全部と、それでも④
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
日が少し傾いたころ風の順番が変わった。
右から二つ。
左から三つ。
下から四つ。
――入れ替わった。
日が動いて、壁の片側が先に冷えたのかもしれない。冷えた側の風が弱くなったのかもしれない。
理由は分からなかった。
分からないが変わった。
リュカは一度、間違えた。
右の三つ目だと思って転がったところに左からの風が来た。
転がった身体が少しだけ縁のほうへ流れた。
縁から膝が出た。
膝の下は雲だった。
リュカは床に爪を立てて止まった。
止まって膝を引き戻した。
――覚え直す。
右、二つ。左、三つ。下、四つ。
覚えたものは変わる。
変わったら覚え直す。
空き地の風も変わった。焼けて長屋の壁がなくなって、二十歩の風が三十歩へ移った。移ったのに気づいたのは、焼けたあとのある朝だった。
ここでは半日で二度、覚えた。
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「どこで覚えた」
ゼクスが言った。
また環の音のあいだに。
リュカは膝をついたまま、顔を上げた。
「……何を」
「撃ち方を」
リュカは少しだけ黙った。
「空き地で」
「誰に」
「誰にも」
ゼクスは何も言わなかった。
環の音が一つ高くなった。
「三年、一人で撃った」
リュカは言った。
言う必要はなかった。
訊かれていないことだった。
それでも言った。
「的は板だった。板は避けない」
「……」
「避けるやつは溝鼠と鎌翼だけだった」
ゼクスは少しだけ目を細めた。
さっき姓を訊いたときと同じ細め方だった。
「そうか」
それだけだった。
それだけで環の音がまた高くなっていった。
――そうか。
この男は何を訊いても、そうかで終わらせる。
終わらせて何も渡さない。
訊いたぶんだけこちらが渡している。
リュカは口を閉じた。
閉じてもう何も言わないことにした。
言ったぶんだけ読まれる。
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つがえたままリュカは待った。
環の音が低いところにある。撃つなら今だ。
風。右から一つ目。
「外れる」
アステナの声がした。
小さく。珠を一つ繰って。
リュカは撃たなかった。
――外れると言った。
この女の読みは今日、一度、外れた。当たると読んだ杭が裾をかすめただけだった。それ以外は当たっている。
撃たずに待った。
風。右から二つ目。左から一つ目。
「……撃たない」
アステナが言った。
声が少しだけ変わっていた。
読んだのではなかった。見たままを言っていた。
左から二つ目。
アステナは何も言わなかった。
言わないうちに、リュカは撃ちかけてやめた。
――言わないのは読めないからか。
それとも、言わないことを読ませるためか。
分からなかった。
分からないものを撃てば一本、減る。
環の音が高くなっていた。
リュカはつがえたまま、弧に沿って、また動いた。
撃てる六本。
一本も減らなかった。
減らなかったが何も進まなかった。
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目の端が暗くなりはじめていた。
日が傾いたからではなかった。
見ているものの真ん中だけがはっきりしていた。まわりが少しずつ暗く狭くなっていく。
――乾いてる。
水を朝から二口しか飲んでいない。四十二本登って半日、動いた。
三年、日当の出なかった日に水一杯で荷を担いだことがある。夕方目の端が暗くなった。暗くなったら、もう少しで膝が抜ける。
膝が抜ける前に座れ。
あのとき、誰に言われたのでもなくそう覚えた。
――座れない。
ここで座れば白い線が来る。
リュカは、真ん中だけが見える目でゼクスを見た。
真ん中にゼクスがいた。
まわりが暗いぶんゼクスだけがよく見えた。
――見えるものが減った。
減ったぶん見えるものがはっきりした。
リュカはそれを使うことにした。
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弧の端まで転がったとき、段の縁から下が見えた。
壁の縁のずっと下。
煤の段。
