↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】ダンジョン最深部の黒猫様は極上のカリカリをご所望です  作者: あずきまんま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/42

第34話:黒猫様と、地下牢のちゃりちゃり鍵束

------------------------------

序章:残された鍵

------------------------------


玉座の間の黒い地脈図は、薄い跡だけを残して消えていた。


床の石目には、墨を洗い落としたような黒ずみがある。


王城地脈術師たちは、その上に封印札を置き、何度も反応を確かめていた。


国王は玉座の前に立ったまま、封印瓶を見ている。


中には、髪の毛ほどの黒い術式針が入っていた。


呪核ではない。


だが、王城の古い地脈表示層へ式を留めるには十分なものだった。


リオル・カーマンは、封印瓶の前で膝をついていた。


「陛下」


国王が視線を向ける。


「何か分かったか」


「この針は、王城内から一度触れられています」


宰相が眉を寄せた。


「外から通した式ではなかったのか」


「外から通されています。ですが、通すための目印は内側にあった」


リオルは、封印瓶の黒い針を見た。


「先王時代、先生が王城を逃げる前に残したものだと思います」


玉座の間に、重い沈黙が落ちた。


国王は短く息を吐く。


「場所は」


「まだ正確には。ただ、針の向きから考えると、王城の奥です」


リオルは言いにくそうに続けた。


「地下牢に近い」


宰相が近衛兵へ目を向ける。


「先王時代にメルト・マッドンを拘束していた区画か」


「はい。現在は閉鎖されています」


国王はすぐに命じた。


「開ける」


宰相が一歩前へ出る。


「陛下。地下牢は長く使われておりません。安全確認を」


「だから今、確認する」


国王は封印瓶を机へ置いた。


「術式針がそこを示すなら、確かめる価値はある」


近衛兵が深く一礼し、腰の鍵束を外した。


ちゃり。


金属の小さな音がした。


玉座の前の赤い絨毯で丸くなっていたクロの耳が、ぴくりと動く。


「ニャ……」


(ちゃりニャ)


クロは片目を開けた。


床はもうことこと言わない。


ごはんもない。


でも、今度はちゃりちゃりがある。


近衛兵が鍵束を持ち直す。


ちゃり。


ちゃりちゃり。


クロは、ゆっくり顔を上げた。


セリアは嫌な予感がして、そっとクロの前に手を出す。


「クロ様、鍵は遊び道具ではありません」


「ニャ?」


(あそぶニャ?)


クロは首をかしげた。


ヴァルグが静かに頷く。


『王城の封じられし扉が、黒猫様を招いておる』


「鍵束の音に反応しただけです」


『招き方にも種類がある』


「ありません」


国王は二人を見た。


それから、クロを見る。


黒猫はもう起き上がっていた。


白い尻尾の先が、赤い絨毯の上でゆらゆら揺れている。


国王は、ほんの少しだけ考えた。


「黒猫様は」


セリアがすぐに答える。


「地下牢へはお連れしない方が」


ちゃり。


近衛兵の鍵束が、もう一度鳴った。


クロが立ち上がった。


「ニャ」


(いくニャ)


セリアは目を閉じた。


「……ですよね」


国王は低く言った。


「安全を最優先にする。黒猫様を前に出すな」


ヴァルグが静かに頭を下げる。


『黒猫様の前に立つことを許されるとは、誉れである』


「盾にするという意味ではありません」


地下牢へ向かう一行が動き出す。


近衛兵。


地脈術師。


リオル。


セリア。


ヴァルグ。


そして、鍵束の音を追う黒猫。


王城の赤い絨毯から、冷たい石の階段へ。


クロは、何も知らずに歩き出した。


ただ、ちゃりちゃり鳴るものが気になっただけだった。


------------------------------

第一章:先王時代の扉

------------------------------


王城の地下牢は、王城の奥深くにあった。


今は使われていない。


罪人を閉じ込める場所としては古すぎ、湿気が強すぎ、通路も狭い。


近年は、記録上だけ残された閉鎖区画になっていた。


石段を降りるほど、空気が冷たくなる。


壁の燭台には新しい火が入れられたが、光は奥まで届かなかった。


クロは階段の途中で足を止める。


冷たい。


床が硬い。


さっきの赤い絨毯の方がよかった。


「ニャ」


(さむいニャ)


セリアがすぐに抱き上げようとする。


だが、近衛兵の鍵束が鳴った。


ちゃり。


クロの耳が立つ。


「ニャッ」


(そっちニャ)


