第4話:路地裏の迷宮と影なき家
#ホラー小説 #口裂け女 #90年代アニメ風 #創作
放課後のチャイムが鳴り響くと、宮崎のアスファルトを霧雨が濡らし始めた。透明な傘の群れが散らばる中、獄門エドはどこまでも冷静だった。彼の視線はただ一点、校門からゆっくりと歩き出す裂様朱音の背中に釘付けになっていた。
エドは傘を持っていなかった。制服が濡れるのも構わず、朱音の後ろ約二十メートルの距離を保って静かに追跡を続けた。
(なぜ寮や駅の方へ帰らないんだ?)
エドは思考を巡らせる。
朱音は、半ば見捨てられたような古い街区へと足を踏み入れた。そこにある木造の建物は朽ち果て、長年の湿気で板が反り返っている。道は次第に狭まり、寿命を迎えかけた街灯が明滅するだけの、薄暗い路地裏の迷宮へと変貌していった。
エドは微かな違和感を覚えた。朱音の足取りはあまりにも安定していた。靴が地面を叩く音も、水溜りを踏む波紋も一切ない。彼女はまるで、地表を滑る「影」そのもののようだった。
突然、朱音は古い日本家屋の前で足を止めた。屋根は厚い苔に覆われ、木製の門は斜めに傾いている。
(ここが、彼女の潜処か……?)
エドはひび割れたコンクリート壁の陰に身を隠した。
朱音は音もなく門を開けた。中に入る直前、彼女はふと動きを止める。振り返りはしなかったが、その首を不自然な角度――真横にほぼ九十度――へと傾けた。
「エドくん」
朱音の声が冷たい風に乗って、遠くにいるはずのエドの耳元で鮮明に響いた。
「……女の子を家までつけるなんて、危ない趣味ね。君も自分の『鋏』を持ってきたのかしら?」
エドは息を呑んだ。鼓動が激しく跳ね上がる――それは恐怖ではなく、極限の陶酔によるものだ。朱音は気づいていた。最初から、自分をここまで誘い込んでいたのだ。
「……これを返しに来ただけだ」
エドは影から姿を現し、冷淡に言い放った。彼は美香の下駄箱で見つけた、白いマスクの入ったジップロックを掲げた。
「あの死体のそばに落ちていたぞ」
朱音は完全にエドの方へと振り向いた。薄暗い街灯の下で、彼女が着けている白いマスクが青白く発光しているように見えた。
「死体? ああ、あの『芸術作品』のこと?」
朱音がクスクスと笑う。その声は、無数の虫が蠢き這い回る音のように不気味に響いた。
「入りなさい、エドくん。中にはもっと美しいコレクションがあるわ。でも気をつけて……この家は、秘密を持ちすぎた人間を好まないから」
エドは腰の高さまで伸びた雑草が生い茂る庭へと足を踏み入れた。門の敷居を跨いだ瞬間、彼は血の気が引くような異変に気づいた。
街灯の光の下、エドの影は地面に長く伸びている。しかし――裂様朱音には、影が一切なかった。
家の中の闇は、液体のように濃厚だった。エドの耳に、ギィ……ギィ……ギィ……と繰り返される不快な音が届く。彼がライターに火を灯すと、小さな炎が、中央に木製の机だけが置かれた広々とした空室を照らし出した。
机の上には、意図的に粉々に砕かれた数十枚のアンティークの鏡が並んでいる。そして、その鏡の破片一つ一つに、エド自身の顔が映し出されていた。
――しかし、その鏡の中のエドの表情は、どれも恐怖に歪み、どろりとした闇が侵食しているようだった。
「私の魂の更衣室へようこそ、エドくん」
背後の闇から朱音が囁いた。
「さあ、教えて……その賢い頭の中に隠したすべての罪の中で、どれを『永遠の微笑み』にしたいかしら?」
突如、家の扉が激しく閉まった。バタンッ!
エドは、氷のように冷たい気配が後ろから自分を包み込むのを感じた。そして、頬のすぐ近くに、冷徹な金属の冷たさと鋭い殺気が迫るのを感じて身震いした。




