水と、残りの日②
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
五層目では寝なかった。
一万息がまだ来ていない。
来ていないならまだ同じ日だ。
それにここで長く止まれば、下の五つが近くなる。
百五十息座っていた。
リナンの息が少しだけ戻った。
「行けるか」
「行けます」
リナンは立ち上がった。
立ち上がって、左の翼の布を指で確かめた。
胸の前の結び目は緩んでいなかった。
「……来てます」
立ち上がったまま、リナンが言った。
「遠いですか」
リュカが訊いた。
訊いてからそれが自分の問いではないことに気づいた。いつもはリナンが言う。
リナンは少し耳を澄ませた。
「……さっきより少し」
「少し」
「少し近いです」
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五層目からまた坂だった。
こん。
一歩。
リナンの息で三息。
こん。
一歩。
百息に一度後ろから声がした。
「来てます。少し近いです」
同じ言い方が四回続いた。
五回目で変わった。
「来てます。……近いです」
少しが取れた。
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リュカは叩くのを止めた。
止めて坂の縁から下を見ないようにして、耳を澄ませた。
聞こえた。
擦れる音だ。
壁に何かが貼りついたまま滑っている音。
石を石の上で引きずるような低い長い音だった。
一つではなかった。
重なっていた。
――二つか三つ。
分からないものは多いほうで数える。
五つ全部。
「……どれくらい下だ」
「分かりません」
リナンの声が少し高くなっていた。
「一つの坂くらい下だと思います」
一つの坂。
四層目から五層目までリナンの息で四千二百。
それをあれは休まずに上がってくる。
こっちが五層目で座っていた百五十息のあいだに近くなった。
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「リナン」
「はい」
「一万息まで止まらない」
「……はい」
「一万で夜にする。夜にしたら千で起こせ」
「はい」
「夜のあいだに近くなったら起こせ。近いって言ったらすぐ起こせ」
「……起こしたらどうするんですか」
リュカは少し考えた。
考えて言った。
「上がる」
「夜にですか」
「夜は決めたものだ。決めたものはやめられる」
リュカは壁を叩いた。
こん。
「一万息で夜にするのも俺が決めた。追われたら夜の途中でも上がる」
リナンはしばらく黙っていた。
それから言った。
「……眠れないですね」
「眠れない」
リュカはそう言った。
「でも、上がれる」
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一万息は坂の途中で来た。
平らなところではなかった。
坂の上で夜にするしかなかった。
幅は人一人ぶん。外側が壁で内側は何もない。
横になれない。
リュカは壁に背をつけて、坂の上に座った。
脚は坂の下へ向けた。内側の縁から足の先が出ないように、膝を立てた。
リナンはリュカの上の坂に座った。
坂が傾いているので、リナンの頭のほうが少し高かった。
――同じ高さじゃない。
昨日は横になって、同じ高さだった。
今日は違った。
内側の縁は、リュカの足の先から拳二つぶんしかなかった。
寝れば身体が緩む。緩めば脚が伸びる。伸びれば足が縁から出る。
リュカは右の踵を坂の上に立てた。
立てた踵に体重を少しだけかけた。
――こうしておけば寝ても、踵が滑れば起きる。
三年、屋根裏の梯子の上がり口で寝たことがある。荷の多い日梯子を上がりきる力が残っていなかった夜だ。
あのときも踵を立てた。
落ちなかった。
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「翼の布解くか」
「解きません」
リナンは言った。
「解くと畳み直さないといけないので。畳み直すと壁に当たります」
「……当たると鳴る」
「はい」
リナンは布を締めたまま、壁に肩をつけた。
翼の付け根が壁に押されて、窮屈そうだった。
窮屈なまま目を閉じた。
「先にわたしが寝ますか」
「先に寝ろ」
リュカは言った。
「お前のほうが息が速い。速いほうが先に休む」
リナンは言い返さなかった。
言い返す息が残っていなかった。
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リュカは千を数えた。
下から擦れる音がした。
