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間章 あるエルフの回想

 エルフの寿命は人間やゴブリンのそれと比べて圧倒的に長い。病死さえしなければ、千年の時を生きることも可能である。エルフの寿命に伍することの可能な種族は、アンデッド以外では竜種と魔族、神族である。


 彼女は、人間で言えば二十代後半の麗しい外見であるものの、四百年の時を旅してきたエルフであった。あと百年もすれば彼女の魂が錬成できる元素の範囲が昇華しハイエルフにクラスチェンジできるようになる。


 百四十年前。


 ザムル王国が建国されるすこし前。


 エルフの聖地、世界樹の森の北西にある平原は、さらに北西の竜王国の支配も及ばず、中央山脈をはさんで東の聖教国からも隔離された、魔物と動物が闊歩する、ある意味平和な無法地帯であった。


 そこに、突如として混沌が出現した。その混沌は、当時ハイエルフの誰に聞いてもわからない全く未知のものであった。


 色は漆黒。形は動物のようでもあり、植物のようでもあり、人のようでもあった。この世界の常識からは一つも二つも外れた存在であるそれは、夜の闇に紛れると手に負えない脅威であった。


 あらゆるもの、そう、たとえ既に生を失ったはずのアンデッドでさえも活動を停止し、再生出来なくなる「完全なる死」をもたらす者共が突如として現れ、増植していった。


 それ(・・)はまさに暴威そのものであった。魂あるものはそれら(・・・)に触れるとたちどころにその魂を破壊され、完全な死を迎える。


 どんな強靭な肉体を持つ種族でも、魂さえあればその暴威を避けることはできなかった。ヴァンパイア、トロール、スケルトン、獣人、魔族、神族、人間、ハーピィ、リザードマン、その他当時大陸に住んでいた種族の隔てなく、植物でさえもその「完全なる死」からは逃れることはできなかった。


 平原には一夜にして文字通り草木一本生えない死の荒野が出現し、急速にその徘徊する面積(テリトリー)それら(・・・)の個体数を増やしていった。


 しかし、それら(・・・)に対抗する術がないわけではなかった。


 魂を持たない剣や矢、棍棒などで完全なる物理、および完全なる魔法攻撃を合わせると、それら(・・・)は活動を停止した。その構成体を物理的に破壊し、精霊を除去した純粋な魔力を浴びせると、それら(・・・)は砂になって無害となる。


 最初は腕の立つハイエルフが、世界樹の森に近い平原を徘徊し、荒野を広げるそれ(・・)を、弓と剣で動きを止め、魔力を浴びせていったが、驚くことにそれら(・・・)は学習する能力を備えているようだった。


 単体で徘徊していたそれら(・・・)は、次第に複数体で徘徊するようになり、旅人や冒険者の物を奪ったのか、武器まで使うように進化していった。


 大陸に点在していた各種族がその進化に戦慄し、それまでになかった共同戦線を構築するようになるまで、さしたる時間はかからなかった。気位の高いエルフも、単独で対処可能な能力を持つハイエルフの半数を喪った段階でこれに参画せざるを得なくなった。参画しなければ、エルフの守るべき世界樹の森が消滅するのは、火を見るよりも明らかだった。


 ドワーフが力のある種族向けの全身鎧(フルプレート)と大型の斧を拵え、それらを纏った獣人やオーク、ミノタウロスなどの種族が一列となってあれら(・・・)の構造を物理破壊し、その残骸に後方からヴァンパイアやハイエルフ、一部の人間などの魔力を練れる者が魔力を浴びせて砂にする。前代未聞の異種族の共同戦線が実現した。


 未だ齢250程度だった彼女は、純粋な魔力を練ることはできなかったものの、魔法を練ること自体は得意であったため、回復魔法要員として共同戦線に従軍していた。


 そこで彼女はある男に出会った。


 その人間は『カタナ』と言う名の奇妙な片刃刀を操る『サムライ』だと言った。


 彼は、ドワーフに打たせたというその細い『カタナ』を背中に三本、両脇に二本、計五本差していた。他の種族の前衛は、大斧や両手剣など、盾にも使える実用的な武器を装備をしていたのに、そんな奇妙な細い剣をハリネズミのように差して歩く彼は、彼女の眼にはひどく不恰好に見えた。さらに、触られただけで殺される敵を相手に、この戦では全身鎧の装着が当たり前なのに兜すらつけず、鎖帷子と小手だけの彼は前に出る気のない憶病者にしか見えなかった。


