Scene3-3 VS.夜森の洗礼
「・・・鹿、ですよね?」
身構える僕達の前に現れたのは現実の大人の鹿を2周りほど大きくさせた2匹の動物だった。その様子は友好的や穏やかとはとても言えず、鼻息も荒く前脚をうごかしている。目は真っ赤で暗闇でも視認出来る程輝き、その角は青白い輝きを薄く放っている。炎とは思い難いしあの角、雷か氷の属性があるのだろうか。
「見たことの無い奴だな。誰か知っている人は?」
ジョーの質問に答えは無い、全員が首を横に振ったからだ。
FLOで夜に戦闘を行ってもプレイヤーには何のメリットも存在しない。視界は暗く遠くまで見えない、ある種のモンスターが活発に行動するようになる、視界を確保しようと明かりを持つと襲われやすくなる等。方法が無いとは思わないけど、今のところは全てこちらに不利な出来事しか起こっていない。<暗視>の技能も存在せず、草原や広い場所ならまだしもこの森の中では僅かな月明かりと気配で場所を捉えるしかない。
この事がβ期間で無謀にも挑み続けた人達から伝えられ、時間が取れない人や無理をしている人以外は、夜の間は大人しくしているのが現状で最も多いプレイヤーだと思う。僕達3人も夜に外に出るような行動は極力控えるようにしている。
僕とジョーは防御力に難があるし、敵を見つけにくい時点で僕の機動性も失われている。ジョーは魔法を唱えるとマナが光ってしまうので居場所がまるわかり。リィーナはある程度戦えるけれども、1VS1の状況ではないとまともには戦えない。
「駄目、攻略サイトにも載ってない。低レベルのフィールドでも、夜の敵に関してはデータが少なすぎる。」
この事からwikiにもページだけは作られているけど、夜のモンスター情報は全然揃っていないのが現状だ。フィールドですら揃っていないのだから、森の中なんて戦いにくい場所のデータは尚更無いと思う。
場所が場所なだけにそこまで強いモンスターとは思えないけど、油断は出来ない。相手は明らかにこちらを認識して出てきたのだから。地の利は向こうにある。
「名前は・・・ブリッツアントレスか。」
ボルトが確認するのと同時に、僕の目にもモンスターの名前が見えるようになる。どうやらパーティー内の誰かが<識別>出来れば、他のプレイヤーにも名前は伝わるようだ。この場合は見えるようになるまでは<識別>技能の経験値は入るのだろうか?
「アントラーじゃないのは某怪獣が出てくるからか?」
あっちは蟻地獄だけどな、と苦笑しながら盾を前面に構えるディンスさん。
「かもね。名前で判断するなら威力の高い一撃を出してくるか―。」
アシさんが言いかけているとブリッツアントレスの角が輝きをましていく。ゲームとかで馬が走り出す前にするような、前脚を蹴り上げて勢い良く地面を踏みつける動作を数回。最後に一際強く地面を踏みつけると同時に角から青い稲光がこちらへと奔り来る。
「電撃の方みたいだなっ!」
「みたいね、<魔力防壁>!」
ディンスさんが僕達の前に出て盾を稲光に向けて構えると、その背中にアシさんが紙を貼り付け魔法を発動させる。魔力を吸って紙が青く輝き、ディンスさんの身体も青色の薄い膜に包まれる。属性防御の能力は無いが、対象の魔法防御を上げる<補助>魔法だとアシさんが教えてくれた。紙が光っている間は魔法の効果が続き、切れると紙は崩れてしまうらしい。パッと見て判るのは助かるかもしれない。
「ぅおっ!? 気をつけろ、あの攻撃魔法防御を抜いてきた・・・鋼鉄製でこのダメージとは!」
<雷>属性の魔法は相手の魔力の干渉を受けにくいと言う特性を持つ。普通に考えたら影響を受けそうなものだけど。FLOの<雷>は貫くと言う特性を持つため、相手の<付与>や<補助>の効果を一定確率で無視できると言う。
ジョーから説明を受けている間も稲妻はこちらに何度も襲い掛かっており、そのほとんどをディンスさんが盾で壁となり防いでくれている。がその表情は険しい、攻撃は全て防御しているのに・・・と見ていると、ディンスさんの体の表面を雷のエフェクトが走っている。走り続けている。
「ディンス、大丈夫かっ?」
「駄目だ、あの雷必ず貫通してきやがる!このままじゃすぐに倒れちまう。」
「マジか!?おいおい最初の町の森だぞ、敵が強すぎじゃないか?」
固まったままでは戦えないと判断し、相手が2匹と言うこともありまず大きく2つに分かれることになった。片方はリィーナとその知り合いの5人、そして残りの6人と言う分け方で、なるべく時間をかけずにこいつらを倒さないといけない。
しかし名前の通りこの鹿の動きは素早く、変な動きはしてこない分全体の動きに無駄が無い。ボルトの弓による射撃は木で身を隠しながら近付き、ジョーの魔法攻撃はどう察知しているのか、発動前に射線から隠れてしまう。
「ジョー、いつもの。」
「オーケー、任せる。」
「ならその間、僕がヘイトを集めておくよ。」
腰に挿したままの短剣を抜き、ディンスさんの脇からブリッツアントレス目掛けて駆け出す。僕の接近に気付いたブリッツアントレスは攻撃を避けようと――しない?
