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【連載版】ダンジョン最深部の黒猫様は極上のカリカリをご所望です  作者: あずきまんま


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第2話:落ちこぼれ聖女と、極上のふやかしスープ

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第一章:奇跡の聖女の失脚と、闇の中の噂

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大聖堂の荘厳な祈祷の間。 天井のステンドグラスから差し込む七色の光は、かつてその少女を大聖女として神々しく照らし出していた。

しかし、今の彼女を包んでいるのは優美な光などではなく、皮膚を這い回るどろどろとした漆黒の紋様——古代の悪魔が遺した不治の呪い『蝕みの黒呪くろのしゅ』であった。


「……くっ、ふ、あ……っ……!」


大理石の冷たい床に崩れ落ち、胸をかきむしる少女——エレナ。 かつて『奇跡の聖女』と称えられ、その清らかな神聖魔法で幾千の傷病者を救ってきた少女の身体は、今や見る影もなく蝕まれていた。

皮膚の下を黒い泥のような呪気が蠢くたび、全身の骨を万力で破砕されるような劇痛が走る。 呼吸をするだけで肺が焼け付くように痛み、視界は白く霞んでいた。


「……情けない姿ね、エレナ」


見下ろす冷ややかな声。 豪華な刺繍が施された聖女のローブを纏い、扇子で口元を隠しているのは、第二聖女のセレーナであった。

セレーナはエレナの足元に泥のついた靴を歩み寄せると、あざ笑うように首を振る。


「魔王軍の残党との戦いで呪いを受けた? ふん、笑わせないで。本当は己の不徳ゆえに悪魔の毒に侵されたのでしょう? そんな汚らわしい呪われ者が聖女を名乗り続けるなんて、我が大聖堂の面汚しもいいところだわ」


「つ……セレーナ、様……。私は、ただ……街を護る結界を……維持するために……」


「言い訳は見苦しいわよ!」


セレーナの声が甲高く響く。 背後に控える大司教や幹部聖職者たちも、蔑みの視線をエレナへ向けていた。


「大司教様、ご覧ください。この者の神聖魔力はすでに完全に枯渇し、溢れ出るのは禍々しい呪気のみ。……このような化け物を聖堂に置いておけば、国民の信仰が揺らぎますわ」


「ふむ……セレーナ聖女の言う通りだ」


腹の出た大司教は、眉をひそめて手を振った。


「エレナよ。お前のこれまでの功績に免じて命だけは助けてやる。だが、本日をもって聖女の資格を剥奪し、大聖堂から永久追放とする! 二度とこの聖なる敷地に足を踏み入れるな!」


「そんな……! 大司教様、お待ちください! 私は……っ!」


「引きずり出せ!」


神殿騎士たちに乱暴に腕を掴まれ、エレナは大聖堂の重厚な門の外へと投げ捨てられた。

ドサリ、と冷たい石畳に叩きつけられる。 ザーザーと降りしきる雨が、ボロボロになった聖衣とエレナの髪を濡らしていく。


「あはは! これからはスラムの泥水でもすすって死んでいきなさいな!」


高笑いとともに、大聖堂の巨大な扉が重々しい音を立てて閉じられた。

残されたのは、降りしきる冷たい雨と、身体を苛む激痛だけ。


「う、ぐ……っ……あぁ……」


エレナは指先に力を込め、血が滲むほど石畳を噛み締めた。 街を救うために自ら身代わりとなって受けた呪いだった。なのに、待っていたのは賞賛でも治療でもなく、裏切りと追放。


(私は……ここで……惨めにも野垂れ死にするの……?)


