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【連載版】ダンジョン最深部の黒猫様は極上のカリカリをご所望です  作者: あずきまんま


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第22話:黒猫様と、王国呪核調査隊の献上品講習

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第一章:災害対策会議、猫に行き着く

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王城。


国王の執務室には、いつもより多くの書類が積み上がっていた。


各地から届いた黒い結晶状の呪物に関する報告。リーベル村の麦畑で確認された呪核の調査記録。黒猫様が前脚で掘削し、麦の穂を用いた遊戯により破砕したという、読み返しても意味の分からない現場報告。


国王はその一枚を手に取り、もう一度読んだ。


「黒猫様は乾いた麦の穂を用いた遊戯により、呪核へ複数回の打撃を加え、最終的に破砕……」


沈黙。


「……宰相」


「はい」


「これは本当に王国の公式報告書か」


「調査隊長マルセル以下、隊員全員の署名がございます」


「全員、疲れていたのではないか」


「その可能性も検討しましたが、村人側の証言とも一致しております」


国王は額を押さえた。


机の隅には、二本の黒い毛が置かれている。地下100階層で、クロが国王のマントを寝床にした時に付着していたものだ。


捨てるつもりはない。ただ、なぜ捨てないのかは、国王自身にもよく分からない。


「……結果は出ている」


「はい」


「一村が救われた」


「はい」


「呪核の処理方法として、黒猫様の散歩を完全に無視するわけにはいかん」


「はい」


「だが、国家の災害対策に猫の散歩を組み込むとは何事だ」


宰相は一拍置いた。


「歴史的な方針転換かと」


「言い方を整えるな」


国王は報告書を置いた。


「黒猫様を酷使することは許さん。あれは本人にとって散歩であり、遊びであり、食事でしかない。こちらの都合で連れ回すような真似はするな」


「承知しております」


「だが、各地の呪核は放置できん。黒猫様が現地へ向かわれる可能性がある以上、調査隊にも最低限の心得が必要だ」


宰相が頷く。


「すでに講習会の準備を進めております」


「講習会」


国王は嫌な予感を覚えた。


「はい。黒猫様同行時の現地対応講習です」


「名前だけ聞くと、何の講習か分からんな」


「内容は明確です。呪核調査隊が黒猫様、セリア殿、ヴァルグ殿と現地で遭遇した場合の対応。および献上品の基本です」


国王は目を閉じた。


「……献上品の基本」


「極めて重要かと」


「否定できぬのが腹立たしい」


宰相は淡々と書類を差し出した。


「講師には、アルフレッド殿、エレナ殿、ノエル殿、王宮料理長を予定しております。現地対応の証言者として、マルセル隊長にも登壇していただきます」


国王は書類を受け取る。


そこには、講習項目が並んでいた。


黒猫様へ無理に近づかないこと。


塩分と香辛料を避けること。


粒は小さく、食べやすい形にすること。


丸すぎる粒は転がりすぎるため注意すること。


黒猫様が寝床として誰かの衣服を選んだ場合、動かないこと。


「……宰相」


「はい」


「これは本当に呪核対策か」


「現場では必要事項かと」


国王は長い息を吐いた。


「分かった。開け」


「承知いたしました」


「ただし、調査隊に誤解させるな。黒猫様は兵器ではない。命令対象でもない。こちらが頼み込んで動かす存在ではない」


「はい」


「あくまで、黒猫様が散歩される先で、我々が邪魔をしないための講習だ」


宰相は静かに一礼した。


「そのように伝えます」


国王は机の隅の黒い毛を見た。


そして、誰にともなく呟く。


「……なぜ余は、猫の機嫌を国家方針に組み込んでいるのだ」


宰相は答えた。


「結果が出ておりますので」


「便利な言葉になってきたな、それも」




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第二章:第一講義、黒猫様とは何か

