翼と、地面③
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
今はまだ第1部1章で、まだ物語の序章ですので大きな変化が見られるのをこうご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
翌朝、リナンは来た。
空き地の隅に立って、リュカが杭を撃つのを見ていた。
彼は普段通りにやった。
まず杭を四十本、袋から出して並べる。それから風を見る。路地から吹き上がってくる風は朝のうちは弱いが、三番街は建物の隙間が狭いので、抜けるところだけ速くなる。二十歩の的の手前、物干し綱が渡っている辺り。あそこで一度、横に押される。
半歩、右へずらして構えた。
振る。
杭が空を裂き、二十歩先の的に刺さった。中心から指一本、右。
――押し戻されすぎた。
もう半歩戻す。振る。中心。
三十五歩。ここは風の影響がほとんどない代わりに、落ちる。腕の振りの終わりを、わずかに上へ逃がす。振る。刺さる。中心から指半分、下。
五十歩。
この距離は、まっすぐ当てようとすると届かない。だから狙わない。的の一歩手前の地面を狙う。
振る。杭は地面すれすれで角度を変え、跳ねて、的の根元に刺さった。
三巡した。四十本を撃って、四十本を拾う。撃つたびに走って回収し、また並べる。
終わるまで、リナンは一度も口を開かなかった。
終わってから、彼女が訊いた。
「真ん中のを撃つとき、少し上に投げてました」
「見てたのか」
「はい」
「落ちるからだ。距離があると」
「一番遠いのは、地面に当ててましたよね」
「跳ねさせる。まっすぐだと届かない」
「届かないんですか」
「腕の力だと足りない」
リナンは的のほうを見た。
「……足りないのに、当たるんですね」
リュカは杭を袋に戻す手を止めた。
足りない。先日、あの三人にもそう言った。足りてない、他にない、と。
だが彼女の言い方は違った。**足りないのに、当たる。**
「うん」
「すごいと思います」
「そうか」
「はい」
リナンは翼を少し動かした。畳んだままの、擦り切れた翼を。
「わたしも、何か探します」
「なにを」
「足りないままでできることを」
彼女はそう言って、それから自分で少し照れたように俯いた。
「……変なこと言いました」
「言ってない」
「言いました」
「言ってない」
「拾うの、手伝ってもいいですか」
「え」
「杭。四十本あるって、さっき数えてました」
聞こえていたらしい。撃つたびに数えるのは癖だ。声に出しているつもりはなかった。
「いい。すぐ終わる」
「二人なら、もっと早いです」
リュカは断ろうとして、やめた。
「……なら、遠いほうを頼む」
「はい」
リナンは五十歩の的へ歩いていった。歩くのが遅い。石畳ではなく土なので、さっきよりは速かったが、それでも慎重だった。
リュカは手前の二つを回った。
杭を抜くとき、力の入れ方がある。まっすぐ引くと的の木が裂ける。少し回しながら抜くと、穴が広がらない。的は半年前に自分で立てたもので、裂けたら立て直しになる。
振り返ると、リナンが杭を抜いているところだった。
まっすぐ引いていた。
「回して」
「え?」
「まっすぐ引くと、木が裂ける」
「あ」
彼女は慌てて手を止めた。
「ごめんなさい」
「いや」
リュカは歩いていって、隣の杭を抜いて見せた。
「こう。少し回す」
「……こうですか」
「もう少しゆっくり」
リナンは同じようにやった。抜けた。木が裂けなかった。
「できました」
「うん」
彼女は抜いた杭を両手で持って、少し嬉しそうにしていた。
リュカはそれを見て、変な気分になった。
杭を抜くのに正しいやり方がある、というのを、誰かに教えたのは初めてだった。教える相手がいなかった。誰も投槍器を使わないからだ。
二人で四十本を集めた。数える。四十本あった。
「合ってます?」
「合ってる」
「よかった」
リナンは袋の口を閉めるのを手伝おうとして、紐の結び方が違うことに気づいて手を止めた。
