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第三話 バルザック商会 再訪

 首藤は宿に戻ると、深く溜息を吐いた。


 港町アインツの猫宿とは異なり、ここはダニエラに紹介してもらい、アーツが手配したザムル王都の耳長族(エルフ)が経営する宿だ。部屋には『世界樹』で見たのと同じ魔石灯が灯り、ベッドも藁ではなくバネを使った高級品。床は磨き上げられ、花まで飾られている。


「お帰りなさい。お疲れになったでしょう」


 もっとも、花を飾ったのはこのダニエラだ。魔石灯を灯しているのも彼女の魔力である。仕事で王都に行く事になったと知り、ダニエラは宿と馬車を手配してくれた上に俺の出張についてきた。店は勿論他の嬢に任せているらしいが、俺なんかのためにそこまで勝手にしていいのだろうか。


 ダニエラは大きな金属製の(たらい)に手桶2杯分の水を空け、右手を翳して何事か唱えるとたらいの水が湯になった。彼女がその湯に香油を少し垂らすとスッキリと涼やかな香りが部屋に漂った。


「どうぞ。お清めを」


 促されるままに服を脱いで、湯の張られた盥に胡座をかく。ダニエラは湯を含ませた布を絞り、俺の身体を労わる様にゆっくりと拭いてくれる。猛烈に心地よい。あらゆる疲労が文字通り洗い流されていく。


「如何でしたか?王都の支店は」


「うん。帰りがけにアマゾネスの送り狼がつきそうだったよ」


「まあ」


 ダニエラは少し、その手を止めた。


「妬けてしまいます」


 そういいながら、手を握って人差し指だけ(・・)を親指で押し出して尖らせた第二関節で俺の肩甲間部をぐい、と押し込んだ。


 くぅ・・・そこはツボだ。


 超・・・痛気持ちいい。


 暫くの間、俺は頭を垂れてダニエラの攻撃に酔いしれた。


 この世界には宿であっても風呂が無い。理由は獣人の比率が高く、風呂はたちまち毛だらけになってしまうからだという。身体を洗うには川や雨で行水するか、盥に張った水で身体を拭くかだ。エルフが経営する高級宿といえど大浴場はないので、盥の出番になるのだが、これがダニエラにかかると別のお楽しみになる。


「それでは、御髪(おぐし)を清めましょう」


 ダニエラは、俺の背後から服も脱がずに盥へ入ってきた。両足を湯に浸け、そのまま調度品の椅子を引き寄せて腰掛け、両耳を包み込むように左右の手を俺の頭に添えて、自らの膝へひきよせた。丁度ダニエラの脛に背中で寄りかかり、後頭部を膝小僧の上に載せて天井を仰いだ状態になる。


「失礼します」


 ダニエラは洗浄効果のある香油を俺の髪に垂らし、右人差し指を立ててゴニョゴニョと何事か唱えた。すると湯がスルスルと盥から紐状に伸びて、ちょろちょろと水道のように細く俺の頭に注ぎ落ちる。ダニエラは両の手を開いて、十本の細い指で額を起点に、頭全体の地肌を滑るように洗っていく。


 これは天国だ。


 ダニエラの指はただ俺の髪と地肌を擦っているわけではない。一度後頭部まで走った指は俺の額の中央に必ず戻り、絶妙な圧力で二・三度額に小さな楕円を描いた後、再度生え際の各所から攻め入り後頭部まで複雑な軌跡を辿りながら進んだのち、また戻る。


 最初にこれをやられたとき、あまりの心地よさに魔法を使ったのかと尋ねると、ダニエラはくすりと笑って「気脈が乱れていらっしゃるのよ」とだけ言った。


 床屋で洗髪された経験も、整体で頭部マッサージをされた経験も無数にあった。しかし、洗髪のやり方が異なるだけで、ここまでの快感となるとは。


 俺の頭に流れた湯は、洗浄香油と混ざってそのままダニエラのスカートに落ちる。すると、水銀の滴のように一切衣服に吸い込まれずに不自然な水玉となって盥へ流れ落ち、また湯に混ざる。だから俺はずぶ濡れだがダニエラは一切濡れない。水の精霊と意思疎通してこうするのだという。


「やっぱり、色々と根が深かったよ」


 盥の中に裸になって座り、超のつく美人の膝の上で頭を洗われているという、かなりシュールな構図なのだが、もう慣れてしまった。この姿勢だと丁度俺の顔とダニエラの顔がすぐ近くにあって話しやすい。


 そう、想像以上に、ダメな連中だった。


 業績を上げようという気が根本的に無い。管理職の牛人間(ミノタウロス)も含めて言われたことだけをやっている。管理職ですら、どうして金を儲けなければならないのかを考えてすらいなかった。この分だと、なぜ利益が必要なのかもわかっていないだろう。


