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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 数えるほど減る

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111/161

全部と、それでも③

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 リュカはまず段を見た。


 戦う前に荷の置き場を見るように。


 半月の形。弦にあたる側が尖ったものの根元。弧にあたる側が雲。


 自分は弧の端にいる。杭の列が上がってきたところだ。


 ゼクスは弦の真ん中。尖ったものを背にしている。


 あいだは十五歩ほど。


 ――近い。


 空き地の的は二十歩、三十五歩五十歩だった。十五歩で撃ったことはほとんどない。


 近いと振りが伸びきらない。角度が浅くなる。七つに挟まれた坂で二十二歩から撃ったとき、そう分かった。


 段の上には何もなかった。


 石も段差も隠れるところも。


 あるのは風だけだった。


---


 それから、ゼクスを見た。


 見切り《サク》。


 三年、溝鼠で覚えた。焼けたあと空き地で鎌翼にも使った。跳ぶ前に重さが載る場所。そこを見れば跳ぶ向きが分かる。


 ゼクスは立っていた。


 両足で。だが、重さは右に載っていた。


 ――左の腕が重いんだ。


 使わない腕はぶら下がっている。ぶら下がっている重さは、身体の左にある。左にある重さを右で釣り合わせている。


 だから、右に載っている。


 右に載っている者は、右へはすぐに動ける。


 左へは、一度重さを移してからでないと動けない。


 ――左が遅い。


 ほんの少しだ。息を一つ吸うより短い。


 だが遅い。


 リュカはそれを覚えた。


---


 槍の三つの環が鳴っていた。


 音だった。


 耳で聞く音だった。


 低い震える音。籠の綱が重い荷を吊ったときに鳴る音に少しだけ似ていた。


 環が白く光るにつれて、音が高くなっていった。


 ――高くなる。


 綱は乾くと音が高くなる。張ると音が高くなる。


 張っている。


 環の中で何かが張りつめていく。


 張りつめきったらどうなる。


 綱なら切れる。


 ――切れる前に離れろ。


---


 音がいちばん高くなった。


 リュカは右へ跳んだ。


 跳んだというより倒れた。弧の端から弧に沿って右へ。段の縁から外へ落ちないように。


 白いものがさっきまでリュカのいたところを通った。


 光だった。


 槍の先からまっすぐに一本の線が走った。


 線は段の縁のリュカが立っていたところに当たった。


 当たったところが白く光って、それから黒く焦げた。


 継ぎ目のない壁が。叩いてもこんとしか鳴らない壁が。


 焦げていた。


 焦げた跡は線だった。


 段の縁にまっすぐ黒い線が一本引かれていた。


 ――線。


 五層目で白い紙の上に指で線を引いた。ここまで行ったら戻るという線。


 縁でその線を指で少し先へずらした。


 紙の上の線は何も残らなかった。


 この線は残っていた。


 黒く焦げて段の縁に。


 リュカはそれをまたいだ。


 またいでそれが自分の引いた線ではないことを思った。


 この線を引いたのはあの男だった。


 ――白光《アルゲス》。


 リュカはその名を知らなかった。


 知らなかったが何が来たのかは分かった。


 音がいちばん高くなったら来る。


 白い線が走った瞬間ゼクスの右の肩に何かが見えた。


 点だった。


 小さな白い点。外套の上から透けるように。


 一瞬だけ。


 線が消えると点も消えた。


 ――石だ。


 右の肩に石がある。宿っている石だ。


 宿った石は見えなくなる。見えなくなった石が技を使うときだけ点になって見える。


 三年、上の連中が技を使うのを遠くから何度か見た。腕に線が走る者がいた。額に紋が浮く者がいた。


 この男は点だった。


 一つだけの小さな点。


 ――小さいのに。


 小さいのに壁を焦がした。


---


 リュカは自分の手を見た。


 震えていた。


 膝ではなかった。手だった。


 膝が震えるのは知っている。重い荷を下ろしたあとの膝。四十二本登った膝。