小さな影が座っていた。
膝を抱えていなかった。
膝立ちで上を見ていた。
――見えてる。
白い線が走るたびに下からそれが見えているはずだった。
段の縁が焦げるたびに焦げた匂いは、下へは届かない。
白い光だけが届く。
何が起きているのかは届かない。
――戻ってきて切ってください。
リュカは目を上へ戻した。
戻ってきて切る。
そう言った。
言ったことはまだ終わっていなかった。
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白い線が何度も段を焦がした。
焦げた跡が増えていった。
段の床に黒い線が何本も引かれた。
リュカは焦げた跡の上を跳んだ。
焦げた跡は熱くなかった。
熱くないのに焦げている。
――火じゃない。
火なら熱い。
これは火じゃないものが焦がしている。
リュカはそれを数に入れなかった。
入れる場所がなかった。
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どれくらい経ったのか分からなかった。
日はだいぶ傾いていた。
――傾いてる。
リュカは、そこで一つ数え忘れていたことに気づいた。
煤の段まで四十二本。
ゆうべは、二十三本を日が落ちながら下りた。最後の三本は手探りだった。
四十二本はその倍に近い。
手探りで下りられるのは三本までだ。
――日があのあたりにあるうちに、ここを出なければならなかった。
あのあたり、というのはもう過ぎていた。
いつ過ぎたのか分からなかった。
環の音を数えているあいだに過ぎていた。
今から下りても、煤の段に着く前に、日が落ちる。
落ちたら朝まで下りられない。
朝を待てば二人のひと晩ぶんの水が要る。
そのひと晩はどこにも数えていない。
――線を越えた。
一口も飲まずに。
水袋はリナンの腰にある。栓は締まったままだ。
それでも越えた。
水は飲んだときに減るのではなかった。
ここにいる時間が水を減らしていた。
戻る水の三十七口からひと晩ぶんがもう出ていくことに決まっていた。
――昼に数える。
おとといの夕方リナンとそう決めた。昼にもう一度数える。リナンが反対と言えば戻る。
きのうは昼に数えた。リナンは反対と言わなかった。
今日は昼に数えなかった。
数える隣にリナンがいなかった。
反対と言う者を下に置いてきた。
置いてきたのは自分だ。
腕が上がらないからと言った。片手でしか押さえられないからと。
それは本当だった。
本当だったがそれだけだったのかどうか、リュカにはもう分からなかった。
――それだけですか。
リナンは二度そう訊いた。
リュカは、煤の段の結び目のことを思った。
ほどけない結び方で結んだ。引けば引くほど締まる。
リナンにはほどけない。
ほどくには戻って切るしかない。
戻らなければリナンは殻で切る。
殻は結び目の横に挟んである。使わないので、置いておくだけですと言った。
――使わせるのか。
日が落ちても戻らなければ、あの子は殻を握って待つ。
待つのは上手ですと言った。
上手だからたぶんずっと待つ。
殻を使わずに。
リュカは、そこでもう一度下を見たくなった。
見なかった。
見れば戻りたくなる。
戻りたくなるのが分かっているから、見なかった。
分かっていて、見ないのは戻らないと決めたのと同じだった。
喉が乾いていた。
割れた唇が何度も裂けた。裂けたところから塩の味がした。
水はリナンの腰にある。
ここにはない。
――ここで飲めば線がここに来る。
飲まなかった。
飲めなかった。
息が上がっていた。
四十二本登って、半日跳んで、伏せて転がった。
息は数えていなかった。数える暇がなかった。
数える代わりに環の音を数えていた。
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撃てる六本。
撃てる五本。
三本目はゼクスの左を狙って、右へ避けられた。床を滑って雲へ落ちた。
――左を狙えば右へ。
分かっていて撃った。
右を狙えば左へ避ける。左へ避けるのは遅い。それはさっきまでのことだった。
今は重さが真ん中にある。
真ん中にある者は、左にも右にも同じ速さで避ける。
だから左を撃った。
どちらを撃っても、同じなら雲に近いほうを撃って、雲に近いほうへ避けさせる。
避けさせて縁へ寄せる。