クロはまた歩き出した。


セリアは手を宙で止める。


「鍵に負けました」


ヴァルグが低く言う。


『鍵束よ、己が幸運を知るがよい』


「鍵に語りかけないでください」


階段の下に、古い鉄扉があった。


錆びている。


だが、封印は生きていた。


王家の紋章が刻まれた銀の札が、扉の中央に貼られている。


近衛兵が鍵束から一本を選び、錠へ差し込んだ。


ぎ。


古い金属が嫌な音を立てる。


クロは少しだけ耳を伏せた。


「ニャ……」


(いやな音ニャ)


鍵が回る。


がちり。


扉は開かなかった。


近衛兵が眉を寄せる。


「開きません」


宰相が問う。


「鍵が違うのか」


「いえ、合っています」


リオルは扉へ近づいた。


銀の札を見て、顔を強張らせる。


「内側から、別の式で留められています」


国王が低く言う。


「当時のものか」


「はい」


リオルは扉の下を見た。


石床の隙間に、細い黒い線がある。


玉座の間に浮かんだものよりも薄い。


しかし、同じ癖だった。


「先生は、ここから逃げる時に扉を閉じたのではありません」


「どういう意味だ」


リオルは唇を噛む。


「扉を、まだ内側として扱わせている。外から開けても、式の上では中に入れない」


宰相が目を細めた。


「つまり」


「この扉は、今も先生の牢の一部です」


冷たい空気が、さらに重くなった。


その時、クロが鉄扉の前に座った。


目の前には、鍵穴。


そこから、かすかに匂いがする。


古い鉄。


湿った石。


嫌な水。


そして。


細い、ちゃりちゃりの気配。


クロは鼻を近づけた。


くん。


くんくん。


「フンッ」


(へんなにおいニャ)


クロは顔をしかめた。


それから、鍵穴へ前脚を伸ばした。


セリアが慌てる。


「クロ様、そこは汚いです」


クロの爪が、鍵穴の縁へ引っかかった。


かり。


鉄の内側で、何かが小さく鳴った。


ちゃり。


クロの目が丸くなる。


「ニャッ」


(いたニャ)


もう一度。


かり。


ちゃり。


鍵穴の奥で、細い金属音が返った。


リオルが息を呑む。


「内側の鍵が鳴っている」


国王が問う。


「内側の鍵?」


「式を留めている核です。鍵の形をしている」


近衛兵が困惑した。


「本物の鍵ではないのですか」


「本物の鍵を真似た術式です」


クロはそんなことを知らない。


爪を引っかける。


ちゃり。


音が返る。


楽しい。


たいへん楽しい。


「ニャッ」


(ちゃりちゃりニャ)