「どうなさいますの?」


「今日は言った。明日はやってみせて、それから自分で出来るようになったら褒めてやる。その繰り返しかなあ。尤も、出来なかったら消えてもらうんだけど。」


「ふふっ恐ろしいこと。」


「命を取るわけじゃないさ。自分から去ってもらうだけだよ。」


「存じ上げております。カズトさんの思う通りになさったら宜しいのですよ。」


「そうなのかな」


 この世界に飛ばされて、もう100日は経つ。元の世界に戻る方法の糸口すら見つかっていない。今わかっている中で唯一可能性がありそうなのは聖教国の『転移魔法』だが、この世界が元の世界と同じ宇宙にあると仮定しても、最低でも異なる太陽系以上の遠いところに飛ばせる魔法でないと意味がないが、転移の魔法は空にかかる月に行くことすら魔力が不足してできないらしい。それよりもまずは、こちら側の世界で生活をできるようにする必要がある。


「明日は、でかい商会に行くんだ。どういうとこか知ってる?」


「大きな商会もいくつかございましてよ?」


「なんっていったか・・バラ?バル?・・・」


「バルザック?」


 ダニエラの手が一瞬停まった。


「ああそうそれ。」


「それは本当に大きなところですのね。バルザック商会は元は武器の輸送を生業にしておりましたの。中央山脈のドワーフが打った武器を流す行商の様な事を営んでおりましたわ。それが建国大戦で兵站の多くを担当したのをきっかけに、ザムル王宮のお抱えになったのですわ。」


「へえ。政商か。」


それは紙を使いまくるだろうな


「ザムル王都にヴィクトル王が建国したとき、人口は殆どありませんでした。共に戦った建国の英雄が王宮の隣に駐屯所を置き、家臣がそこにテントを張って寝泊まりしたのが、今のザムル王都の原型です。135年前は、ここ、王都はただの荒野だったのです。それこそ、草一本ない。はい、お直りください」


 俺の頭がダニエラの膝から離れ、胡坐の姿勢に戻る。それから全身を丁寧に拭ってもらう。


「135年前になにもなかったにしてはずいぶんと栄えたね」


「ザムル王国はその建国の精神から、一定水準以上の知能と道徳を共有できるならば、種族による差別がありません。国境を接する竜王国、聖教国からだけでなく、その先の国からも有能でも種族による差別で評価されなかった者が渡ってきています。王都は何もない荒野に建設されましたので、先住者の抵抗や抗争等もなく大きな都市計画を行うことができました。いまのザムル王国、とくに王都は、()口の増える余地がまだまだ残っているのです」


 水気を拭き取ってもらって盥から上がって宿の紋章が入った寝間着のローブに着替え、ソファに腰掛ける。シルクに似た感覚のローブで非常に着心地が良い。宿の支給品されているもののようなのだが、アインツの猫宿にはローブどころかそもそも寝間着自体が提供されていなかった。この宿、もしかして貴族とかが泊まるとこなのではなかろうか。


「人口増加中か。今ザムル王国そのものの課題ってなんなの?」


「社会基盤の整備と拡張、そして教育です。」


 ダニエラが、ぱん、と手をたたくと、盥に残った湯が犬のような形になって四本足で立ちあがった。そいつはのそのそと窓際まで歩くと、その身を紐のように細く伸ばし、鎧戸の隙間からしゅるしゅると出て行った。


「移民の為の?」


「教育については、全ての種族の為、と言ったほうがいいかもしれません。生来の力が強い種族は他の種族を下に見るものですが、この国ではそれは通用しません。偏見を持っているのは、国外の者だけではありませんから」


 ダニエラの表情に一瞬、ふっと影が射したようにみえた。


「一定水準以上の知能と道徳を獲得するには、識字性が最低条件です。識字性を獲得できない部族は、この国では動物や魔物とされてしまいます。そのためには教育が必須となります。」


「うん?学校があるのかい?」


「あります。言語自体は聖教国のものを流用しているので人間の言葉ですが、教師はエルフからゴブリンまで様々です。国民で識字性を獲得していないものは、魔物として狩られてしまう可能性が高いので部族の外には出られません。」


「お金はどうする?教育だって人件費なり、教材費なりかかんじゃないか?羊皮紙だって子供が練習で描きつぶすほどには安くない」


 動物の皮を原料にする羊皮紙は、相場が一枚当たり銅貨一枚と庶民の手に入らない価格ではないものの、練習に使えるほど安いものではない。植物を原料とする紙が流通しているという話は聞いたことが無い。


「部族にもよりますが、練習には粘土板か黒板を使っているはずです。」


「ああ、そうか」


 粘土ならどこでも掘れば出てくるし、文字を消すことも容易だ。貧しくても教師さえいれば何とかなる。


「お金は、むしろ教育というより社会基盤にかかります。そのお金の調達も、バルザックは噛んでいます。」


「え?」


「王国の法民や個民が保有している『お金』と同じ数だけ、金貨や銀貨、銅貨があるわけではありません」


「ああ、それはわかる。」


「王国中央管理部は、実質的に複数の大商会を指定して、そこに『お金』の管理を行わせています。たとえば、王国が造った学校や橋は、実質的には土木工事を行った事業者の口座額が増えるだけで、貨幣は流通しません。」


