35 墓守と死神
要塞都市ワグナウアから、馬車で北に三時間。
二十四本の腕を足代わりに、砂塵を巻き上げながら進む『ハルキゲニア』であれば一時間もかからない距離だ。
第二王子が用意してくれた地図を頼りに、真っ直ぐ進む。
墓地を囲む巨大な城壁のお陰で、目的地は一目で分かった。
魔導巨兵の墓場、巨兵墓地。
魔導巨兵は、武器や装甲と装備だけでも売れば一財産になる。盗難防止のためなのか巨大な城壁が墓地を囲む様に立っていた。
だが、城壁が無くても墓荒らしをしようなんて、愚か者は出てこないだろう。
巨兵墓地には、古来より墓守の一族がおり、支配者が変わろうとも彼らが墓守を辞めることはない。
土地の支配者になった者は、自ずと墓守の一族への給金の支払い義務が発生する。
魔導巨兵の廃棄場所は、古来より決められているのだ。
これは、この世界の共通ルールであり、万が一ルールを破れば、墓守の一族すべてを敵に回すことになる。
ちなみに、土地の持ち主であれば、廃棄機体の持ち出しは自由だ。
墓守たちは、出所不明の全身を布で覆う魔導巨兵を所持しており、大鎌を持つ、その魔導巨兵は、出鱈目な強さを持つ。
その姿から人々は、この魔導巨兵を『死神』と呼んだ。
「死神、すげー迫力だな」『ハルキゲニア』の荷台の上、『ガラカムトライ』の目を通してレアンは、道を塞ぐ『死神』を見つめた。
「敵にはしたくないよね……止まれってことかな」
汚れた布を頭から被った二機の魔導巨兵が、僕らへ向かって歩いてくる。
以前、墓守を追い出そうとした国があった。
墓守たちは、徹底的にそれに抗い。両者は、多くの犠牲を払うことになる。
結局、墓守は追い出せないまま国だけが滅びてしまった。
墓守が怖いのは、彼らが敵対者に対して一切容赦がないところだ。彼らは敵対するものを、相手が一般人だろうが、立ち塞がるすべてを破壊する。
ずっと昔の話だ。
今もそうなのか、昔の墓守と今の墓守が同じ組織なのかも分からない。布に包まれた『死神』も幾度となく新型機への移行しているという噂もある。
「お前たち、ここへ何しに来た」小雨交じりの空の下、男の声が響く。
レアンでは喧嘩になりかねないので、僕が代表して話をする。
「シルビルードの第二王子より、廃棄機体の回収の許可を貰いやってきました」大声で叫んだ。
雨が降っているせいで見落としたのか、相手が気配を殺して近寄って来たのかは分からない。『ハルキゲニア』のすぐそばに、『死神』同様、頭から布をすっぽり被った者(たぶん男)が一人、いつの間にか立っていた。
僕は、急いで『ハルキゲニア』から降りると、傘を手に、周囲を警戒しながら布を被る人物の元へと近付いていく。
男は何も言わなかった。
「これが、第二王子からいただいた許可書でございます」僕が差し出す羊皮紙に、男は顔だけを近づける。
文章を読み何度か頷くと、男は足早に城壁に向かい戻っていく。
男が城壁に入ってすぐ、周囲に大きく男の声が響いた。
「書状を確認した。墓場に捨てられた廃棄機体は好きなだけ持ち帰るといい、開門する。暫し待たれよ」
正面にあった城門が左右へと開く。まさか高さ三十メートル近い城門が、両開きの引き戸だとは思いもしなかった。
鈍い金属音を響かせながら、ゆっくりと門が開く。
『死神』たちに促されるまま、僕らは、魔導巨兵に乗ったまま、門の中へと入った。
城壁の中は、手前に大きな建物が三つ並ぶだけで、あとは何もない土がむき出しの広場だった。
建物がないせいで余計に広く見える。
城壁の中は広かった。
奥の壁まで五キロは離れているだろう。
中にはいくつものすり鉢状の穴が掘られており、鎧を剝ぎ取られて瘦せ細った巨人樹が幾つも捨てられていた。
「奥の穴ほど、捨てられているマシンドールの年代も古くなる。どんなマシンドールが捨てられているのか、我々はその名前を知らない。我々は単なる墓守なのだ」
ひとつ目の穴に着くまでも、城壁を抜けてから結構かかった。
最初の穴まで、城壁から五百~六百メートルは離れていたと思う。すり鉢状の穴の中には、見知った巨人樹が捨てられていた。
獣に似た四つ足の樹形、『鋼鉄の一角狼』の素体とされる巨人樹バウガンド種である。
第四王女が前回の取引で用意した廃棄機体は、状態が良いモノだけを選んでいたのだろう。目の前に捨てられた廃棄機体……単なる樹木にしか見えないそれは、今にも折れそうなくらい細く、腕や足であった枝も折れているものが多い。
本当に、直せるのだろうか?第二王子と同じ感想が一番に浮かんだ。