「これ、変な結び方ですね」
「片手で解ける」
「あ、なるほど」
彼女は結び目をじっと見ていた。
「便利ですね」
「荷運びは片手が塞がってることが多い」
「教えてもらえますか」
「……いま?」
「はい」
リュカは袋の紐を解いて、もう一度結んだ。ゆっくり。
リナンは覚えるまで四回やり直した。四回目でできた。
「できました」
「うん」
「これ、洗濯物にも使えます」
「たぶん」
彼女は自分の手首に紐を巻いて、練習していた。
---
リュカは杭の袋を肩にかけた。
空き地の向こうで、油の匂いがしはじめている。どこかの家が朝の火を落として、また昼の支度を始めている。いつも通りの朝だった。
彼女はまだそこにいた。
翼はあるのに、地面に立っている。
石はあるのに、彼には宿らない。
そのことについて、二人とも何も言わなかった。
言わなくても、たぶん、同じことを考えていた。
---
その日の午後、リュカは詰所へ行った。
ドランが籠の底に潜っていた。いつも通りだ。
「今日は上に二だけだ」
「少ないな」
「上が止めてる。星降りが近いんでな、荷を動かしたがらん」
「なんで」
「落ちてくるかもしれんからだろ。籠の上に」
冗談なのか本気なのか分からない言い方だった。ドランはよくそういう喋り方をする。
リュカは籠に荷を積んだ。木箱が二つ。重いほうを下に、軽いほうを上に。
積み終えて、四隅を見た。留め具は緩んでいない。
「そういや坊主」
「なに」
「翼のある娘さんと歩いてたって聞いたぞ」
リュカは手を止めた。
「誰から」
「井戸端」
やはりそこだ。
「一緒に歩いてない」
「そうか」
「荷を運んでたら、隣を歩いてただけだ」
「それを一緒に歩いてるって言うんだ」
ドランは籠の下から這い出て、油まみれの手を布で拭いた。
「あの子、ウェントゥスの子だろ」
「知ってるのか」
「浮島の名前くらいはな。帆鳥を飼ってる村だ。伝令用の」
「行ったことは」
「ない。行く用がない」
男は工具箱の蓋を閉めた。
「翼人が下層に降りてくるってのは、珍しい」
「そうなのか」
「上のほうが暮らしやすいからな。天井が高いし、階段も緩い。ここは全部、翼のない者向けにできてる」
リュカは籠の中を見た。天井が低い。彼女なら、翼を畳んでも頭がつくかもしれない。
試しに、自分が手を伸ばしてみた。指先が天井に触れた。
――畳んで、頭が届くくらいなら、翼の先はもっと上だ。
「乗れるのか、翼人は」
「乗れる。屈めばな」
ドランは籠の縁を叩いた。
「だが屈んだまま小半時だ。往復で一刻。誰がやりたがる」
「……」
「昔、一度あったよ。上の役人が翼人を寄越したことがあってな。降りてきて、帰るときには具合が悪くなってた」
「それで?」
「二度と来なかった」
男は工具箱を足で引き寄せた。
「下の連中は、翼人は上にいるもんだと思ってる。あながち間違いでもない。**この街は翼のない者向けにできてる**からな」
「作り直せばいいだろ」
「誰が金を出す」
その通りだった。
リュカは籠の天井を見た。低い。低くしたのは、荷を多く積むためだ。人より荷を優先した造りになっている。
「なんで降りてきたんだ」
「知らん」
ドランは肩をすくめた。
「訊いてやれよ。訊かれたくないなら答えん」
「訊いていいのか」
「訊いていいかどうかは、訊いてみないと分からん」
男はそう言って、また籠の下に潜っていった。
---
夕方、リュカは荷を下ろして日当を受け取った。
四十シャルド。いつも通りだ。
三番街へ戻る途中、薬房の前を通った。中で誰かが乳鉢を使っている音がした。覗いてはいない。
空き地を抜けて、宿の屋根裏へ上がる梯子の前で、ヴェスナに会った。
彼女は箒を持って、店先の煤を掃いていた。夕方にも一度掃く。朝と夕方の二回。何十年もそうしているらしい。
「坊主」
「うん」
「翼の子と話したかい」
リュカは足を止めた。
「……あんたも井戸端か」
「あたしが井戸端の元締めだよ」