「その大商会の一つが、バルザックだと?」


「おっしゃる通りです」


 なんてこった。それじゃバルザック商会が払いだす手形は金と同じだ。


「よくわかったよ。ダニエラ。ありがとう」


 ダニエラは目を細めて嬉しそうに笑うと、

「これを明日はお持ちになってください」


 引き出しから四角いものを取り出して、俺の手に握らせた。皮でできた名刺入れ。蓋の部分に、大きく何かの紋章が刻印されている。


「名刺入れか。丁度前のはくたびれていたんだ。ありがとう」


 クローゼットの上着から古い名刺入れを取り出し、中身を交換する。古いほうはこの際捨ててしまおう。


「さあ、もう寝よう。明日はまた早い。」


「はい」


 ダニエラがすっと手を動かす。魔石灯の明かりが最低まで落ちて、薄暗い部屋になる。クイーンサイズはあろうかというベッドに潜り込んで天井を仰ぐと、ダニエラがソファに腰掛けようとしているのが目の端に入った。


「おいで。ソファは寝るところじゃないよ」


 ダニエラは少し戸惑ったように俺を見たが、黙ってそのままベッドに入ってきた。俺は、彼女の森と花のハーブを掛け合わせたような薫りに包まれた。



■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 



 晴れ。まさに絵にかいたような秋晴れの朝。


 牛人間(ミノタウロス)を先頭に、ドワーフのガインと俺は、バルザック商会への道を歩いていた。


 昨晩ダニエラに聞かされた話の後だと、街は変わった風に見えてくる。


 なるほど、元の世界に慣れた俺の目にも違和感なく(・・・・・)文字を使用した看板が街にあふれている。絵が無く、文字しかない看板も多い。これほど文字が氾濫していれば、字を読めないほうが生活に困るだろう。見ればそこかしこに語学学校がある。道行く者の種族も多様だ。特定の種族専用の道なども見当たらない。種族の差による階級制度のようなものはないようだ。


「王都ではどういうところに羊皮紙が売れているのかな?」


 俺が誰とはなしに聞くと、ガインがあたりを見回して、自分が答えるのか?といいたげに自分の顎を指さしてモーリーを見た。モーリーはそうだと顎をしゃくった。


「うちの客は、王宮や貴族を相手にしているところが多いように思いますがね。」


 ほう。なぜだ。


「それ以外の会社は羊皮紙を使わないの?」


「さあて?どうでしょう。高いとは言っても一枚銅貨一枚ですからね。重要な契約なんかじゃ使ってもよさそうなもんだと思いますが。」


「ではなぜ偏りが?」


 さて?とガインは思案気に空に目をやった。わからないようだ。


「それは、単に先代が伝手で取引先を広げたからでしょう。」


 モーリーが口をはさんだ。


「先代は、お客様に紹介をいただいて販路を拓いていらっしゃいました。」


 なるほど。先代はいい営業スタイルだったようだ。複数の客から継続的に紹介がもらえる営業は理想形だ。


 進むにつれ、周囲の建物が大きくなってくる。宿を出たころは2~3階建ての建物ばかりだったが、今や周りは5~7階建てだ。道を歩いている者の種族は相変わらず多種多様だが、身なりは皆清潔で、中には時間に遅れそうなのか走っている者もいる。往来の人数もどんどん増え、道には馬車の往来も増えてくる。


 動物が人語を使う夢の世界(ファンタジア)であっても、世の中世知辛いところはかわらないようだ。


「このあたりは住宅ですか?それとも会社?」


 右手に見える建物は6階建てで、三階までが石造り、その上は木造である。5階、6階の窓辺には洗濯物が見えるが、1階は宝飾店。2~3階は何が入っているのかは不明だが、外から見た感じでは宝飾店用の入口はあっても集合住宅用の入口が無い。


「この辺の建物は大体大きめの商家のものです。上の方の階はオーナーと住み込みの住居と言うのが普通ですね。」


 なるほど。一族経営の住宅兼本社か。王都に店を構える商家は、それなりの羽振りなのだろうか。


「ああ見えました。あれがバルザック商会です」


 先行していたガインが交差点に差し掛かり、物見遊山で歩いていた俺を振り返って、右を指差した。どれどれ、と、俺も交差点まで急ぐ。


「はっ。こいつぁ・・・・」


 なるほど格が違う。建物は総5階建てだが幅が広い。約200メートル四方の1ブロックまるごと、少なくとも俺から見える範囲は一つの建物になっている。1~5階すべてが石造りで、他の建物では店舗となっているはずの一階は、店舗だけでなく敢えて建物を凹ませて馬繋ぎが設けられているところがある。建物の周囲にはあからさまに屈強で、腰に剣を佩いた獣人が大体等間隔に歩哨に立っている。街道にはどれもこれも荷を積んだ馬車が渋滞していて、バルザック商会の建物をぐるりと取り囲んでいるように見える。


「国外との海運貿易と両替と為替を扱う大商会ですからね。でかいっしょ。」


 ガインが観光客を案内するように、にっ、と口ひげの両端を釣り上げた。その話は昨晩ダニエラから聞いているこの会社の本質とはずれているが、物事の本質を浅目に見てしまうあたりはいかにもガインらしい。


 店舗らしい入口からは入らず、馬車の渋滞を追い越してぐるりと裏側に回る。総石造りの建物はブロックの半分くらいで終わっていて、そこから先には中庭と倉庫があった。中庭は馬車がひしめいており、獣人の歩哨が交通整理をして交通マヒが起こらないように統制している。商品を入荷する区域と、出荷する区域はそれぞれ分けられている。入荷を終えた馬車がそのまま出荷区域に移って別の荷物を積んで出て行くものも多い。