 手が震えるのは知らなかった。


 ――怖いんだ。


 リュカはそう思った。


 思って少しだけ驚いた。


 溝鼠に追われて、水路で何度も怖かった。空き地で鎌翼が子供を追ったとき怖かった。石の羽の坂で七つに挟まれて怖かった。


 それはどれも来るものが怖かった。


 これは違った。


 来るものの向こうに人が立っている。


 名前のある人が。


 撃つと決めて撃っている。


 ――決めて撃つ者がいる。


 溝鼠も、鎌翼も石の羽も決めてはいなかった。


 リュカは震える手を握った。


 握って開いた。


 開いた手はまだ少しだけ震えていた。


 震えたまま、つがえられるかどうかはつがえてみるまで分からない。


---


 ゼクスは動いていなかった。


 尖ったものの前から一歩も。


 槍の環はまた低い音に戻っていた。


 戻ってそれからまた少しずつ高くなっていく。


 ――間がある。


 撃ってから次まで間がある。


 環がもう一度張りつめるまでの間。


 リュカは数えた。


 一。二。三。


 音が少しずつ高くなる。


 十。十一。


 十五で半分。


 ――三十くらいだ。


 三十数えるあいだ次は来ない。


 リュカは外套の内側に手を入れた。


---


 投槍器を出した。


 杭を一本つがえた。


 つがえながら風を数えた。


 右から三つ。


 左から二つ。


 下から四つ。


 ――下からの四つで撃つ。


 下からの風は杭を持ち上げる。


 持ち上げられた杭は、まっすぐ飛ばずに浮く。


 なら、低く撃てばいい。浮くぶん低く。


 十五歩先のゼクスの膝の高さを狙えば浮いて、腰の高さに届く。


 腰の左側。


 ――左が遅い。


 十八。十九。


 右から三つ。


 二十二。


 左から二つ。


 二十五。


 下から。


 一つ目。


 リュカは撃った。


---


 杭が飛んだ。


 低く出て下からの風に持ち上げられた。


 浮いた。


 浮いてゼクスの左の腰のほうへ。


 ゼクスは動いた。


 右へ。


 一歩。


 速かった。右に重さが載っている者の右への一歩だった。


 杭はゼクスの左の腰があったところを通りすぎた。


 尖ったものの根元の壁に当たって、鈍い音がした。


 こん。


 当たって跳ね返って、段の床に落ちた。


 床を滑って段の縁から外へ。


 雲のほうへ。


 見えなくなった。


 ――一本。


 撃てる八本が七本になった。


---


 ロアンが口笛を吹いた。


「風読んでやがる」


 アステナは珠を一つ繰った。


「外れる」


 小さな声だった。


「今のは外れると読んだ。外れた」


 リュカはアステナを見なかった。


 見ずに聞いていた。


 ――外れると読んだ。


 この女は、撃つ前から外れると分かっていた。


 分かっていて、ゼクスに何も言わなかった。


 言う必要がなかったからだ。


 ゼクスは右へ一歩で避けた。左に重さを移さずに済む方向へ。


 ――左を狙えば右へ避ける。


 当たり前だった。


 遅いほうへ避ける者はいない。


---


 環の音が高くなっていた。


 二十。


 リュカは弧に沿って左へ動いた。


 ゼクスが右へ一歩動いたぶんあいだの向きが変わっていた。


 変わった向きをもとに戻すように左へ。


 二十五。


 二十八。


 音がいちばん高くなる少し前に、リュカは伏せた。


 段の床に腹をつけて。


 白い線が頭の上を通った。


 髪が少しだけ焦げる匂いがした。


 ――三十より少し早かった。


 二十八で来た。


 さっきは三十だった。


 ――縮めてきた。


 リュカは伏せたまま、それを覚えた。


---


 伏せたまま聞こえた。


 珠を繰る音だった。


 かち。かち。


 アステナが珠を繰っていた。


 繰る間が環の音と同じだった。


 ――数えてる。


 この女も環の音を数えている。


 自分の味方の槍の張りつめるまでを。


 あの日、この女はリュカの投槍器を見ながら、指を三本立てた。顔を見ずに三つ数え上げた。


 数える者だった。


 ――同じだ。


 リュカは伏せたままそう思った。


 同じことをしている者が向こうにもいる。


 向こうは珠で数える。