 当時エルフは、自らをその隔絶した魔力と知性から、他の種族を圧倒する優良種だとの認識が主体的だった。彼女も例外に漏れず、自らを優良種として他とは異なる上位の存在だと考えていた。


 当然、70年も生きれば病がなくとも死んでしまう人間など、虫ケラにも等しい存在と考えていた。


 だから、その『サムライ』が彼女を見初めても、虫並みの扱いしかしなかった。


 しかしサムライは、彼女が頼んでもいないのに暇を見つけては彼女のところに現われ色々な話をした。


 自分は『ミノ』に居た戦闘民族で、剣術は極めてみたものの戦が無く、剣で食うには些か不自由していたこと。ある日理由もわからず突然この国に流れ着き、港町アインツで用心棒まがいのことをして食っていたこと。『ミノ』には妻子もいたが大丈夫だろうか、心配だ、等と言っていた。


 彼女は彼が妻子ある男だと聞いて、下等種族で妻子まである分際でこの私に秋波を送るなど無礼千万と憤慨した。しかも彼は30歳を超えた程度の赤ん坊だという。当の彼はブシにソクシツは当たり前だとか、お前のような美人は見たことが無い、ここで退き下がっては男子の沽券にかかわるなど言って彼女の元へ通うのをやめようとはしなかった。


 それら(・・・)との戦役は短期決戦では終わらず、数年に及んだ。少しずつその範囲を全種族で包囲し、死の暴風圏となるテリトリーを減らすよう陣を狭めながら進んでいった。


 彼女も、数年にわたる戦役の中で、世界樹の森から派遣される要員と交代で、世界樹の森に帰還して暫くの休養をとることが何度もあった。うざったいことに、彼はその帰還にも毎度ついてきた。勿論彼以外の護衛もつくのだが、彼女の帰還への彼の帯同は皆勤賞であった。


 世界樹の森はエルフにとっての始原の森であり理想郷。久しぶりに戻った彼女は、あれら(・・・)のせいで夜間外出禁止中であるにもかかわらず、見張りの目を盗んで池に水浴びに抜け出した。


 世界樹の森に湧く池は、霊力の高い森の樹々に浄化されている。一糸纏わぬ姿になって池に身を浮かべた彼女は、清浄な月と星の光も浴びて、戦役に疲れた心も身体も瞬く間に濾過されていった。


 彼女が池に入った数分後、池の脇の茂みががさりと動くと、あの男が現れた。彼女を見つけると猛烈な勢いで池に踏み込み、血走った眼で一直線に向かってくる。腕で身体を隠し、不埒者、うぬが本性を現したなと、水魔法を練りあげたが、水の刃は悉く躱わされた。そして彼女の所まであっという間に近づいた彼は、力任せに腕を掴み、今すぐ俺と来いと言った。気位の高い彼女は誰が己の思い通りになるものかと抵抗しようとしたところ、掌底で顎を打たれ、彼女は意識を失った。薄れ行く意識の中で、このような野蛮な男にあろうことかエルフの聖地であるこの森で純潔を奪われてしまうことが悲しく、口惜しさとやるせなさが心の中に渦巻いた。


 彼女が次に目覚めたのは世界樹、それも全ての森の祖となる聖なる祖木の上。しかも一糸纏わぬ裸であった。男に打たれた顎の痛みに顔を顰めながら周囲を見回すと、祖木の上には何人ものエルフが居た。あの男はどこか。見つけて八つ裂きに、と言うと、黙れ、この状況がわからないのかと非難された。


 見ると、祖木以外の世界樹がすべて枯れて葉を落としていた。エルフの世界樹の森は、今や夜空にその悲しい枯れ枝の腕を伸ばすだけの死の森と化していた。


 彼女のいる祖木の周囲を、枯れ葉を踏む何十もの足音がぐるぐると回っている。そこで漸く彼女は気がついた。あれ(・・)が、世界樹の森に来たのだと。


 祖木の下から、あの男の声が聞こえた。俺の剣に魔力を落とせと。


 彼女のさらに上の枝に、齢800になるハイエルフの長老が居た。今、純粋な魔力を練ることができるのは長老だけだった。長老は黙って魔力を練り、男の『カタナ』に落とした。男は有難い、というと足音のほうへ斬り込んでいった。闇の向こうから、永遠とも思える時間の中、無数の剣戟の音だけが聞こえてきた。どのくらいの時間がたったか、祖木を包囲する足音が半分程度になったころ、また枯れ木の向こうから魔力を寄こせと声がかかった。長老が脂汗を流しながら魔力を再び練って飛ばすと、今度は返事はなく、代わりに剣戟の音がまた響いてくるようになった。次第に夜が明けてくるにつれ、剣戟の音も遠ざかり、見渡す限りの枯れ林に、黒い砂が一面に広がっていた。