「俺たちはこっちです」


 倉庫のさらに先、石造りの建物の裏側に設けられた通用口らしき入口がある。ガインはそこへはいると


「ムタリカ商会だ」


 と、ぞんざいに言った。


 丁度、表側の「店舗」の裏側に位置するそこは、銀行や郵便局の窓口の裏側のようだった。窓口に並ぶ客の殺気立った顔の手前に、窓口で客に対応するもの、その後ろで窓口から渡された申請書や伝票を捌く者、倉庫へ何やら伝票を持って通用口から走り出る者など、従業員が統一された服を着て忙しそうに動いている。


 その従業員たちの一番後ろ、丁度通用口側にほど近いところの机に座っている黒髪の耳長族(エルフ)の男が、書類から目をずらして通用口へ一瞬殺気の篭った視線を投げ、ガインを認めると


「何用だ」


 と、意外そうに言った。


「今日は俺の上司を連れてきた」


 そういって、ガインはくい、と顎をしゃくって俺とモーリーを指し示した。テメエ紹介ぐらいしろよ・・・こちらが私の上司のモーリーですとかさあ・・・。


 ガインは根本的にビジネスマナーがなってない。加藤事務機商会(前の会社)なら、減給処分か、軽く一通り殴るか選ばせるレベルだ。客の方が気にしていないのが唯一の救いだが・・・


 その「上司」のモーリーが半身を引いてくい、と顎をしゃくって俺を指し示した。根本原因はコイツか。どうしてくれよう。


「上司・・・?」


 エルフの男の目線が俺に向いた。


 仕方ない・・・俺だけが当たり前のビジネスマナーで対応するしかないか・・・


 俺は鞄から名刺入れを取り出した。


「いつもお世話になっております。ムタリカ商会の首藤一登と申します。昨日の件でちょっとお時間頂ければと思い伺ったのですが、本日の按配はいかがでしょうか。」


「いやそんな暇ではな・・・ィイイイ?!」


 俺が名刺を抜くと、エルフ男の表情が驚愕に染まった。名刺を交換する風習はこの世界にないらしいが、紙屋なのだから名刺を渡すのはちょっとしたサプライズになるはずだと名刺を作った。アーツもそいつはいい考えだとノリノリで自分もと言って作っていた。初見とはいえ、叫ぶほど驚かれるようなことをしているつもりもないのだが。


「これは名刺といいまして。私やら当社やらのご案内が書いてあるものです。これに使っている紙も当社の羊皮紙なんです。そちらに伺っても?」


 俺が立っている通用口からエルフの男までは数メートルだが距離がある。ずけずけと上がり込むことはできそうだが、初回訪問ならある程度礼に則った方がいい。


「いやっ?!ああ、うん、どうぞ」


 エルフの男は焦りと混乱がないまぜになった動きになっている。うん、キョドってる。ガインの話ではこいつが番頭のアンドレのはずなのだが。


「ありがとうございます。」


 エルフ男のところまで三歩で近づき、体に染みついた動きで胸元に名刺を差し出す。エルフ男は座ったまま名刺を右手で受け取った。かなり汗をかいている。そんなに働いたのだろうか。


「宜しければお名前を頂戴してもよろしいでしょうか?」


 俺が喋ると、びくっと痙攣して、それから俺の顔を見た。おかしいな。普通に話しているはずなんだが。


「あ、あぁ、名前ね。俺の。アンドレ・エーメだ。バルザック商会で番頭をしている。」


 やはりこいつがアンドレだった。


「ジェーン。すまないが、応接室の用意を」


 アンドレは隣の机で算盤らしきものと書面に向き合っていた猫人の女性に言った。言われた猫人のジェーンは不思議そうに少し頭をかしげて


「応接室ですか?会議室ではなく?」


「そうだ。急いでくれ。お飲み物もご用意するように」


「承知しました」


 ジェーンは席を立つと、我々の前に来て


「ご案内します。こちらへどうぞ」


 と、先導して歩き始めた。窓口横に付いているのスイングドアから窓口の客が行列している待合側に出る。先導された俺、ガイン、モーリーの三人は窓口客の好奇の目を浴びながら、廊下へ出て、階段を上って三階まで上がる。三階は会議室や応接室が固まっているようだ。俺たちはそのうちの一つの部屋へ通される。


 長椅子と向かい合った袖付き三つとオットマンのソファーセットとローテーブル。見慣れた応接セットだ。


「お飲み物のご希望を伺います。」


猫人ジェーンは手慣れた対応だ。澱みが無い。


「じゃあ何かお茶を」


「酒」


「ミルク」


ちょ!お前ら!


「かしこまりました。おかけになってお待ちください。」


部下二人の爆弾リクエストに焦る俺とは対照的に、ジェーンは一切動じずに出ていった。プロ魂を感じる。


「お前ら、酒とミルクって・・・」


「ドワーフに飲み物と言ったら酒ですよ?」


「ミルク飲まないとこの身体は維持できないんです。」


 二人とも何かまずいことでも?といいたげだ。俺の常識がおかしいということか。確かにここは異世界だしな。郷に入りては郷に従えか?