呼吸すらまともにできず、エレナは這うようにして、雨を避けられるスラム街の薄暗い路地裏へと逃げ延びた。 激痛で意識が薄れる中、壁に寄りかかり、ただ死を待つだけの時間。


——その時だった。


「おいおい、嘘だろ!? ガルバの旦那たちが……あのSSランクパーティ『赤き獅子団』が全滅しかけたって!?」


「ああ! 30階層の隠し部屋で転送罠を踏んで、一気に最下層の『100階層』まで飛ばされたらしい!」


路地裏のすぐ隣にある貧しい冒険者酒場から、やけに熱を帯びた声が漏れ聞こえてきた。


「100階層!? 冗談だろ、あそこはSSSランク魔獣『深淵の暗黒竜』が住む絶望の最下層だぞ! 即死じゃないか!」


「それがな……無傷で帰ってきたんだよ! 腕を食ちぎられたガルバの傷も、完全に塞がって全盛期の動きを取り戻したらしい!」


「はぁ!? どうやってあそこから生還したんだ!?」


「ふふふ……それがな、『黒猫様』のおかげらしいんだよ」


「……は? 黒猫?」


酒場の会話に、意識を失いかけていたエレナの耳がぴくりと反応した。


「100階層の最深部に、暗黒竜を座布団にして寝そべってる一匹の『黒猫』がいるんだと。ガルバ達が死を覚悟して、ポケットに入ってた最高級の『肉の干物カリカリ』を捧げたらな……」


「……捧げたら?」


「その黒猫様が美味そうに完食して、食後の運動みたいにガルバたちの傷口を『ペロリ』と一舐めしたんだと。そしたら一瞬で肉が盛り上がって、欠損した腕も、呪いも、魔力枯渇も全部治っちまったらしい!」


「バ、バカな……! 欠損再生リジェネレーションどころか、神の奇跡じゃねえか!」


「ああ。いま冒険者ギルドじゃ大騒ぎさ。『100階層の黒猫様に最高級のカリカリをお供えすれば、どんな致命傷も完治する』ってな!」


——ドクン、と。 エレナの胸の中で、小さな炎が灯った。


(どんな致命傷も……呪いも……完治する……?)


古代の悪魔が遺した『蝕みの黒呪』。 大聖堂の最高の神聖魔法でも消せなかった絶望の毒。 それが……最最深部に棲まう『黒き神』の一舐めで消えたというのか?


(神は見捨てられた……だけど……最深部の『黒猫様』なら……!)


エレナは震える手で自分の胸を抱きしめた。

しかし、酒場の冒険者はこうも続けていた。


「……だがなぁ、黒猫様はかなり食にうるさいらしいぞ。ガルバたちの肉は気に入ったから良かったが、もし不味い飯を出したら、横にいる暗黒竜に一瞬で灰にされるらしい」


「ヒッ……命がけのお供え物査定かよ……」


命がけのお供え物。 どんなに高級な干し肉でも、お気に召さなければ即死。

エレナは薄れゆく意識の中で、己の手を見つめた。 神聖魔法は失われた。剣も振れない。お金もない。 だが——エレナには、幼い頃から修道院で培ってきた「たった一つの特技」があった。


(……料理)


かつて、傷つき倒れた人々や小さな子供たちのために、心を込めて作った温かい料理。 誰よりも素材の味を引き出し、食べる者の心と身体を温めるスープ作りの技術。


(干し肉ごときで喜んでいただけたのなら……。私の持てるすべての技術と命を注ぎ込んだ、至高の『スープ煮込み』なら……!)


雨の中、エレナは血の滲む唇を噛み締め、ゆっくりと立ち上がった。


「待っていてください……『黒猫様』……!」


絶望の淵に立たされた落ちこぼれ聖女の、命をかけた「献上品作り」が、今ここに始まった。



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第二章:至高のふやかしスープ調理と、命がけの100階層突破

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スラム街の端にある、崩れかけた空き家。 薄暗い部屋の中に、小さな魔導コンロの青い炎がぽつりと灯っていた。