「墓守さん、穴から巨人樹を引き揚げて状態を確認したいのですが、散らかしても構わないでしょうか」相手の名前が分からないので、とりあえず墓守さんと呼んでみる。
「ああ、最後に持ち帰らぬモノを穴の中に放り込んでくれれば問題ない、これはすべてゴミなのだから」
「ありがとうございます。レアンは新しい穴からバウガンド種の巨人樹を中心に引き上げて、僕はサキ姉が喜びそうな珍しい巨人樹を探してみるよ」
「リュカ、何本くらいを持ち帰るんだ」
「直せないのも多そうだよね。一つ一つは痩せていて軽そうだし、二十~三十くらい持ち帰れるんじゃないかな」
「おーけー、こっちはおいらの方で、なんとかするよ」
水分を失い縮んだ巨人樹とはいえ、一機当たり、重さも二、三トンはあるだろう。
カインたち魔導巨兵と契約をしていない七人は、完全に戦力外である。
下手に手を出しても、事故の危険性が増すだけだ。
一応『ハルキゲニア』にも腕がある。荷台に載せることは無理でも、穴から引き揚げることくらいなら出来る。
「お前さん、そんなに腕が生えたマシンドールを動かすなんて大したもんじゃのう」僕の横を並んで歩いている『死神』から声が聞こえた。
近くで見ると、『死神』は、『ガラカム』に比べて少し背が低い、樹高十五メートルくらいだろうか、『死神』から響く声は、しわがれた老人の声に聞こえた。
「動いたのがこれだけだったんです。『ガラカム』も『ホーンウルフ』もうんともすんとも言わなくて」小鬼型魔導巨兵『黒小鬼』について、わざわざ話す必要もないだろう。
「ほー、お主変人じゃの」老人は、失礼なこともズケズケいうタイプの人間みたいだ。
「別に変人ってわけでは無いと思いますが」
「そうかのー、そういうことにしておくかの、で、どんな巨人樹を探しておるのじゃ」外から来た人間と話すのが楽しいのか、『死神』の操縦者は離れることなく、喋り続けた。
「そうですね、姉がマシンドールマニアで、変わった機体を探しています」せっかくだし、お言葉に甘えよう。
「変わった機体か、あれがいいかのう、わしが案内してやろう。ついてこい」老人……決めつけは失礼かもしれないが、声を聞く限り老人以外の何者でもない。
僕は、素直に『死神』の後を追った。
五、六分は歩いただろうか、老人が穴の前で止まる。
「ここじゃここじゃ、今から六百年ほど前じゃったか、蛮族がこの地に攻め入ったことがあってな。その者たちが使っていたマシンドールが、実に不思議な形をしていた、これはその亡骸じゃよ」
僕は、穴の中に積み上げられた巨人樹の樹形を見て目を奪われる。
『黒小鬼』の素体となる巨人樹スフィーロ種が、もっとも小さな巨人樹だと思い込んでいたのだが、穴の中に捨てられた巨人樹は更に小さい。木の長さが五~六メートルしかない奇妙な形の樹木。六百年以上前であれば木も縮んでもいるだろう、実際は、もう少し大きいのか。
体から伸びる大きな枝は八本あり、そのうちの二本は、人の手にも見えなくもない。
僕は、この樹形に似た生物を知っている『ハエトリグモ』だ。
明らかに契約が難しそうな、その巨人樹を、小さくて軽いという理由だけで、僕は夢中で穴から引き揚げた。
『死神』に乗る老人が嬉々として手伝ってくれたこともあり、一番前の荷台には、『ハエトリグモ』に似た樹形の巨人樹が、大量に載せられた。
落ちないように『死神』がロープで巨人樹を荷台に固定する。
「他にも、面白そうな巨人樹を幾つか載せておいたぞ」と、どさくさに紛れた老人の台詞を、僕は聞き逃した。
墓守たちも暇だったのだろう。老人以外にも次々と『死神』が手を挙げる、その数六機。
二、三日はかかるだろうと覚悟していた積み込み作業も、墓守たちの手伝いのお陰で、その日の夜には終了した。
「飯ぐらい食べていったらどうだ」という墓守たちの誘いに、僕らは応じた。
魔導巨兵『死神』と違い、姿を晒すのも問題ないのか、食事の際彼らは全員、その布を払い顔を見せた。
肌は、黄色に近い色で髪の毛は白い。僕と違い全員が年齢のよる白髪にみえた。
顔には、レンズに黒い色が付いたお揃いの丸メガネを付けており、耳はエルフのように尖っている。
「みなさんは人族なんですか」好奇心旺盛な十一歳の少年ザインの質問に、墓守の老人たちは笑みを浮かべた。
「さーどうじゃろう、我々は人族よりも妖精に近いのかもしれんの」墓守たちは、それ以上種族については教えてくれなかった。
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