全部と、それでも①
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
白い光は朝まで動かなかった。
空が白くなって、雲の床と境がなくなって、東の端が黄色くなっても、てっぺんの少し下で白いまま、そこにあった。
日の光が壁を照らしはじめて、ようやく白い光は日の光の中に紛れた。
紛れただけで消えてはいなかった。
リュカは煤の段に背をつけたまま、胸に手を当てた。
三十三個目がそこにある。
六日目。
あと四日。
手を当てたまま、しばらく何もしなかった。
三年、朝はそうしてきた。石が肌の温度になっているのを確かめるのではなくただそこにあるのを手で知る。
それから、外套の内側を数えた。
杭の布巻き。撃てる八本。
曲がった一本は石の袋の口。
石の袋。二十四個。布を詰めて鳴らない。
投槍器。胸の前。
紙。白い紙。
殻が二つ。
――ある。
きのう帯を切った。二つになった帯の片方は、リナンが握っている。もう片方は短くなって、自分の外套を留めている。
なくなったものはない。
形が変わっただけだ。
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隣でリナンが眠っていた。
最後の千を数えたのはリナンだった。数え終えて、リュカの肩に手を置いて、それから自分で目を閉じた。
目を閉じる前に上を見ていた。
今は帯の片方を胸の前で握ったまま、眠っていた。
リュカは起こさなかった。
起こさずに水袋を見た。
リナンの腰に二つ。
大きいほうはゆうべ高く鳴った。残り十口くらい。
バルの革袋は四十三口。
――動かした線まで十六口。
大きいほうの十口を飲んで、バルのほうから六口。
そこが線だ。
線の向こうは戻る水だ。三十七口。地上層の二日と塔を下りる一日半と根元で休むぶん。
戻る水には手をつけない。
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リナンが目を開けた。
開けてまず上を見た。
それから、リュカを見た。
「……おはようございます」
「おはよう」
リナンは少しだけ笑った。
「今日ははいじゃないんですね」
「言い間違えない」
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水を一口ずつ飲んだ。
――動かした線まで十四口。
飲んでからリュカは言った。
「リナン。今日はここにいろ」
リナンの手が水袋の栓の上で止まった。
「……ここに」
「この段に。俺が上へ行く」
「わたしは」
「ここで待て」
リナンはすぐには答えなかった。
水袋の栓を締めた。締めて膝の上に置いた。
「……腕が上がらないからですか」
「腕もある」
リュカは言った。
「きのう、四十本目で止まった。今日はそれより上へ行く。四十本目から上に段があるかどうか分からない。段がなければ止まれない。止まれないところでお前の腕が止まったら」
リュカはそこで言葉を切った。
切ってから言った。
「俺は片手でしかお前を押さえられない」
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「……それだけですか」
リナンが言った。
リュカはリナンを見た。
リナンは上の白い光のほうを見ていた。
「上にあの人たちがいます」
「いる」
「会いに行くんですよね」
「……近くまで行って言う」
「何をですか」
「名前を訊く」
リナンは少しだけ黙った。
「それだけですか」
二度目だった。
リュカはすぐには答えられなかった。
――それだけか。
名前を訊く。上を見る。
それだけのつもりで行く。
それだけで済むのかどうかは行ってみないと、分からない。
「……分からない」
リュカはそう言った。
「それだけで済むか分からない。だから、お前はここにいろ」
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リナンは膝を抱えた。
抱えて上を見た。
付け根が縮んでいた。
布の下でゆっくりと引きつるように。
「……待つのはわたし上手です」
リナンはそう言った。
「三年、待ってたので」
「……」