 こちらは頭の中で数える。


 珠は落としても数が残る。


 頭の中の数は自分が倒れたら消える。


 ――お前が死ねば消える。


 コルベルの声だった。頭の中にあるものも記録だ。ただし値がつかない。売れない。譲れない。


 リュカはまだ伏せていた。


---


 伏せたままリュカは考えた。


 ――撃つたびに外す。


 左を狙えば右へ避けられる。


 左を狙えば重さの載っている右へ一歩で避ける。速い。


 なら、右を狙えばどうなる。


 ――重さの載っているところを狙えば。


 溝鼠は跳ぶ前に後肢を寄せる。寄せた足が右なら左へ跳ぶ。


 鎌翼は脚の付け根に重さが載る。右に載れば左へ跳ぶ。


 重さの載っているほうへは跳べない。


 跳ぶには重さを反対へ移すからだ。


 ゼクスの重さは右に載っている。


 ――右を狙えば左へ避ける。


 左へ避けるには重さを左へ移す。


 左の腕がぶら下がっている左へ。


 遅い。


 リュカは伏せたまま、もう一度数えた。


 環の音。


 一。二。三。


---


 起き上がる前に、石の袋に手を入れた。


 布を詰めた鳴らない袋。


 布の隙間から石を一つつまみ出した。


 三年、宿らなかった石の一つ。


 七つに挟まれた坂で外れの石を投げて、音のほうへ降ろした。


 ここには石の羽はいない。


 音で動くものはいない。


 ――目で動く者がいる。


 リュカは石を握った。


---


 十五。


 リュカは起き上がった。


 起き上がりながら石を投げた。


 ゼクスの左へ。


 高く。


 石は弧を描いて、ゼクスの左の頭の上を越えていった。


 ゼクスの目が少しだけそれを追った。


 追ったのは目だけだった。


 顔は動かなかった。


 ――見た。


 見ただけで動かなかった。


 石は尖ったものの根元の壁に当たって、床に落ちた。


 からん。


 布の詰まっていない乾いた音だった。


 ――一つ。


 二十四個が二十三個になった。


 リュカはその一つが落ちる音を聞く前に、撃っていた。


---


 右を。


 ゼクスの右の腰を。


 下からの風の二つ目で。


 杭が低く出て浮いた。


 浮いて右の腰へ。


 ゼクスは動いた。


 左へ。


 ――遅い。


 重さが右から左へ移る。移るのに息を吸うより短い間がかかる。


 その間に杭が届いた。


 届いて右の腰の外套の裾をかすめた。


 かすめて通りすぎた。


 尖ったものの根元に当たって落ちた。


 今度は、外へ滑らなかった。


 ゼクスの足元から三歩のところで止まった。


 ――二本。


 撃てる八本が六本になった。


---


 ロアンが笑うのをやめていた。


「……おい」


 アステナの珠が止まった。


 止まってそれからまた動いた。


「当たると読んだ」


 アステナは言った。


「当たらなかった」


 ゼクスは自分の外套の裾を見なかった。


 リュカを見ていた。


 見ていたが少しだけ何かが違った。


 ――重さが真ん中に来た。


 右に載っていた重さがさっきの一歩で真ん中に移っていた。


 移ったまま戻していなかった。


 ――戻さないんだ。


 真ん中に重さを置けば左右どちらにも、同じ速さで動ける。


 右に載せていたのは楽だからだ。


 楽なほうをやめた。


 ――楽なほうを覚えると、戻れないです。


 リナンの言葉が来た。


 この男は楽なほうを覚えていない。


 覚えていないから、すぐにやめられた。


---


 環の音が高くなっていた。


 二十。


 二十二。


 リュカは弧に沿って右へ動いた。


 動きながら風を数えた。


 右から一つ。二つ。


 ――三つ目で。


 三つ目の右の風でリュカは、段の縁に伏せた。


 伏せた頭の上を白い線が通った。


 二十四だった。


 ――また縮めた。


 三十二十八二十四。


 次は二十か。


 十六か。


 縮めるたびに環の光が少しだけ弱くなっていた。


 焦げた跡もさっきより小さかった。


 ――急いで張ると弱くなる。


 綱もそうだ。慌てて張った綱は、ちゃんと張れていない。


 弱くなった光でも、当たれば焦げる。


 焦げるのが壁なら構わない。


---


「なぜ撃つ」


 ゼクスが言った。


 環の音のあいだに。


