幕間 「勝った側から」
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
右の手で杭をつかむ。
足を下の杭へ。
また右の手で次の杭を。
男はそうやって壁を下りていた。
左の腕は身体の横に下がっている。下りるときも登るときもそこにある。動かさない。動かさないと決めてから長い。決めたことはもう考えない。
ずっと下で笑う男が速く下りていく音がする。そのあいだで数える女が決まった間で下りていく音がする。男がいちばん上だった。
男の音はほとんどしない。
杭を静かにつかむ。静かに離す。
そうするように教えられた。
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段の縁の下に杭の列が続いている。四角い頭の鉄の杭。自分たちが鎚で打ってきた杭だ。
杭と杭のあいだの壁に黒い焦げ跡が点々と並んでいた。
男が焼いた跡だった。少年の手の拳一つ上。拳半分上。
杭は一本も焼いていない。
男は焦げ跡を見なかった。
見なかったが右の手で次の杭をつかむたびにそのすぐ上に焦げ跡があった。少年は、この焦げ跡の下で手を止めたのだ。
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少年を初めて見たのは下の街だった。
灯柱もない。舗装も割れている。そういう街の路地の入り口。
水路から上がってきたところだった。濡れた足で荷を担いでもいないのに、荷を担いでいる者の歩き方をしていた。
投槍器を背負っていた。
古い型だった。革が継ぎ当てだらけだった。
男はそれを見て、それから少年を見た。
見て背を向けた。
背を向けてから振り返らずに訊いた。
――お前は、自分の姓を知っているか。
少年はすぐに答えた。
迷わなかった。
疑いもしなかった。
自分の名前を言うように、姓を言った。
その姓を男は知っていた。
知っている者のほとんどいない姓だった。知っている者は、それを口にしない姓だった。
――そうか。
男はそう言った。
それしか言わなかった。
知らないのだと分かった。
何を知らないのか。
それを男は自分にも言わなかった。
言えばそれは男のものになる。
少年のものを男が持つことになる。
男は誰のものも持たない。
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二度目に訊いたのは、塔のてっぺんだった。
少年は縁から上がってきた。四十本の杭を登り二十三本を下りまた登って、五十九本目の上から膝をついて、上がってきた。
上がってきて最初に床を叩いた。
曲がった杭で。
こんと。
男はそれを見ていた。
何もいないことを確かめる叩き方だった。塔の中で覚えたのだろう。
覚えたものをすぐに使う者だと思った。
少年は名前を訊いた。
男は答えなかった。
笑う男が答えた。
男はそれを止めなかった。
名前は男のものではない。呼ぶ者のものだ。笑う男が呼びたいなら、呼べばいい。
少年はそれから言った。
――なんで姓を訊いた。
男は答えなかった。
答えないことが答えになっていることを少年は、たぶんまだ知らない。
二度目に姓を訊いた。
少年はまたすぐに答えた。
変わっていなかった。
――なら通さない。
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通さないと決めたのは、そのときではなかった。
縁から少年の顔が出たときだった。
割れた唇。乾いた目。登ってきた手の指の皮のすりむけた赤。
水袋を持っていなかった。
戻る水は下に置いてきたと後で言った。
――戻る水を下に。
戻るつもりのある者の置き方だった。
戻るつもりのある者を通す必要はなかった。
戻ればいい。
戻ってまた来ればいい。
男はそう思った。
そう思って、三度、四度戻れと言った。
少年は戻らなかった。
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少年の撃った一本が尖ったものに刺さった。
窪みの指一本ぶん横に。
男はそれを見なかった。
見なかったが刺さった音を聞いた。
音はしなかった。
音のしないものが刺さったのを男は背中で聞いた。
――刺さった。
鉄の杭はあの面には打てない。着いた日に試した。笑う男が鎚を振り上げて、振り下ろした。杭は弾かれて雲へ落ちた。
鎚で打てないものに、投げた一本が刺さった。
それが何を意味するのか。
男は考えないことにした。
考えれば通さない理由が一つ減る。
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――どこで覚えた。
段の上で男は何度か自分から訊いた。
なぜ撃つと。通ってどうすると。見てどうすると。
少年は見て、どうするには答えなかった。答えがないのが顔で分かった。分かったから、男はそれ以上訊かなかった。
それから、もう一度だけ訊いた。
撃ち方を。
――空き地で。
――誰に。
――誰にも。
少年はそう答えた。的は板だったと。板は避けないと。避けるのは、溝鼠と何かの鳥だけだったと。
男には教えた者がいた。
槍の握り方も。杭のつかみ方も。音を立てずに離すことも。足を真ん中に置くことも。
全部教えられた。
教えられたものを十年、一度も変えずに、使ってきた。
少年は誰にも教えられていなかった。
教えられていないのに、重さを読んだ。風を数えた。戻るところへ撃った。
――そうか。
男はそう言った。
言って少年が口を閉じるのを見た。
訊かれたぶんだけ渡してしまうと気づいた顔だった。
気づくのも早かった。
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縁の上から少年の手の少し上を焼いた。
何度も。
手は焼かなかった。
焼けば少年は落ちる。落ちれば終わる。
終わらせるのは簡単だった。
簡単なことはしない。それも男が決めたことだった。
手の先を焼けば少年は手を引く。引いて下を見る。下を見れば戻る道が見える。
戻る道は焼かなかった。
少年はそれを見ていた。焼かれていない杭の列を一度だけ見て、目を上へ戻した。
戻らなかった。
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夜のあいだ少年は、壁の陰を這い上がってきた。
見えなかった。
見えないものは撃たない。
男は縁を離れて、尖ったものの前に戻った。