「何を待ってたのかは、分からないですけど」
リナンは顔を上げずに続けた。
「待つのは上手です。だからここにいます」
リュカは頷いた。
頷いてから自分が少しだけ安心したのに気づいた。
安心したのが少しだけ恥ずかしかった。
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リュカは、きのう切った帯の片方をリナンから受け取った。
受け取って、リナンの胸の前の翼の布の結び目に通した。
もう一方の端を段の上の杭に結んだ。
十七本目の少し上の杭。煤の段のすぐ横に打ち込まれている一本。
ほどけない結び方で。
引けば引くほど締まる結び方で。
「……結ぶんですか。座ってるのに」
「寝たら緩む」
「寝ないです」
「寝なくても風が来る」
リュカは結び目を一度だけ引いて、締まるのを確かめた。
「ほどけない。お前が自分でほどこうとしても、ほどけない」
「……じゃあどうやって、ほどくんですか」
「俺が戻ってきて切る」
リュカは、外套の内側から色の抜けた欠片を出した。
二つ残った尖った殻の一つ。
それをリナンの手に握らせた。
「戻ってこなかったらこれで切れ」
リナンは欠片を握ったまま、リュカを見た。
しばらく何も言わなかった。
「……戻ってこなかったらって」
「言っただけだ」
「言わないでください」
リナンはそう言った。
言い切った。
「戻ってきて切ってください。リュカくんが」
リュカは少しだけ黙った。
「……戻ってきて切る」
リナンは、欠片を帯の結び目の横に挟んだ。
挟んで指で一度だけ押さえた。
「ここに置いておきます」
「……」
「使わないので。置いておくだけです」
リナンはそう言って膝を抱えた。
抱えてそれから小さく言った。
「バルさんの袋と同じです」
「……同じか」
「開けないと減らないので」
リュカはそれ以上何も言わなかった。
言わなくてもたぶん足りていた。
---
水袋は二つともリナンの腰に残した。
「……持っていかないんですか」
「持っていくと上で飲む」
リュカは言った。
「上で飲むのは大きいほうの残りだけだ。それは戻ってきてから飲む。戻る水はここに置いておく」
「喉が」
「喉は乾いてる。乾いてるのは分かってる」
リュカはもう一口だけ飲んだ。
大きいほうから。
――十三口。
リナンが言った。
「……今、一口、多いです」
「言った」
「言いましたね」
リナンは少しだけ笑った。
「わたしも一口飲んでいいですか」
「飲め」
リナンが一口、飲んだ。
――十二口。
「合わせました」
「合わせなくていい」
「合わせたかったので」
リナンは栓を締めて、袋を腰に戻した。
戻してから言った。
「百息に一度、見ます」
「……見えないところもある」
「見えるところで見ます」
リナンはそう言った。
「見えないところは数えて待ちます。百息で一度」
下の坂で後ろからそうしてきた声だった。
来てないです。来てます。遠いです。
今日はそれが下から来る。
声は届かない。
届かないが数は続く。
「……分かった」
リュカはそう言った。
---
リュカは段の縁から下を見た。
見ていいと思った。
自分には翼がない。
十七本の杭が壁の縁を根元まで下りていた。その先に筒の縁。筒の縁の欠けたところ。張り出した段。
ゆうべの前の夜そこに座っていた。
縁の向こうに雲の床。雲の床のずっと向こうに細い灰色の線が一本立っている。
――ここまで来た。
来たぶんを一度だけ全部、見た。
見てから上を見た。
上のほうが短かった。
短いのに上のほうが遠く見えた。
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「リュカくん」
リナンが膝を抱えたまま言った。
「うん」
「上であの人たちに会ったら」
リナンはそこで言葉を止めた。
止めてしばらく何も言わなかった。
リュカは待った。
待つのは訊くのとは違う。
訊けば言わなければいけなくなる。
待てば言いたいときに言える。
「……会ったら何て言うんですか」
リナンはやっとそう言った。
言いたかったのは、たぶんそれではなかった。
それでも、言えたのはそれだった。
「名前を訊く」
「それは聞きました」
「それから」
リュカは少し考えた。
