第5話:悲鳴を上げる反射
#ホラー小説 #口裂け女 #90年代アニメ風 #創作
その夜、罪付家の邸宅は、豪華で巨大な棺桶のようだった。くるみの両親は仕事で市外に出ており、彼女は正気を蝕むトラウマとともに、広すぎる家に一人取り残されていた。
くるみはすべてのドアと窓に鍵をかけた。家中の明かりを点けたが、部屋の隅々から暗闇がこちらを覗き込んでいるかのように思えてならない。目を閉じるたびに、下駄箱の中で切り裂かれた美香の顔が脳裏に鮮明に浮かび上がる。
「私じゃない……私のせいじゃないわ……」
くるみはピンク色の可愛らしいベッドの上で身を丸めながら、うわ言のように呟いた。
「馬鹿な美香。なんであんなところで死ななきゃいけなかったのよ?」
突然、折りたたみ携帯からピピピと電子音が鳴り響いた。メールの着信だ。
送信者:美香
件名:(無題)
本文:「くるみちゃん、ここはすごく寒いの。どうして迎えに来てくれないの?」
震える手から携帯が滑り落ち、床に虚しい音を立てた。
(美香は死んだはず……! 彼女の携帯は警察にあるはずよ!)
彼女は狂乱状態で思考を巡らせる。
すると、どこからか水の流れる音が聞こえてきた。――シャー……。
音の主は、自室の奥にあるバスルームからだった。くるみは、さっき確実に蛇口を締めたはずだと確信している。力の入らない足を引きずりながら、彼女はわずかに開いたバスルームのドアへと向かった。温かい湯気が漏れ出し、嗅ぎ慣れたあの生臭い匂い――鉄錆と腐肉の臭いを運んでくる。
くるみがドアを押し開けると、洗面台の大きな鏡は厚い湯気で覆われていた。しかし、その白い表面には、小さな手形が下に向かって引きずられたような跡が残っている。まるで、誰かが鏡の向こう側から這い出そうとしたかのように。
「誰かそこにいるの!?」
くるみが叫んだ。
返答はない。ただ、水滴の音だけが不気味に響
く。ポタ……ポタ……ポタ……。
くるみはタオルを掴み、鏡の湯気を乱暴に拭き取った。鏡面が澄み渡ったとき、彼女は自分の顔と対面した。だが、何かが決定的に狂っていた。
反射する自分の背後、浴槽の暗闇の中から、不気味な人影がゆっくりと起き上がり始めたのだ。
それは泥にまみれ、ずぶ濡れになった雛影高校の制服を着た女子生徒だった。長い髪が顔を覆っていたが、その影が顔を上げたとき、くるみは見覚えのある瞳と視線が交差した。
それは、間違いなく美香の目だった。しかし、そこにはもはや生命の輝きなど微塵も残されていなかった。
「くるみちゃん……」
その声は鼓膜を揺らしたのではなく、くるみの脳内に直接響き渡った。
「……私を見て。今の私、綺麗でしょう?」
美香――あるいはそれに似た異形が、爪の剥がれ落ちた指先で自らの口角を引っ張り始めた。頬の皮膚がベリッ、と悍ましい音を立てて裂けていく。それはまさに、あの下駄箱で見つかった無惨な傷そのものだった。どす黒い血が溢れ出し、白い洗面台を汚していく。
くるみは逃げようと身を翻したが、背後にあるはずのバスルームの扉は消え失せていた。そこにそびえ立つのは、冷たく滑らかなタイルの壁だけだった。
「助けて! エド! 誰か!」
くるみは狂ったように壁を叩きながら悲鳴を上げた。
突如、背後から冷たく粘り気のある両手が彼女の首を締め上げる。くるみは無理やり鏡の方へと向かされた。鏡の向こうでは、美香が錆びついた金属の刃を手に持っていた。
「昔、私の鼻が低すぎるって言ったわよね? それに、口が小さすぎるって」
美香の姿をした怪異が、くるみの耳元でねっとりと囁いた。
「……直してあげるわ、くるみちゃん。私たち、二人で『双子』になりましょう」
冷徹な刃先が、くるみの唇の端にそっと触れた。死を予感させる冷たさが肌を突き刺す。
同時に、バスルームの照明が激しく明滅し始めた。鏡の反射の中、美香の背後にさらなる影が浮かび上がる。裂様朱音がそこに立ち、まるで極上の演劇を楽しんでいるかのように、満足げに瞳を輝かせて見守っていた。
朱音は人差し指を自身の唇に当て、恐怖で息も絶え絶えのくるみに「シッ」と合図を送る。
「叫ばないで、罪付さん」
朱音の声が、ありえない距離から鼓膜を穿った。
「美しさには犠牲が必要なの……。あなたは、この学校の歴史にあまりにも多くの負債を負っているもの」
――グチャッ!
肉と軟骨を断つ鈍い音が、光の消え去った暗黒の空間に、鋭く響き渡った。




