32 地図に無い集落 5
視点:名前の無い少年
俺は、子供たちと一緒に、押し入れの中で息を殺しながらじっとしていた。
暫くして、あれだけ激しかった戦闘音がピタリと止まる。
暗闇の中にいるからなのか、静かになった途端、不安なことばかり考えてしまう。
子供たちは、時折何かを思い出したように、声を殺して泣いていた。
どれくらいの時間が過ぎたのだろう。
「ギィーー」家の扉が開く音がした。
全員が身を固くする。
息を潜めながら、相手が喋るのを待った。
唾を飲み込む音すら、煩く感じる。
「おーい、生きてるか」
戦場には似つかわしくない、どこかのんびりとした声。ほっとしたのだろう、誰かが大きく息を吐く音が聞こえた。
俺が押し入れの扉を開けると同時に、子供たちが一斉に飛び出した。
「リュカさん、無事だったんですね」
「年も、そう変わらないんだし、リュカでいいよ」
彼は照れた顔で笑う。
ひとつしか年が違わない少年が、頼もしく見えた。
思わず俺は、名前に『さん』を付けて呼んでしまう。
走り出す子供たちに釣られて、俺も走り出す。
俺よりも小さな体で、リュカ・アルダンは、両腕を広げて子供たちを受け止めた。
ずっと不安だったのだろう、子供たちは堰を切ったように大声で泣きじゃくる。
俺は、子供たちの間から彼の顔を見た。
手に持った光草の明かりが、リュカの顔を照らす。
彼は、やれやれ……といった感じで、まだ照れた顔をしている。
俺と目が合ったことに気が付いたのか、彼は軽く手を挙げた。
子供たちが、泣き止むのを待っていたのだろう、子供たちが落ち着くと彼は口を開いた。
「キミに確認したいことがあったんだ。兵士の数は、全部で十三人、間違いないよね」
「はい、俺が知る限りは十三人だけでした」
「そっか、なら、片付いたと思う。三人だけは生かしてあるけど、どうする」
俺は、今回の戦いがはじまる前に、彼にあるお願いをした。
一人でいいから、自分の手で兵士を殺したい。そう、言ったのだ。
気持ちは、変わっていない。
「やります。やらせてください」
「分かった」
一言だけだった。
「それでは、戻りますか」
彼に続いて、みんなで外に出る。何人かの子供は、彼から離れようとしなかった。
「まだ暗いから足下には気を付けてね」
夜が明けるまでには、まだ時間がある。
光草を潰して明かりを灯すと、俺たちは歩きだした。
暗いため分かりにくいが、所々に壊れた建物の残骸が散乱していた。
今日中に兵士を殺すのかと思ったが、そうではないらしい。
リュカは、俺や子供たちが使っていた家の前で足を止めると「みんな、今日はご苦労様。ゆっくり休んで、詳しい話は明日にしようか…えーと、時計の使い方は大丈夫?」俺は、頷く「それなら明日朝十時に、子供たちを連れて、長の屋敷まで来てほしい。その時に気が変わっていないなら、三人の兵士は、好きにするといい。武器は色々あるからさ」そう言ってリュカは、元長の屋敷のある方へと歩いて行った。
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主人公視点に戻ります。
約束よりも一時間早く、少年と子供たちが来た。
眠れなかったのだろうか、少年は、とても疲れた顔をしている。
屋敷の前に止まる。六十メートル近い長さに、二十四本もの腕を持つ輸送型魔導巨兵『ハルキゲニア』を見て、彼らは唖然としていた。
こんな大きな巨神は、はじめて見たと、子供の一人が興奮気味に語る。
荷台に置かれた『ガラカム』は、昨日の夜にレアンが倒した機体だ。
操縦席ごと斧で潰したため、心臓は無事動いている。
機体は、いまも自己修復を続けており、明後日くらいには、元通りになるんじゃないだろうか?