「それから上を見る」
「……近くでですか」
リュカは答えなかった。
答えなかったことが答えになった。
リナンは膝に顔を半分埋めた。
「……近くで見たいんですね」
「……分からない」
「分かってると思います」
リナンはそう言った。
言い切りかけて、最後のところで声が消えた。
「……と思うんですけど」
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支度は少なかった。
投槍器は胸の前外套の内側。杭の布巻きも、外套の内側の紙のあるほうに。
撃てる八本。
曲がった一本は、石の袋の口に差したまま。
石の袋は肩に。布を詰めた鳴らない袋。二十四個。
短くなった帯で外套を留め直した。
それから、十八本目の杭に手をかけた。
壁の縁を回って向こう側の面へ。
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一人で登るのは速かった。
両手が空いている。
右手で杭をつかんで、左手で次の杭へ。足を下の杭に載せる。つま先で伸びる。
拳半分、遠い間。
ゆうべ、二十三本下りながら、指が覚えた間だった。
覚えた間は登るときにも使えた。
二十本目。
二十五本目。
下から風が壁の面を這い上がってきた。
乗る風だ。
リュカには翼がない。乗る風は、外套の裾を持ち上げるだけだった。
――この風できのうリナンの翼が外へ浮いた。
リュカは振り返らなかった。
振り返れば首が動く。首が動いてもリュカは落ちない。
それでも、振り返らなかった。
振り返ったら戻りたくなる。
塔に入る日の朝そう思った。焼いた肉の匂いの小屋の前で振り返らなかった。
あのときと同じだった。
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三十本目。
三十五本目。
四十本目でリュカは、杭の頭に指を当てた。
きのう、リナンの腕が止まった杭だ。
リナンが紐にぶら下がって、目を閉じていた杭。
その隣の杭の頭に帯の結び目が残っていた。殻で切った先の短い端ごと。
ほどけない結び方だ。引けば引くほど締まる。
リュカはそれを指で一度だけ触った。
ほどかなかった。ほどけないものは置いていく。
――ここまでが来たぶんだ。
ここから先はまだ来ていない。
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一人で登るのは、塔に入ってから初めてだった。
ずっと後ろか前にリナンがいた。
後ろにいるときは百息に一度声がした。来てないです。来てます。遠いです。
前にいるときは翼を見ていた。翼の上と天井。翼の先と風。
今はどちらもなかった。
自分の息の音だけがした。
――静かだ。
三年、一人だった。屋根裏で一人で寝た。空き地で一人で撃った。
静かなのには慣れていた。
慣れていたはずだった。
四十一本目でリュカは、一度だけ下を見た。
壁の縁のずっと下。煤の段。
小さな影が座っていた。
膝を抱えて上を見ていた。
こちらを見ていた。
――見てる。
手は振らなかった。
振れば片手になる。
片手で杭は握っていられる。
振らなかったのは振れば、何かを言ったことになる気がしたからだ。
言うのは戻ってきてからだ。
---
四十本目から上は初めてだった。
杭の頭の四角い角が指の腹に食い込んだ。
きのうより少しだけ深く。
きのうは片手だった。もう片方の手は、リナンの翼の先を押さえていた。
今は両手だ。両手のぶん一本ごとの重さは半分になる。
半分になったぶん速く登れる。
速く登れるぶん一本ごとに指が覚える暇が少ない。
四十五本目。
五十本目。
壁が細くなっていた。
一枚の壁の厚みは、根元では両腕を広げたくらいあった。今は片腕を伸ばしたくらいしかない。
細くなったぶん風が両側から来る。
こちらの面を這い上がってきた風と向こうの面を這い上がってきた風が壁の縁でぶつかってねじれる。
ねじれた風が外套を右へ左へ引いた。
リュカは杭をつかむ手を緩めなかった。
――風が読めない。
空き地では物干し綱の辺りで一度だけ右から左へ押された。二十歩の的の手前。三年、毎朝、見てきた。焼けてからはその風が三十歩へ移った。
