪みへ手のひらを向けたのを見た。


 確かめているように見えた。


 何も起きなかった。


「力で取れるものじゃねえ。外そうとすると外れねえ。取りに行くと来ねえ」


 リナンは、ロアンの言い方をもう一度真似ようとしてやめた。自分の言い方に戻した。


「取り方があるんだろうって。自分たちの知らない」


「……知らない」


「継いだ人たちなのに、知らないって。笑ってました」


 ――わたしたちは継いだ。


 アステナの声がした。


 継いだ者が知らない。


「それから」


 リナンは少しだけ黙った。


 黙ってどう言えばいいか探す顔をした。


「頭を下げて通ってきたやつのほうがまだ近いのかもなって」


 リュカはリナンを見た。


「……頭を下げて」


「口のことだと思います。這ってきたあの」


 リナンは言った。


「でも、笑う人たちもあの口は通ってきたはずなので」


「……通ってきた」


 膨らみに殻が三つ落ちていた。あの三人が置いていったものだろう。


「だから訊きました。みんな頭を下げて通ったんじゃないんですかって」


「……なんて」


「下げたのは頭だけだって」


 風が段の上を通っていった。


 リナンの翼の布が少しだけ鳴った。


「それ以上は知らねえ、って。それで、下りていきました」


---


 リュカは何も言わなかった。


 ――下げたのは頭だけ。


 分からなかった。


 頭のほかに何を下げるのか。


 口の中で肘で七百と少し這った。頭を下げたままずっと。下げろと言われたから下げた。下げなければ、天井の面が起きるから。


 自分も頭を下げただけかもしれない。


 分からなかった。


 ――窪みの指一本ぶん横に刺さった。


 弾かれずに。


 自分の杭がなぜ刺さったのか。


 それも分からなかった。


 分からないものがまた一つ増えた。


 増えたものをリュカは、数に入れなかった。


 数に入れずに持った。


 ――次に持ってくるもの。


 それが何なのかはまだ分からない。


 分からないが鉄の杭でも、鎚でも伸ばした手でもないことだけは分かった。


---


「……水を言ってくれ」


 リュカは言った。


 リナンは頷いた。


 頷いてそれから指を折った。


「大きいほうの六口。全部飲みました」


「……」


「バルさんのを二口」


「……二日で八口か」


「数えてました」


 リナンは言った。


「飲んだら言うって決めたので」


 ――開けないと減らないので。


 おとといの朝リナンは、バルの袋をそう言った。


 開けたのだ。二度。


 ふた晩と二日で八口。


 自分は零。


 大きいほうは、戻ってきてから飲むと言って置いていった水だった。戻るのがふた晩遅れた。


 ――合わせない。


 水は合わせない。塔に入った日の坂でそう決めた。決めたとおりに合わなかった。


「……大きいほうは空だな」


「空です」


「バルのは」


「四十一口残ってました。今、四口」


 リナンは言った。


「三十七口です」


 リュカは少しだけ黙った。


 ――三十七口。


 筒の縁で線を動かしたときの戻る水の数だった。


 地上層の帰りに二十。塔を下りるのに十五。根元で二。


 ふた晩余計に上にいた。そのぶんの水は、どこからも出ていなかった。


 出ていたのは二人の喉からだった。


「……合ってる」


「合ってます」


「合ってるが」


 リュカは自分の膝を見た。


 段の上についたままの膝。


 さっき折れた膝。


「この脚で一日半では下りられない」


「……はい」


「二日と半分」


 リュカは数えた。


 塔を下りるのに、一日十口で二日半。二十五口。根元で二口。


「地上層に十口」


「二日ぶんに十口ですか」


「十口だ」


 行きは地上層で三十口、飲んだ。帰りは道を知っているから、二十でいいと筒の縁で決めた。


 それが十になる。


「……反対って言ってもいいですか」


 リナンが言った。


「言っていい」


「反対です」


「反対は聞いた」


 リュカは言った。


「ほかに水がない」


 リナンは少しだけ黙った。


 それから言った。


「……知ってます」


 知っていて言ったのだ。


 言ってそれで終わりにした。


 隣から反対された。二度目だった。


 一度目は線を動かすかどうかで。二度目はもう動かしようのない線で。


 ――食い物は合わせる。


 食い物はなかった。干し魚の最後の一枚は、一枚壁を登った日の昼に半分ずつ食べた。それから、何も食べていない。


 腹はもう鳴らなかった。


 鳴らなくなった腹がいちばんまずいのだと三年で知っていた。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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