遠い。
だがさっきより近い。
喉が渇いていた。
大きい水袋はリナンの腰にある。リナンは寝ている。手を伸ばせば届く。
一口なら音もしない。
リュカは手を伸ばさなかった。
――飲んだら言う。
五層目でそう言った。
言うのは構わない。言えば線が一口ぶん近くなる。それだけだ。
だが、寝ている人の腰から黙って外して飲んで、起きてから言う。
それは言うのとは違う気がした。
リュカは、割れた唇を舌で一度だけ湿らせた。
湿らせたぶんも、たぶんどこかで減っている。
数えられない減り方だった。
千を数えてリナンを見た。
寝息は浅かった。
浅いが寝ていた。
――起こすか。
千で起こせと自分で言った。間違えるなと言った。
言ったのは起こす側のリナンにだった。
起こす側が自分のときのことを考えていなかった。
リュカはもう千と思った。
思ってやめた。
――昨日の決めごとを取り下げた。
今日は取り下げたほうを守る。
リュカはリナンの肩に手を置いた。
「……替わる」
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リナンが目を開けた。
開けてすぐに下を見ないようにして、耳を澄ませた。
「……近いです」
「さっきより」
「さっきより」
リナンはそう言ってからリュカを見た。
「寝てください。千で起こします」
「起こせ」
リュカは壁に頭をつけて、目を閉じた。
閉じても擦れる音は聞こえた。
聞こえるものを聞こえないことにはできない。
三年、屋根裏で梯子の三段目が鳴るのを寝ながら聞いてきた。誰が上がってくるのか音で分かった。
この音は誰の音でもなかった。
---
眠る前にリナンが小さく言った。
「リュカくん」
「……うん」
「戻ったらヴェスナさんに何て言いますか」
リュカは目を閉じたまま、少し考えた。
戸は閉めていくんだよ、とあの朝ヴェスナは言った。
戸は焼けていなかった。リュカは、焼け残った柱に手を触れて出てきた。
「……戸は閉めていったって言う」
「それだけですか」
「それだけだ」
リナンは少しだけ息で笑った。
「ヴェスナさん知ってますよ。見てたので」
「知ってても言う」
「……じゃあわたしは」
リナンはそこで言葉を止めた。
止めたまま続きを言わなかった。
リュカは続きを待たなかった。
待てばこの人は、言わなければいけなくなる。
擦れる音が下からまだ聞こえていた。
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起こされたのは千よりずっと早かった。
「リュカくん」
肩を揺すられた。
「近いです。……近いです」
リュカは目を開けた。
擦れる音が大きかった。
下を見た。見てしまった。
坂の縁のさらに下。一つ下の坂の壁に灰色の面がゆっくりと上がってくるのが見えた。
一つ。
その少し下にもう一つ。
――見える距離だ。
見える距離は二百歩より近い。
リュカの手が石の袋に行った。
――囮を投げるか。
七つに挟まれた坂では外れの石を投げて、音のほうへ降ろした。
石は二十四個ある。
だが、ここで投げれば、下の二つは音のほうへ行く。
上にいるかもしれないものも、音のほうへ来る。
降ろしたものはまた上がってくる。昨日それを見た。
投げて稼げるのは少しの時間だけだ。
少しの時間のために石を減らして、上のものを起こす。
リュカは袋から手を離した。
――上がるほうが安い。
上がれば音を立てずに、離れられる。
「上がる」
リュカは立ち上がった。
立ち上がって足がもつれた。
寝ていたのは何息ぶんだったのか。
分からない。
分からないが足は寝ていなかったことを覚えていた。
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夜の途中で坂を登った。
こん。
一歩。
叩く手が重かった。
リナンの息で三息。
百息ごとにリナンが言った。
「来てます。近いです」
二百息で言い方が変わった。
「来てます。……さっきと同じです」
四百息でまた変わった。
「来てます。少し遠いです」
リュカはそこで止まった。
止まって聞いた。
擦れる音はまだ聞こえた。
だが、さっきより小さかった。
――登っていれば離れる。
四層目でそう数えた。同じ速さなら離れない。少しでも速ければ離れる。
寝ていれば近くなる。
寝なければ離れる。
だが、寝なければ登れなくなる。
どちらも減っていく。
登りながら、リュカは減っていくものを数えた。
水。大きいのが三十口を少し越えるくらい。
干し魚。一枚。
眠り。何息ぶん寝たのかもう分からない。
リナンの息。一歩に三息では足りなくなりかけている。