------------------------------

第二章:開かない牢

------------------------------


リオルは地脈術師たちへ指示を出した。


「扉の左右に札を。鍵穴の周りへは触れないでください」


地脈術師の一人が問う。


「黒猫様の前脚は」


リオルは一瞬だけ黙った。


クロは鍵穴をかりかりしている。


かり。


ちゃり。


かりかり。


ちゃりちゃり。


「触れている扱いで進めます」


セリアが小さく言った。


「扱いではなく、触れています」


リオルは咳払いをした。


「はい。触れています」


ヴァルグが満足げに目を細める。


『閉ざされし牢獄も、黒猫様の御爪に応える』


「鍵穴で遊んでいるだけです」


『応えておるではないか』


「音は返っていますね」


国王は、鉄扉を見ていた。


この地下牢に、メルト・マッドンを閉じ込めた。


先王時代の記録では、そうなっている。


だが、実際には逃げられた。


正式な尋問の前に。


拘束の理由。


押収された研究資料。


消えた弟子の記録。


王都地下水脈の切り離し。


そのすべてが、今になってつながり始めている。


「リオル」


「はい」


「メルトは、どうやって逃げた」


リオルは扉から目を離さなかった。


「分かりません」


少し間を置く。


「ただ、当時の先生なら、扉を破るようなことはしなかったと思います」


「なぜだ」


「破れば、逃げた跡が残ります。先生は、跡を残すことを嫌った」


リオルは扉の下の黒い線を見た。


「おそらく、牢の内側と外側の扱いを入れ替えたのです」


宰相が顔をしかめる。


「分かるように言え」


「扉を開けたのではなく、牢の外を内側にした。自分は、まだ牢の中にいるという扱いのまま、王城の外へ出た」


沈黙。


国王が低く言った。


「意味が分からん」


「私も、完全には分かりません」


リオルは苦い顔をする。


「ですが、先生の式はそういうものです。土地や扉に、別の意味を押しつける」


クロが鍵穴を強めに引っかいた。


かりっ。


ちゃりん。


今までより大きな音がした。


鉄扉の銀札が、淡く光る。


地脈術師が声を上げた。


「内側の式が浮きました」


リオルが即座に言う。


「封じてください」


「どこを」


「鍵音の返る位置です」


地脈術師たちは一瞬だけ固まった。


鍵音。


返る位置。


そんな基準で王城地下牢の封印を扱う日が来るとは、誰も思っていなかった。


だが、誰も文句は言わなかった。


玉座の間で、同じようなことをしたばかりだからである。


地脈術師たちは札を貼る。


一枚。


二枚。


三枚。


クロが鍵穴を引っかくたびに、銀札の裏で黒い線が浮く。


リオルがそれを読み、指示を出す。


「右下」


「上の留め具」


「扉の蝶番ではありません。その奥です」


黒い線が少しずつ薄くなっていく。


だが、最後の一本だけが残った。


鍵穴の奥。


クロの爪でも届きにくい場所。


リオルは額に汗を浮かべた。


「あと一本」


セリアが問う。


「開きそうですか」


「いえ。最後の式が、鍵穴の奥へ逃げています」


近衛兵が鍵束を差し出す。


「鍵を」


リオルは首を振った。


「本物の鍵を入れれば、式も一緒に奥へ潜る」


その時、クロが鍵束を見た。


ちゃりちゃりするもの。


たくさんある。


光る。


揺れる。


クロの目が、まん丸になった。


「ニャ」


(いっぱいニャ)


近衛兵は、嫌な予感がして鍵束を少し上げた。


クロも顔を上げる。


鍵束が揺れる。


ちゃり。


クロの尻尾が、ぴんと立った。


「クロ様」


セリアの声が遅かった。


クロは跳んだ。


前脚が、鍵束へ届く。


ちょい。


鍵束が大きく揺れた。


ちゃりちゃりちゃり。


鉄扉の内側からも、同じ音が返る。


ちゃりちゃりちゃり。


リオルが叫んだ。


「今です。外の鍵音に釣られて、内側の式が前に出ています」


地脈術師が札を押さえる。


銀札が強く光った。


黒い線が、鍵穴の奥からするりと出てくる。


細い。


鍵の形をした、黒い術式片だった。


クロはそれを見た。


小さい。


黒い。


ちょろっと出てきた。


「ニャッ」


(でたニャ)


クロは前脚を伸ばした。


ぺし。


黒い術式片が床へ落ちる。


地脈術師が封印瓶を差し出し、すぐに閉じ込めた。


がちり。


鉄扉の奥で、重い音がした。


扉を留めていたものが外れた音だった。


近衛兵が、もう一度鍵を回す。


今度は、扉が開いた。


冷たい空気が、奥から流れ出す。


湿った石の匂い。


古い鉄の匂い。


そして、かすかに焦げた紙の匂い。


リオルの顔が変わった。


「研究紙片です」


------------------------------

第三章:牢の中に残ったもの

------------------------------


地下牢の中は狭かった。


石の寝台。


錆びた鎖。


壁に刻まれた古い傷。


それだけの部屋だった。


だが、奥の壁だけが違っていた。


石と石の間に、薄い紙片が何枚も挟まっている。


普通なら、とっくに湿気で朽ちているはずだった。


しかし、紙片の周囲には細い封印線が走り、ぎりぎり形を保っていた。


リオルは、ゆっくり壁へ近づいた。


手を伸ばしかけ、止める。


「触らない方がいいな」


国王が言う。


リオルは頷いた。


「はい。先生の癖です。読ませたいものほど、触れた者へ意味を押しつける」


宰相が目を細める。


「罠か」


「罠であり、記録でもあります」


セリアはクロを抱き上げようとした。


しかし、クロは牢の床を見ている。


床の隅に、小さな紙片が一枚落ちていた。


他の紙片とは違い、封印線がない。


端が少し丸まっている。


動きそうで、動かない。


クロは近づいた。


「ニャ」


(ぺらぺらニャ)


前脚で、ちょい。


紙片が、かさ、と音を立てた。


クロの耳が立つ。


もう一度、ちょい。


かさ。


クロは楽しくなった。


ちょい。


かさ。


ちょいちょい。


かさかさ。


リオルが振り返る。


「黒猫様、その紙は」


セリアが慌てて膝をつく。


「クロ様、食べないでください」


クロは紙片の匂いを嗅いだ。


焦げた匂い。


古い匂い。


ごはんではない。


食べない。


ただ、音がよい。


「ニャ」


(かさかさニャ)


