29 地図に無い集落 2
バーディガン王国の、森を切り拓いて作られた旧道沿いに、貧しい平民たちの集落がある。
町で暮らせない人々が、集まって作った地図に載らない秘密の集落。
旧道が作られたのは、今より、八百年以上昔だと言われている。
それなのに旧道には、雑草が生えておらず、余計な石も転がっていない。
この世界の神様は、道を大切にしている。
道を作った後に、神様への報告を兼ねた祈祷を行えば、何百年経とうが道が荒れることは無い。
開けた場所に大きな街道が出来て、旧道を使う者がめっきり減った今も、森の中をはしる旧道はキレイなままだ。
神様と人の価値観は大きく異なる。例えそれが戦争のための進軍であっても、道を使う者を歓迎する。
そんな神話が残されているほど、神様と道との繋がりは深い。
シルビルードがバーディガン王国へ侵攻した際、バーディガン王国の国民は、四つの選択から、一つ選んだ。
首輪で繋がれた子供たちを残して、十五歳以上の大人だけで逃げる。
首輪に繋がれた子供たちも一緒に逃げる。
首輪に繋がれた子供のうち、名前のある子供だけを連れて逃げる。
首輪に繋がれた子供たちと一緒に土地に残る。
『呪いの首輪』に繋がれた子供は、土地を離れることが出来ない。
無理矢理土地から離された子供は、狂い、攻撃的になる。怪物になる。
この集落に住んでいた人々は、シルビルードの侵攻に合わせて西へと移動した。
逃げたのだ。
この集落の人々は、首輪に繋がれた子供のうち、名前のある子供だけを連れて逃げる選択をした。
集落に残されたのは、売られる予定だった名前のない子供たち、他国の人間からすれば、子供に名前すら付けない親を残酷に思うだろう、しかし、バーディガン王国は、昔からこうなのだ。
「あの……仕事は、俺一人でやるんで、他の子供たちは見逃してください。お願いします」
軍服姿の大人たちを前に少年は、土下座しながら地面に頭を擦り付ける。
「ほうー、料理も掃除も洗濯も、荷物運びも一人でやるというのか、あー武器や防具もキレイにしろよ、本当に一人でやれるのか」
「やります。俺以外は、みんな十歳にもならない子供です。料理も掃除も洗濯も出来ません」
「お前は何歳なんだ」
「十三です」
「お前も子供だろう、まー、俺たちは仕事さえやってくれれば、それでいい」
要塞都市ワグナウアでの戦闘で、バーディガン王国軍とアムルシアン連合国軍は、シルビルード軍に蹂躙された。
頭の良い……というよりも、愛国心の無い指揮官や部隊は、負け戦だと分かるや否や、戦場から逃げ出した。
撤退命令が出される前に、逃げ出したのだ。
敵前逃亡は重罪である。
軍に戻るわけにもいかず、敗残兵となった彼らは、山や森の中へと身を隠した。
子供たちだけとなった集落に住み着いたのも、そんな敗残兵たちの部隊だった。
集落に着いた彼らを最初に見つけたのは、兵士に言われ食事の準備をする、名前の無い十三歳の少年だった。
「よう坊主、この村に大人はいるか」
先頭で、馬に乗る兵士が少年に尋ねた。
「大人は一人もいません。戦争がはじまると知って、みんな逃げ出してしまいました」
「そうか、お前らは捨てられたのか、可哀想にな。安心しろ、今日からは俺たちがこの村を守ってやる。俺たちは強いからな」
少年は、嬉しかった。
自分が最年長であり、子供たちの面倒をみないと、俺がみんなを守るんだ。少年は、そんな重圧に押し潰される寸前だった。
少年は、守ると言ってくれた兵士たちに尽くそうとした。
命じられるまま、食事を作り、掃除をして、洗濯もした。
そんな少年を兵士たちは褒めてくれた。
しかし、三日目兵士たちの態度が急変する。
三日目、飯が不味いと殴られた。
四日目、スープがぬるいと殴られた。
五日目、洗濯物が乾いていないと殴られた。
六日目、部屋にゴミが残っていたと殴られた。
七日目、八日目、九日目、十日目……毎日、毎日、何かかしら理由を付けては殴られる。
少年は、せめて、自分よりも年下の子供たちは守ろうと誓った。
十四日目、誓いは崩れ去る。
母親のネックレスを、兵士に取り上げられた九歳の男の子が「返して」と、当たり前のことを叫んだだけで、殴り殺されてしまったのだ。
顔がパンパンに腫れた、子供の亡骸。
少年は何も言えなかった。
「アンデッドになったら面倒だからな、燃やしておけ」
そう言って渡された亡骸を、少年は大事そうに抱え、何度も亡骸に「ごめん……ごめん」と謝りながら。墓地にある焼却炉で燃やし、墓を作って埋めた。
誰も見ていない墓地で少年は声を上げて泣いた。
男の子が殴り殺されるのを見ていた、他の子供たちは、その日から、部屋の外に出なくなってしまった。
少年は一人で、兵士に言われた仕事をこなす。殴られても、怒鳴られても。
子供たちは、少年が自分たちの代わりに、殴られていることを知っていた。少年に「ありがとう」と「ゴメンナサイ」この言葉を言いたいのに、怖くて何も言えなかった。
少年は、そんな子供たちに「俺は大丈夫だから、体だけは丈夫なんだ。みんなは兵士に会わないように、出来る限り外には出るな」と満面の笑みで言った。
バーディガン王国の名前の無い子供たちは、小さいころから物として扱われるためか、同じ年齢の子供に比べると大人びてみえる。
一人で生きてく術を身に付けている子供も多い。
親の愛情がない、これには秘密があった。
名前の無い子供たちは、生まれてすぐに、他の家の子供と交換される。
同じ集落ではなく隣の集落へ、遠くの集落同士が、年に一度名前の無い子供同士を交換する。そんな制度も珍しくはない。
子供が本物の親を探しに行かないように、事実は子供たちに一生伏せられる。
名前の無い少年の言葉に、頑張りに、耳を傾けていた者がいた。
カーネギー・アルダンが建てた、第六魔導巨兵工房の一室。
魔女を思わせる黒いマントと、黒いとんがり帽子を愛用する少女。
アルダン家の次女キキ・アルダンは、少年の言葉を聞き、顔も名前も知らない少年を助けたいと願った。
キキは、二人の兄と姉、ルークとサキに自分が聞いた言葉を保存して聞かせた。
少年を助けたい。二人もキキと同じ気持ちだった。
三人は、考える。
健気な少年を救う方法を、三人は、要塞都市ワグナウアを目指す二人の兄弟に、その想いを託すことにした。
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