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王城の訓練講堂。


普段なら騎士や兵士が戦術講義を受ける場所に、今日は調査隊員たちがずらりと座っていた。魔術師、薬師、兵士、測量士、各地の領主から派遣された文官たち。


彼らの前には、黒板が置かれている。


そこに大きく書かれていた。


【黒猫様同行時の現地対応講習】


講堂は静まり返っていた。


静まり返ってはいるが、その静けさは真剣さだけではない。困惑も混じっていた。


前列の若い魔術師が、小声で隣に囁く。


「本当に、猫の講習なのか」


隣の兵士が小声で返す。


「リーベル村の報告書、読んだだろ」


「読んだ。前脚で掘削と書いてあった」


「なら、猫の講習だ」


「なぜ納得できる」


その時、講堂の扉が開いた。


最初に入ってきたのは、元宮廷料理長アルフレッドだった。続いて、元聖女エレナ。さらに、まだ少し緊張した顔のノエル。そして、王宮料理長が最後に入る。


四人が壇上へ並ぶと、調査隊員たちの背筋が伸びた。


アルフレッドが一礼する。


「本日は、黒猫様への献上品、および同行時の基本対応についてお話しいたします」


若い兵士が、真顔で筆を構えた。


エレナが続ける。


「まず最初に、黒猫様へ無理に触れようとしてはいけません」


黒板に一つ目の項目が書かれる。


一、黒猫様へ無理に近づかない。


ノエルが少し遠慮がちに言う。


「黒猫様は、ご自身で気になるものへ近づかれます。人が急に手を伸ばすと、驚かせてしまうかもしれません」


王宮料理長が腕を組む。


「そして、献上品を差し出す際は、皿の位置が重要だ」


若い魔術師が思わず顔を上げる。


「皿の位置、ですか」


「そうだ。黒猫様の歩幅、首の高さ、香りの立ち方。高すぎても低すぎてもよくない。鼻先で確認しやすく、前脚で触れられる余地を残す」


講堂に、さらさらと筆の音が走った。


前脚で触れられる余地。


普通の災害対策講習では、まず出てこない言葉である。


マルセル隊長は後方の席で、腕を組んで聞いていた。


隣の部下が小声で言う。


「隊長」


「なんだ」


「自分たち、本当にこれを学ぶんですね」


「リーベル村で、学んでおけばよかったと思った」


「説得力が重いです」


壇上では、アルフレッドが黒板へ次の項目を書く。


二、黒猫様は人語を話されない。


「黒猫様の発話は、基本的に鳴き声です」


調査隊員たちが頷く。


「しかし、だからといって意思がないわけではありません。耳、尻尾、瞳孔、前脚、鼻先の動きをよく見てください」


エレナが胸元で手を組む。


「黒猫様が召し上がりたい時は、耳がぴんと立ち、鼻がひくひく動きます」


王宮料理長が補足する。


「ただし、興味があるからといって必ず食べるとは限らない。まず転がす場合がある」


黒板に書かれる。


三、黒猫様は食べる前に転がすことがある。


講堂の空気が揺れた。


若い文官が、思わず手を上げる。


「あの、それは献上品を気に入らなかったという意味でしょうか」


ノエルが首を横に振る。


「いえ。気に入ったものでも、まず転がすことがあります」


「転がす」


「はい。私の小粒カリカリも転がされました」


ノエルは真面目に答えた。


「ですので、転がされても慌てないでください。ただし、丸すぎると遠くへ行ってしまいます」


王宮料理長が重々しく頷く。


「ゆえに、楕円だ」


黒板に書かれる。


四、粒は楕円を基本とする。


講堂中の筆が、迷いながらもそれを書き写した。




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第三章:献上品の基本

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第二講義は、献上品の実技だった。


講堂の横に簡易調理台が並べられ、そこに麦、魚、山羊乳、干し肉、野菜、香草などが置かれている。


アルフレッドが白身魚を手に取る。


「まず、塩分は抑えます。人間が美味しいと感じる味付けは、黒猫様には強すぎる場合があります」


