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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 数えるほど減る

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121/161

朝まで、動かない①

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 日が真上を過ぎた。


 過ぎたのが分かったのは、顔に当たる光の角度が少しだけ変わったからだった。真上から落ちてきていた光が尖ったものの向こうから斜めに来るようになった。


 尖ったものの影がまた伸びはじめた。


 朝とは反対のほうへ。


 リュカは仰向けのまま、それを目の端で見ていた。


 影は焦げ跡の上をゆっくり這っていった。這っていく先に何があるのかは首を回さないと、見えなかった。


 首は少しだけ回るようになっていた。


 回すと首の付け根が痛んだ。痛むのはまだ首があるからだった。


---


 脈を数えていた。


 一から百まで。百まで行ったらまた一から。


 百のところで下から声が来た。


 来ないこともあった。風が強いときは来なかった。来なかったときも、リュカは百で一に戻した。


 戻して次の百で来た。


 ――ずれてない。


 リナンの百と自分の脈の百が合っていた。


 合っていることを確かめる方法はなかった。下からの声が百のところで来れば、合っている。来なければ、風のせいかずれたのか分からない。


 分からないときは次の百を待った。


 次で来れば合っていた。


 午後のあいだ一度もずれなかった。


 ――脈は走ってない。


 朝槍が床に突き立ったときは、脈が走っていた。走った脈で数えた百は、たぶんずれていた。


 今は走っていなかった。


 横になっているからだ。動かないからだ。


 動かない身体の脈は静かだった。


 静かな脈で数える百はまっすぐだった。


---


 喉は乾いていた。


 乾いているというのはもう違った。喉の奥に何かが詰まっていた。詰まっているのに何もなかった。唾を飲もうとすると、喉が飲むものを探して、空振りをした。


 舌が上あごに貼りついていた。


 剥がそうとすると痛かった。


 剥がさずにそのままにした。


 ――水は下だ。


 リナンの腰に。


 きのうの朝煤の段を出るとき、大きいほうの袋に六口。バルの革袋に四十三口。そのうち三十七口が戻る水。


 そこからリナンがひと晩と二度目の昼でいくつ飲んだのかは分からない。飲んだら言うと決めてある。言う相手が隣にいない。


 戻る水。


 戻る水は戻らないと飲めない。


 戻るには下りなければならない。


 下りるには立たなければならない。


 立つには脚が要る。


 リュカは脚に力を入れてみた。


 右の膝が少しだけ曲がった。


 曲がってそれから伸びた。伸びたというより戻った。床の上で膝が少しだけ持ち上がって、また下りた。


 ――動いた。


 朝は動かなかった。


 午後は少しだけ動いた。


 左の膝も試した。


 左は動かなかった。腿の内側の引きつれがまだほどけていなかった。


 右だけ。


 右だけでも、動いたのは初めてだった。


---


 日に照らされた段の上でリュカは、割れ目を見ていた。


 槍の突き立ったところから三方へ走った細い割れ目。継ぎ目のない塔の床に初めてできた継ぎ目。


 割れ目の中に影が細く溜まっていた。


 ――割った。


 あの男は床を割った。


 人を撃たずに。一歩前を。


 割った床はたぶんもう閉じない。石の羽の窪みは閉じれば、継ぎ目が消える。槍の割った床は閉じなかった。


 ここに来たものがいた。


 割れ目はそれを残していた。


 ――自分は。


 自分が来たことは何に残っているのか。


 尖ったものに一本。


 四十本目の隣に結び目が二つ。


 段の上に宿らなかった石。


 それから、――。


 それから、何も思いつかなかった。


---


 日が尖ったものの向こうへ少しずつ傾いていった。


 段の上の熱が少しだけ引いた。焦げ跡の黒いところが昼のあいだに溜めた熱を背中の下でゆっくり手放していった。


 リュカは首を杭のほうへ向けた。


 三歩。


 杭の列の上がり口のすぐ横。ロアンが並べて置いていった杭三本と投槍器。


 午前に二歩ずれた。ずれて肘が滑って打った。打ったところがまだ痛んでいた。


 ――あと三歩。


 午前の三歩は遠かった。八歩より遠かった。


 今の三歩はどうか。


 分からなかった。


 分からないものは試すまで分からない。


 リュカは右の肘を床に立てた。


 立った。


 朝は立たなかった肘が立った。


 立てた肘に体重を少しずつ移した。胸の奥が詰まった。詰まったが朝ほどではなかった。息が浅いなりに通っていた。


 右の膝を曲げた。


 曲げた膝の足の裏で床を押した。


 身体が横にずれた。


 ――一。


 焦げ跡の粉が背中の下でざらりと鳴った。


---


 一歩ぶんずれるのに、脈で百、数えた。


 百のところで下から声が来た。


 来てリュカはまた肘を立てた。


 二歩目は肘が滑らなかった。焦げ跡の粉の薄いところを選んだ。選べるくらいには目が戻っていた。


 ――二。


 百。声。


 三歩目の前でリュカは、しばらく止まった。


 止まって腕を伸ばしてみた。


 届かなかった。


 指の先から投槍器の鉤まで拳一つぶん。


 ――拳一つ。


 拳一つを詰めるのに、もう百、要るのか。


 リュカは肘を立てた。


 胸が詰まった。


 詰まったまま、足の裏で床を押した。


 ずれた。


 指が伸びた。


 鉤に触れた。


---


 触れてそれから引き寄せた。


 投槍器が床の上を滑って、手のひらの中に入ってきた。


 握った。


 握りの凹み。三年ぶんの自分の手の形。それでも、手がすぐにそこに収まった。


 ――ある。


 手元に。


 朝手の中から抜けていった板が手の中に戻ってきた。


 手元の革帯がちぎれかけて、垂れていた。縁の手前まで滑っていったときに、どこかに引っかけたのだ。


 革帯のちぎれかけたところを指でなぞった。皮が半分以上裂けていた。残っている半分が細く伸びていた。


 ――持つ。


 あと少しで切れる。切れても板は使える。手首に掛けられなくなるだけだ。


 先の鉤を指で確かめた。


 欠けていなかった。曲がってもいなかった。杭の尻を引っかける小さな硬い鉤。


 ――撃てる。


 板が無事で鉤が無事なら撃てる。


 撃つ杭があれば。


 リュカは投槍器を胸の上に置いた。


 置いてそれから杭に手を伸ばした。


---


 一本目。


 鉄の芯に木を巻いた杭。巻いた木の先のほうに焦げ跡が少しだけついていた。きのう、ゼクスの足元から三歩のところに落ちて、夜のうちに、ロアンが拾った一本。二本目に撃った杭だ。