自分の手。握りが外套の裾を巻いても、少しずつ浅くなる。
それから、減っていないものを数えた。
杭が九本。
石が二十四個。
二つだけだった。
撃たなかったから減っていない。投げなかったから減っていない。
――使わなかったものだけが残ってる。
三年、そういうふうに残ったものはなかった。杭は撃てば拾った。石は試して袋に戻した。使って戻してまた使った。
ここでは使ったものは戻ってこない。撃った杭は内側へ落ちる。投げた石は面を連れて下へ行く。飲んだ水は汗にもならずに消える。
使わないものだけが残る。
残ったものは使っていないので、役に立ったことがない。
リュカは、それを少しだけおかしいと思った。
おかしいと思ったが笑う息は、残っていなかった。
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六百息で坂の途中に少し広いところがあった。
平らではない。坂の幅がそこだけ二人ぶんある。
リュカはそこで止まった。
「ここで残りの夜にする」
「……はい」
「さっきより遠い。遠いうちに寝る」
今度は、リュカが先に座った。
リナンが隣に座った。
二人ぶんの幅だった。
並んで座れた。
坂は傾いていた。
それでも、並んで座ると、肩の高さは同じくらいだった。
――少しだけ同じ高さだ。
リュカはそれを数に入れなかった。
入れなかったが覚えた。
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残りの夜は短かった。
千でリナンが起こした。
千でリュカが起こした。
三度ずつ替わったところでリナンが言った。
「来てます。近くはないです」
リュカは立ち上がった。
――二晩目が終わった。
朝とは言いにくかった。
二人とも寝て二人とも起きた。それは昨日と同じだ。
だが、昨日のようには寝ていなかった。
胸に手を当てた。
三十三個目がそこにある。
四日目。
あと六日。
リナンは立ち上がるのに、壁に手をついた。
手をついたまま、しばらく膝を伸ばしていた。
伸ばすたびに膝が少しだけ震えた。
「……動きます」
リナンはそう言った。
動くかどうかを訊く前に答えた。
リュカは、リナンの胸の前の結び目を見た。
七つに挟まれた坂で自分が結び直した結び目だ。昨日の朝リナンが自分で結び直して、同じ形にしてあった。夜も解かなかった。
緩んでいなかった。
「布はいい」
「はい」
「膝は」
「……動きます」
同じ答えだった。
リュカはそれ以上訊かなかった。
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水を一口ずつ飲んだ。
大きいほうから。
バルの袋はまだ取っておいた。
井戸の水は最後に飲みたかった。
理由は言えなかった。言えないので、自分の中でも、言わなかった。
「……飲んだ口言います」
リナンが言った。
「昨日五層目を出てからわたし三口。今、一口。四口です」
「俺も四口だ」
「合ってます」
「合ってる」
リュカは頭の中で数えた。
線までの二十六口。
昨日五層目を出てから今まで二人で八口。
残りは十八口。
――一日と少しが一日を切った。
夜の途中で登ったぶん高さは稼いだ。
だが水は夜にも減る。
寝ていても減る。
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坂はそこから少しずつ急になった。
ほんの少しだ。
足の裏でそれが分かった。三年、石段の傾きを足の裏で数えてきた。段のない坂でも、傾きは足首が覚えている。
――上が細くなってるのか。
塔の根元は太かった。左に歩いても、右に歩いても、壁が続いた。
上がどうなっているかは見ていない。籠の中から見たのは、雲の上に出た一本だけだ。
だが、細くなれば、一回りが短くなる。一回りが短ければ、同じ高さを上がるのに、坂は急になる。
足首がそう言っていた。
坂が急になれば息が増える。
息が増えれば水が減る。
リュカはそれを数えようとしてやめた。
数えると線が近づいてくる気がした。
線は数えても数えなくても、同じ場所にある。
リナンの息で千のところでもう一口ずつ飲んだ。
「……一口です」
「一口だ」
合っていた。
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坂の幅も少しだけ狭くなっていた。
人一人ぶんというのは変わらない。だが、その一人ぶんが昨日より拳半分ほど細い。
リナンの翼の先が壁に近くなった。
身体を斜めにしても近い。
千四百息のところで澄んだ音が一つ。
息を止めて通った。