「……くっ、ふ……っ……!」


エレナは胸を苛む劇痛に膝を折りながらも、鍋から決して目を離さなかった。

手元にあるのは、追放される際にわずかに持ち出せた薬草と、スラムの商人からなけなしの銀貨で買い叩いた最高級魔獣『鳥竜バードドレイク』の極上干し肉。そして、修道院の裏庭で汲んできた清らかな霊水。

神聖魔法は失われた。しかし、祈りを込める手まで失ったわけではない。


(黒猫様にお気に召していただくためには……ただのカリカリではダメ。お耳にした噂によれば、干し肉は確かに美味だが、硬さゆえに喉を詰まらせる恐れもある……)


エレナは小さく息を吐き、干し肉を細かく刻んでいく。


(猫様のお口は繊細……なら、鳥竜の骨から取った濃厚な黄金出汁でカリカリをじっくりと煮込み、旨味を極限まで含ませてふやかす。……これなら、喉越しも滑らかで、一口噛めば極上のスープが口いっぱいに広がるはず……!)


コトコトと、心地よい音が部屋に響き始める。 鳥竜の出汁が黄金色に透き通り、芳醇で香ばしい肉の香りが部屋いっぱいに漂い出した。

そこへ、細かく砕いた干し肉を投入する。 スープを吸った肉は、ふっくらと柔らかく膨らみ、ツヤツヤと輝きを放ち始めた。


「……熱すぎても、冷めすぎてもいけない。猫様が美味しく召し上がれるのは、ほんのりと温かい『人肌』の温度……!」


エレナは全身から油汗を流しながら、魔導コンロの火加減をミリ単位で調整した。 仕上げに、かつて大聖堂の温室で育てていた『猫好みの聖草(※キャットニップに似たハーブ)』の粉末をパラリと振りかける。

立ち上る湯気は、まるで最高級料亭の逸品のような、鼻腔をくすぐる幸福な香りを纏っていた。


「完成……『聖湯仕立てのふやかし極上カリカリ』……っ!」


エレナは完成した料理を特製の魔法保温魔法陣を施した銀容器へと移し、しっかりと蓋をした。 これで温度も香りも完全に閉じ込められる。


「……待っていてください、黒猫様。私の命が尽きる前に……必ずや、この一品をお届けします……!」

銀容器を大事に抱きかかえ、エレナは夜の闇へと駆け出した。





王都の郊外にぽっかりと口を開ける、地下へ続く巨大な大穴——ダンジョン【奈落の洞窟】。

普段なら厳重な警備兵が立ち塞がる場所だが、深夜の土砂降りの雨の中、エレナは影に潜むようにして監視の目を盗み、一足飛びにダンジョン内部へと侵入した。


——地下1階、10階、20階……。


「はぁ……っ、はぁ……っ……!」


エレナの身体は、すでに限界を迎えていた。 一歩踏み出すたびに、全身の皮膚を這う『蝕みの黒呪』が内側から肉を焼くような激痛をもたらす。吐血し、視界が真っ赤に染まる。

だが、襲い掛かってくる低階層のモンスターたち——ゴブリンや大蜘蛛の群れを、エレナはかつて培った隠密魔法の残滓と、必死の身のこなしで必死にやり過ごした。

戦ってはならない。傷ついてもいけない。 何より——胸に抱いたこのスープを、一滴たりともこぼしてはならないのだから。


「……っ! 転送の隠し部屋……!」


地下30階層。 冒険者酒場で聞いた噂通り、崩れかけた石壁の裏に、怪しく青く光る古代の魔法陣が存在していた。

かつてSSランクパーティ『赤き獅子団』がうっかり踏み抜き、一瞬で最下層へと飛ばされたという不運の罠。

エレナにとっては、これこそが唯一の希望だった。 自力で100階層まで降りる体力など、今の彼女には一分たりとも残されていないのだから。


「黒猫様……どうか……!」


エレナは意を決し、青い魔法陣の真ん中へと足を踏み入れた。


——ズンッ!!