 リュカは伏せたまま顔を上げた。


「……通るために」


「通ってどうする」


「近くで見る」


「見てどうする」


 リュカは答えなかった。


 答えがなかった。


 ゼクスはそれ以上訊かなかった。


 訊かずに環の音を高くしていった。


 ――訊いて答えがなかったら、それ以上訊かない。


 自分がリナンにずっとしてきたことだった。


 この男はそれを自分にした。


---


 伏せたまま、リュカは足元の杭のことを考えた。


 二本目の杭は、ゼクスの足元から三歩のところに落ちている。


 拾えばまた撃てる。


 拾いに行くには、ゼクスの三歩手前まで行かなければならない。


 十五歩の十二歩ぶん。


 ――行けない。


 十二歩近づくあいだに環が二度張りつめる。


 一本の杭のために二度白い線をくぐる。


 ――拾えない。


 三年、撃った杭は拾ってきた。四十本撃って四十本、拾った。拾ってからまた撃った。


 空き地には撃ってくる者がいなかった。


 ここにはいる。


 リュカは落ちている杭を見た。


 自分の杭だ。トトが選んで、重さを量って、布に巻いてくれた一本。


 見えている。


 届かない。


 ――撃つたびに減る。


 撃てる六本。


 それを数に入れた。


---


 ゼクスが一歩、動いた。


 尖ったものの前で半歩、右へ。半歩、戻る。


 戻るとき足元の杭をまたいだ。


 蹴らなかった。


 拾いもしなかった。


 踏まないようにまたいだ。


 ――蹴れば雲へ落ちる。


 蹴ればリュカの杭が一本確かに減る。


 蹴らなかった。


 そこにあるものとしてまたいだ。


 リュカはそれを見ていた。


 見て何を思えばいいのか分からなかった。


 分からないまま、杭はそこにあった。


 ゼクスの足元から三歩。


 リュカから十二歩。


 見えている。


 届かない。


---


 ――三十本。


 鍛冶場の炉の脇の石の箱。


 トトが預かっている。残りの三十本。


 預かったものは、返すまで預かったもんだとトトは言った。


 空き地では四十本を撃って、四十本を拾った。


 四十本あれば、拾わずに撃ちつづけられた。


 ――四十本担いで登れねえのは、行く前から分かる。


 トトの言ったとおりだった。四十本を担いでいたら、筒の坂の途中で膝が抜けていた。


 十本で足りるかと訊いた。


 足りるかは行ってみなきゃ分からねえ、とトトは言った。


 行ってみた。


 塔の中で撃つのは、溝鼠のようなものだと思っていた。壁の中に棲む何かだと。石の羽は撃っても減らない。降ろすだけだ。


 人を撃つとは思っていなかった。


 ――人を撃ってる。


 リュカはそこで初めて、そう思った。


 自分が撃っているのは溝鼠でも、鎌翼でも石の羽でもなかった。


 人だった。


 名前を訊いた相手だった。


 リュカは投槍器を握り直した。


 握り直した手が少しだけ冷たかった。


 ――当たったら。


 当たったらどうなるのか。


 溝鼠に当たれば、溝鼠は動かなくなった。鎌翼に当たれば落ちた。


 人に当たったら。


 リュカはその先を数えなかった。


 数えないまま、撃つ手だけが残っていた。


 残っている手で撃つしかなかった。


---


 二十で来るようになったとき、リュカは段の縁の杭の列が上がってきたところにいた。


 音が高くなっていった。


 十六。


 十八。


 ――伏せる場所がない。


 縁の近くは狭かった。弧の端で段の幅が細くなっている。伏せれば足が縁から出る。


 跳べば縁の外だ。


 ――下がる。


 退き足《ネヴォ》。


 後ろへ下がりながら防ぐ。三年、溝鼠に追われて、水路の中で覚えた。


 後ろには何もない。


 段の縁の外は雲だ。


 だが、真下には杭がある。


 五十九本目。五十八本目。登ってきた杭の列。


 ――下がる場所はある。


 十九。


 リュカは段の縁に手をかけて、後ろ向きに身体を落とした。


 落ちながら、五十九本目の杭の頭を足で探った。


 探り当てた。


 足が載った。


 手が段の縁をつかんでいた。


 頭の上を白い線が通った。


 段の縁を焦がして。


 焦げた匂いが上から落ちてきた。


---


 リュカは杭に足を載せたまま、段の縁にぶら下がっていた。


 頭は段の下。


