第18話:黒猫様と、どうしても信じない国王陛下
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第一章:王城に集まる、意味不明な報告
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王城。国王の執務机には、ここしばらく奇妙な報告書が積み上がり続けていた。問題になっているのは――一匹の黒猫。
地下100階層【奈落の淵】に生息する黒猫。暗黒竜ヴァルグが「黒猫様」と呼び、仕えているという。さらに、重傷を負ったSSランク冒険者、不治の呪いに苦しんだ者、味覚を失った料理人、失明した付与術師――黒猫との接触後、常識では説明できない回復や覚醒を遂げた者たちの報告が続く。魔族、獣人、ハイエルフ、東方の巫女。関係者の範囲まで広がっている。
「............黒猫」
国王は眉間を揉んだ。
「宰相。余は疲れているのか?」
「いえ、陛下」
「では確認する。世界を滅ぼし得る暗黒竜が、一匹の黒猫に仕えている」
「そのように報告されております」
「その黒猫が、人知を超えた奇跡を起こす」
「はい」
「そして人々は、その黒猫へ料理を持っていく」
「はい」
「............なぜだ」
「私にも分かりかねます」
「なぜ誰も説明できぬのだ!」
報告が一件なら笑い飛ばせる。だが、あまりにも多い。しかも証言者の立場も種族も違う。国王として放置するわけにはいかなかった。
「実際に会った者から話を聞く」
国王は報告書から三人を選んだ。SSランク冒険者ガルバ。エレナ。そして、元・宮廷料理長アルフレッド。
「三人を呼べ」
こうして王国史上、おそらく初めてとなる。
**一匹の猫についての国王直々の事情聴取**
が行われることになった。
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第二章:黒猫様とは何者なのだ
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数日後。王城の一室。国王の前に、ガルバ、エレナ、アルフレッドの三人が並んでいた。
「お前たちを呼んだ理由は分かっているな」
ガルバが頷く。
「黒猫様のことでしょう」
「そうだ」
アルフレッドが嬉しそうに言う。
「ついに陛下も黒猫様にご興味を」
「違う。国家として無視できぬ報告が増えすぎたから確認するのだ」
国王は三人を見る。
「まず聞く。黒猫様とは何者なのだ?」
「黒猫様です」
ガルバが答えた。
「............」
国王は待った。続きはない。
「それは聞いた。種族や正体を聞いている」
ガルバが少し考える。
「黒猫様ですね」
「だからそれは分かっている!」
国王はエレナを見る。
「お前なら説明できるな?」
「もちろんです」
「よし」
「とても可愛らしい黒猫様です」
「情報が増えておらん!」
アルフレッドが深く頷く。
「特にお食事を召し上がっている時の――」
「まだお前には聞いていない!」
国王は額を押さえた。
「質問を変える。暗黒竜ヴァルグが、その黒猫に仕えているというのは事実か?」
「はい」
「なぜだ?」
「黒猫様ですから」
「説明になっておらん!」
ガルバは真顔だった。
「実際にお会いになれば分かります」
「その『会えば分かる』という報告も何度も読んだ!」
嫌な予感がした。ものすごく。
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第三章:奇跡とは何なのだ
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「正体については、ひとまず置く」
置きたくはない。だが、このままでは進まない。
国王はエレナを見る。
「奇跡について聞く。お前自身、黒猫様によって救われたのだな?」
「はい」
「具体的に、何をされた?」
「舐めていただきました」
「............もう一度」
「黒猫様に、舐めていただきました」
「治療魔法は?」
「使われていません」
「神聖術は?」
「少なくとも、私が知る術式ではありませんでした」
「薬は?」
「ありません」
「では、舐められたら治った、と?」
「はい」
国王は宰相を見る。宰相も目を逸らした。
「ガルバ。お前の場合は?」
「毛繕いをしていただきました」
「............」
「黒猫様の御手で」
「前脚だろう」
「御手です」
「猫の前脚だろう!」
「黒猫様の御手です」
「なぜそこだけ譲らん!」
国王は頭を抱えた。
「アルフレッド。お前は元宮廷料理長だ。多少は理性的な説明ができるだろう」
「もちろんでございます」
「味覚を失っていたお前に、何が起きた?」
「黒猫様が、私の料理を召し上がってくださいました」
「その後だ!」
「そして私は、再び味を感じられるようになりました」
「間が飛んでいる!」
「私にとっては、すべて繋がっております」
「余には繋がって見えん!」
三人とも嘘をついているようには見えない。それが何より厄介だった。
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第四章:そこだけは全員一致
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国王は最後の質問をした。
「その奇跡を受ける条件は何だ」
三人が同時に答えた。
「献上品です」
国王の目が細くなる。
