Scene2-8
「おーい、ネイちーん!」
「あれ、リっちゃん。珍しいねー、お店は?」
「大分捌けたから今日は店じまいだよー。」
会った瞬間に仲の良い会話が始まっている。あれがガールズトークなのかなあ、周りにそんな人居ないから判断付かないや。
「それで、用事はなーに?いつもwisで会話してるんだから、急に来るって事はそういうことでしょ?」
「えっとねー?実はこの子の服を買いに来たんだよー。」
いつの間にか後ろに来ていたリッカさんに肩をつかまれ、ネイと呼ばれた人の前に突き出される。髪の色と瞳の色を同期させているようで、綺麗な水色の目をしていた。
「えっと、カナタ、です。分からないままリッカさんに連れられて、急にすみません。」
相手の事情を知らない僕は、最初に謝罪の言葉を伝えるのを選んだ。何も聞かされていないのも、急に連れて行かれたのも事実だし。
「―――か、」
「・・・え?」
「か、可愛いぃっ!!」
「ぶぐ!?」
急に正面から抱きつかれ、対処する事も出来ずにつかまってしまった。目の前に反対側からみた文字が並んだ窓が見える、向こう側にハランスメント警告のポップが出ているようだ。相手の人はそんなもの無視して抱きついて来るけど。
「あ、そうだ。」
「うぁ――っとと。」
何を思ったのか抱きつかれた時のように急に解放されてバランスを崩しかけてしまう。なんとか転ぶのは免れたけど、この人の行動が読めない。リッカさんは類友って言っていたけど、リッカさんより上だと思う。
後ろの箱を開け、ごそごそと何かを探していた彼女がこちらに向き直る。
「はい、お近づきの印に。」
有無を言わさず手に何かを握らされた。見るのが怖いけど、目の前の笑顔の女性は「早く見ろ」と無言のプレッシャーを放っている。意を決し、視界に入るように渡されたものを上に持っていく。
僕の手に収まっていたのは、赤い革で作られた簡素な首輪だった。目の前の女性はまだ笑顔のままでいる。リッカさんに助けを求めようとしたけど、彼女も妙な笑顔を浮かべていた。なので僕は――。
「ありがとうございます。<ファイアボルト>」
笑顔で返し、渡された首輪を燃やすことにした。うん、良く燃える。
「「あああぁぁっ!!」」
女性2人の叫び声が辺りに響くけど、そんなのは気にしない。
「それでリッカさん、此処には何をしに来たんですか?」
一通り文句を言った後、リッカさんに本来の目的を済ませてもらう為に質問する。
「顔見せと、代わりの鎧を作ってもらおうと思ったんだよ。その為には体型を見てもらわないとでしょ?」
「なんで普通に紹介出来ないんですか・・・。」
いきなり抱き疲れるのはまだいい、慣れてるから。その後の首輪は流石におかしいと思うでしょ?
「美少女を侍らせて何がいけないのさ!?」
「十分論理的におかしいですよ!!」
僕の中でのこの人がどんな人かはわかった気がする。
「ふぅ。私はネイト、可愛い子の為の洋服屋さんだよ!」
「メインが衣服で、革鎧も作れるって事ですか?」
「そんな感じ。いつか革鎧より強い衣服を作るのが夢なんだ!それで新しい鎧だっけ、私のところって事は革で良いの?」
「金属よりは軽い方がいいでしょ?生産もやってるって言うし、重いのはきついよー。」
と言うか金属鎧なんて無理です、着れません。特注でサイズ指示があれば出来るかもしれないけど、そもそも僕のプレイスタイルには必要ないしね。それなら動きやすい革鎧で十分。
「リッカさんの言うように、重いのはちょっと。戦闘するとなると結構動きますから、革鎧が良いです。」
「私としてはー、最終的には衣服を強化できたら最高なんだけどねー。」
このゲームの防具は大きく分けて鎧と服に分けられる。ジョーの着ているローブは服に、他は大体鎧の分類にわけられている。軽鎧や胸当て等ポイントアーマーだけつけたのは服に入るものもあるけど、大体はさっきの分けられ方だ。
軽鎧なら良いけど、それでも金属を使ったものを着て動き回れるレベルじゃないし。防御力の高い衣服が作れるのなら、それは僕としても欲しいところだけど。
「材料、か。」
【魔力水】で出来ないだろうか?と考えて無理だと結論付ける。アレはあくまで魔力を付与する形にちかい。結果として鉱石は変化したけど、普通の糸や布に魔力を付与しても堅くはならない。
「えっと、とりあえず先に寸法とっていいかな?服作るのに必要だし、VRなら一度測っちゃえば基本使いまわせるよ。」
「・・・それもそうですね。」
「はいはーい、それじゃあジッとしててね・・・と。」
ネイトさんの顔が近づいて少しドキッっとする。こうして真剣な顔をしているときは美人だと思うんだけど、あの姿の後じゃねえ。悪いって訳じゃないんだけど、最初のイメージって大事なんだなあ。
「うわほっそい、羨ましいなあー。」
「もうちょっと筋肉欲しいんですけど―。」
「なに、喧嘩売ってるの?そんな事しちゃ駄目だよ!」
仕事中はしっかりしてください、煩悩振り払って!