 ゼクスからは見えない。


 ――沈み《ハウ》。


 気配を薄くする。


 見えないところで気配を薄くすれば、どこにいるのか分からなくなる。


 三年、石畳の上で足音と一緒にそうしてきた。


 十。


 二十。


 環の音が高くなっていく。


 ゼクスは撃たなかった。


 撃つ先が見えていないからだ。


 ――待ってる。


 あの男は待っている。


 リュカが顔を出すのを。


 顔を出したところへ撃つ。


 ――顔を出さなければ撃たない。


 リュカは杭の上で息をゆっくり吐いた。


 吐きながら考えた。


 ――ここから戻れる。


 杭は下へ続いている。十七本目の煤の段まで。リナンのところまで。


 今、手を離して、杭を下りれば戻れる。


 ゼクスは追ってこない。尖ったものの前から離れない男だ。


 ――戻れる。


 戻れると分かった。


 分かってそれからリュカは、段の縁にもう一度手をかけ直した。


 ――戻らない。


 なぜ戻らないのかを自分に訊いた。


 訊いて答えがすぐには出なかった。


 出なかったが手は段の縁を離さなかった。


---


 環の音がいちばん高くなって、それから少しだけ下がった。


 ――撃たなかったぶん張ったまま待ってる。


 張りつめた綱を張ったまま、持っている。


 籠の止め木をドランは、一度には引かなかった。


 少しずつ引いて、少しずつ速さを落とす。一度に引けば籠が跳ねる。三年、籠に乗って腹の底で覚えた。


 張ったものは、張ったままではいられない。


 ――張ったまま持ってる綱は放すしかない。


 放すときを選ぶのは持っているほうだ。


 リュカは段の縁から顔を出さなかった。


 代わりに左手を縁の上へ出した。


 手だけを。


 指を開いて。


 白い線が来た。


 手の少し上を通った。


 指の先が熱かった。


 熱いのではなかった。痛かった。


 熱くないのに痛い。焦げた壁と同じだった。


 ――今だ。


 放した直後は空だ。


 リュカは段の上へ身体を引き上げた。


 引き上げて、弧に沿って、右へ転がった。


 環の音は、低いところからまた上がりはじめていた。


---


 転がった先でリュカは、さっきまでぶら下がっていた縁を見た。


 白い線は縁の上を焦がしていた。


 縁の下は焦げていなかった。


 五十九本目の杭も。五十八本目も。


 ――撃てた。


 手だけを出したとき、あの男は手の少し上を撃った。


 手を撃てば手が焦げる。杭を撃てば杭が焦げる。


 縁ごと撃てば自分は杭ごと落ちていた。


 撃たなかった。


 下へ続く杭の列は、一本も焦げていなかった。


 ――下りる道は焼かない。


 戻れとこの男は言った。


 戻る道を残している。


 残したまま通さない。


 リュカは、それをどう数えればいいのか分からなかった。


 親切なのか。


 それとも、戻る者しか相手にしないということなのか。


 分からなかった。


 分からないまま、焦げていない杭の頭を一度だけ見た。


 見て目を上へ戻した。


---


 指の先を見た。


 左手の人差し指と中指。先が白くなって、それから赤くなっていた。


 握ってみた。


 握れた。


 握ると痛かった。


 ――握れるならいい。


 杭は右手で撃つ。左手は二本目を挟む手だ。


 挟む指が痛い。


 痛いまま挟めるか。


 分からなかった。


 分からないものは試すまで分からない。


---


 ロアンが腰の後ろに手を回していた。


 さっきからずっとそこに指が触れていた。


 今は触れているだけではなかった。握っていた。


 弦が何本も張ってある小さなもの。弦の下に短い筒が一つになってついている。


「……ロアン」


 アステナが珠を繰りながら言った。


「手を出さない」


「出してねえよ」


「握ってる」


「……握ってるだけだ」


 ロアンはそう言って、握ったまま、動かなかった。


「ゼクスが一人で立つと決めた」


 アステナは言った。


「わたしたちは三歩下がってる。それがゼクスの決めたこと」


「分かってるよ」


 ロアンは握った手を少しだけ緩めた。


 緩めてそれからリュカのほうを見た。


 見て何か言いかけてやめた。


 ――まそう尖るなよ。


 あの日、この男はそう言った。


 今は言わなかった。