エレナが頷く。


「香辛料も避けてください。香りが強すぎると、召し上がらない可能性があります」


ガルバが腕を組んで立ち上がった。


「つまり、肉本来の旨味で勝負ということだな」


「座ってください」


アルフレッドが即座に言った。


ガルバは不満げに座る。


「だが、肉は重要だろう」


「重要ですが、今日は講習です」


「黒猫様には極上ワイバーン肉を」


「今日は講習です」


バランが横から声を上げた。


「器も重要じゃ。献上品を盛る皿が粗末では、黒猫様の御口に入る前に品格が落ちる」


王宮料理長が眉をひそめる。


「器は大切だが、現地で無理なく用意できる範囲と陛下から指示が出ている」


「ならば携行用の小皿を支給すればよい」


「それは検討に値する」


調査隊員たちがまた筆を走らせる。


携行用小皿。


誰かが小声で呟いた。


「本当に呪核調査なのか」


マルセルが答える。


「呪核調査だ」


「皿の話をしています」


「必要だった」


リーベル村でクロが焼き麦カリカリを食べる様子を見たマルセルの言葉には、妙な重みがあった。


壇上では、ノエルが小さな粒を丸めていた。


「現地食材を使う場合、高級にしようと無理をする必要はないと思います。リーベル村の焼き麦カリカリも、村にあるものだけで作られていました」


エレナが微笑む。


「大切なのは、黒猫様が食べやすいことです」


アルフレッドが続ける。


「小さく、噛みやすく。外は軽く、中はほろりと。香りは分かりやすく、強すぎず」


王宮料理長が真顔で補足する。


「そして、転がりすぎないこと」


調査隊員たちは、真剣に頷いた。


かつてこれほど真剣に、猫用の粒の形状を学ぶ王国職員がいただろうか。


おそらく、いない。


その時、後方の扉が開き、国王が宰相を連れて入ってきた。


講堂中が一斉に立ち上がる。


「続けよ」


国王は手を上げた。


「余は視察に来ただけだ」


王宮料理長が一礼し、実技を続ける。


調理台の上では、楕円の小粒カリカリが整然と並んでいた。


国王はそれを見た。


「……本当に楕円だな」


宰相が頷く。


「基本形ですので」


「いつから王国に猫用粒形状の基本形ができた」


「先日からかと」


「先日から」


国王は遠い目をした。


その横で、ガルバがまた立ち上がる。


「陛下! 肉系献上品の重要性についても」


「座れ」


「しかし」


「座れ」


ガルバは座った。


エレナが小さく咳払いをする。


「次に、黒猫様が食べなかった場合の対応です」


講堂が静まる。


「無理に勧めてはいけません。黒猫様の御意思を尊重してください」


国王が小声で呟く。


「猫の機嫌を尊重する国家講習……」


宰相が答える。


「黒猫様の御意思です」


「言い換えが強い」




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第四章:現地対応、そしてヴァルグ対策

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第三講義は、現地対応だった。


壇上にはマルセルが立った。リーベル村で実際に呪核処理に立ち会った調査隊長である。


彼は報告書を片手に、深く息を吸った。


「まず、黒猫様が現地へ来られた場合、調査隊は慌てて道を塞がないこと」


黒板に書かれる。


五、黒猫様の進路を不用意に塞がない。


「黒猫様は、匂いや動くものに反応して進まれます。止めようとすると、セリア殿が判断してくださる場合があります。調査隊は、まずセリア殿の指示を待つこと」


若い兵士が手を上げた。


「呪核へ近づかれた場合も、ですか」


マルセルは少し沈黙した。


「リーベル村では、近づかれた」


「止めなかったのですか」


「止めようとした」


「どうなりましたか」


「暗黒竜ヴァルグ殿の声が、一段低くなった」


講堂の空気が凍る。


マルセルは真顔で続けた。


「言葉は選べ。黒猫様が危険、ではなく、周囲の者が危険、と伝えること」


黒板に書かれる。


六、危険という言葉の対象を間違えない。


国王が椅子に座ったまま、低く呟く。