 俺の悩みを余所に、モーリーがオットマンに、ガインが袖付きソファーのど真ん中へと歩き、


「俺ここ」


「ガタイがあるから背もたれが無い方がいい」


とかいいながら勝手な所に座ろうとする。駄目だこいつら。


 二人とも蹴飛ばして席から立たせ、長椅子に並んで座る。当然俺が中央、モーリーが奥側、ガインがドア側だ。


 狭くないですか、あっちが空いてるのに不合理じゃないですかと不平不満を垂れているが黙れと言っているうちに、ドアがノックされてアンドレがジェーンを連れて入ってきた。ジェーンは飲み物を四つトレーに乗せている。


 反射的に俺は立ち上がったが、両脇の二人は不思議そうな眼で俺を見上げるだけだ。とりあえず脛を蹴って立たせる。こいつら本格的に駄目だ。


 その様子を見て、アンドレはふっと小さく笑って、


「中々、ご苦労されているようで」


少し緊張を解いて言った。


「いやお恥ずかしいところをお見せして申し訳ありません。お忙しいところお時間頂きましてありがとうございます。」


「いえこちらこそ。ムタリカ商会様にはいつもお世話になっております。どうぞおかけください。」


「失礼します」


 よかった。アンドレは俺の一般常識(ビジネスマナー)が通じる相手のようだ。定型文のやり取りがスムーズに運ぶことがこんなに爽快だなんて。


「会司にお目にかかれるとは光栄です。ムタリカ商会様とはもう長いお取引になりますが、カズトさんのお名前を伺ったのは初めてです。」


 ジェーンが俺、モーリー、ガインの順番に飲み物を置いて、最後にアンドレの前に置いて応接室から退がる。俺のは氷の浮いた緑茶、モーリーは金属のグラスに白い液体。おそらくミルク。ガインは木製のジョッキに麦酒らしきもの。アンドレは紅茶のようだ。


「今年からムタリカ商会には籍を置いております。色々ありましてね。こっちに来たのすらつい最近なんです。」


 世間話には興味が無いと言わんばかりに、俺の隣のバカ二人はさっさと杯を傾けて、「いい麦使ってんな」とか、「うふぁ、生き返る」などと好き勝手なことをつぶやいている。


「ほぅ。つい最近(・・・・)ですか。ああ、どうぞご遠慮なく召し上がってください」


「ありがとうございます」


アンドレに勧められて氷の浮かぶ緑茶を一口に含む。少し苦味のある緑茶の匂い。


「それで、本日は?」


「ふたつございます。一つめは先日うちのガインが失礼をしたとのことで、そのお詫びに伺いました。せっかくのお話を申し訳ありません。」


 ガインが俺の方を見た。俺が悪いのかよといいたそうなのが気配でわかる。お前が悪いんだよ。


「いえ、こちらも値下げをお願いしたわけですから。」


「お伺いした用件の二点目はそこです。私共のなかで創業者のジィユ・ムタリカが合意させていただいた取引条件はかなり大事にされておりまして、弊社の従業員にはそれを変えることに抵抗がある者もおおいのです。」


「ふむ?」


「ですが、この王国が変わりゆくように、ビジネスも変わっていかなければなりません。その変化の最前線に立っていらっしゃるバルザック商会様には今更のお話かもしれませんが。」


 アンドレの左耳がピン、と跳ねるように一度動いた。


「そこで、こういった条件ではいかがでしょう。羊皮紙3万枚で2万ザムル。お支払いは貴社振り出し貴社決済の為替で結構です。ただし、サイトは60日にしていただきたい。」


「3万枚で2万ですか。」


 アンドレは少し考えるような仕草をした。


「話は逸れますがカズトさん。先ほどは面白いものをお持ちでしたね。お名前が書かれたカード、ええとなんと言いましたか・・・」


「名刺ですか?」


「ああいや、それではなく、そのメイシが入っていた容れ物(・・・・・・・・)のことです。」


「容れ物ですか?ああ、名刺入れですかね」


 名刺の容れ物と言えば名刺入れ。名刺が無い世界なら名刺入れも珍しいのも当然か。


 俺は上着のポケットから名刺入れを抜いた。すると、アンドレの目つきがあからさまに変わった。名刺入れを持てる視力の全てで睨んでいる。


「・・・・・・・・・・・失礼ですが、それをどちらで?」


「知人がプレゼントしてくれたのです。手作りらしいのですが、中々良い出来でして。」


「拝見しても?」


「どうぞ」


 名刺入れを手渡すと、アンドレは手元に引き寄せ、真上から凝視した。


「この刻印も、そのお知り合いがなさったのですか?」


「さて。わかりません。作っているところは見ていないもので。」


「・・・・・左様ですか。ありがとうございました。」


 アンドレは名刺入れを俺に渡すと、そのままソファーの背もたれに身体を預けて天井を漠と見上げ、瞼を閉じてふうと深く息を吐いた。


「すみません。話が逸れました。本題の羊皮紙の件ですが。」


「はい」


「質問があります。三万とのことですが、納品はどうされますか。いつもそちらのガインさんが一万と数千をお持ちになりますが、手押し車に満載でお持ちになります。三万となるとその倍か、それ以上。一度にはお持ちになれないのではありませんか?その条件ですと仮に一度に一万五千お持ちになっても完納するまで為替もお支払いできませんが、それはよろしいのですか?」