「............そこだけは全員一致するのだな」
「黒猫様にお会いするのでしたら、献上品は欠かせません」
「特に、お食事を」
アルフレッドの目が料理人のものへ変わる。
「妥協してはなりません」
「なぜ急に全員の話が具体的になる」
「黒猫様のお身体は小さい。食べやすい大きさが重要です」
「味が濃すぎるものも避けた方がよいでしょう」
「量も多すぎない方がいい」
国王は三人を見た。黒猫の正体を聞けば「黒猫様です」で終わる者たちが、食事の話になると異様に詳しい。
「もうよい」
国王が立ち上がる。
「余が直接会う」
三人の目が輝いた。
「おお!」
「ついに!」
「では献上品を――」
「待て、アルフレッド」
「はい」
「今回は王宮料理長に作らせる」
アルフレッドの表情が変わった。
「陛下。それは慎重にお考えください」
「なぜ国家存亡の決断のような顔をする!」
「黒猫様への献上品ですので」
「猫の食事だろう!」
三人が同時に国王を見る。
「献上品です」
「............」
国王は何も言わなかった。
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第五章:王家の威信を懸けたカリカリ
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「猫のための料理を作れ」
王宮料理長は固まった。
「......猫、でございますか?」
「余にも分からん。とにかく最高のものを作れ」
王宮厨房では妙な緊張感の中、一匹の黒猫のためだけの料理が作られた。
王家の祝宴にしか出されない白金鶏。朝一番に届けられる濃厚な山羊乳。僅かな香草。塩分は極限まで抑え、香辛料は使わない。小さな口でも食べやすく、外は軽く、中はほろりと仕上げる。
そして完成した。
**【王家特製・白金鶏と濃厚ミルクの黄金焼きカリカリ】**
国王は完成品を前に腕を組んだ。
「余は......猫一匹に対して、なぜここまでしているのだ」
誰も答えられなかった。
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第六章:......猫だな
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地下100階層――【奈落の淵】。国王は数名の護衛とともに、ついにその場所へ足を踏み入れた。最初に見たものは、山のような漆黒の巨体――暗黒竜ヴァルグであった。
「............」
報告書で読むのと、実際に見るのとではまるで違う。巨大な黄金の瞳が国王を見下ろす。
『......王とやらか』
「そうだ。この国を治める者だ」
『黒猫様への献上品は』
「............持ってきた」
『ならばよい』
「判断基準はそこなのか?」
少し離れた場所には銀髪のハイエルフ、セリアがいる。
「ようこそお越しくださいました」
「うむ。それで、黒猫様はどこだ?」
セリアがそっと指差した。
「そちらです」
ふかふかの寝床。そこには一匹の黒猫が、腹を上にし、四本の脚を無防備に開いて――
「すぴー......」
――寝ていた。
「............」
国王は長いこと何も言わなかった。世界の理を超える奇跡。暗黒竜すら従える存在。各種族から敬われる黒猫様。目の前を見る。
「すぴー......」
腹が呼吸に合わせて、ふく、ふく、と動いている。
「............猫だな」
『貴様』
ヴァルグの黄金の瞳が光った。
「待て! 侮辱ではない! 余は事実を確認しただけだ!」
『黒猫様をただの猫と――』
「ただの、とは言っておらん!」
「ヴァルグ様」
セリアが間へ入った。国王は思った。
(ガルバたちは、よくここへ何度も来られるな)
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第七章:国王陛下、座布団になる
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「ニャ〜......」
クロが目を覚ました。前脚をぐーっと伸ばし、大きなあくび。そして、見慣れない人間を発見した。
「ニャ?」
国王とクロの目が合う。
「余が、この国の王だ」
「ニャ」
(知らない人ニャ)
クロが、とことこと近づく。護衛たちが緊張する。だがクロが見ていたのは国王本人ではない。背後へ垂れた、豪華なマント。厚く、柔らかく、ふかふか。
「............ニャ」
(いいところニャ)
とことこ、ぽすっ。国王のマントの裾で、クロが丸くなった。
「へ、陛下!」
「動くな」
「は?」
「今動けば踏むかもしれん。危ないだろう」
クロは満足そうに喉を鳴らす。
「ゴロゴロゴロ......」
ヴァルグが震えた。
『おお......! 黒猫様が御自ら、この者を御座としてお選びになられた!』
「余は座布団ではない」
『光栄に思え』
「思えるか!」
セリアが横を向く。肩が少し震えている。
「セリア」
「......はい」
「笑っておるな?」
「いいえ」
明らかに笑っていた。
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第八章:王家の献上品
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しばらくして、クロがマントから離れた。
「献上品を」
豪華な箱が開く。ふわっ。白金鶏と山羊乳の香り。クロの耳が、ぴんっ!