 いま、「完全なる死」をもたらすあの敵を砂にできるものは祖木の上には居なかった。


 いつ、あれら(・・・)がまた現れるかわからず、彼女とエルフの一族三日三晩、世界樹の実を齧りながら木の上で様子を見たがあれ(・・)は現れなかった。足の速いものが先に降りて周囲を確認したが、黒い砂と枯れ木以外はなさそうだった。生き残ったエルフたちは、周囲の捜索をした。あの男以外の護衛は剣を差したまま死んでいた。


 そしてあの男は、彼女が密かに水浴びをしていた池のほとりで亡骸で見つかった。自らの『カタナ』で己の喉を貫き、黒い砂山に覆いかぶさるような形で死んでいた。両目が潰され、右足の脛から先を失ったその凄惨な死体は、しかし満足そうに笑っていた。


 彼女は、彼の死に様に血の涙を流した。私の為に危険を冒して池まで渡り、彼の種族には何の価値もないはずの、エルフだけの祖木、世界樹の樹を守って全てのあれらを屠って果てた彼。下等種族と侮り、袖にし続けた私を守り、文字通りその全てを私に捧げた彼。お前など30年しか生きていない赤ん坊と侮り、250年の歳月を生きたことを鼻にかけていた私は、無様に裸で樹の上で震えているしかなかった。その自らの浅ましさに、羞恥と後悔が彼女の精神を蹂躙した。


 生き残ったエルフたちで、穢らわしいから森の外に捨てようととその黒い砂を集めると、最低でも500体分のあれら(・・・)に相当する砂が集まった。


 その後、前線の陣営に戻って彼の死を伝えると、熊人の指揮官は驚愕の色を隠さなかった。なぜ彼が。彼以上の剣士はわれらの軍に存在しない。聖教国の聖騎士長にすら匹敵しうる腕の持ち主のはずだと。


 やがて包囲は狭まり、最後のそれ(・・)を消滅させたところに、指揮官であった熊人を主人とするザムル王宮が建ち、共に戦った種族全てが等しく暮らせる国の建設が宣言された。


 彼女は、その国の建設に何の感慨も抱けなった。


 その後調べると、『ミノ』という地名は、凡そ移動可能な外国も含めて、人間が住む里や街には存在しないことが分かった。


 彼が世界樹の森を護った時に振るった五本の『カタナ』のうち、彼が最期に自らも刺し貫いた一本だけは刃毀れが甚しかったものの未だ原型を留めていた。長老は森を救った英雄の剣であると、中央山脈の地下にあるドワーフの里まで自ら赴き、修復を依頼した。しかし、それは余りにも高度な鍛治の技で鍛えられており、どんなに熟練のドワーフであっても、見た目は誤魔化すことが出来るとしても、この武器に命を再び灯すことは出来ない。遣い手は尋常ならざる腕の持ち主だから、この剣と共に戦った末に亡くなったのならこのままにしておく方が戦士に対する畏敬を表すのではと諭された。


 ドワーフの長は、長老の帰り際に再度思案顔でこういった。その剣はどの様に鍛えたのか。理論はわかるが実践は不可能だ。凡そこの世のどんな鍛治でも、その剣を鍛えることは出来ないだろうと。


 彼が最初に辿り着いたと語っていた港町アインツに、小さい借家ながら彼の家があった。しかしそこは、寝床以外に何もない部屋だった。自らの着替えすら無い空き家と見紛う室内だったが、たったひとつ、枕許に小さな人形があった。


 ひと目で素人の手作りと判る不恰好な男の子の人形。所々縫い目が解れて、中の綿が覗いている。楊枝の剣を腰に差し、糸屑を縫い付けただけの髪。その色は彼と同じ漆黒。不細工この上ないその人形は、手垢に塗れて汚れていた。


 彼女は解ってしまった。彼の絶望、孤独、哀しみ、そして狂おしいほどに焦がれた家族への愛。彼女の慟哭は、もう声にすらならなかった。


 彼女に森へ帰る気持ちは無くなっていた。彼の住んでいたこの部屋で生きていきたいと無性に感じていた。彼女は人間の家主に頼んで、彼の住んでいた部屋をそのまま借り受けた。家主は麗しいエルフが人間である自分の部屋を借り受けてくれることに狂喜した。彼女は、その家主が持つ空き店舗もかなりの安値で借り受けることが出来た。彼女はそこに店を出すことにした。


 その店は『世界樹』と名付けられた。

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