第7話:砕け散ったガラスの王冠
#ホラー小説 #口裂け女 #90年代アニメ風 #創作
雛影高校の朝が、これほど静まり返っていたことはなかった。下駄箱周辺には未だに黄色い規制線が張られていたが、登校してきた生徒たちの視線は、中央廊下で繰り広げられている異様な光景に釘付けになっていた。
罪付くるみが登校してきたのだ。
しかし、彼女は誰もが知る「女王くるみ」の姿ではなかった。手入れの行き届いていた美しい髪はひどく乱れ、高価な制服はしわくちゃに変形している。何より悍ましかったのは、顎から耳元までをぐるぐると厳重に巻き上げた、白い厚手の包帯だった。昨夜、あのバスルームで刻まれた惨劇の傷を隠しているのだ。
「罪付さん……本当に、大丈夫なの?」
一人の女子生徒が、恐る恐る声を掛けた。
くるみはピタリと足を止めた。そして、ゆっくりと人形のように振り向く。かつての傲慢で鋭かった瞳は今や虚ろに見開かれ、まるで他の誰の目にも映らない「何か」を凝視しているかのようだった。
「大丈夫……?」
くるみはクスクスと小さく笑った。その声は、完全にひび割れている。
「……これほど気分が良いことはないわ。私、ようやく……理解したのよ」
彼女は、美香の血痕が未だに薄黒く残る下駄箱前の大きな鏡へと歩み寄った。くるみは自らの包帯に、まるで高価な宝石に触れるかのような、慈しむような手つきでそっと触れる。
「美香は死んでなんかいないわ」
くるみは、群がる生徒たちに誇示するように呟いた。
「……ただ、移し替えられただけ。彼女はこの『新しい美しさ』の一部になったのよ」
遠くから、獄門エドがシルバーフレームの眼鏡の奥からその様子を冷徹に観察していた。くるみの指先が、自ら包帯を少しずつ引き剥がし、まだ生々しい切り口を露出させていく。
くるみは激痛に顔をしかめるどころか、むしろ恍惚とした満面の笑みを浮かべた。その歪んだ微笑みのせいで傷口が再び引き裂かれ、鮮血が溢れ出す。
「裂様朱音……」
くるみはその名を、まるで神を崇拝するかのような響きで呼んだ。
「……彼女は私を壊したんじゃない。私を『選んだ』のよ」
突然、くるみはスクールバッグに手を突っ込み、一丁の裁縫用の鋏を取り出した。――あの夜、美香の口に突き立てられていたものと、酷似した銀色の鋏だ。
周囲の生徒たちは悲鳴を上げ、一斉に後ずさりした。
「あんたたち、いつも私のこと綺麗だって言ってたわよね!?」
くるみは鏡の中の自分を凝視し、ヒステリックに叫び散らした。
「……でも、こんな小綺麗な美しさは退屈なのよ! 偽物なの! 真の美しさとは、自らの仮面を引き裂く勇気を持った時にこそ訪れるのよ!」
――ベリリッ!
狂気じみた迅速な動きで、くるみは手にした鋏を突き立て、自らの口角の傷をさらに深く引き裂いた。鮮血が鏡の表面に激しく噴き出し、悍ましい抽象画を描き出していく。くるみは、激痛が神経を焼き切る中で狂ったように高笑いした。まるでその痛みが、極上の麻薬であるかのように。
「見て! 私が彼女よ! 私が、朱音なのよ!」
くるみは廊下の中央で、血を撒き散らしながら踊り狂う。
エドは静かに一歩前に踏み出した。目の前の光景がどれほど凄惨であっても、彼の冷徹な面輪には一切の感情が浮かんでいない。
「……狂ったな、くるみ。君はただ、自分自身の罪悪感が生み出した幻影に呑まれているだけだ」
くるみがピタリと踊りを止めた。彼女は、頬まで無残に裂け、かつての伝説を具現化したかのような異形の口元でエドを凝視する。
「……罪悪感なんかじゃないわ、エドくん」
朱音に酷似した、どこか幾重にも重なった不気味な声で、くるみは囁いた。
「……これは輪廻よ。朱音は今、私の中にいる。彼女が言っていたわ……君のような賢い男こそ、次に『目を開く』べき存在だって」
突如、廊下の照明が激しく明滅を始めた。血まみれのくるみの背後に、本物の裂様朱音の影が一瞬だけ浮かび上がる。彼女はそっとくるみの肩に手を置き、まるで哀れな操り人形を慈しむかのように操っていた。
朱音は、破壊されたくるみの口を借りて冷酷に囁く。
『……一つずつ……。雛影の罪が、永遠の微笑みを浮かべていくわ』
もはや学校は清廉な学び舎ではなかった。それは過去の怨念によって演出された、底なしの狂気の舞台へと完全なる変貌を遂げていた。