「ニャ!」
皿へ黄金色のカリカリが盛られる。くんくん。ぱく。サクッ。
「............ニャ!」
クロの目がまん丸になる。
「ニャニャニャ!」
サクサク、はぐはぐ。夢中で食べ始めた。
国王は腕を組んで見ている。
「............そんなに美味いのか」
クロが顔を上げる。
「ニャ!」
また食べる。国王の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
「......そうか」
最後の一粒まで綺麗に食べる。
「ニャ〜」
満足。それだけ。光も出ない。奇跡も起こらない。
国王は少し待った。クロは前脚を舐め始める。ぺろぺろ。
「......終わりか?」
「ニャ?」
「いや。何でもない」
それでいい。国王は病んでいない。怪我もしていない。救いを求めて来たわけでもない。クロにとっては、美味しいものを持ってきた知らない人。ただそれだけだった。
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第九章:なぜ仕えている
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「ヴァルグ。一つだけ聞きたい」
『なんだ』
「なぜ、お前ほどの存在がこの猫に仕えている?」
空気が少し変わった。ヴァルグはクロを見る。クロは食後の毛繕い中。
「ぺろぺろ」
『......我が決めたからだ』
「それだけか」
『それだけで十分だ』
ヴァルグは静かに続ける。
『黒猫様が何者であるかなど、我にはどうでもよい。我が見てきたもの。我が受けたもの。我が感じたもの。それがすべてだ』
「............」
『黒猫様は、黒猫様であられる』
国王が遠い目をした。
「結局そこへ戻るのか」
セリアが小さく笑った。国王は彼女を見る。
「お前もか?」
「私は......」
セリアはクロを見る。
「ここへ来る前は、自分の明日があるなんて思っていませんでした」
国王は黙って聞く。
「でも今は、明日のクロ様のブラッシングをどうしようかなって考えています」
「............」
「それで十分なんです」
国王はしばらくクロを見ていた。
「ニャ〜......」
クロは眠そうに目を細める。やがて国王が頷いた。
「......なるほどな」
『理解したか』
「いや。やはり猫だ」
『貴様ァ!』
「最後まで聞け!」
国王はもう一度クロを見る。
「猫ではある。だが――」
ほんの少しだけ笑った。
「ただの猫ではない。それは認めよう」
『......まあよい。特別に許してやろう』
「なぜお前に許されねばならん」
「ニャ〜」
クロのあくびが、二人の間へ割って入った。
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終章:これは外交である
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数日後。王城。王宮料理長が再び国王に呼び出された。
「先日のカリカリだが」
「はい」
「改良せよ」
「............はい?」
「次は魚を使ってみよ」
「魚、でございますか」
「白身がよいか。赤身がよいか......」
「陛下」
「なんだ」
「お気に召されたので?」
「誰がだ」
「陛下が」
「違う!」
国王は即答した。
「勘違いするな。国家として、あの存在と良好な関係を維持する必要がある」
「............」
「これは外交である」
「......承知いたしました」
料理長が退出する。国王は一人になった。
机の隅には一本の黒い毛。地下100階層で、クロがマントへ寝転んだ時に付着していたものだった。
「............」
手に取る。見る。捨てようとして。
「............まあ」
元の場所へ戻す。
「害はない」
誰に言い訳しているのか。自分でも分からない。
国王は再び書類へ目を落とす。数秒。そして、誰もいない執務室でぽつり。
「魚なら......何がよいのだろうな」
王国でまた一人。本人だけが認めていない。黒猫様の献上品について真剣に考える者が増えたのだった。
(第18話 完)
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