ここの風は一度ではなかった。
右へ。左へ。下から。
五十本目の杭の上でリュカは、しばらく風を数えた。
右。一二三。
左。一二。
下から。一二三四。
右。一二三。
――順番がある。
右が三つ。左が二つ。下が四つ。また右が三つ。
まったく同じではない。だが、だいたいその順番で来る。
壁の両側の風が交互に勝っている。勝つ順番がだいたい決まっている。
リュカはそれを覚えた。
覚えてまた杭に手をかけた。
---
五十二本目で上から声が聞こえた。
話し声だった。
風がねじれるたびに途切れた。
「――来るぞ坊主が」
軽い声。ロアンだ。
「――分かってる」
女の声。低くて平らな声。
「――翼の子は置いてきたみたいだな。一人だ」
「――一人のほうが速い。速いのは読める」
「――読めるのか」
「――登る速さは読める」
女の声が少しだけ止まった。
「――あの子が何をしに来るのかは読めない」
それから、風がまたねじれた。
声は届かなくなった。
リュカは杭をつかんだまま、少しだけ止まっていた。
――翼の子。
リナンをそう呼んだ。
三番街でもそう呼ぶ者がいた。翼の子。名前ではなくすることでもなく見たとおりに。
――何をしに来るのかは読めない。
自分でも読めていなかった。
名前を訊く。上を見る。
それだけのつもりで登っている。
それだけのつもりのものをあの女は、読めないと言った。
---
五十五本目で上から声がした。
「――よう」
軽い声だった。
風が横へ持っていかなかった。真上からまっすぐに落ちてきた。
近かった。
「坊主だろ。やっぱりそうだ」
リュカは顔を上げた。
四本ほど上に壁が終わっていた。
終わっていたのではなかった。壁の縁がそこで外へ張り出して、平らな段になっていた。
煤の段よりずっと広い。十人が並んで座れるほどの半月の形の段。
その縁から男が一人顔を出していた。
目尻に深い皺。
笑っていた。
---
「ロアン」
リュカが言った。
男の笑い方が少しだけ変わった。
「お覚えてたか」
「名乗った」
「名乗ったな。こっちの名前を覚えてる下の坊主は珍しい」
ロアンは段の縁に肘をついて、リュカを見下ろした。
「ゆうべ下にいたろ。白い光見えてたか」
「見えてた」
「だよな。あの光は隠せねえんだ」
ロアンは後ろを振り返った。
「――おい。来たぞ」
返事はなかった。
ロアンは肩をすくめて、またリュカを見た。
「上がってこいよ。そこじゃ話もできねえ」
---
リュカは残りの四本を登った。
最後の一本の上で段の縁に手をかけた。
かけて身体を引き上げた。
段の上に膝をついた。
膝をついてそれから見た。
見る前に手が帯に行った。
帯には何も差していなかった。曲がった杭は石の袋の口だ。
リュカは、石の袋から曲がった杭を抜いた。
抜いて段の床を叩いた。
こん。
もう一度。少し離れたところを。
こん。
――いない。
三年の癖ではなかった。この五日の癖だった。
五日で癖になっていた。
---
段は半月の形だった。
壁の縁から外へ張り出している。張り出した先は雲だった。
段の奥に壁がまだ続いていた。
だが、もう壁ではなかった。
細くなって尖っていた。
段の奥から尖ったものが一本上へ伸びている。人の背丈の四つぶんほど。
――てっぺんだ。
その先が尖って空を指していた。
尖った先の少し下に何かが光っていた。
白い光ではなかった。
青い小さな光だった。
尖ったもののこちら側の面に窪みがあって、その中で青く光っていた。
――星だ。
リュカはそう思った。
なぜそう思ったのかは分からなかった。
分からなかったがそう思った。
それから、リュカは尖った先のもっと上を見た。
何もなかった。
空だった。
雲の床はずっと下にあった。
空は尖った先の上からどこまでも、続いていた。
――上はもうない。
筒の坂でリナンがそう言った。上に着いたら、上はもうないんじゃないですかと。
ないのではなかった。
あった。
あったが届かなかった。
尖った先から上は杭も壁も段もない。
登るものがない。
――ここが登れるところのいちばん上だ。
上はある。
ただもう登れない。
リュカは、それをリナンに言おうと思った。
言うのは戻ってからだ。
---
段の上に三人いた。
ロアンが縁のそばに。