ゼクスは寄らなかった。
右へ一歩避けて、それから一歩尖ったものの前へ戻った。
――戻る。
この男は尖ったものの前から離れない。
離れないのは片を背にしているからだ。
守っているのか。
それとも、ただそこに立っていると決めたのか。
分からなかった。
分からないが離れなかった。
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――俺も離れない。
リュカはそう思った。
思ってからそれがゼクスと同じ形をしていることに気づいた。
この男は尖ったものの前から離れない。
自分はこの段から離れない。
杭を下りれば戻れる。さっき段の縁にぶら下がったとき、そう分かった。
分かって戻らなかった。
――なぜだ。
上を見に来た。見た。
名前を訊きに来た。訊いた。
来たものは全部、済んだ。
済んだのにここにいる。
――近くで見たい。
さっき口が先にそう言った。
近くで見てどうする。
尖った先の青い光。
それを近くで見て、それからどうする。
分からなかった。
分からないのに戻らない。
――分からないから見に行く。
リナンにそう言った。筒の坂で。
あのときは、分からないことが上にあった。
今は分からないことが自分の中にあった。
胸の中の熱。
おとといの晩からずっと熱い。
先に行かれた。追いつけなかった。戻れと上から言われた。
――言われたから戻らないのか。
リュカはそれを数に入れなかった。
入れたら自分が何をしに来たのか分からなくなる気がした。
根元の扉に上を向いた三角が刻んであった。
てっぺんの形がそれに似ていた。
頭を下げて、通ってきた塔のてっぺんで。
自分は今頭を上げていた。
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日が雲の床に近づいていた。
段の上の影が長くなった。ゼクスの影が弦の真ん中からこちらへ伸びてきて、リュカの足元の焦げた線に重なった。
尖った先の青い光は日が傾いても、色が変わらなかった。
まわりが黄色くなっていくのに、窪みの中だけが朝と同じ青だった。
――変わらない。
日が動いても、風が入れ替わっても、あの光は変わらない。
変わるのはこちらだけだ。
喉が乾く。目の端が暗くなる。数がずれる。
変わるほうが変わらないほうへ近づこうとしている。
リュカは、焦げた線の上のゼクスの影を踏まなかった。
踏まずに一歩横へ動いた。
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撃てる五本。
石の袋の口に曲がった一本が差してあった。
――六本目。
リュカはそれを数に入れかけてやめた。
塔に入った日最初の石の羽の縁に挟まれて曲がった。鉄の芯が半ばで曲がっている。
曲がった杭はまっすぐ飛ばない。
どちらへ曲がるかは、つがえる向きで変わる。変わり方は試したことがない。
試すのに一本、要る。
試せばその一本は雲へ落ちる。
――試せない。
空き地なら試せた。拾いに行けばまた試せた。
ここでは一度しか撃てない。
リュカは、曲がった一本を袋の口に差したままにした。
叩くための一本だ。
叩いていないことを確かめるための。
撃てる五本。
リュカは投槍器を握り直した。
――全部、見た。
風は三つ。順番は日が傾いて入れ替わった。入れ替わったあとも、だいたい決まっている。
環の音は高くなれば来る。来るまでの間は縮んでいく。縮むほど弱くなる。
ゼクスの重さは真ん中。左の腕はぶら下がったまま。尖ったものの前から離れない。
アステナは珠を繰っている。繰るたびに当たるか外れるかを小さく言う。言うだけでゼクスには何も指図しない。
ロアンは三歩下がったまま動かない。右手の指が腰の何かにずっと触れている。
仲間のほうへは撃たない。並べば仲間が自分でどく。
下りる道は焼かない。
――全部、見た。
見たものしか言えない。
見たものを全部、並べた。
並べて一つだけまだ使っていないものがあった。
――ゼクスは尖ったものの前から離れない。
離れないなら、どこにいるかは撃つ前から分かっている。
分かっているところに撃てばいい。
避けられる。避けたら戻る。
戻るところは決まっている。
――戻るところに撃つ。