それならそれで構わない、時間が稼げればいいのだからとすれ違い様に手に持った短剣で斬り付ける。
「ぐっ!?」
直後に手に伝わった感覚に僕は顔を顰める。硬い、動物の毛皮とは思えない位で鉄を殴った様な感覚が腕に残っている。ブリッツアントレスはこちらに見向きもせず、ディンスさんの構えた盾に向け蹄を叩きつけている。その音も鈍い金属同士のぶつかる音だ、物理攻撃は駄目か?
「っし、ここから3秒!」
ボルトさんが矢をアントレスの足元目掛け放ち、3秒後にフルチャージしていた<ファイアボルト>を撃ちだした。脚に矢が刺さると思ったアントレスの動きが一瞬止まり、脚より手前で地面に刺さるのと同時に<ファイアボルト>がその体を包み込んだ。
「!??」
急に体が燃え上がり、流石に冷静ではいられなかったのかその場で暴れだすアントレス。その隙を見逃せるほど僕たちは強くはない。
「援護する。<ヒートチェイン>!」
ディンスさんが空いている片手をアントレスに向けて魔法を唱えると、差し出した手の平から炎がうねりながら伸び出し、さらにソレが絡み合いアントレスへと向かっていく。暴れるアントレスの首に巻きつき、ディンスさんが下半身に力を入れることで動きを止める事が出来た。
「ま、魔法、使うんですね。」
「この手のしかまだ使えないんですがね、っ、と、早く攻撃をっ!」
攻撃を、と言うがこのメンバーの欠点は火力が少ないところだ。主砲はジョーの攻撃魔法だが、僕の短剣と魔法は普通かやや低めだしボルトの弓矢も若干ダメージは低め。アシさんはバフ専門でサラさんは攻撃アイテムを持ってきていないし、攻撃手段を確保していない。
なのでディンスさんがアントレスを抑えている間にジョーと僕がアシさんから魔法威力を上昇させる<付与>を受け、ボルトさんには攻撃力を上昇させる<付与>を矢に貼り付ける。
「ぐっ、ぬう・・・!」
ディンスさんの<腕力>でも完全に動きを抑え付ける事は出来ないようだ。急がないとマズイかな。
「ジョー、僕はゼロ距離で!」
「無理すんなよ!」
ボルトさんは後方から狙いをつけているので、射線に入らないようカーブを描いてアントレスへと駆け出す。短剣へと魔力を集めすぐに<ファイアボルト>を発動出来るようにしておき、攻撃箇所を考える。後ろを横目で確認すると、ジョーが最後のチャージを終えるところが見えた。とは言っても外皮が硬い以上攻撃箇所は限られている、つまり――。
「口内や内臓、後は―露出部!」
すぐ近くで風切り音が聞こえたすぐ後にアントレスが悲鳴をあげる。ボルトさんの放った矢が片眼をギリギリの位置で貫いていた。再び暴れる前に僕が短剣をもう片方に突き刺し、魔法を発動させる。
「「<ファイアボルト>!」」
僕とジョー2人の声が重なり、短剣の刀身が炎を吹き出し眼を内側から焼き尽くし、数秒送れて飛来したジョーの<ファイアボルト>が再度アントレスの身体を焼き尽くす。暴れるアントレスから剣が抜けないように握っていたが、何かを喰らい僕は吹き飛ばされてしまう。
「ぐっ!?」
「ぬあ゛!」
地面に背中を強打しながら、聞こえてきた声はディンスさんのものだろうか?