世界が逆転するような強烈な浮遊感。 空間が極彩色に歪み、次の瞬間、エレナの全身を『本物の絶望』という名の圧倒的な圧力が押し潰した。





——地下100階層【奈落の淵】。


ゴツゴツとした黒い岩肌。足元を流れる真紅のマグマ。 空気そのものが燃えているかのような熱気と、立ち上る硫黄の匂い。

そして——目の前に横たわる、山のように巨大な漆黒の怪物。


「グ……ルルルル……」


SSSランク魔獣『深淵の暗黒竜アビス・ドラゴン』。 世界を滅ぼすとまで謳われる伝説の竜が、億劫そうに黄金の瞳を開き、突如現れた小さな訪問者を見下ろしていた。

その一口で城壁すら噛み砕く巨大なあご。放出される圧倒的な殺気に、エレナは呼吸すら止められ、大理石のように硬直した。


(あ……あぁ……これが……最下層の魔王……暗黒竜……!)


死の恐怖で全身の血が凍りつく。 だが、エレナの視線は、暗黒竜の巨大な頭部の上——その目と目の間の、平らなスペースへと注がれた。

そこに、いた。

夜のように深い黒い毛並み。尻尾の先だけがぽつんと白い、一匹の小さな黒猫。

黒猫は、暗黒竜の頭の上で丸くなり、寒そうに「ふにゃ……」と小さく鼻を鳴らしていた。


(あのお方が……竜をも従える、伝説の『黒猫様』……っ!)


エレナは血の混じった息を吐き出しながら、両膝を床についた。 もはや立っている体力すらない。視界は激痛で明暗を繰り返している。

エレナは震える手で、大切に抱え続けてきた銀容器の蓋を、ゆっくりと外した。


——ふわり。


最下層の硫黄の匂いを一瞬で塗り替える、芳醇で温かい肉出汁の香りが、広間に優しく広がり始めた。


「黒き神様……っ! どうか……我が命を込めた……最後のお供え物を……召し上がりください……っ!」


エレナは最後の力を振り絞り、湯気立つ『ふやかしスープ』の銀皿を、前へと差し出したのだった。


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第三章:お食事タイムと奇跡のアフターサービス

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地下100階層——【奈落の淵】。


圧倒的な圧力を放つ暗黒竜の足元で、血を吐きながら床に伏せる聖女エレナ。 彼女が命を削って捧げた銀皿からは、ぽかぽかと温かい湯気とともに、香ばしい肉の出汁と聖草の香りが優しく立ち上っていた。

その瞬間。 暗黒竜の頭上で丸くなっていた黒猫のクロが、ピンと耳を立てた。


(にゃ……っ!? なんかすげー良い匂いがするニャ……!)


クロはパチッと目を開けると、暗黒竜の鼻先へトコトコと歩み寄った。

下を見下ろすと、どろどろの黒い呪いに侵されたボロボロの少女が、必死の思いで銀皿をこちらへ差し出している。 だが、クロの視線は少女の悲惨な姿など一切通り越し、お皿の中に釘付けだった。


(にゃんだこれは!? いつもの固いおカリカリと違って、黄金色のスープをたっぷり吸って、ふっくら膨らんでるニャ……! しかもほんのり温かくて美味しそうニャ……!)


前足でトントンと暗黒竜の鼻を叩き、地面へ飛び降りるクロ。


(ふにゃぁ、待ちきれないニャ!)


クロは一直線にお皿へダッシュすると、勢いよく顔を突っ込んだ。


「シャク……ジュワッ……トロリ……ペロペロ……!」


一口噛んだ瞬間、肉の旨味が凝縮された濃厚な黄金出汁が、ジュワリとお口いっぱいに広がった。 固かったお肉は程よく柔らかくふやかされており、歯触りも最高。喉を通る温かいスープが、冷えていたお腹をじんわりと温めていく。


(う……美味い……!! 出汁がめちゃくちゃ染み込んでて最高に美味いニャ〜〜ッ!!)