「会司、俺は三万を一回で運ぶのは無理だぜ。根性入れて荷車引いても二万が限界だ」


「ああ大丈夫です。彼にやらせますから」


 俺はモーリーの肩を叩いた。


 ブフォ!とか奇妙な音が右の方から聞こえた。さすが牛頭。動物っぽい音を出させたら右に出る者はいないかもしれん。


「か、会司。お、俺ですか?」


「できるよね?モーリー君。身体大きいんだからさあ」


「いやでも俺管理職だったはず・・・」


「そうか。できるんだな。よし決まり。ということで、このデカブツが納品します。ガインは、数日毎に注文を取りに伺わせますので、必要な時にお申し付けください。翌日に納品という形でいかがでしょうか。」


「ははっ」


 アンドレは相好を崩した。


「結構です。それではそういう条件で。」


「為替のサイトも60日で?」


「問題ありません」


 よし。大勝利。


「ありがとうございます。それでは今後ともよろしくお願いします。」


 俺は鞄から羊皮紙を2枚出して取引条件を合意書にする。モーリーが「いやそういう話じゃ・・・」とか言ってるが無視だ。アンドレと俺がそれぞれサインし、合意成立だ。


「それでは明日、納品させていただきます。今後ともよろしくお願いします。」


 俺達は席を立った。


 アンドレに丁寧に礼をしてバルザック商会を後にする。ガインはホクホク、モーリーは肩を落としてトボトボと俺の後ろを歩いてくる。ガインには今日の実績はおまえにゃ付けないが、次回からは納品しない分半分つけて、できるだけ通ってバルザックの羊皮紙を全部奪う気持ちでやれ、とハッパをかけた。




「さて、野郎ども。OJTだ。」


「「おーじぇーてぃ?」」


 モーリーとガインがユニゾンした。この二人のユニゾンはキモい。


「実地研修だ。お前等名刺は持ってきたよな。」


「はぁ」


「はい」


「今から事務所に帰るまでに一軒、取引のないところならどこでもいいから開拓しろ。羊皮紙(ブツ)がここに50枚ある。最初のお試しでとか言って1枚でも10枚でもいいから新規で売れ。毎回100枚以上の需要があるなら九掛けまでなら引いてもいい。」


 俺の鞄には羊皮紙を用意してきた。今日はこの屑共に飛び込み営業を教えてやらにゃならん。


「ハァ!?」


「はぃい?!」


 こいつら語彙が少ないな。


「いやちょっとまってくださいよ。どこからも紹介もらってないじゃないですか。」


 モーリーが牛の鼻をブホブホと荒く鳴らして食ってかかってきた。


「だからなんだ」


「どうやってそれで売るんですか。どこに行けば売れるんですか!」


「売れるとこに行けば売れるんだよ。」


「そんなの答えになってないでしょうが!アンタ会話できねえのか!」


「五月蠅えクズ。お前がそんなだから店の数字が上がらねえんだ。いいか。紙ごとき、王都に初めて来た俺でも売れるわ。」


「マジか?」


 おお、ガインは少し興味ありか。まだ救いようがある。


「そんなのできるわけねえだろ!」


 モーリーはNOの連続か。管理職のくせに、コイツは根本的にダメだな。


「五月蠅え。いいからみてろ」


 俺は行き交う通行者の流れ、建物の外観、看板、中で働いている者の様子、数ブロックうろついて見回ったのち、一軒の語学学校の扉を開けた。


 白木のカウンターにブースが3つある。壁や天井も白く塗られて明るい雰囲気の店内。客と思しき豚頭人と狐人がカウンターで申込書のようなものに拇印を押している。カウンターの上にはスクールのコースと期間と受講料が書かれた木の看板が掲げられている。2週間くらいのコースで1000ザムル。その辺りが相場でもっと高いコースもある。壁には王国一級認定者今期1000人突破!などといかにも塾らしい成果が書かれている。


 ごめんくださいと声をかけると、浅黒い肌に長い黒髪、肉感的な厚めの唇に彫りが深い、いかにもアマゾネスな女性が応対に出てきた。


「いつもお世話になっております。ムタリカ商会の首藤一登と申します。こちらは当社のガインです。」


 俺とガインで名刺を渡す。すると、彼女は少し得心がいったようにしげしげとガインを眺めた。


「おや、彼をご存知ですか?」


「はい。よく重そうな手押し車を曳いてそこの道を歩いていらっしゃいますよね。」


「なるほど。彼が真面目に仕事しているのがわかってよかったです。実は、今日はその手押し車の中身の件でお伺いしたのですが、少々お時間よろしいでしょうか?」


「あんまり時間はありません。次の学生が来るとまずいので。」


 俺はDNAに刻み込まれた営業スマイルを顔面に貼り付けた。


「ありがとうございます。では手短に。私どもはこの名刺にも使っております、羊皮紙をご案内しているのですが、ぜひ御社にも当社をお試しいただきたくて伺いました。」


「はぁ。 別に間に合ってますけど。」


「もちろん左様でございますよね。一つ確認させていただきたいのですが、いまどちらで羊皮紙を調達されてますか?」


「文房具屋まで買いに行ってますが」


「お申し込みが増えて、暫く保つはずだった予定の紙がなくなりそうだったことはありませんか?」


「・・・・・んー」


 ああ、成る程。イエスだ。


「それで急いで買いに行ったりとか、しますよね。でも羊皮紙って、意外と重くないですか?」


「まぁ重いですけど。それも仕事ですからね。」


「ですよね。でも、重いからたっぷり買い置きできる程持ってこれないですよね。でも、例えばこの彼が、手押し車で持ってきてくれるとしたら、どうですか?文房具屋さんに行かずとも一度に千枚とか買い置きできるんです。」