クロは紙片を前脚で押した。


紙片は床を滑り、石の隙間へ引っかかった。


その瞬間、壁の紙片が一斉に震えた。


かさ。


かさかさ。


かさかさかさ。


地脈術師たちが身構える。


リオルは目を見開いた。


「違う。罠が起きたんじゃない」


国王が問う。


「何だ」


リオルは、床の紙片と壁の紙片を見比べた。


「順番です」


「順番?」


「壁の紙片は、読む順番を隠してあります。床の紙片が、最初の一枚です」


宰相が言う。


「なぜ床に落ちていた」


「落ちていたのではありません。先生が、落ちるように残した」


リオルの声が低くなる。


「誰かが鍵を開け、牢の中へ入り、床の紙片を動かす。そこから読むように」


国王は紙片を見た。


「つまり、招待状か」


「はい」


リオルは唇を噛む。


「私宛ての」


セリアはクロを見た。


クロは床の紙片を、またちょいと押している。


かさ。


壁の紙片が、一枚だけ淡く光った。


リオルは息を呑む。


「読めます」


「読むな」


国王の声は鋭かった。


リオルは振り返る。


国王は壁の紙片を見ていた。


「罠だと言ったのは貴殿だ。読めば意味を押しつけられるのだろう」


「ですが、ここに先生の次の手が」


「読むなと言った」


国王は静かに続ける。


「読む方法を考えろ」


リオルは言葉を失った。


宰相が地脈術師たちへ命じる。


「写しを取る準備を。直接読むな。反射板を使え」


地脈術師たちが動く。


鏡のような銀板が用意された。


壁の紙片を直接見ず、銀板に映して文字を拾う。


手間はかかる。


だが、触れずに済む。


読まされずに済む。


クロはその間も、床の紙片で遊んでいた。


ちょい。


かさ。


ちょい。


かさ。


セリアは小声で言った。


「クロ様、その紙は大事そうなので、できれば丁寧に」


「ニャ?」


(これニャ?)