「何だ、その項目は」


宰相が静かに言う。


「現場で重要だったようです」


マルセルはさらに続ける。


「ヴァルグ殿は、黒猫様への無礼に非常に敏感である。黒猫様を『ただの猫』と言ってはならない」


講堂中が、真剣にメモを取る。


七、ヴァルグ殿の前で黒猫様をただの猫と言わない。


「また、ヴァルグ殿が荘厳な解釈を始めた場合、反論はセリア殿に任せること」


八、ヴァルグ殿へのツッコミは原則セリア殿に任せる。


若い魔術師が手を止めた。


「これも、公式に書くんですか」


マルセルは答えた。


「書け。現場で命に関わる」


「命に」


「関わる」


講堂の誰も笑わなかった。


リーベル村の調査隊員たちは、特に笑わなかった。


次に、エレナが前へ出た。


「黒猫様が寝てしまわれた場合です」


黒板に書かれる。


九、黒猫様が眠られた場合、起こさない。


国王の肩がわずかに動いた。


宰相が見ないふりをする。


エレナは真剣だった。


「黒猫様は、気に入った場所で眠られることがあります。膝、布、鞄、マントなどです」


講堂の視線が、自然と国王へ向いた。


国王は表情を変えない。


「何だ」


誰も答えなかった。


マルセルが咳払いをする。


「その場合、選ばれた者は可能な限り動かないこと」


十、寝床に選ばれた者は可能な限り動かない。


国王が口を開く。


「業務中ならどうする」


アルフレッドが答えた。


「黒猫様の睡眠を優先してください」


「王命よりもか」


「黒猫様が眠っておられるのでしたら」


国王は宰相を見た。


宰相は静かに視線を逸らした。


「お前、今、納得しかけただろう」


「現場判断としては合理的かと」


「合理的とは」


ノエルが小さく手を上げた。


「あの、膝で眠られた場合、足が痺れても急に動かない方がよいと思います」


講堂中が彼を見る。


「経験者です」


ノエルは静かに言った。


十一、足が痺れても急に動かない。


国王は目を閉じた。


「この国は今、何を学んでいるのだ」


宰相が答える。


「黒猫様同行時の現地対応でございます」


「分かっておる」




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第五章:講習資料、完成する

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講習の最後に、調査隊員たちへ薄い冊子が配られた。


表紙には、こう書かれている。


【黒猫様同行時の現地対応および献上品作成の手引き】


国王はその冊子を手に取った。


一ページ目。


黒猫様は人語を話されない。鳴き声、耳、尻尾、鼻先、前脚の動きに注意すること。


二ページ目。


黒猫様へ無理に近づかないこと。黒猫様が近づいてこられた場合、慌てず姿勢を低くし、急な動きを避けること。


三ページ目。


献上品は現地食材でよい。塩分、香辛料を避け、小さく食べやすい形にすること。粒は楕円を基本とする。


四ページ目。


黒猫様が献上品を転がしても失敗とは限らない。


五ページ目。


黒猫様が箱、布、マント、鞄、膝を寝床に選ばれた場合、可能な限り動かないこと。


国王の手が止まる。


「宰相」


「はい」


「四ページ目までは、ぎりぎり分かる」


「はい」


「五ページ目は本当に必要か」


「陛下が一番ご存じかと」


「余を事例にするな」


宰相は何も言わない。沈黙が、何より雄弁だった。


講堂の前方では、調査隊員たちが冊子を真剣に読み込んでいる。


「黒猫様が箱に入った場合、箱を移動してはならない」


若い兵士が呟く。


「箱に入るのか」


隣の魔術師が言う。


「猫だから入るのでは」


「黒猫様だぞ」


「黒猫様でも猫ではあるだろう」


言ってから、二人は同時に口を閉じた。


講習で学んだばかりの注意事項が、頭をよぎったのである。


王宮料理長は、冊子の献上品項目に赤を入れていた。


「粒の大きさの目安をもう少し具体化するべきだな」


アルフレッドが頷く。


「黒猫様のお口に合わせるなら、この半分ほどの図を入れてもよいかもしれません」


ノエルが遠慮がちに言う。


