第8話 沈黙
ゲクトは暴走の邪気を倒した後、病院の一室で目を覚ます。
そしてつなぎ役の新たなパートナーの黒性が原井によって連れてこられて、寮までの帰り道に至る。
夕日の見える坂を下って、寮の位置を知る黒性が前を歩いている。
彼女はずっと進行方向ばかりを見ていて、病室と同じように無言だった。
「なんで喋んねーの?
あ、もしかして、気遣いも挨拶もいらない感じ?」
それでも返事はなかった。
気の遠くなる道を進んで、ついに寮の扉を開ける。
部屋に入り、内側から鍵をかけようと鍵穴に入れる直前に、黒性が扉を開けた。
「パー・・・トナーでしょ・・・?」
半開きの扉の隙間から目を覗かせてくる。
初めて聞いた彼女の声と眼圧から何も言えなかった。
彼女は扉を開き、靴を脱ぎ、軟弱そうな性格とは裏腹に自分の部屋のように堂々と上がった。
「そうか。パートナーだったな。」
扉の鍵を閉め、リビングへ行った。
すでに彼女の姿はなく、洗面台と風呂場の電気が付いていた。
黒性は綺麗好きなのかな。
すると、インターホンが鳴った。
咲野玲かと思ったが、退院するには早すぎる。
もしかしたら原井かな?
そんなことを考えながら玄関の扉を開けた。
扉の前にいたのは松村だった。
手に持っているのは封筒。
それを俺に渡した。
「これは初任給だ。
暴走の邪気の討伐で少しは上がっているだろう。」
俺は封筒の中を見て、一枚取り出した。
「これ何円?見たことねぇけど。」
「あ?壱万だろ?新札になったのはだいぶ前の話だろ。」
「へぇ、初めて見た。
クソオヤジの借金でしか聞いたことがなかったけど、デケェ金だろ?」
「俺は今すごくドン引きしている。
それと、後ろの裸の女は誰だ?咲野玲はどうした?」
振り返ると、黒性が風呂上がりの濡れた髪をタオルで拭いていた。
「今、あいつは入院中なんで代わりのパートナー。
じゃあな。」
俺は扉を閉め、裸で部屋中を歩き回っている黒性に問いかけた。
「服とかねぇの?」
彼女は首を小さく横に振った。
そういえば、彼女は引っ越しの前ぶりもなく、制服だけを着てきたから何もない。
俺でも真っ裸は抵抗があるが、彼女は違う価値観を持っているのか。
とりあえずパンツと雑にクローゼットから取り出した咲野玲のものであろう部屋着を渡した。
女性物はないが服となる物があれば十分だろうな。
ひと段落するとテーブルに座って封筒から札を全部取り出した。
俺は初めて見た金額に声を漏らす。
金さえあればどんな物でも買えるという大きな希望に胸を踊らす。
しかし買い物をろくにしてこなかったので、会計の仕方さえわからない。
何かに使ってみたいなぁ。
買いたい物を考えていると黒性の服が必要だと思い出した。
「なぁ、服がいるだろ?買いに行こうぜ。」
すると黒性はソファーからすぐに立ち上がった。
何も言わない、肯定も否定も表さないが、そわそわした身振りから行きたいということが伝わってきた。
すっかり夕日の落ちた夜に足を踏み出した。
封筒に入ったままの札を持ち歩き、近くの服屋へ入った。
人はもうほとんどいない。店員も暇そうに並んでいる服達を整えている。
換気口から透き通った涼しい風が空間全体に吹いている。
中にはいるなり、彼女は下着の場所へ向かった。
彼女がその場所から帰ってくるのを待とうと思ったが、目を離してはいけないと忠告されたから仕方がなくついていった。
服屋に入ったことはほとんどない。クソオヤジの服をお下がりで着ているだけで、鮮やかな記憶の服屋はない。
低めの長椅子に腰をかけ、遠くから彼女を観察していた。
試着室と陳列された衣類を何周か往復して、決まったと言わんばかりに満足して歩いてきた。
手には複数枚の服を抱えていた。
それをレジへ運んだ。
端数の多い金額を要求されたが、算数が苦手な俺は一枚取り出した。
「とりあえず、壱万で。」
店員はめんどくさそうな顔をしながら、お釣りを渡した。
意外と簡単だった。
服を紙袋に入れ、透明な自動ドアを跨ぐと外は雨だった。
「うわ、雨かよ。」
もちろん傘をもっていない。
普段なら気にせず帰るが金や服が濡れてしまう。
さらに綺麗好きであろう彼女は濡れたくないだろう。
すると、彼女は俺に紙袋を渡してきた。
「え?俺が持つのか?」
俺が濡れないように服の中に入れようとした時、彼女はうずくまった。
「何やってんだよ。便か?」
次に瞬間には彼女の姿は変わり、大きな黒い鳥のような姿になっていた。
これが彼女のガンの邪気の姿だった。
鋭いクチバシと大きく生えた黒い翼。
さらには俺をそのクチバシで挟み、雨の空へ飛び立った。
そのまま彼女は雨粒を弾く速さで飛行し、寮の少し広い場所に降り立った。
彼女の降りた場所の地面には、止まるための鉤爪によるえぐられた傷が付いていた。
おかげで雨には長くさらされなかったが、彼女の急な行動に追いつけなかった。
黒い鳥は消えて、いつも通りの黒性に戻った。
すると大きな音を聞きつけた松村が来た。
松村はブラックコーヒーボトルを片手に、苛立ちながら言った。
「おい。・・・お前か、黒性。
何勝手に邪気を使っている?
邪気は大体、邪気と戦うためにある物だ。それ以外に使うな。
それとめんどくさいことを起こすな。」
すると黒性が松村のブラックコーヒーボトルを翼で横に切断した。
溢れたコーヒーが松村の服に付着する。
「おい。お前、東京から来たからって調子に乗るなよ。」
黒性は説教されても翼を保ったままで、無表情だが怒っているようだった。
その状況に俺も参加した。
「お!面白そうだな。俺もやるぜ。」
「本気で来い。ブチ殺してやる。」
松村は低い声でそう言った。
そしてブラックコーヒーボトルを脇へ捨て、拳を構えた。
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