クロは紙片を前脚で押さえた。


破かない。


食べない。


ただ、押さえる。


セリアがほっとする。


ヴァルグが重々しく頷いた。


『黒猫様、禁じられし書を御爪の下に封じられた』


「紙を押さえているだけです」


『紙は逃げぬ』


「今は逃げてほしくありません」


------------------------------

第四章:先生の宿題

------------------------------


銀板に映された文字を、リオルが一つずつ読んだ。


声は震えていたが、目は逸らさなかった。


「王城地下水脈、第四区画。切り離し済み」


地脈術師が記録する。


「白霧谷、沈んだ節。集束候補」


宰相が目を細める。


「候補、か」


「はい。先生は最初から白霧谷だけに絞っていたわけではありません」


リオルは次の紙片を見る。


「王城表示層。王へ提示するための経路」


国王は黙って聞いている。


「旧地下牢。鍵式保存」


「それが今の鍵か」


「はい」


さらに、次の紙片。


リオルの声が止まった。


「どうした」


国王が問う。


リオルは、唇を噛む。


「王家地脈核」


玉座の間よりも深い沈黙が落ちた。


宰相が低く言う。


「聞いたことがない」


地脈術師たちも首を振った。


リオルは銀板の文字を見つめている。


「私も、詳しくは知りません。ただ、先生が一度だけ言っていました。王国の地脈には、王家が古い時代に封じた中心がある、と」


国王の表情が変わった。


「王家にも伝わっていない」


「おそらく、伝えるべきではないものだったのだと思います」


宰相が問う。


「メルトは、それを探しているのか」


「いいえ」


リオルは首を横に振った。


「先生は、もう場所を知っている」


国王の手が、静かに握られた。


「どこだ」


リオルは銀板を見た。


そこには、短い一文が映っている。


「王の足元にあり、王の手にはない」


国王は一瞬だけ黙った。


「謎かけか」


宰相が冷静に言う。


「性格が悪い」


リオルは苦く笑った。


「先生らしいです」


クロが、床の紙片を押した。


かさ。


壁の奥で、別の紙片が光る。


リオルがそちらを見る。


「まだあります」


国王が言う。


「読め」


リオルは銀板を動かした。


次の文字が映る。


「黒き杭を打つ必要なし」


地脈術師が息を呑む。


「呪核を使わない?」


リオルは読み続けた。


「すでに、王国は流れを縛られている」


国王の顔が険しくなる。


「どういう意味だ」


リオルは、すぐには答えられなかった。


「先生は、王国そのものの制度か、古い封印か、地脈管理の仕組みを利用するつもりです」


「呪核ではなく」


「はい」


リオルはゆっくり頷いた。


「ここから先は、呪核を置く話ではないのかもしれません」


その言葉は、地下牢の冷たい空気よりも重かった。


国王は、壁の紙片を見つめた。


「メルトは、王国の何を返してもらうつもりだ」


答えは、まだ出ない。


だが、床の紙片がまた、かさりと鳴った。


クロが前脚で押したからである。


壁の一番奥。


石の寝台の下に、細い光が走った。


セリアが気づく。


「今、光りました」


近衛兵が寝台の下を調べる。


そこには、小さな金属筒が隠されていた。


王家の封印でも、メルトの黒い封印でもない。


古い地脈術師の保存筒だった。


リオルは筒を見て、息を詰めた。


「これは」


「知っているのか」


リオルは震える手で、筒の刻印を示した。


「私の印です」


国王の視線が鋭くなる。


「貴殿の?」


「はい」


リオルは青ざめた。


「ですが、私はこんなものを残していません」


沈黙が落ちる。


クロは、そんなことは知らない。


紙片が光った。


筒が出た。


みんなが固まった。


でも、紙はまだ、かさかさする。


クロは前脚で紙片を押さえたまま、あくびをした。


「ふにゃ……」


(ねむいニャ)


------------------------------

終章:返してもらうもの

------------------------------


光の届かぬ石室で、メルト・マッドンは古い地下牢の図面を見ていた。


図面の端に刻まれていた黒い鍵印が、一つ消える。


報告者は、低く頭を下げた。


「地下牢の鍵式、外されました」


メルトは答えない。


「保存紙片の封印も、順に外れています」


「読ませたか」


「反応を見る限り、直接ではありません」


メルトは、ほんの少しだけ笑った。


「王は慎重だな」


報告者は黙っている。


「案内した者は」


「地下牢に入ったようです」


「そうか」


メルトは、古い図面の上に指を置いた。


地下牢。


玉座の間。


王城地下水脈。


その三つを結ぶ線は、まだ途切れていない。


「私の印も見つけたか」


「いえ」


報告者は、わずかに迷ってから続けた。


「例の保存筒が反応しました」


メルトの口元が、静かに歪んだ。


「そうだ」


その声は、ひどく穏やかだった。


「あれは、リオルのものだ」


「しかし、本人は」


「本人が残したかどうかは、重要ではない」


メルトは図面から手を離した。


「王城が疑えばいい」


報告者は息を呑んだ。


「リオルを、ですか」


「あれは逃げた。当時からずっと」


メルトの声は静かだった。


「逃げた者は、疑われる。疑われた者は、また逃げたくなる」


黒い鍵印の消えた図面の上に、別の線が浮かぶ。


それは王都の外へ続いていた。


「先生の宿題だ」


メルトは、誰にともなく言った。


「今度は逃げずに解いてみせろ、リオル」


その頃、王城地下牢では。


クロが床の紙片を前脚で押さえたまま、眠りかけていた。


紙片はもう、かさかさ鳴らない。


鍵束も、近衛兵の腰で静かになっている。


つまらない。


少し寒い。


ごはんもない。


クロはセリアを見上げた。


「ニャ」


(だっこニャ)


セリアはすぐにクロを抱き上げた。


「はい。もう地下牢は終わりにしましょう」


リオルは保存筒を見つめたまま動かない。


国王は、その横顔を見ていた。


疑うべきか。


信じるべきか。


王として、どちらも考えなければならない。


だが、少なくとも今は。


「リオル・カーマン」


国王が名を呼ぶ。


リオルはゆっくり顔を上げた。


「はい」


「逃げるな」


リオルの肩が、小さく震えた。


国王は続ける。


「疑問はある。調べもする。だが、貴殿をここで切り捨てれば、メルトの思う壺だ」


リオルは唇を噛んだ。


「私は」


「逃げるな」


同じ言葉だった。


けれど、命令だけではなかった。


リオルは、深く頭を下げた。


「はい」


セリアの腕の中で、クロは目を閉じる。


地下牢は寒い。


けれど、抱っこは温かい。


ならば、まあまあである。


「ふにゃ……」


(ねるニャ)


王城の奥で、先王時代の宿題が開かれた。


黒猫様はもちろん、宿題など知らない。


ただ、ちゃりちゃり鳴る鍵束と、かさかさ鳴る紙片で少し遊んで、温かい腕の中へ戻っただけだった。


(第34話 完)


ご覧いただきありがとうございます!


「面白い!」「クロ様がかわいい!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、

ページ下部の【ブックマークに追加】や、評価欄の【★★★★★】で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!


ぜひブックマークしてお待ちいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。