クロはシッポをピーンと立ててフリフリさせながら、夢中でお皿を舐め回した。

一方、それを見つめる暗黒竜とエレナの心の中は、大混乱と感動の嵐だった。


(お、おお……っ! 黒猫様が、尻尾を振っておられる……! あれほどまでに喜んで食しておられるとは! 女よ、見事だ……! 我が黒猫様のブレスで焼き尽くされずに済んだのも、お前の献上品のおかげだぞ……!)


暗黒竜が安堵のあまり心の中で冷や汗を拭う横で、エレナは溢れ出る涙を止められずにいた。


(召し上がってくださった……! 命を削り、信仰のすべてを注ぎ込んだ私の『聖湯煮込み』を……! ああ、神よ……黒きお方は、これほどまでに慈悲深く、私の捧げ物を受け入れてくださったのですね……っ!)


「ペロリ、ペロリ……ぷはぁ〜〜!」


あっという間に皿をピカピカに舐め上げたクロは、満足げにお腹を撫で回した。


(ふぅ、食った食った! 温かいスープカリカリ、クセになりそうだニャ〜)


お腹がいっぱいになってご機嫌のクロ。 ふと見ると、目の前で瀕死の少女が、出汁の香りが残る手を床について自分を見上げている。

スープが美味しすぎて口の周りが少し汚れちゃったクロは、お礼と食後の挨拶代わりに、少女の顔へひょいと近づいた。


(美味しかったニャ。ごちそうさまの挨拶に、ちょっと舐めてあげるニャ)


ペロ……ペロリ……。


ざらりとした猫の舌が、エレナの額を優しく舐め上げた。


——その瞬間。


ドクン!!


エレナの全身の細胞が、一斉に鳴動した。


「な……っ!? か、身体が……あつ、い……っ!?」


クロの舌が触れた額を中心に、眩いばかりの純白の神聖光が爆発的に溢れ出した!

エレナの全身を苛んでいたどろどろの『蝕みの黒呪』が、まるで熱湯をかけられた氷のように、一瞬で溶けて消え去っていく。

黒ずんでいた肌は瞬く間に白く透き通り、ゆで卵のようにツヤツヤと輝き始めた。 枯れ果てていた魔力が怒涛の勢いで全身を駆け巡り、失われた聖力は以前の数倍——いや、人類の域を遥かに越えた『神聖進化』の領域へと跳ね上がっていく!


「あ……あぁ……っ! 呪いが……消えた……!? 傷も、激痛も……全部なくなって……!?」


エレナは己の手を見つめ、震える声で絶叫した。

大聖堂の秘宝でも、大司教の最高級神聖魔法でも消せなかった古代の邪呪。 それが……この『黒猫様』のたった一舐めで、まるで最初から存在しなかったかのように消滅してしまったのだ。


(これぞ……これぞ神の御技……! 献上品をお受け取りいただいた後に授けられる……『食の奇跡アフターサービス』……っ!!)


エレナは身体中に溢れ出る神聖な魔力を感じながら、感極まって石畳に額を擦り付けた。


「感謝いたします……! 感謝いたします、黒猫様……っ! この御恩、この命に代えても一生忘れませぬ……!」


一方、奇跡を起こした当の黒猫様といえば。


「ふぁぁ〜あ……」


大きな欠伸をひとつ。


(ん〜、温かいの食べて食後の運動ペロペロもしたら、眠くなってきたニャ……)


完全にエレナへの興味を失ったクロは、トコトコと暗黒竜の巨大な前脚を登り、頭の上のマイポジションへ収まった。 前足で顔をゴシゴシと洗うと、くるりと丸くなって即座にスヤスヤと二度寝を始める。


(以前の時と同じだ……! 仕事を終えた黒猫様がお休みになられたぞ……!)