 二本目。


 同じ鉄の芯に木を巻いた杭。こちらは焦げていなかった。四十本目から上へ撃って、縁を越えて、段の上に落ちた一本。


 三本目。


 芯が半ばで曲がった杭。


 けさ撃った。指一本ぶん外れた。尖ったものの根元に当たって、曲がった先をこちらに向けて、止まった一本。


 三本を胸の上の投槍器の横に並べた。


 手のひらで一本ずつ押さえた。


 ――三本。


 トトが選んでくれた十本の三本。


 残りの七本は。


 一本は七つに挟まれた坂で撃って、拾えなかった。


 五本は雲の中。


 一本は十五歩先の尖ったものに、刺さっている。


 ――十本。


 全部どこにあるかは分かっている。


 分かっていて、三本だけが手元にあった。


 三本だけでも手元にあった。


---


 胸の上に投槍器と杭三本を載せて、リュカは仰向けのまま、空を見ていた。


 重かった。


 投槍器と杭三本がこんなに重いとは思わなかった。


 三年、毎朝四十本を担いで、空き地へ行った。四十本は五貫と少し。荷と比べて量った。


 三本と板一枚。


 五貫の十分の一にもならない。


 それが胸の上で重かった。


 ――重いのは胸のほうだ。


 押し潰されたところがまだ戻りきっていない。戻りきっていない胸の上に何かを載せれば重い。


 重いのは杭ではなかった。


 分かっていた。


 分かっていても、胸の上から下ろさなかった。


 下ろしたら、また手元からなくなる気がした。


 ――返したからな。


 ロアンはそう言った。預かったもんは、返さねえと寝覚めが悪いと。


 トトは、預かったものは返すまで預かったもんだと言った。


 鍛冶場の炉の脇の石の箱に三十本。


 トトはまだ預かっている。


 返されるまで預かっている。


 ――取りに行かないと。


 取りに行くには下りなければならない。


 下りて地上層を歩いて、籠に乗って、三番街まで。


 それは戻るということだった。


 戻れと六度、言われた。


 六度目に戻らないと口の形だけで言った。


 戻らないまま、トトの三十本を取りに行くにはどうすればいいのか。


 分からなかった。


 分からなかったが三十本は、石の箱の中で待っている気がした。


---


 首を反対へ向けた。


 段の上に石が散らばっていた。


 焦げ跡のあいだに白っぽく。尖ったものの根元に二つ。壁際に三つ。弧の真ん中のあたりにいくつか。


 きのう、四十本目から投げて、縁を越えた石。きのうの昼ゼクスの目を引くのに投げた一つ。


 宿らなかった石。


 三年ぶんの外れ。


 数えようとしてやめた。


 数えればいくつ雲へ落ちたのかが分かる。分かっても、雲へ落ちたものは戻ってこない。


 ――拾えば。


 拾えばまた投げられる。


 投げて何になる。


 きのう、四十本目から投げた。風を覚えるのに使った。覚えたぶんは減らなかった。石だけが減った。


 それから、ゼクスに投げた。届いたのは一つだけだった。左の腕の肘の少し上に。当たって何も起きなかった。


 ――何も起きない。


 宿らなかった石は当たっても、何も起きない。


 値もつかない。


 三年、拾った。三年、胸に入れた。三十二回、外れた。


 外れた石を捨てずに、袋に入れて、持ち歩いた。なぜ捨てなかったのかは、分からなかった。分からないものを置いていかなかった。


 ――もういい。


 リュカはそう思った。


 思って少しだけ驚いた。


 三年、一度もそう思わなかった。


 拾いに行く脚はなかった。


 脚があっても、拾いに行かなかったと思った。


 宿らない石はもう要らない。


 ここに置いていく。


---


 肩に石の袋がかかっていた。


 布しか入っていない空の袋。ミラの汗用の布。


 ――これも。


 袋ごと置いていこうかと思った。


 思って手を袋の紐にかけた。


 かけて止まった。


 布はミラのものだった。鳴らないように詰めた。塔のてっぺんまで運んできた。


 布まで置いていくのは違う気がした。


 布は石ではなかった。


 リュカは袋の紐から手を離した。


 離して袋の口を閉じた。


 閉じた袋の中で布が少しだけごわついていた。何度も汗を吸って、乾いて硬くなった布。


 布のごわつきを袋の上から一度だけ押さえた。


 押さえてそれからもう触らなかった。


---


 ――置いていくもの。


 宿らなかった石。段の上に散らばったまま。


