掌と、沈黙②
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
今はまだ第1部1章で、まだ物語の序章ですので大きな変化が見られるのをこうご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
その日の午後、ドランに呼ばれた。
「坊主、下に一つ持ってけ」
「一つ?」
「小せえのが一個だ。籠が空でも動かさなきゃならん日があるんだよ」
男は籠の隅を顎で示した。
木箱が一つ、置いてある。片手で持てる大きさだ。
「上からの預かりもんでな。地上層の商会に届ける」
「中身は」
「聞くな」
いつもの答えだった。リュカは箱を持ち上げた。軽い。だが振ると、中で何かが動いた。
――生きてる。
箱の重心が、傾けた方向とは逆に寄った。中身が自分で位置を変えている。
「これ、獣ですか」
「言うな」
「言うなって」
「聞くなって言ったろ」
ドランは工具箱の蓋を閉めた。
「割れ物でも壊れ物でもねえ。ただ揺らすな。それだけ守れ」
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籠が下がっていく。
リュカは箱を膝の上に置いて、両手で押さえていた。揺らすな、と言われたので、揺らさないようにしている。
中で何かが動く。かさ、と乾いた音。それから、かちり、と硬い音。
――何か齧ってる。
箱の側面に、小さな穴が四つ開いていた。空気穴だろう。指を近づけると、中の何かが穴から離れる気配がした。
怖がっている。
リュカは指を引いた。
中層を抜けて、空気が湿ってくる。地上層が近い。
リュカは箱を膝に乗せたまま、壁が流れていくのを見ていた。
継ぎ接ぎの壁。下水の樋。粗い石積み。何度も直された跡がある。ドランが直した箇所もあるはずだが、どれかは分からない。
この籠に乗るのは、三年で何百回目になるか。
――数えてない。
杭は数える。歩数も数える。日当も数える。だが乗った回数は数えたことがなかった。数える必要がないからだ。減らないものは数えなくていい。
箱の中で、また音がした。
かさ、と乾いた音。それから静かになる。
リュカは穴の一つに顔を寄せた。中は暗い。目が慣れるのを待った。
何も見えない。だが息の音がした。速い。小刻みに。
――怖がってる。
箱ごと揺らさないように、彼は膝の上で位置を直した。角度を変えると、中で重心が寄る。寄った側の壁に、何かが背中を押しつけている感触があった。
揺らすな、とドランは言った。
揺らさないというのは、荷を守るためだと思っていた。だが違うのかもしれない。中のものが怖がるからかもしれない。
そのとき、箱の中で音が変わった。
かちり、かちり、かちり。
速い。同じ間隔で、何かを噛み砕く音。
リュカは箱を持ち上げて、穴から中を覗いた。暗くて見えない。だが目が二つ、こちらを見上げていた。
瞳孔が、縦に細い。
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地上層の受け渡し場に、いつもの岩人がいた。
「一つ、確かに」
男が荷札に印を押そうとして、手を止めた。
「……穴が開いてるぞ」
「元からです」
「いや、これは新しい」
言われて見ると、箱の底に近い場所に、指が入るほどの穴が一つできていた。
中から齧ったのだ。
「中身は」
「聞くなと言われました」
「そうか」
男は箱を持ち上げて、軽く振った。
中で音がしない。
「……空だな」
「え」
「軽い。中身がない」
リュカは箱を受け取って、蓋を開けた。
空だった。
木くずが少し落ちているだけで、何もいない。底の穴は、外へ抜けている。
「逃げたな」
「いつ」
「知らんよ。籠の中じゃないのか」
リュカは昇降機のほうを振り返った。籠はもう上がりはじめている。
「……どうすれば」
「どうもせん」
岩人は肩をすくめた。
「荷札には『一つ』としか書いてない。中身は書いてない。中身が書いてないもんは、届かなくても届いたことになる」
「そういうものですか」
「そういうもんだ」
男は印を押して、木札をよこした。
「あんたの落ち度じゃない。箱に穴を開けたのは、あんたじゃないんだから」
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帰りの籠の中を探した。
隅から始めた。四つ角。板と板の合わせ目。荷を縛る鉤の裏。
次に床。板の隙間に指を入れて、順に辿った。三年乗っているので、どこに隙間があるかは覚えている。西側の三枚目が広い。そこは特に念入りに見た。
滑車の陰も覗いた。綱が巻かれている芯は回っているので、手は入れない。ドランに何度も言われている。回っているものに手を入れるなと。
天井も見た。低いので、手を伸ばせば届く。
何もいなかった。
籠が上がるあいだ、リュカは床に座って、壁が下へ流れるのを見ていた。
――どこかで降りたか。
途中で止まる場所はない。上りも下りも、一度動けば端まで行く。
なら、まだ乗っている。あるいは、最初から乗っていない。
滑車のあたりで、綱が軋んだ。
リュカは顔を上げた。
黒いものが動いた。綱猫だ。芯の上に寝そべっていて、こちらを見下ろしている。細い顔。切れた耳。
いつもいる。名前はない。詰所の連中は「猫」としか呼ばない。
その猫が、芯の奥のほうを気にしていた。
鼻先を向けて、動かない。前肢が半分だけ持ち上がっている。狩りの構えだ。
「……そこか」
リュカは立ち上がった。だが手は入れない。回っているものに手を入れるなと、何度も言われている。
猫はしばらくそこを見ていた。
それから興味を失ったように寝そべり直して、目を閉じた。
――逃げられたな。
猫にも、彼にも。
シャルディアに戻って、詰所でドランに木札を渡した。
「逃げました」
「そうか」
男は驚かなかった。
「箱に穴が開いてました」
「だろうな」
「知ってたんですか」
「知らん。だが逃げるようなもんを、あんな箱に入れる時点で察しろってことだ」
ドランは日当を数えて渡した。四十シャルド。
「上の連中は、面倒なもんを下に流す。んで、下で消えりゃそれで終いだ」
「探さなくていいんですか」
「探して、どうする」
リュカは答えられなかった。
「届け先の商会も、たぶん困らん。困るなら最初から人を寄越す」
リュカは木箱を見た。底の穴。中から齧った跡。
「ドランさん」
「なんだ」
「これ、何だったんですか」
「知らんと言ってるだろ」
「知らないのに、揺らすなって言った」
男の手が止まった。籠の下から、しばらく返事がなかった。
それから、這い出てきて、油まみれの手を布で拭いた。
「……荷札にな」
「はい」
「『生』って字が入ってた」
「生」
「生き物だ。それだけは分かる。中身までは書いてない」
ドランは木箱を受け取って、底の穴に指を入れた。
「上の連中は、こういう書き方をする。書けば責任が生じるからな。『生』とだけ書いて、あとは下に投げる」
「それで、逃げたら」
「終いだ。誰も困らん」
男は箱を隅へ置いた。
「困るのはな、坊主」
「はい」
「逃げたやつだけだ」
リュカは詰所を出た。
坂を二つ下る。日が傾いていた。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
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