目を閉じてしまったので一瞬視界が黒く染まるが、すぐに目を開け状況を確認。アントレスの必死の抵抗だろうか、彼を中心に半径4m程の範囲を落雷が襲い続けていた。場所はランダムなのか、幸い僕の方には落雷が来てはいない。今のうちにダメージの確認を・・・一撃で6割位減っている。連続で喰らっていたら死んでたよね、これ。
変わりに自分を抑え付けていた恨みかディンスさんの方には幾度も落雷が襲い掛かっている。何とか盾を使って直撃は避けているが、貫通ダメージを受け続けているのだとしたらマズイ!
「ディンス、受けるのは最小限にしろ!<雷>属性だとしたら、何度も喰らうと身体が動かせなくなるぞ!」
ゲームで良くあるのは雷属性や電気を使った攻撃には麻痺効果がついているというものだ。当然、僕らもそれを考えて行動をしているけど――足場が悪いことに森の中と言う視界の狭さも加わり、さっきからサラさんとアシさんを守る為に何度か攻撃を受けてしまっている。
「ジョー、状況はかなり悪いぞ・・・手に力が入らなくなってきてる。」
「くそっ、ボルト!どうにかできないか?」
「やっている!でも攻撃を確認するとあの鹿、自分の周りに雷のバリアを出してこっちの攻撃をかき消してるんだ!」
ボルトが矢を射る毎に落雷が一時止まるがアントレスを包む様に電気のバリアが発生する。このバリアが矢を身体に届く前に焼き尽くしているようだ。安全になったのを確認すると再び落雷でこちらを責めてくる。
「はい、気休めですけど・・・。」
「いえ、大分回復しました。ありがとうございます。」
サラさんがポーションを持って駆けつけてくれたのでHPを回復することが出来た。流石に全部回復している余裕は無いので7割で止まっているけど。
「アイツに攻撃できるアイテムとか持ってませんか?」
駄目元でサラさんに訊ねてみる。あの暴れっぷりからして残り体力は少ないのかもしれない。FLOでは普通のモンスターはHP残量がバーとして表示されるが、それが適用されないモンスターもいる。それらは大抵ボスや中ボスだったり、イベントモンスターだったりする。目の前のブリッツアントレスもHPバーが表示されない為、行動から残り体力を推測するしかない。
「そんなアイテムは持ってないのですよ。それに言いましたよね?MP回復アイテムを作ることしか考えてなかったって。どう考えても攻撃アイテムが出来るような組み合わせはしてないのですよ。」
やっぱり駄目だよね。
となると、後はどうにかアイツの攻撃を止めてその隙に攻撃を当てるしかない。
「ジョー、まだ魔力は残ってる?どうにかしてお前の一撃を当てられないとマズいと思うんだけど?」
ボルトさんが牽制の矢を撃ちつつジョーと相談をしている。考えは僕と同じようだ。
「魔力はある、ある程度は周囲ので回復できてるからな。ただ、止められるか?」
「悪いけど、僕には無理だね。ディンスの援護で手一杯だから攻撃にも回れないよ?」
ボルトさんにはディンスさんの援護をしているので期待出来ない。アシさんはジョーの補助に必要でサラさんは攻撃が出来ないけと回復をお願いしたい。ディンスさんは気を抜いたら落ちそう。
(僕に出来る事はある?)