「うーん?いつも重そうに曳いてらっしゃった荷物は羊皮紙なんですか?」


「はい。その通りです。うちはお客様先までお伺いしてお届けします。お客様は絶対そっちの方が楽ですし、いやな汗もかかずに済みます。」


「でも切れたらまた店に買いに行くのは同じでしょ?」


「そこがミソです。うちは、お客様のご要望に合わせて訪問頻度を調整できます。例えば、三日にいっぺん来て、とか、ひと月に一回でいい、とかです。ちょっと短めの頻度でお伺いしておけば、紙がなくなる前に補充できますよね。彼が来た時にちょっと多めに注文しておいていただければ、紙のことで急いで買い出しにいくこともなくなります。もちろん足りている日は、今日は要らないと言っていただければ帰ります。」


「へえ。それっていくらで、何枚から注文できるんですか?」


「1枚1ザムルです。下は5枚からご注文いただけます。上は五千でも一万でも大丈夫です。一回試してみませんか。ダメならもう要らないと言っていただければおしまいになります。」


「うーん。ちょっと待ってくださいね。」


 アマゾネスほカウンターの向こう、最奥の席に座っているエルフの女性のところに行き、何やら相談している。エルフの女性はこっちを見ると、胡散臭そうに目を眇めて、席を立ってこっちへ来た。


「なんですか営業中に。羊皮紙の行商?」


 よしよし。もう勝ったな。


「お忙しいところ恐れ入ります。私共はムタリカ商会と申しまして、バルザック商会様にも納めさせていただいております、羊皮紙の専門問屋でございます。」


「え?本店に?」


 エルフの女性に驚きの表情が走り、懐疑的な色が薄れて行く。


「はい。私は会司の首藤一登と申します。」


 名刺を手渡した。彼女は責任者のようだが、名刺を受け取る仕草は素人そのものだ。珍しそうに名刺を眺めている。


「私共は重くてすぐ無くなる羊皮紙を、お忙しいお客様の代わりにお客様先までお持ちする事を生業にしております。アンドレ様のところでも長のお付き合いをさせていただいております。」


 エルフの責任者はアンドレの名前にちょっと反応した。


「モノは確認できる?」


「はい。こちらがサンプルでございます」


 俺は鞄から1枚羊皮紙を出した。


「バルザック商会様に納めさせていただいているものと同じものでございます。」


 裏表を確認しながら、うん、そうね、とひとりごちている。


「なに?千枚とか買わなきゃいけないわけ?」


「いえ。私どもは押し売りではありません。要らないとおっしゃるのでしたらこのまま帰ります。5枚でも10枚でも今日は弊社の羊皮紙をお試しいただいて、また数日後にでも御用伺いに参りますから、その時に必要な枚数分、50枚でも100枚でも、千枚でもご用命いただければ幸いです。」


「じゃあ、10枚おねがいしましょうか。」


「ありがとうございます。では本日は10ザムルになります。」


エルフの責任者が目線で先刻のアマゾネスに支持を飛ばすと、別室から銀貨一枚を持ってきた。


「確かに頂戴いたしました。ありがとうございます。次回は一週間後くらいでよろしいでしょうか?」


「次に来たら買わないかもしれないわよ?」


 エルフは左の口の端を上げて言った。いかにも買いそうだ。


「いえいえ。彼には手押し車に羊皮紙満載で回らせますので宜しければ全部でも。どちら様宛に伺えばよろしいでしょうか?」


「彼女、シミン宛でいいわ。」


 先刻のアマゾネスが指名された。シミンは軽く会釈した。


「承知しました。それでは今後ともよろしくお願いいたします」


 売れた。ちょろい。複写機(コピー機)に比べればなんのことはない。


 俺とガインは店を出て握手した。


「すごいですね会司。ほんとに一軒開拓できましたね。」


 ガインは英雄でも見るかのように目を輝かせて俺を見ている。飛び込みで成果出るとうれしいよな、実際。


「そうだよね。でもね、中々うまくいかないもんなんだよ。飛び込みは。」


 ガインには見えていないだろうが、今回俺はかなり狙ってあの語学学校を選んでいる。何も考えないで適当に選んで猪突猛進しても、売れる可能性は低い。


 支店に帰る道すがら、俺はどうしてあの語学学校に飛び込んだのか教えてやった。看板のマークがバルザック商会の建物に彫ってあったものと酷似していたからグループだとにらんだこと、移民が増えて語学学校が忙しくなっており、羊皮紙の需要は伸びているだろうと読んだこと、店の奥の方に座っているであろう最終決定権者がエルフで、おそらくアンドレと何らかの知己ではあろうと読んだこと、等だ。