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かち。かち。
アステナの珠の音がまだ続いていた。
環の音と同じ間で。
――使える。
自分の頭の中の数は乾いて、ときどきずれる。さっき風の順番を一度、間違えた。
珠の音は飛ばない。
あの女は乾いていない。満ちた水袋が五つある。
リュカは自分の数をやめた。
やめて珠の音を数えた。
かち。一。かち。二。
他人の珠で数えた。
他人の杭で登ってきた。他人の結び方でリナンをつないだ。
今度は、他人の数で撃つ。
――百息に一度。
来てないです。来てます。遠いです。
下の坂で後ろからずっとその声がしていた。
自分の息を他人の声で数えていた。
あのときからもう自分一人の数ではなかった。
一人で撃った三年と二人で数えた五日。
五日のほうが短い。
短いのに今手の中にあるのは、五日のほうだった。
---
リュカは杭を二本、出した。
一本をつがえた。
もう一本を左手の指のあいだに挟んだ。
焦げた二本の指が杭の木に触れて痛んだ。
痛んだが挟めた。
空き地で二十歩の的を続けて撃つとき、二本目は指のあいだに挟んでいた。一本目を撃って、すぐに二本目をつがえる。
三年で何千回もやった。
つがえるのに息を半分。
――半分でつがえられる。
環の音を数えた。
十二。
十四。
縮んでいた。
今は十八で来る。
風を数えた。
右から二つ。
左から三つ。
下から。
――一つ目で一本目。
――三つ目で二本目。
---
十五。
下から一つ目。
リュカは撃った。
ゼクスの右の胸へ。
杭が低く出て浮いた。
ゼクスは避けた。
左へ一歩。
真ん中の重さは左にも速かった。
杭はゼクスの右の胸のあったところを通りすぎた。
通りすぎて、尖ったものの脇を抜け段の奥の縁を越えて、雲のほうへ消えた。
――今。
リュカは二本目をつがえていた。
息を半分。
下から二つ目。
三つ目。
ゼクスが戻る。
尖ったものの前へ。
一歩、右へ。
戻るところへ。
リュカは撃った。
---
杭が飛んだ。
低く出た。
下からの三つ目の風に持ち上げられた。
浮いてゼクスの戻るところへ。
ゼクスの左の脇へ。
ぶら下がった左の腕と身体のあいだへ。
ゼクスは戻る途中だった。
戻る途中の一歩は、避けるための一歩ではない。
避けられなかった。
杭が届いた。
左の腕と脇腹のあいだを。
外套の袖を裂いて。
通りすぎて。
尖ったもののこちら側の面に。
青い光の窪みのすぐ横に。
突き刺さった。
---
音がしなかった。
鈍い音も澄んだ音も。
杭は継ぎ目のない壁に刺さっていた。
叩いてもこんとしか鳴らない壁に。
鉄の芯の先が青い光の指一本ぶん横に埋まっていた。
巻いた木が少しだけ割れていた。
――入った。
リュカはそれを見ていた。
見ていたが入ったのが自分の杭だということがすぐには、分からなかった。
---
ロアンが言った。
「……入れやがった」
声が小さかった。
軽くなかった。
アステナの珠が止まった。
止まったまま動かなかった。
「……外れると読んだ」
アステナは言った。
言ってから珠を膝の上に置いた。
置いて今度は、顔ごとリュカをまっすぐに見た。
「外れると読んだのに」
リュカは答えなかった。
――あんたの珠で数えた。
言わなかった。
言えばあの女は、次から珠を繰らなくなるかもしれない。
繰らなくなったら、自分はまた自分の頭で数えるしかない。
乾いた頭で。
リュカは黙って、投槍器を握っていた。
ロアンが刺さった杭を見ていた。
それから、リュカを見た。
「……坊主。今の狙ったのか」
「狙った」
「どこを」
「戻るところを」
ロアンはしばらく黙っていた。
黙ってから小さく言った。
「……あいつが戻るところなんて、俺でも読んだことねえよ」
リュカは刺さった杭を見た。
トトが炉の脇で選んだ一本だった。重さを量って、鉄の芯に木を巻いて、布で包んで、渡してくれた。
その一本がてっぺんに刺さっている。
青い光の指一本ぶん横に。
――届いた。
自分の手では届かなかった。
手を伸ばしても、尖った先は人の背丈の四つぶん上だ。
杭は届いた。
トトに言おうと思った。
言うのは戻ってからだ。
戻ってから言うことが増えていった。
「……記録には残らない」
アステナが言った。
膝の上の珠を見たまま。