「転がりすぎない形の図もあると、現地の方が作りやすいと思います」


エレナが微笑む。


「ふやかし系の場合の水分量も必要ですね」


国王はその会話を聞いていた。


「……料理人たちが、王国の災害対策資料を作っている」


宰相が頷く。


「時代が変わりましたな」


「変わりすぎだ」


その時、講堂の扉が開いた。


文官が息を切らして入ってくる。


「陛下」


講堂の空気が変わる。


国王は冊子を閉じた。


「何だ」


「北西の廃鉱より報告です。鉱道の奥で黒い結晶が発見されました。周囲の坑木が腐り、坑内の魔力灯が次々と消えているとのこと」


マルセルの顔が険しくなる。


「廃鉱……」


文官は続ける。


「さらに、奥から小さな音がするそうです。石が転がるような音だと」


講堂が静まり返る。


国王はゆっくりと立ち上がった。


「調査隊を出せ。封鎖を優先しろ。中へ不用意に入るな」


「はっ」


「マルセル」


「はい」


「講習は終わったな」


マルセルは配られた冊子を見た。


黒猫様同行時の現地対応および献上品作成の手引き。


そこに書かれた、楕円、寝床、ヴァルグ殿へのツッコミはセリア殿に任せる、という文字列。


彼は深く息を吸った。


「はい。最低限は」


「では行け。必要なら、最深部へ連絡を取る」


「承知しました」


国王は講堂の全員を見た。


「忘れるな。黒猫様は道具ではない。だが、黒猫様が歩まれる先で救われる者がいるのも事実だ。我々の役目は、そこを邪魔しないことだ」


講堂の空気が引き締まる。


王宮料理長が静かに冊子を閉じた。


アルフレッドも、エレナも、ノエルも、真剣な顔で頷く。


国王は最後に、小さく付け加えた。


「それと、献上品を忘れるな」


一瞬、沈黙。


マルセルが敬礼する。


「現地食材を確認します」


「うむ」


宰相が小さく呟いた。


「講習の成果ですな」


国王は聞こえないふりをした。




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終章:黒猫様は何も知らない

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その頃、地下100階層【奈落の淵】。


クロは、ヴァルグの巨大な頭の上で丸くなっていた。


「すぴー……」


青白い発光苔が淡く光り、最深部の空気は静かだった。


セリアはクロの寝床用の布を畳みながら、ふと顔を上げる。


「ヴァルグ様」


『なんだ』


「最近、王国の方々が少し大変そうですね」


『当然だ。黒猫様の御業を正しく受け止めるには、人の身では時間がかかろう』


「たぶん、呪核の対応で忙しいんだと思います」


『黒猫様が一つの村を救われた。その事実が、人の国を動かしているのだ』


「話が広がりましたね」


ヴァルグは巨大な黄金の瞳で、眠るクロを見上げた。


『黒猫様が一歩歩まれれば、国が動く』


「実際には、お散歩して、遊んで、カリカリを食べているだけですけど」


『それで国が動く』


セリアは少し黙った。


それは否定できなかった。


クロは夢の中で、前脚をぴくりと動かす。


「ニャ……」


(ころころ……)


きっと夢の中で、何かを追いかけているのだろう。


セリアは小さく笑った。


その時、最深部の空間が、ほんのわずかに揺れた。


遠くから、王国の魔術通信が届く時の淡い光だ。


ヴァルグの目が細くなる。


『またか』


セリアは立ち上がる。


「今度は、どこでしょう」


クロは眠っている。


「すぴー……」


何も知らない。王城で自分のための講習会が開かれたことも、調査隊員たちが楕円の粒について真剣に学んだことも、廃鉱の奥で新しい黒い結晶が見つかったことも。ただ、夢の中で、ころころ転がる何かを追いかけていた。それだけだった。


(第22話 完)


ご覧いただきありがとうございます!


「面白い!」「クロ様がかわいい!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、

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