「えっと、後は3サイズを測って――。」
「要りませんよ!?」
「いや、男の人でも胸囲は測るよ?そうじゃないと閉めれない服とか出来ちゃうし。」
「えっ、そ、そうですか?そういうことでしたら、まあ・・・。」
胸とお尻を測っている時のネイトさんの眼が妖しく爛々と輝いていた。あれは邪な事しか考えてなかったと思う。どうすれば良いんだろう、ジョーとかリィーナなら突っ込みで一本背負いとか頭を叩いたりするんだけど。ネイトさんは会ってまだ間もないし、接し方が判らない。
「はぁ・・・はぁ・・・んっ。」
息が荒くなっているのを無視しつつ、この時間が早く終わるようにと祈ることしか、今の僕に出来る事は見つからなかった。
「―――ふぅ。それで、どんな感じにする?」
妙にすっきりした感じの笑顔をうかべ、ネイトさんが訊ねる。見た目って事かな?
「あー、普通の革鎧って見た目悪いからねー。」
「あのデザインはむしろ私に対する挑戦だと思うね。可愛く出来るならしてみろって言う。」
いや、そりゃあ確かに革鎧って結構見た目はちょっと、って言うのが多いけどさ。それだって実用性を考えて作られているわけだし、あまり散々な言い方し無くてもいいと思うんだけど。
そうだなー、その中で僕が伝えておきたいような事は――あるな、一つ言って置かないといけないこと。
「下はスカートじゃなくて、パンツでお願いします。動きやすさ重視で。」
「ちっ。」
「今舌打ちしましたよね!?」
「ハーフパンツか、脛の保護が欲しいところだね。上の要望は無いの?」
「急にまじめになって・・・特には無いですね。先ほども言ったように動きやすさ重視でお願いします。」
「りょーかい、可愛く仕上げちゃうからね!」
いや、だから、動きやすさをですね。
ネイトさんはイメージが沸いてきたらしく、明日には完成させておくと言って何処かへ行ってしまった。多分工房に向かって、今は作業中なのだろう。
「さてと、それじゃあ残りは私のお仕事の報告だね。」
はい。とリッカさんから手渡されたのは、彼女に<鑑定>依頼をした白い鉱石だった。ちなみに【アマゾナイト】は全部買い取ってもらった。今のところ僕が使う予定はないし、必要なのは【魔力水】だからね。
「結果から言うと、これは【魔力結晶】だったよ。ただあまり実用的じゃあないかな、大きさもそんなにないから、長時間の戦闘に使えるほど魔力は入らないと思うよ。」
リッカさんの説明によると、【魔力結晶】には『許容値』と言う設定があり、その数値によって溜めておける魔力の多さが変わると言う。となると必然と『許容値』の高いものが高価で売買される。プレイヤー間のやりとりになると大体『100』位が最低ラインで、今はこれでも3Mが最低価格だと。
ちなみに僕の掘った物はと言うと、『許容値:0/70』とアイテム詳細に追記されていた。が、それとは別に僕の興味を惹く言葉を見つける。
(吸収速度に変換率?)
それらがどんな意味を持つかは、言葉通りに受け止めるのならわかる。この辺も<鑑定>してもらった事で見えるようになったので、リッカさんも知っているとは思うけど。
目を惹かれるのは変換率だ。吸収速度は120%と少し速い位に止まっているが、変換率は210%とか言う数字を出している。単純に2倍と言うことだが。
(たしかあの手記によると<魔導機>のコア回路はこの【魔力結晶】を使ってる。と言う事は、大きさが足りなくてもこの変換率なら、現状よりは使えるようになるんじゃないかな。)
実際に一度分解し、中に入っている筈のコアを確認してみないとなんとも言えないだろう。けれども、一気に修理の目処が立ったことが何よりも嬉しかった。
「どうする?【魔力結晶】も売っちゃう?少しなら色をつけるけど。」
考えているとリッカさんが手放すかどうかを訊ねてきた。どうやら使い道があるか悩んでいるのを見て、悩むくらいなら買うよ?と言う気遣いだと思う。
「いえ、少し考えていた事があるので。ちょっと試してみようと思います。」
「そっか、それなら余計なお世話だったかな?」
優しい笑顔で返してくるリッカさん。いい人と知り合えたな、と思いつつこの後の計画を頭の中で組み立てる。
まずは部品を先に作らないといけない。その当てはあるから、今日は一度落ちるべきだろう。いくら休日だからって、長時間VRをやっている訳には行かない。実際やってるんだけど、晩ご飯の準備はしないと。さすがに食事も取らないでやれるほど、僕は廃人ではない。
「それじゃあ、僕は一度落ちますね。」
「あらそう?ってもう6時過ぎか、私も一旦落ちようかな。」
「おなかも空く時間ですからね、ではお先に失礼します。」
「夕飯はどうしようかしらねー。お疲れー、またねー。」
こっちに来る前に夕飯の献立は決めてあるので、悩むことはせずにすぐにログアウトする。視界が暗転し、特有の感覚と共に意識が現実の身体に戻ってくる。材料はあるから、急いで料理して30分後には食べられるだろう。夕飯を食べ終わったら試したいこともあるし、再びログインかな。
すっかりFLOに嵌まっている事に苦笑しつつ、僕は台所へと向かった。
「―――あ、普通の服もらってない・・・。」
メイド服のままログアウトし、さらに普通の服を受け取っていない事に気付いたのは、2人分の料理を作り終えた丁度その時だった。