戻って待った。
待つあいだ下から声が聞こえていた。
百ごとに。同じ高さで。
翼のある娘の声だった。
数える女が珠でそれを数えていた。男の環ではなく娘の百を。
男は何も言わなかった。
数える女が何を数えるかは、数える女が決める。
男は娘の声を数えなかった。
数えなかったがひと晩一度も、ずれなかったのは知っていた。
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朝少年は縁を越えてきた。
膝が伸びていなかった。
それでも、曲がった一本をつがえた。
試していない一本だと男には分かった。芯が半ばで曲がっている。曲がった杭は誰にも読めない。撃った者にも。
読めないものが来た。
男は跳んだ。
両足で。
跳んだのは何年ぶりか分からなかった。
跳ばなければ当たっていた。
当たっていればどうなったのか。
外套の裾の指一本ぶん外を杭は抜けていった。
――読めない。
数える女がそう言った。
数える女の声があんなふうに割れるのを男は初めて聞いた。
――指一本だぞ。
笑う男がそう言った。
男は答えなかった。
指一本だった。
それは男が一番よく知っていた。
――立て。
男は言った。
立たせてそれで終わりにするつもりだった。
立てなかった。
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――撃つものがない。
少年は自分でないと言った。
ないと言って、まだこちらを見ていた。
膝をついたまま、何も持たない手でまだこちらを見ていた。
男は槍を持ち替えた。
柄の後ろを握った。
肩の奥で石が白くなるのが分かった。
家から継いだ石だった。
継いだときからそこにあった。選んだことは一度もない。
男はその石の名を呼んだ。
――アルゲ。
誰の名も呼ばない。
石の名だけは呼ぶ。
白い線を撃つときには呼ばなかった。呼ぶのはこの塔に入って、初めてだった。
右の腕が消えていくのが分かった。肩から指の先まで。自分には見えない。見えないが消えているのは分かる。
穂先を少年に向けた。
向けてそれから少しだけ下げた。
一歩前に。
膝のすぐ前の床に。
人は撃たない。
撃つのは来るものの一歩前だけ。
それも男が決めたことだった。
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少年は飛ばされて、縁の外に腰から下を出して止まった。
止まって動かなかった。
生きていた。
男は槍を抜いた。
見下ろした。
――戻れ。
六度目だった。
少年の口が動いた。声にはならなかった。
戻らないと動いた。
――なら次は持って来い。
何を、とは言わなかった。
言えばそれは、男が少年に渡すことになる。
渡さない。
男は誰にも何も渡さない。
渡さずに待つ。
少年が自分で持ってくるのを。
何を持ってくるのかは少年が決める。
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縁を越える前尖ったものの横を通るとき、男は一度だけ右の手のひらを窪みへ向けた。
届かない高さだった。
届かないところへ手のひらを向けた。
冷たくはなかった。
温かくもなかった。
拒まれもしなかった。
ただ、こちらへは来なかった。
――着いた日と同じだ。
男は手を下ろして、一度だけ握って開いた。
それから、尖ったものに、背を向けた。
背を向ける前に、窪みの横の一本を見た。
木を巻いた鉄の芯の杭。少しだけ割れた木。
あの一本のほうが窪みより長く見ていられた。
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四十本目の隣の杭に結び目が二つ重なっていた。
帯の切れ端をほどけない結び方で杭に結んだもの。その端にもう一本の帯を同じ結び方でつないだもの。
二つとも途中で切られていた。
男はそれを右の手でつかむ杭のすぐ横に見た。
ほどけない結び方で自分をここに結んだのだ。
結んで撃った。撃ち尽くして切って上へ来た。
下へではなかった。
男は結び目に触れなかった。
触れずに次の杭へ右の手を伸ばした。
――縁を越えてからここまで十九本。
少年は、この十九本をひと晩かけて登った。
男はそれを数えるほどの間もなく下りた。
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煤けた段の十本ほど上で男は止まった。
下で笑う男が止まっていた。
段の横の杭の上で。
杭の列は一本しかない。前の者が止まれば、後ろの者も止まるしかない。数える女もそのあいだで止まっていた。
笑う男が段のほうへ顔を向けて、何かを言っていた。
声は届かなかった。風が縁でねじれていた。
男は聞こうとしなかった。
笑う男が何を言うかは笑う男が決める。
しばらくして、笑う男がまた下りはじめた。
男も下りた。
煤けた段の横を通った。
壁の縁の張り出した狭い段。
翼のある娘がそこにいた。
帯で杭に結ばれていた。ほどけない結び方で。男の知っている結び方だった。自分たちが紐を結ぶのに使った結び方。
娘は膝を抱えていた。
上を見ていた。
男が通るのを見なかった。男のさらに上を見ていた。
声は出していなかった。
百のところに来ても、出さなかった。
何かを聞いたあとの黙り方だった。
男は止まらなかった。
右の手で杭をつかむ。
足を下の杭へ。
また右の手で次の杭を。
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筒の縁まで下りて、男は一度だけ上を見た。
頭の上のずっと上から娘の声がした。
しばらく途切れていた声だった。
百のところで。
同じ高さで。
男はそれを数えなかった。
数えなかったがまた数えはじめたのは分かった。
上へ向けて。
一枚の壁が空へ細く伸びていた。
そのてっぺんの張り出した段の上に少年がいる。
動けないまま。
手元に何もないまま。
男は少年の名前を知っていた。姓を訊いたとき、少年は名前ごと答えた。二度とも。
男はそれを呼ばなかった。
呼ばないまま思った。
――次は。
次に来るとき、あの少年は何を持ってくるのか。
男には分からなかった。
分からないものを男は久しぶりに待っていた。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
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