第6話:裂かれた伝説の誕生
#ホラー小説 #口裂け女 #90年代アニメ風 #創作
その蒸し暑い古民家の中で、獄門エドは首筋を這う寒気を完全に無視していた。彼はむしろ、引き出しが朽ち果てた古い木製の箪笥の前に膝をつく。静かな指先で、固く施錠された黒い革表紙の日記帳を取り出した。
――バキッ。
エドはいつも持ち歩いている小さな折りたたみナイフで、その鍵を容赦なくこじ開けた。
中に記されていたのは、普通の女子高生の日常などではなかった。ページには、黄色く変色し始めた古い写真が何枚も貼られている。それは1970年代の、裂様朱音の写真だった。
「……これが君の本当の顔かい、裂様さん?」
エドは低く呟いた。
写真の中の朱音は、息を呑むほどに美しい少女だった。しかし、どの写真も、彼女の顔だけが赤いインクで執拗に塗りつぶされている。エドはページをめくり、日記の中ほどへと進んだ。そこから手書きの文字は乱れ、涙……あるいは血の跡が点々と残っていた。
『1978年の記録』
『今日、あの子たちがまたやった。くるみの母とそのグループが、私を雛影高校の旧倉庫に連れ込んだ。私の顔が「完璧」すぎて反吐が出ると彼女たちは言った。もし自分たちが私の笑顔を「広げて」あげたら、それでも私は笑っていられるかしら、と……』
エドの目が細まった。これは代々受け継がれてきた因縁なのだ。罪付家はかつて、裂様家を無残に虐げていた。
次のページはさらに凄惨だった。地元の古びた新聞の切り抜きが挟まれている。
【雛影高校の女子生徒、独りでの医療過誤により死亡か】
記事によれば、主犯格たちに無残に顔を切り裂かれた哀れな朱音は、警察に通報することを拒み、釣り糸と錆びた針で自らの傷を「縫い合わせよう」としたという。彼女は再び「美しく」なることに異常なほど執着していた。しかし、最悪な細菌感染が脳へと達してしまう。
死ぬ間際、彼女はこの部屋に閉じこもり、鏡に向かって問いかけ続けていた。
――「私、きれい……?」
最後のページで、エドは鼓動を速めるものを見つけた。そこには乾いた血で、魂を現世に呼び戻すための、禁忌の呪文が記されていた。
『……私は一人では死なない。自分が一番美しいと思い込んでいる傲慢な少女が現れるたびに、そして、その傍らで沈黙を守り虐待を傍観する賢い少年が現れるたびに、私は必ず戻ってくるわ』
「傍観する賢い少年、か……」
エドが口の中でその言葉を反芻する。くるみが他の生徒をいじめている時、自分はただ教室の隅に立ち、心理的観察の材料としてその反応を記録していただけの姿が脳裏をよぎった。
突如、室内の温度が急激に下がり、エドの吐息が白く濁る。
「……私の履歴書は読み終わったかしら、エドくん?」
声は、上からだった。
エドが顔を上げると、暗い天井の板を蜘蛛のように這う裂様朱音の姿があった。黒髪がだらりと垂れ下がり、エドの肩を撫でる。白いマスクはすでに外され、布の奥に潜んでいた「虚無」が剥き出しになっていた。
「君の祖父は、1978年の私の死を隠蔽した当時の校長だったのね」
朱音は囁いた。彼女の顔は、今やエドの顔から数センチの距離にある。
「……君の血は欺瞞の血。くるみの血は切り裂く者の血。私たち三人は、最高の『家族』だと思わない?」
エドは一歩も退かなかった。それどころか、彼は指先で朱音の顔にある悍ましい傷の縁に触れた。
「……つまり君は、この学校の二十年分の憎悪の蓄積というわけか?」
朱音は笑った。それは金属同士が激しく擦れ合うような嫌な音だった。
「……私は、君たちがその小綺麗な制服の裏に隠している真実そのものよ。さあ、教えて、エドくん。……私のこの『醜い』歴史を見た後でも……私はまだ、きれい?」
朱音の手にある巨大な鋏がゆっくりと開かれ、エドの顎へと向けられた。