暗黒竜は息を殺し、そ〜っとエレナへ視線を送った。


(おい人間よ、黒猫様の睡眠を邪魔するでないぞ。さっさと帰るのだ)


「はい……! 伏して失礼いたします……っ!」


エレナは深々と一礼すると、溢れんばかりの感謝と畏怖を胸に、古代の転送陣へと足を踏み入れたのだった。


結末:地上での波紋と新たな伝説


それから数日後。

王国の中心に聳え立つ、大聖堂の審議の間。


「大司教様! 大変です! 街に……街にエレナ様が姿を現しました!」


神殿騎士が息を切らせて駆け込んできた。 大司教と、エレナを追いやって第一聖女の座に収まっていたセレーナは、不快そうに眉をひそめる。


「なんですって? あの不吉な呪われ者がスラムで野垂れ死にずに生きていたというの?」


セレーナがあざ笑うように扇子を鳴らす。


「どうせ全身黒い泥まみれで、命乞いにでもやって来たのでしょう。追い払いなさい!」


「い、いいえ! そうではないのです! エレナ様の呪いは……完全に消滅し、それどころか以前を遥かに凌駕する神々しい光を纏っておられます!」


「「な……なんだと!?」」


バタンと扉が押し開かれ、一人の少女が足を踏み入れた。

そこには、ボロボロだった聖衣を美しく着こなし、透き通るような肌と黄金の髪を輝かせたエレナの姿があった。 彼女から放たれる圧倒的な神聖魔力は、大聖堂全体を温かく包み込み、居合わせた幹部聖職者たちが思わず膝をついてしまうほどだった。


「な、なぜだ……!? 古代の悪魔の呪いは不治のはず! どのような大魔法で祓ったというのだ!?」


大司教が泡を食って立ち上がる。 セレーナも顔を青ざめさせ、激昂して叫んだ。


「あり得ないわ! 汚らわしい化け物がどうやってそんな力を手に入れたの!? 吐き出しなさい、どんな不吉な悪魔と契約したのよ!?」


問い詰められたエレナは、どこまでも澄み切った、しかし強い意志を宿した瞳でセレーナと大司教を見つめた。

そして、静かに告げた。


「悪魔などではありません。私をお救いくださったのは……地下100階層に鎮座される、崇高なる『黒猫様』です」


「く……黒猫……!?」


「祈りや神聖魔法などではありません。神がお求めなのは——『適切な温度でじっくり煮込んだ、至高のスープ仕立てカリカリ』です」


「……は?」


大司教もセレーナも、開いた口が塞がらなかった。

エレナは胸元に抱えた新しい銀のスープ鍋をぎゅっと抱きしめると、晴れやかな笑顔で言い放った。


「私は本日をもって大聖堂を辞職いたします。これより私は、黒猫様にお仕えする『聖なる料理人』となり、毎日最深部へ極上のスープをお届けする参拝に向かいますので!」


「せ、聖女様ーーーーーーッ!??!?」





こうして、奇跡の生還を果たしたエレナは、大聖堂の地位をあっさりと捨て、ダンジョン街の片隅に『黒猫様のためのスープ仕込み処』を開設した。

追放されたはずのエレナが以前以上の聖なる力を得て完治したという噂は、瞬く間に世界中を駆け巡った。


『最高級の干し肉だけではない……! 黒猫様は温かい出汁スープもお好みだ!!』 『聖女すら一瞬で神聖進化させる、黒猫様のアフターサービス……!!』


ギルドの冒険者だけでなく、各国の聖職者や有名料理人までもが、「黒猫様のお気に召すスープカリカリ」の開発に乗り出すという、未知なる空前のブームが巻き起こることになる。

そんな地上での大狂乱など、知る由もない地下100階層。


(う〜ん……次はどんな美味しいご馳走がやって来るニャ……)


暗黒竜の頭の上で、黒猫のクロは幸せそうに尻尾をパタパタと揺らしながら、今日もぐっすりと平和な夢を見るのであった。


(第2話 完)



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