---


 ――三歩下がってる。


 リュカはその三歩を見た。


 ロアンは段の縁のそば弧の右の端から三歩、内へ。


 アステナは左の壁際。座ったまま。


 ゼクスは白い線を何度も撃った。撃つたびにリュカは、焦げた跡の向きを見ていた。


 焦げた跡は全部弧のほうへ向いていた。雲のほうへ。


 壁際へ向いた跡は一本もなかった。


 ――撃たない向きがある。


 アステナのいるほうへは撃たない。


 ロアンのいるほうへも。


 当たり前だった。仲間だ。


 当たり前だから使える。


 リュカは弧に沿って左へ動いた。弧の左の端から壁際へ。


 ゼクスと自分とアステナが一本の線の上に並ぶところまで。


 自分の背中の三歩向こうにアステナが座っている。


 環の音が高くなっていった。


 二十。


 二十二。


 来なかった。


 いちばん高いところまで上がって、そこで止まった。


 ゼクスの槍の先が少しだけ下を向いた。


 ――撃てない。


 撃てば外れたときに、白い線がアステナのほうへ行く。


 リュカはそこで初めて、息を長く吐いた。


 吐いてつがえようとした。


 そのとき、アステナが立ち上がった。


 珠を手に握ったまま。


 急がずに壁際を離れて、段の真ん中のほうへ三歩、歩いた。


 歩いてまた座った。


 線の上から外れたところに。


 座りながら言った。


「読んだ」


 それだけだった。


 白い線が来た。


 リュカは跳んだ。


 跳んだ足のすぐ後ろの床が焦げた。


 ――読まれた。


 並んだらどくと。


 どいたらすぐに来ると。


 リュカは転がりながら、それを覚えた。


 仲間を盾にしても、仲間が自分でどく。


 どく者を盾にはできない。


 ――使えるものが一つ減った。


 減ったのを数に入れた。


 数に入れるものが増えていく。


 増えていくのは減ったものの数だった。


---


 転がって膝をついたとき、リュカの手が勝手に胸に行った。


 三年の癖だった。


 石を入れているあいだ何かあると、胸に手が行く。宿ったかどうかを確かめるように。


 確かめられないのは分かっている。宿った石も、宿らない石も肌の温度になる。


 それでも手が行く。


「胸に石がある」


 アステナが言った。


 珠を繰りながら。


 リュカは手を胸から離さなかった。


「……ある」


「何日目」


「六日目」


 アステナの指が珠を一つ繰った。


「あと四日」


「あと四日だ」


「外れると読む」


 アステナはそう言った。


 言ってから少しだけ指を止めた。


「……今日わたしの読みは一度、外れた。当たると読んだ杭が当たらなかった。二度目も外れるかもしれない」


 リュカは胸から手を離した。


「外れる」


 リュカは言った。


「三十二回、外れた。三十三回目もたぶん外れる」


 アステナは珠を繰る指を止めたまま、リュカを見た。


「……外れると分かって入れてるの」


「入れないと、外れたかどうかも分からない」


 アステナは何も言わなかった。


 しばらくして、珠をまた繰りはじめた。


 繰る音がさっきより少しだけ遅かった。


---


 それから長かった。


 リュカは弧に沿って動いた。


 環の音を数えた。


 二十。十八。


 縮んでいく。


 縮んでいくたびに伏せた。跳んだ。転がった。


 段の縁から外へは一度も出なかった。


 出れば雲だ。


 縁に近いところを動くとき、下からの風が外套の裾を持ち上げた。


 持ち上げられると、身体が少しだけ軽くなる。


 軽くなった身体は、跳ぶと少しだけ遠くへ行く。


 ――風を使える。


 リュカはそれも覚えた。


 下からの四つで跳べば少しだけ遠く。


 左からの二つで転がれば、少しだけ右へ流れる。


 風を数えて動いた。


 三年、物干し綱の辺りで右から左へ一度押される風を毎朝、見てきた。


 見る風は一つだった。


 ここでは三つの風を半日で覚えた。


 ――半日で覚えられる。


 覚えなければ落ちる。


 落ちる場所で覚えるものは速い。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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