 ガインはへぇと言って感心していた。


何件も飛び込みをガイン自身にもさせてみる。最初はガチガチに固まって


「よ、よ、ようひしのですね。えっと、なんだっけ?」


などと言って居た。ビジネスマナーも都度指摘する。10件も飛び込ませると慣れてきて、17軒目で初受注が取れた。たった五枚の初回注文だったが、ガインは涙を流して喜んで居た。俺も一緒になって喜んだ。何事も慣れは大切だ。


 それに対して、モーリーは完全にネガティブだった。


「そんなのは我々の仕事じゃない。棟梁が開拓したお客様のフォローが我々の役目であり伝統だ!勝手な真似は許されない!」


 どうするかなぁこのバカ。本当に牛車代わりにしちまおうかな。


「あー、じゃぁお前、どうやって数字作るの?営業してんのはうちだけじゃないだろ?何にもしなきゃ客ってのは減るんだよ」


「知らん!そんなのは上が考えることだ!」


 お前がその上なんだが。


「よしよしわかった。お前今から納品専任な。仕事してれば給料はナズィ君と同じだけあげよう。ガインさん。君、今から支店長だから。」


「うぇ?!俺ですか?」


 そう、君。


「な、なんの権利があってそんな横暴を・・・!」


「人事権だよ。部下にビジネスマナーも教えられない奴に支店長させとくわけにはいかないよ。自慢の大きい身体で役立ってください。期待していますよ」


 モーリーにダメ出しした所で支店に着いた。メンバーに早速ガインが支店長となることを伝える。大口の納品には積極的にモーリーを回らせることにした。ガインには、一週間アインツの本店でビジネスマナー研修を受けさせる。飛び込み営業を水平展開するように命じた。


 意外なことに、ナズィが営業をやりたいと申し出た。人間の男並みにはフィジカル面が強く、手押し車も曳けるとのこと。大口狙いで頑張りたいとのことだ。女だから売れないということはまったくないし、やる気のほうが重要だ。とはいえ、アシスタントが居ないと帳簿がつかなくなるのでアルバイトのアシスタントを雇って、引き継ぎ次第営業を始めるようガインとナズィにはいい含めた。


 その晩、アインツに戻る馬車が宿に迎えに来た。


 チェックアウトしてロビーを出ると、パレス通り支店のメンバーが宿まで見送りに来た。


 急遽支店長にしたガイン、オークのカー、人間のルイ、リザードマンのドワジ、営業に転向するナズィ、そして、支店長だった(・・・)納品屋のモーリー。メンバーの中で世話を焼いてやったのはガインだけだったのだが、彼が声をかけて俺の見送りに集まってくれたようだ。


 何故かモーリーの角が片方無くなっている。何やってるんだアイツは。闘牛にでも出たのか。牛の表情はまだ読み取れないが、俯きがちなので落ち込んでいるんだろう。


「会司、ありがとうございました。」

 未だにガインが俺を見る目は英雄を見る目そのものだ。


「こちらこらこそだよ。見送りなんて申し訳ない。」


 ルイとドワジが後ろの方で「すげーなー、衝撃吸収装置(サス)付きの馬車だぜ」「ヤベェ」「あれ中で寝られるよな」「ヤバすぎる」とか言っている。何この馬車高いの?


「会司!私超売ります!超売ったら「カイショク」っていうデートがあるんですよね!」


 ナズィは何かを間違えている。「会食」は、会社の奢りで有績者に高い店で食事をしながら話を聞くことだ。


「あー?あるよ?あるけどデートじゃないし一対一じゃないよ?」


 そう言っても、グループデートですねわかりますとか言ってる。もういいや。


「色々体制なんかが変わって大変だろうけど、みんな会社の為じゃなく自分の為にがんばってください。会社は頑張った者の応援をしたいと思ってます。」


 そう言って、宿で用意してもらった葡萄酒の小樽をドワジに渡した。


「ちゃんとみんなで(・・・・)飲んでね。」


「えっ、こういうのは管理職が貰うもんじゃないんすか?!」


「おめーにやったら一人で飲んじまうだろ!」


 ドワジが「はい、葡萄酒戴きました!」と盛り上がっている。


「じゃ、みんな明日からも頑張って!」


 俺は馬車に乗り込んだ。席に座ると、ゆっくりと馬車が動き出す。みんなの声も次第に遠ざかる。


 天井の魔石灯がポっと小さく灯った。向かい側の席に座るダニエラが微笑む。


「お疲れ様でございました」


「ほんと、疲れたよ」


 俺は、座席の後ろに敷いた布団に身体を投げ出した。


 アインツまで一晩、馬蹄と馬車の軋む音が支配する束の間の世界は、奇妙に深い静けさに包まれていた。




■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 



「よろしかったのですか?」


 騒々しい三人を見送った後のアンドレに、ジェーンが尋ねた。


「それほどの好条件ではないと思うのですが?他社でも・・・」


「うん。君の言わんとすることはわかるよ。でもね」


 アンドレは天井を見上げ、


「そういう話ではなかったんだよ。」


 と、声を潤ませた。


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