 四十本目の隣の杭の二つの結び目。ほどけないまま。


 七つに挟まれた坂の一本。


 雲の中の五本。


 尖ったものの一本。


 ――持っていくもの。


 杭、三本。投槍器。空の袋と布。割れた殻。白い紙。


 胸の三十三個目。


 それから。


 ――持って来い。


 ゼクスの声が残っていた。


 何を、とは言わなかった。


 持っていくものの中にそれはなかった。


 なかったから次がある。


---


 日が雲の床に近づいていった。


 尖ったものの影が段の上を長く横切った。焦げ跡を何本もまたいで、弧の縁の向こうの空の中へ伸びていった。


 壁の面が赤くなった。


 雲の床も赤くなった。


 リュカは肘を立てて、上体を少しだけ起こした。


 起こせた。


 胸の上の投槍器と杭が腹の上に滑った。滑ったのを手で押さえた。


 上体を起こして、それから脚を見た。


 右の膝は曲がる。左の膝はまだ曲がりきらない。


 右の足の裏を床につけた。左の足は伸ばしたまま。


 手を床について、腰を浮かせてみた。


 浮いた。


 拳一つぶん。


 浮いてそれから膝が震えた。


 腰が床に戻った。


 ――今はここまで。


 朝は腰から下を縁の外に出して、指一本動かせなかった。


 夕方には上体を起こして、腰を拳一つぶん浮かせられた。


 朝までにはどうか。


---


 ――下りるか。


 リュカは縁のほうを見た。


 杭の列の上がり口が三歩先からもう一歩先になっていた。午後のあいだにそこまでずれてきた。


 縁の下に五十九本目の杭がある。その下に五十八本目。四十二本下りれば煤の段。


 リナンのところ。


 水のところ。


 ――今から下りれば。


 日は雲の床に触れかけていた。


 四十二本。きのうの朝は両手で速く登った。速く登っても昼前までかかった。


 今は片膝しか曲がらない。


 手探りで下りられるのは三本までだ。


 帯はない。四十本目に置いてきた。結び目ごと。


 殻もない。


 ――下りられない。


 リュカはそう思った。


 思ってそれからそれが違う気がした。


 下りられないのではなかった。


 下りようと思えば下りられるところまでは下りられる。五十本目か四十五本目か。そこで日が落ちる。日が落ちたら杭の上で朝を待つ。


 杭の上で朝を待てば眠ったときに落ちる。


 落ちたら来たぶんも何もない。


 ――下りない。


 下りられないではなくて。


 下りない。


 朝までここで動かない。


 下から声がした。


 百のところで。


 日が沈みかけた空気の中で昼より少しだけ高く聞こえた。


 ――リナンも。


 リナンも朝まで動かない。


 煤の段でほどけない結び方で結ばれたまま。腕がどこまで戻ったのか分からないまま。殻を使わないまま。


 動けないのか。


 動かないのか。


 リナンなら、どちらの言葉で言うのか。


 分からなかった。


 分からなかったが二人とも、朝まで同じところにいる。


 四十二本と縁一つぶん離れて。


---


 動かないと決めてからリュカは、少しだけ動いた。


 縁から離れるために。


 肘を立てて背中でずれた。縁からもう身体一つぶん。


 二つぶん離れたところで止まった。


 ここなら寝返りを打っても、縁の外へは出ない。


 出ないところまで来た。


 来てそれから投槍器と杭三本を身体の縁と反対の側に置いた。


 手の届くところに。


 朝まで動かないための支度だった。


 支度は少なかった。


 少なかったが一つずつ決めて置いた。


---


 ――飛べないじゃなくて飛ばない。


 リナンの声がした。


 ずっと前にそう言った。飛べないのではない。飛ばないのだと。


 筒の縁では逆を言った。行かないじゃなくて行けないと。


 どちらも本当だったのだとリュカは今、思った。


 行けないことと行かないことは同じ場所にある。


 どちらの言葉で言うかを決めるのは自分だ。


 ――動けないじゃなくて動かない。


 リュカは口の中で言った。


 声にはならなかった。


 ならなくても決まった。


 口に出すと決まる。


 口の中でも決まる。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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