第3話:下駄箱と永遠の微笑み
#ホラー小説 #口裂け女 #90年代アニメ風 #創作
放課後の雛影高校には、いつも不穏な空気が漂っていた。特に宮崎のどんよりとした暗雲が、通常よりも早く太陽の光を飲み込む時はなおさらだ。
くるみの忠実な取り巻きの一人であり、他の生徒をいじめる際にも最も声を荒らげていた美香は、一人で下駄箱へと向かっていた。先ほどのクラスでの転校生・朱音との騒動の後、自分を置いてさっさと帰ってしまったくるみに、彼女は小さく毒づいていた。
「ちっ、なんで学校の中がこんなに冷え込んでるのよ……」
美香はカーディガンをきつく合わせながら呟いた。
誰もいない昇降口に、彼女の足音が不気味に響く。下駄箱の前に辿り着いたとき、彼女はある臭いに気づいた。錆びた鉄の臭い……。鼻を突くような、あまりにも濃厚な生臭さ。
ギィィ……。
彼女の下駄箱の扉が、わずかに開いていた。その隙間から、ドロリとしたどす黒い赤色の液体が滴り落ち、冷たいコンクリートの床を濡らしている。
美香は凍りついた。震える手で、彼女はその扉を勢いよく開け放った。
「きゃあああああああああ――!!!」
悲鳴は突如として途切れ、廊下の静寂に飲み込まれた。
十分後、獄門エドが現場に到着した。生徒会長として、彼は用務員から真っ先に報告を受けたのだ。しかし、吐き気や恐怖を感じるどころか、エドの瞳は病的な知的好奇心によって大きく見開かれていた。
下駄箱「42番」の中には、美香が変わり果てた姿で収まっていた。狭いスペースに押し込められたその様子は、見る者の背筋を凍らせる。しかし、最も恐ろしいのはその姿勢ではなく、彼女の「顔」の異様さだった。
美香の口元は、耳元まで届くような不可解な傷跡によって、歪んだ笑みを浮かべているように見えた。
その光景はあまりに現実離れしており、滴る朱色が下の段の靴を静かに染めていく。そして何より異様なのは、彼女の言葉を永遠に封印するかのように残された、小さな裁縫用の鋏の存在だった。
「……実に、精緻な芸術だ」
エドは誰にも聞こえないほどの小声で呟いた。
「エ、エド……。あれ、本当に美香なの……?」
背後から震える声がした。
そこには、死人のように顔を真っ青にした罪付くるみが立っていた。親友がこの世のものとは思えない姿に変えられた光景を、彼女は目の当たりにしたのだ。くるみはその場に崩れ落ち、激しい恐怖に全身を震わせ、痙攣していた。
「痕跡を見てごらん、くるみ」
エドは振り返りもせず、目の前の惨状に釘付けになったまま冷淡に言った。
「これは常人の手によるものじゃない。手法が正確すぎる。それに見てごらん……彼女の足元に、白いマスクが落ちている」
エドはハンカチ越しにそのマスクを拾い上げた。布マスクの裏側には、整った文字の黒いインクで、小さなメッセージが記されていた。
『彼女は今、美しいかな? エドくん』
エドの血が騒いだ。そのメッセージは、明確に自分へ宛てられたものだ。
不意に、薄暗い廊下の端に人影が見えた。裂様朱音がそこに立ち、コンクリートの柱に寄りかかりながら、漆黒の髪の先を弄んでいた。彼女はまだマスクを着けていたが、その瞳――あの暗い瞳は、影の中で愉しげに歪んでいるように見えた。
朱音は逃げようとはしなかった。それどころか、彼女はエドに向かって小さく手を振ると、非常階段へと続く角の向こうへ姿を消した。
「……朱音」
エドは低く唸った。
エドの中に、抗いがたい執着が生まれた。もはや校則も、周囲の安全もどうでもよかった。彼は、朱音がどうやってこの惨劇を成し遂げたのかを解き明かさなければならない。あのマスクの下に何が隠されているのか、真実を暴き出すまで止まることはできないだろう。
その夜、雛影高校において、口裂け女の伝説はもはやただの怪談ではなかった。彼女は帰ってきたのだ。そして、静寂を切り裂き、新たな恐怖の幕を上げたのである。