老婆は笑って、それから箒を石畳の隙間に差し込んだ。
「あの子、うちに泊まってるよ」
「え」
「三日前から。二階の奥」
知らなかった。
「なんで言わない」
「訊かれてないからね」
ヴェスナは煤を掻き出しながら言った。
「屋根裏には上げられないんだ。梯子が急でね。翼が引っかかる」
「……」
「だから二階。少し高いけど、まけてやった」
リュカは梯子を見上げた。急な梯子だ。彼が毎日使っているもの。
彼女には使えない。
「あの子はね」
ヴェスナが箒を止めた。
「上に帰りたくないんだと」
「言ってたのか」
「言ってない。だが分かるよ。帰る話をすると黙るからね」
老婆は看板の白い塊を見上げた。剥げた絵。何が描いてあったのか、リュカは知らない。
「まあ、あんたも似たようなもんだ」
「俺は帰る場所がここだ」
「そうだね」
ヴェスナはそれ以上言わなかった。
箒を動かす音が、夕方の路地に規則正しく響いた。
リュカは梯子に足をかけて、それから振り返った。
「婆さん」
「なんだい」
「二階、狭いだろ」
「狭いよ」
「もう少し広いところ、ないのか」
老婆は箒を止めた。
「あんたが金を出すのかい」
「……いくら」
「本気で訊いてるのかい」
リュカは黙った。
日当は四十シャルド。宿代を払っていないのは、この老婆が屋根裏を貸してくれているからだ。自分の分を払っていない人間が、他人の部屋の心配をしている。
「馬鹿だね」
ヴェスナは笑った。責める笑い方ではなかった。
「あの子は自分で払ってる。薬草の使い走りでね。少ないけど、払ってる」
「そうか」
「あんたより偉いよ」
「うん」
老婆はまた箒を動かしはじめた。
「ただねえ」
「なに」
「あの子は、翼をぶつけて歩いてる」
リュカは足を止めた。
「うちの階段は狭いんだ。上がるたび、こう、擦れる音がする」
老婆は箒の柄で壁を軽く撫でた。
「あたしは慣れたけどね。あの子は、たぶん慣れない」
「……」
「毎回、少し立ち止まってから上がるんだ」
リュカは何も言わなかった。
言うことが思いつかなかった。
---
その夜、リュカはシャツの内側から灰色の石を出した。
試して五日目。あと五日。何も起きる気配はない。
いつも通りだ。
彼は石を戻して、袋を懐に押し込んだ。からから、と鳴った。
窓の外は暗い。摩天楼の腹に塞がれて、星は見えない。
――綺麗ですね。
そう言われたことを、まだ覚えていた。
下の階で、床が軋む音がした。
しばらくして、また軋んだ。同じ場所ではない。歩いているのだ。
二階の奥。狭い部屋。翼を畳んで、そこにいる。
リュカは天井を見た。屋根裏なので、天井というより屋根の裏側だ。手を伸ばせば届く。彼はここで三年寝ている。狭いと思ったことはない。
――階段で、翼が擦れる。
ヴェスナはそう言った。毎回、少し立ち止まってから上がる、とも。
リュカは自分の袋を持ち上げた。からから、と鳴った。
この音を、何度も聞いてきた。夜、寝る前に必ず一度、袋を持ち上げる。中身を確かめるわけではない。重さが変わっていないことを確かめている。
――増えたことはあるが、減ったことはない。
訊いてやれよ、とドランは言った。訊かれたくないなら答えん、とも。
――明日、訊くか。
そう思って、やめた。
彼女が言いかけてやめたのを、二度見ている。二度とも、自分から言うのを待った。
待つのは得意だった。石が応えるのを待つのと、たぶん同じだ。十日待って、応えなければ袋に入れる。それを何年も繰り返してきた。
人に対して同じやり方が通じるかどうかは、知らない。
だが他のやり方を知らなかった。
下の階で、また床が軋んだ。今度は一度きりで、そのあと静かになった。
石袋を枕の下に押し込んで、リュカは目を閉じた。
目を閉じても、袋の形が頭の後ろに当たっていた。硬い。いつもそうだ。慣れている。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)
よろしければ是非応援頂けますと幸いです。