リュカが通りきって、振り返らずに、来いと言った。
リナンが来た。
来る途中で翼の先が濃い面に触れた。
擦れる音はしなかった。羽の先が面の上を撫でただけだった。
リュカは息を止めたまま面を見た。
動かなかった。
――触っても動かない。
二日前に七つの中でそう分かった。リナンの翼が面に当たって、動かなかった。
あのときは、押した力が違うのかそれだけなのか決めなかった。
今も決めなかった。
ただ、もう一度同じことが起きた。
同じことが二度起きたら、一度目より少しだけ信じていい。
リナンが通りきってから小さく言った。
「……触りました」
「動かなかった」
「動きませんでした」
リナンの声が少し震えていた。
「当たらないようにしてたのに」
「当たっても動かなかった」
リュカは言った。
「だから、当たらないようにするのは続けろ。当たっても止まるな」
「……はい」
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リナンの息で二千を過ぎたころ。
叩いた壁の音が変わった。
澄んだ音ではなかった。
こんでもなかった。
もっと低かった。
詰まっているのに奥が深い。
樽を叩いたときの音に少し似ていた。中に何かが入っている樽ではない。空の樽の底の厚い樽だ。
リュカは足を止めた。
もう一度叩いた。
同じ音だった。
壁の面を見た。
濃くはなかった。
薄くもなかった。
ただ、坂の少し先で壁が坂の上にかぶさっていた。
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坂が壁の中へ入っていた。
外側の壁がそこで内側へ曲がってきて、坂の上に屋根のようにかぶさっている。
その下に口が開いていた。
四角い口だった。
継ぎ目のない壁に四角く切り取ったような口がある。
低かった。
リュカの腰の高さもなかった。
立ったままでは入れない。
――門だ。
根元で見た謙譲の門ではない。あれは扉がなくて、立ったまま、誰でも通れた。
これは低い。
低い門は屈まないと通れない。
膝をつかないと通れない。
口の奥は壁と同じ光で薄く光っていた。
奥行きは分からなかった。這って入った先がすぐに開けているのか長く続くのかも。
――あれはここを通ったのか。
昨日坂の上へ逃げていった名を訊いた相手。
関節が一つ多い脚。あの脚なら、低いところも折りたたんで通れるのかもしれない。
それともここまでは来ていないのか。
この坂のどこかの別の場所にいるのか。
分からない。
分からないものは分からないまま、置いておく。
置いておく場所がだんだん狭くなってきていた。
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リナンが後ろで止まった。
「……リュカくん」
「門だ」
リュカは言った。
「低い」
リナンはリュカの肩越しにそれを見た。
見てしばらく黙っていた。
「……翼が」
リナンは小さく言った。
「あの高さだと翼が通らないかもしれないです」
リュカは門を見た。
腰の高さもない口。
自分は膝をついて、背を丸めれば通れる。
リナンの翼は畳んでも、背丈の半分ある。
畳んで布で縛って背中を丸めて。
それで通るかどうか。
リュカは、投槍器を門の口の脇に立てて当てた。
投槍器の長さは肘から指先まで。手が覚えている。
口の高さは、投槍器の先に拳を二つ重ねたくらいだった。
――測った。
口の高さは分かった。
リナンの畳んだ翼の高さは、まだ測っていない。
膝をついて、背中を丸めたときに、どれだけになるのか。それは膝をついてからでないと、分からない。
――測る。
七つに挟まれた坂で自分にそう言った。
次からは測ると。
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リュカは頭の中で水を数えた。
線までの残りは、十八口から坂の途中の一口ずつを引いて十六口。
線はもう一日より近くにあった。
目の前に低い門がある。
門の向こうに何があるのかは分からない。
分からないが門は通るためにある。
通るには膝をつく。
リュカは曲がった杭を帯に差した。
左手が空いた。
膝をつくには手が要る。
「……リナン」
「はい」
「水はあと十六口で線だ」
「はい」
「門を見る」
リュカは門の前に膝をついた。
膝の下で坂が少しだけ冷たかった。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
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