動けるのは僕だけだろう、でも手札が無い。落ち着け、焦ったら出来るものも出来なくなる、とは誰からの教えだっけ。
アントレスを視界に入れながらインベントリを確認、手持ちでなんとか出来ないかを考える。桜色ポーションは回復だから除外、<魔導機>も攻撃力が装備している武器より低いんじゃ頼れない。
(<解放形態>もまだ使えないしね。使えたらあるいは、だけど――。)
たらればは今は考えないようにしないと。後残っているのは薬草に【魔力水】に鉱石とインゴット――。
「・・・・・・鉄で雷を誘導出来ないかな。」
「厳しいと思うのですよ。」
インゴットを見て避雷針のような事が出来ないか?と思い呟いた言葉にサラさんが否定の言葉をかける。
「ディンスさんの盾が黒焦げです。今のところ鋼鉄以上の素材は出ていないようですが、鋼鉄でもあの状態なのですよ。それ以上の硬さのものでないと恐らく・・・。」
鉄じゃ強度が足りないって事か。今のところ僕の見つけた最高の金属は【魔力銀】だ。アレならこの雷もどうにか防いだかもしれないけど、もうその金属はリィーナの武器に使ってしまっている。今残っているのは数個の【アイアンインゴット】とアレしかない。
「・・・賭けますかね。」
このままではなし崩し的に全滅する。まだリィーナ達の姿が見えないって事は、向こうもある程度苦戦している事だろう。一発逆転とはいかなくても、上手くいけば倒せる可能性はある。本当は確実性が無いからやりたくはないけど、このままだと時間がなくなってしまう。それは避けなくてはならない。
「ジョー、僕がなんとか攻撃を止めてみます。お願いしてもいいですか?」
「は!?・・・いや、頼む!」
すぐに魔法のチャージに入るジョー。初級魔法とは言えフルチャージには若干の時間がかかる。その間に僕はボルトさんと打ち合わせだ。アシさんはジョーに<付与>魔法で強化作業中だしね。
「ボルトさん矢はまだ大丈夫ですか?」
「余裕は残ってるよ、この後はちょっと言い切れないけど。」
「ジョーのチャージが終わるまであれば結構です。準備完了してから2射目で動きます。」
「わかった、倒してくれよ?」
ディンスさんが倒れないよう、ボルトさんが矢で牽制しつつサラさんがポーションを何回か投げてHPを回復させる。僕はインベントリからアイテムを取り出して場所を移動し準備完了。ジョーの方もチャージが終わったようだ。
「いけるぞ!」
視線でボルトさんと確認を取り、作戦を開始。
まず1射目、これは今まで通り普通にバリアで防がれる。間を置かずに2射目が放たれるが、それもバリアによって焼かれ身体には届かない。
「お願い、止まれ!」
こちらの攻撃が止まった事で再び落雷による攻撃をしようとするアントレス目掛け、僕は手に持っておいたアイテムをぶん投げた。近付くとあのバリアでダメージを受けてしまうので、ある程度は近付いたけどそれなりに距離はある。投げたアイテムは残りの【アイアンインゴット】5個と1個だけ残っていた【劣化魔法銀】。
アントレスは僕が何かを投げたのを攻撃と判断し、すぐにバリアでの防御に切り替える。
「ジョー!」
「通れよ、<ファイアボルト>!」
僕の叫びを聞いてジョーも溜めていた<ファイアボルト>をアントレス目掛けて打ち出す。これが通らなかったら本格的に僕たちの負けが近い。一瞬でも【アイアンインゴット】が電気を反らし、バリアに穴でも開けば、と思っていたのだけど。
「やっぱり無理ですか!?」
バリアに当たり5秒くらいで【アイアンインゴット】はそれぞれ砕けてしまう。やっぱり鉄じゃ強度が足りなかったか。賭けには負けたなー、と考えていると予想外の光景が飛び込んできた。
【劣化魔法銀】がバリアに触れると、暫く空中で火花を散らしせめぎ合っている。【劣化魔法銀】の表面を電気が走るエフェクトが発生しているので、どうやら防ぐ事は出来ず電撃が通ってはいるようだけど・・・まだ壊れない。
そして周囲の電撃を受け続け、一度まぶしい光を放ち地面に落ちる。今のは生産作業の成功エフェクト?
「!!!!!!!」
今までで一番大きな鳴き声を上げ、ブリッツアントレスが燃え上がる。先ほどまでのように暴れまわることも無く、今回はその場で倒れ悲鳴を上げ続けることしか出来ないでいる。そんな状態がしばらく続き、炎が消えたと同時、ブリッツアントレスも光の欠片となって消えていく。
「―――ど、どうにかなった、か?」
ジョーの言葉には誰も答えない、答えられる気力が無かった。やがて誰か一人がその場に腰を下ろし、徐々に座り込む数が増えていく。
「いやあ・・・危なかった。」
「まったくだ、やっぱり夜のモンスターは碌なもんじゃないな。」
ボルトさんとディンスさんは笑っているけど、そんな余裕何処にあるんですか。いや、乾いた笑いだから自分に言い聞かせてるのかもしれないけれど。
この後、僕たちが再び動き出す様になるまで10数分を必要とした。