「名簿に載らない者の杭がてっぺんに刺さった。誰も書かない。書く者がいない」
「……残る」
リュカは言った。
「刺さってる」
アステナは顔を上げた。
上げて刺さった杭を見た。
鉄の芯。巻いた木。少しだけ割れた木。
しばらく見ていた。
「……刺さってる」
アステナはそう繰り返した。
繰り返して、それ以上何も言わなかった。
珠を繰らなかった。
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ゼクスは動かなかった。
裂けた袖を見なかった。
刺さった杭を見なかった。
リュカを見ていた。
左の腕は下がったままだった。
杭が腕と身体のあいだを通ったのに。
袖が裂けたのに。
一度も動かなかった。
――動かさなかった。
避けるためにも。庇うためにも。
左の腕はそこにぶら下がっていた。
初めからそうだったように。
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リュカはそこで自分の中を数えた。
――全部、出した。
風を読んだ。三つの風を半日で覚えた。
環の音を読んだ。高くなれば来る。縮むほど弱くなる。
重さを読んだ。右に載っていたのが真ん中に移った。
戻るところを読んだ。尖ったものの前。
二本を息の半分でつがえた。
三年で覚えたもの全部と半日で覚えたもの全部を一本に並べた。
並べて撃った。
入った。
――全部だ。
これ以上はない。
撃てる三本。
石は二十三。
曲がった一本。
水はない。
息は上がっている。
膝は震えている。
左の指が二本焦げている。
目の端が暗い。
これで全部だった。
三年と五日と半日の全部。
全部、出した。
---
ゼクスが言った。
「それでも」
低い声だった。
初めて感情のようなものが少しだけ混じっていた。
何の感情なのかは分からなかった。
怒っているのではなかった。
笑っているのでもなかった。
あの日、名前ではなく姓を訊いたときからずっとどこか遠くを見ていた目が初めて、目の前に立っているものを見ている。
そういう声だった。
――目の前に立っている。
自分が。
石を宿さない名簿に載らない拾った者が。
「それでも、お前はまだここにいる」
ゼクスは一歩、前に出た。
尖ったものの前から。
初めて。
――離れた。
離れたぶん尖ったものの前が空いた。
青い光の窪みと刺さった杭がリュカからまっすぐに見えた。
あいだに誰も立っていなかった。
――今なら近くで見られる。
そう思った。
思っただけで足は一歩も出なかった。
空いたのはあの男が空けたからだ。
空けてこちらへ来ている。
槍の三つの環が白く光った。
光が環から環へ走って、それから止まらなかった。
走りつづけた。
音が高くなっていった。
高く。
もっと高く。
さっきまでのいちばん高い音を越えて。
越えてもまだ高くなった。
――張りつめる。
綱ならもう切れている。
「おい、ゼクス」
ロアンが言った。
軽くなかった。
「坊主相手にそれは――」
「ロアン」
アステナが言った。
珠を膝の上に置いたまま。繰らずに。
「三歩」
ロアンは言いかけたまま止まった。
止まって腰の後ろの手を握ったまま、動かなかった。
アステナはもう珠を繰らなかった。
――読むのをやめた。
読まなくても分かるからなのか。
読みたくないからなのか。
リュカには分からなかった。
リュカは投槍器を握った。
握った手が震えていた。
――退き足。
後ろは弧の縁だった。縁の外は雲だ。
杭の列は弧の端。ここから七歩。
七歩動くあいだに来る。
――伏せる。
伏せてもさっきまでの白い線とは違う。
さっきまでより高い音だ。高い音のぶん太いのかもしれない。広いのかもしれない。
分からなかった。
分からないものからどう避ければいいのかは、三年のどこにもなかった。
五日のどこにもなかった。
半日のどこにも。
ゼクスの右の肩が見えなくなった。
消えたのではなかった。
そこにあるのに、目がそこをとらえなかった。
肩から先が白い光の中に溶けていた。
――全部、出した。
---
それでも。
あの男は、左の腕を一度も動かしていなかった。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)
よろしければ是非応援頂けますと幸いです。