左の壁際に女が一人座っていた。膝の上に短い杖を置いている。杖ではなく手の中の小さな珠を指で繰っていた。
アステナだった。
顔を上げなかった。
珠を繰る指だけが動いていた。
そして段の奥。尖ったもののすぐ前に、男が一人立っていた。
背が高い。
白に近い髪。
左の腕が身体の横に下がっていた。
右の肩に細い槍を負っていた。柄に金属の環が三つ通してある。飾りはない。
槍は白く光っていた。
男は尖ったものを背にして、リュカを見ていた。
表情がなかった。
あの日と同じだった。
---
「叩くんだな」
ロアンが言った。
リュカが曲がった杭を石の袋に戻すのを見ていた。
「下の坂の壁の連中か。音で動くやつ」
「……石の羽」
「石の羽。いい名前だ」
ロアンは笑った。
「俺たちは音石で散らした。鳴らして遠くへ放ると、そっちへ降りる。その隙に抜けた」
――音石。十二シャルド。
市で値札を見たことがある。三年、一度も買わなかった。
「何個、使った」
リュカは訊いた。
訊いてからなぜ訊いたのか自分でも分からなかった。
「何個だっけな。アステナ」
「十一」
アステナが顔を上げずに言った。
「十一個」
――百三十二シャルド。
リュカは頭の中で数えた。
数えてからそれが運賃の四百の半分にも届かないことに気づいた。
届かないのに、自分は一つも買えなかった。
外れの石を投げて、叩いて息を止めて、一つずつ通ってきた。
この三人は同じことを買った石でした。
――買って済ませた。
石を砕いて、疲れを済ませたのと同じだった。
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段の上には荷があった。
壁際に三つ。
革の背負い袋。どれも、リュカの石の袋よりずっと大きい。
一つの口から鉄の杭の束が頭を出していた。四角い頭。打ち込まれていたのと同じ杭だ。まだ十本以上ある。
その横に鎚。柄の短い頭の重い鎚。
油皿。煤で黒くなっている。
それから水袋。
四つ。五つ。
どれも丸く膨らんでいた。
――満ちてる。
満ちている水袋は鳴らない。振らなくても分かる。丸いからだ。
リュカは、自分の喉が勝手に鳴ったのを聞いた。
ロアンがそれに気づいた。
「飲むか」
ロアンは水袋の一つを持ち上げた。
「唇割れてるぞ。何日飲んでねえ顔だ」
「……飲んでる」
「何口」
「……数えてる」
ロアンは少しだけ笑った。
「数えてる顔だな」
ロアンは、水袋をリュカのほうへ軽く振った。
「ほら」
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リュカは手を伸ばさなかった。
――借りれば線が動く。
杭は借りた。他人の杭でここまで登った。
水を借りれば線がまた動く。
戻る水が増える。増えれば上へ使える水が増える。
増えればもっと上にいられる。
――もっと上にいる理由ができる。
ここで名前を訊いて、上を見て戻る。そのつもりで来た。
水を借りれば、戻らなくていい理由が一つ増える。
増えた理由に自分はたぶん乗る。
乗る風が来ると、リナンの付け根が縮む。
自分には付け根がない。
縮まないぶん乗ってしまう。
「……いい」
リュカは言った。
「下にある」
「下に?」
「戻る水は下に置いてきた」
ロアンは水袋を持ったまま、少しだけリュカを見ていた。
「……戻る水ね」
それから、水袋を荷の横に戻した。
「変わった坊主だ」
それから、ロアンは段の縁から下を覗いた。
「翼の子は」
「……下にいる」
「置いてきたのか」
「待ってる」
ロアンは下を見たまま、少しだけ黙った。
「待ってるね」
軽い声だった。
軽いのにすぐには、次の言葉が来なかった。
「……あの子けさずっとこっちを見てたぜ。目覚ましてから」
リュカは答えなかった。
知っていた。
目を開けてまず上を見た。ゆうべも、目を開けているあいだずっと上を見ていた。
見ていたのを上からも見られていた。
「見えるんだよ、ここからだと」
ロアンはそう言って、縁から顔を上げた。
「下は全部」
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)
よろしければ是非応援頂けますと幸いです。




