第8話:『禁忌』の文書と失敗した儀式
#ホラー小説 #口裂け女 #90年代アニメ風 #創作
その夜、雛影高校は巨大な嵐に包囲されていた。雷鳴が轟くたび、埃っぽい地下資料室で硬直する獄門エドの横顔を白く照らし出す。彼は、70年代の元校長――亡き祖父の遺した古い金庫をこじ開けたばかりだった。
その中から見つかったのは、表紙に『禁忌』とだけ書き殴られた黒い革のファイルだった。
報告書をめくるエドの指先が、わずかに震える。そこに記されていたのは、単なるいじめの記録を遥かに凌駕する、おぞましい闇の年代記だった。
『1978年・事案報告書』
『裂様朱音は、単なる感染症で死亡したのではない。我々が彼女を「人柱」としたのだ。権力を持つ罪付家による集団暴行の醜聞を隠蔽するため、学校側は朱音の存在そのものを抹消することを決定した』
エドは息を詰まらせ、次のページをめくった。そこには凄惨な儀式の写真が貼られている。彼の祖父が、数人の教職員とともに、口元を「金の糸」で強制的に縫い合わされた朱音の前に立っていた。
「金の糸……彼女の声を封じるために、こんなことを……?」
エドは戦慄して呟いた。
『祖父による追記』
『「口裂け」の封印儀式は失敗に終わった。朱音の怨念は鎮まらなかった。それどころか、彼女はその金の糸を自らの肉ごと喰らい、加害者の一族、そして暴挙を傍観した一族のすべての者の口を裂くと誓ったのだ。私は失敗した。この呪いは二十年の眠りにつき、我らの子孫が彼女と同じ年齢を迎えた時、再び現世に目を覚ますだろう』
エドは衝撃に打ちのめされた。1978年から1998年。ちょうど二十年。
つまり、今の朱音の出現は単なる偶然ではない。約束の刻が来たからこそ、彼女は目覚めたのだ。そしてさらに驚くべきことに、最後のページには未完成の緊急儀式のスケッチが残されていた。その呪いが街中に広がるのを防ぐには、「傍観者の末裔」たるエド自身の血を使い、朱音の顔を再び『継ぎ合わせる』必要があるという。
――タッ、タッ、タッ。
湿った足音が、狭い地下通路の奥から響いてきた。
エドが勢いよく振り向くと、錆びついた扉の入り口に、顔を無残に破壊された血まみれのくるみが立ち尽くしていた。そしてその隣には……かつてよりも一層その密度を増し、完全なる実体と化した本物の朱音の姿があった。
「……気づいてしまったのね、エドくん?」
朱音の声は、まるで数千人もの死者が同時に囁きかけてくるかのように地を這った。
「……あなたの愛するお祖父様は、私が助けを呼べないように、生きたまま私の口を縫い合わせたの。黄金の力を使えば、すべての真実を黙らせることができると盲信してね」
朱音は音もなく一歩前に踏み出し、その青白い手で巨大な鋏の刃先をエドの頬へと滑らせた。
「さあ、問わせてもらうわ。私を生きたまま縫い合わせた男の孫として……。私の顔を修復するために、君の頸動脈から紡ぎ出した『血の糸』を捧げる覚悟はあるかしら?」
今や完全に朱音の傀儡と化したくるみが、甲高い狂気の笑い声を上げた。その笑いは、外の激しい雷鳴と混ざり合い、地下室の狂気をさらに加速させていく。
「賢い男の子、エド……」
くるみがうわ言のように同じ言葉を繰り返す。
「……捧げなさい。あなたの血を捧げて、私たちみんなで一緒に、もっと美しくなりましょう!」
エドは完全に退路を断たれた。一方の手には一族の拭いきれぬ罪を証明する古文書。そして目の前には、もはや人間の論理では殺しきれない、純粋な憎悪の具現者が迫っている。