正直、生きている機体よりも、心臓が壊れた廃棄機体の方が、重量が軽く、数も運べるので、この『ガラカム』は、シルビルード軍に買い取ってもらおうかと考えている。
レアンは何かあった際、すぐに動けるようにと、二十メートルはある巨大戦斧を握ったまま、『ガラカムトライ』の操縦室の中で待機している。
兵士の数が十三人であるという少年の言葉は信じたいが、こういう時は、念には念を入れろと、博士……義父であるカーネギー・アルダンから、口が酸っぱくなるまで言われたものだ。
「子供たちは、どうする」
「俺だけで、いい、です」
「分かった」
子供たちにこの場に残るように伝えると、少年を連れて屋敷の中へと入る。
一番広い中央の部屋に、鎖で巻かれた三人の兵士が転がっている。部屋の臭いに少年は思わず顔を顰めた。
「意識はかろうじてあるけど、痛み止めを使ったせいで、まともに喋ることは出来ないんだ」
喋る喋らない以前に、自害しないように、口に木を噛ませた後、更に布でも縛っている。
まー舌を噛んだくらいじゃ人は死なないらしいけど、逃げ出さないようにと、三人の手足を折った際、喚くわ漏らすわで大変なことになり、面倒になったので、自害防止も兼ねて口を塞いだ。
排泄物もそのまま放置したせいで、いま、この部屋はかなり匂う。
変異種だったからだろうか、『ハルキゲニア』と契約した僕の身体能力は、六人の中でも抜きん出るものになった。
大人一人くらいであれば、片手で簡単に持ち上げられるし、檻や箱に詰めれば大人四、五人は、顔色も変えずに運べると思う。
基本だけではあるが、博士から武器の扱いも一通り教えてもらっている。この身体能力があれば、並みの兵士が相手なら遅れを取ることもないだろう。もちろん、油断は大敵だ。過信はしない。
「これは、リュカがやったの?」
少年の目は、ありえない方向に曲がった兵士たちの手足に向けられていた。
「うん、ライダーになると化け物じみた力が手に入るんだ。普通の兵士は敵じゃないよ」
本人は気が付いているのだろうか、少年の呼吸が徐々に荒くなる。
「あの……三人とも、俺が殺してもいいですか」
「聞きたいことは全部聞いたし、昨日も言ったけど好きにしていいよ」
「ありがとうございます」
少年は、そう言うと、前もって部屋の入り口に並べられていた武器の中から、槍を手に取った。
そこからは早かった。乱れていた呼吸が元に戻ると、返り血も気にせずに、淡々と三人の兵士の喉を突いていく。
怒るでも、悲しむでもなく、少年は無表情なまま兵士を殺した。
その後、子供たちの手を借りて、集落にある食料やお金になりそうなものを一通り回収すると、兵士の死体を屋敷に集めて、火を放った。
死体は燃やさないと、不死の怪物になってしまう。
戦地で火を使うと、立ち上る煙に気付かれて、敵を集めてしまう危険もあるのだが、あと少し進めば完全にシルビルード軍の勢力圏に入るし、問題ないだろう。
少年と子供たちを『ハルキゲニア』の荷台にある小屋へと案内する。
揺らさないように注意するけど、動いている時は、出来るだけ立ち上がらないように何度も念を押す。
せっかく助けたのに、転んで死なれたりしたら寝覚めが悪くなる。
「あのさー、リュカ。あれとあれは使えるの?」
少年が、荷台に置かれた契約者のいなくなった魔導巨兵『ガラカム』と、大人しく荷台に座る三機『鋼鉄の一角狼改修型』を指でさす。
「使えるよ、でも、アレに乗るのは禁止だからね。キミたちが試す機体は、別に用意するから、適正なんかを調べるのは家に帰った後かな」
「家、俺たちの新しい……家」
こうして、僕とレアンの二人旅に、七人の同行者が加わった。
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