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21 取引 1

 新星暦一二八三年七月十日。

 取引当日。

 この辺りは、木と木の間隔が広く空が見える。

 立ち昇る狼煙。

 あの狼煙の下が、職人連合(アルチザンギルド)が用意した、第四王女グレース・シルビルードの使いの者との待ち合わせ場所である。

 キキが、音魔法を使い周囲を調べたが、今のところ怪しい動きは掴んでいない。

 職人連合(アルチザンギルド)が、外に情報が漏れないように徹底した成果だろう。


 さて、向かうか……。


 サキ姉とキキは、体高七メートル、二階建ての建物に頭が生えたような大きさの、狼の姿をした魔導巨兵(マシンドール)ホーンウルフ(鋼鉄の一角狼)』に乗り、ララは背中の曲がった、一見巨大なゴブリンが全身鎧を着た姿にも見える、魔導巨兵(マシンドール)黒小鬼(クロショウキ)』に乗る。


 唯一、魔導巨兵(マシンドール)と契約できなかった僕は、ララが乗る『黒小鬼(クロショウキ)』が持つ、巨大な鳥かごの中で揺られていた。

 魔導巨兵(マシンドール)で上手く力加減が出来ないララが、僕を運ぶために選んだのがこの方法である。

 揺れがヤバい、絶対吐く。

 僕は必死に自分の口を両手で抑えながら、吐瀉物が喉を通過しないように堪えた。


「サキ姉、ルーク兄とレアンは間に合わなかったわね」

「そうね。だけど、ルークとレアンがいなくても特に困ることもないし、別にいいんじゃないかしら」


 キキとサキ姉がそんな話をする。

 ルークとレアンは、アムズメリアから東に半日ほどの距離にあるダンジョンに、オーガと呼ばれる魔物を狩りに出かけている。

 取引の日までは戻ると言って出ていったのだが、ダンジョンの中で迷ったのか、それとも、狩りに夢中で変なスイッチでも入ったのか、この場に二人の姿はない。


 レアンからは、オーガが湧くダンジョンは、地下迷宮型だと聞いている。

 地下迷宮型の特徴は、迷路のような複雑な道筋と無数の罠。

 第六の森の中(ダンジョン)には、『迷い道(マイゴ)』や『闘技場(コロシアム)』といった大きな罠しか無かったから、ちまちました罠が幾重にも張り巡らされる、普通の迷宮は慣れていないだろう。

 あの二人であれば、多少の困難が立ち塞がったところで、乗り越えるだろうし、心配するだけ無駄かな。

 「うっ」……少し出た。


 ようやく、目的の場所が見える。


 森の中にある広場で、焚火を囲む見慣れた一団。

 職人連合(アルチザンギルド)の紋章入りの馬車と、樹高二十メートル近い三機の『ガラカム』、焚火に狼煙の元となる粉を放り込む老紳士は、かごの中の僕を見て、今にも笑い出しそうだ。

 そんなに滑稽な姿だろうか?

 このにやけた老紳士が、アムズメリアの職人連合(アルチザンギルド)の代表リーゼッツ・マートンだ。

 その横には、サキ姉を少女と侮り、結果痛い目を見たローガスさんもいる。

 以前に会った時よりもやつれているような、百八十三年ぶりに現れた人族の魔導巨兵(マシンドール)設計者(デザイナー)に対して失礼な態度をとったのだ、色々あったのだろう。


「ララ、篭を降ろしてくれ」

「うん、今降ろすね、リュカ兄ちゃん。よいしょ……きゃっ」


 途中までは完璧だったのだが、地面まであと一メートルのところで、ララが乗る『黒小鬼(クロショウキ)』の手から、僕が入った篭が滑り落ちた。

 「ぐへっ」地面に落ちた瞬間、変な声と一緒にあれも漏れる。

 そのままゴロゴロと地面を転がり、職人連合(アルチザンギルド)の『ガラカム』がそっと手を添えて転がる鳥かごを受け止めた。

 流石熟練人形遣い(ライダー)である。細かな力加減も慣れたものだ。

 やはりベテランは一味違うな、と感心しながらも、僕の方は大惨事だ。

 手だけじゃなく、顔や髪や服が吐瀉物塗れだ。


「リュカ様、これはこれは……ローガス、桶に水を、服とタオルも持ってきてくれ」

「分かりました」


 ローガスさんが急いで持ってきた桶でタオルを絞り、汚れた体を拭く。その場で着ていた服を脱ぐと、受け取った大人物のチュニックに着替えた。

 ぶかぶかだが、胃液臭い服よりは全然マシだ。


「リーゼッツさんお久しぶりです。それと、色々ありがとうございました。取引相手はまだみたいですね」

「はい、こちらには向かっていると連絡がありましたので、約束の時間には間に合うかと」

「十時待ち合わせでしたね。すみません、予定より早く来てしまったみたいで」

「いえいえ」


 腕時計で時間を確認する。透明半球のガラスの中に入れられた砂が『910』の数字になる。九時十分でいいんだよな。


「それにしても、ご兄弟全員がライダーという話は、嘘ではなかったのですね」

「ええ、僕以外はみんな凄いんです」

「いえいえ、リュカ様も年を考えれば十分優秀かと」

「ありがとうございます。そうですね、僕以外はみんな凄いというより、規格外なのかもしれません」


 サキ姉、キキ、ララの三人は、魔導巨兵(マシンドール)に乗ったままだ。

 職人連合(アルチザンギルド)が同席する取引で、何かが起こるようなことはないと思うのだが、相手は祖国と戦争中のシルビルードの第四王女だ。用心するに越したことはない。


 キキの音魔法が、僕にだけ彼女の声を届ける。


「リュカ兄、こちらに向かってくる一団を発見。ただ、音魔法が妨害(ジャミング)されちゃって、詳しいことは分からないの」


 首輪を喰い千切った、ララの魔法を妨害(ジャミング)するほどの、高位の魔法使いがいるのか?


 魔導巨兵(マシンドール)が戦争の主役になってから、魔法使いたちの役割は大きく変化した。

 昔、魔法使いたちは、派手な攻撃呪文を使い、最前線で敵を薙ぎ倒す役割を担っていた。

 時代は変わり魔法使いたちは、キキのように遠くの音を拾ったり届けたりする音魔法使いや、通信用魔道具や音魔法による情報の遣り取りを妨げる妨害魔法師といった、特定の分野に特化した専門職(スペシャリスト)が主流となっている。

 戦場の主役というよりは、縁の下の力持ち。

 高位の魔法使いは、選ばれた血の一族と呼ばれる貴族であることが多く、前線に顔を出すことは珍しい。

 嫌な予感しかしない……第四王女が直接来たりしないよな。


「キキたちは、そのまま警戒を解かずに待機していてくれ」


 狼煙を目指してこちらに向かっているのなら、十中八九シルビルードの関係者なんだろう。問題は、キキの音魔法を防ぐほどの、妨害(ジャミング)の使い手が同行していることだ。

 高位魔法使いよりも身分が上の人物、ハーー……サキ姉が暴走しないといいんだけど。


 僕は一人頭を抱えた。

 

読んでいただいてありがとうございます。

面白い、続きを読みたいと思った方は、ぜひブックマークと評価をよろしくお願いします。

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