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【連載版】ダンジョン最深部の黒猫様は極上のカリカリをご所望です  作者: あずきまんま


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第17話:黒猫様、妖精の森へお散歩する

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第一章:本日は、お散歩日和

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地下100階層――【奈落の淵】。


「ニャ〜......」


クロは、ふかふかの寝床の上で大きく伸びをした。前脚をぐーっと前へ、お尻を高く上げて、尻尾の白い先端を、ゆらり。


「ニャ」


今日も平和である。セリアに毛並みを整えてもらい、美味しいカリカリを食べ、少し眠って、起きた。そして――。


「............ニャ」


クロは、じっと上を見た。もちろん地下100階層から空など見えない。だが、なんとなく。


(お外、行きたいニャ)


そんな気分だった。クロは寝床から降りる。とことこ。向かった先には、山のような漆黒の巨体を伏せた暗黒竜ヴァルグがいた。


「ニャー」


『黒猫様?』


すりっ。クロが巨大な前脚へ身体を擦りつける。そして、とことこと少し歩く。振り返る。


「ニャ」


また歩く。振り返る。


「ニャー」


ヴァルグの黄金の瞳が見開かれた。


『まさか......』


少し離れた場所でクロの寝床を整えていたセリアも顔を上げる。


「どうされたんですか?」


『黒猫様が......我をお誘いくださっている』


「お誘い?」


『御散歩だ』


「......あ」


セリアが微笑んだ。クロはまた出口の方へ歩き、振り返る。


「ニャ!」


(早く行くニャ)


『ただちに!』


ヴァルグが立ち上がる。最深部が震えた。


「ヴァルグ様、そのままでは......」


『む』


今日向かう地上には、人里に近い街道もある。山のような暗黒竜が歩けば、大騒ぎどころではない。ヴァルグの身体を黒い魔力が包む。巨体が縮み、翼が消え、鱗が肌へ変わる。やがてそこに立っていたのは――漆黒の燕尾服を完璧に着こなした、長身の美形執事。人里へ出る時だけ取る、ヴァルグの人型だった。


『これで問題あるまい』


「はい」


そしてセリアも今日は、クロの世話をしやすいように整えたメイド服姿だった。黒を基調とした服に白いエプロン。長い銀髪は邪魔にならないようまとめている。こうして――一匹の黒猫、一人の美形執事、一人の銀髪のハイエルフのメイドという、妙に目立つ三人組が地上へ向かうことになった。


地上。街道を歩く旅人たちは、時折その一行を振り返った。


「......すごい執事だな」


「メイドさん、ハイエルフじゃないか?」


「どこの貴族だ?」


「いや、主人らしい人がいないぞ」


「じゃあ、あの猫が主人なのか?」


冗談めかした言葉に、ヴァルグが僅かに振り返る。


『ほう。見る目のある人間もいるものだ』


「ヴァルグ様、反応しなくていいですから」


セリアが小声で止めた。その前を、クロは楽しそうに歩いていた。


「ニャ〜」


草。土。風。地下100階層にはない匂いがいっぱいある。くんくんと道端の花を嗅ぎ、ちょいと揺れる草へ猫パンチ。


「ニャッ」


飛んできた小さな虫を目で追う。そして、ひらひらとクロの目の前を、一匹の白い蝶が横切った。


「............ニャ」


クロの身体が止まった。耳が立つ。瞳孔が丸くなる。蝶が右へ動けば顔も右へ、左へ動けば顔も左へ。セリアが嫌な予感を覚えた。


「クロ様?」


クロのお尻が、ふり、ふりふりと揺れる。


『おお......黒猫様が狩りの構えを』


「感心している場合では――」


「ニャッ!!」


ダッ!


クロが走った。


「あっ! クロ様!」


『黒猫様!』


白い蝶を追って、クロは街道を外れ、そのまま森の中へ飛び込んでいった。





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第二章:光る虫を見つけたニャ

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「ニャニャッ!」


ひらひら。


「ニャッ!」


ひらひら。白い蝶は木々の間を抜けていく。クロは夢中で追いかけた。草を飛び越え、倒木をくぐり、岩へ飛び乗る。


「クロ様、お待ちください!」


後ろからセリアの声。さらに――。


『黒猫様! どうか我らを置いて行かれませぬよう!』


ヴァルグも追ってくる。人型とはいえ、中身は暗黒竜。クロを見失うことなどない。


やがて、白い蝶は高い木の上へ消えていった。


「ニャ......」


クロが木を見上げる。


(行っちゃったニャ)


尻尾が少し下がる。その時。きらっ。


「............ニャ?」


木々の奥で、何かが光った。きらきら。ふわふわ。青白い光。クロの耳が再び立つ。


(なんかいるニャ)


それは蝶より少し大きかった。けれど、飛んでいる。光っている。ふらふら動く。クロにとって、分類は一つしかない。


(新しい虫ニャ!)


お尻が、ふりふり。


「......ん?」


光の正体が振り返った。手のひらほどの大きさ。薄緑色の髪。透き通った四枚の羽。小さな少女の姿。妖精だった。


妖精はクロを見た。


「猫?」


クロは妖精を見た。


「ニャ」


一秒。二秒。


「ニャッ!」


クロが飛びかかった。


「きゃあああああああああっ!?」


妖精が逃げる。ひゅん!クロが追う。ダダダッ!


「ちょ、ちょっと! 何なのこの猫ぉぉぉ!」


「ニャニャッ!」


(速いニャ!)


妖精は木の間を縫って飛ぶ。クロは地面を駆ける。


「来ないで! 来ないでってば!」


「ニャー!」


(待つニャー!)


そこへ。


「クロ様ー!」


セリアが追いついてきた。妖精の顔がぱっと明るくなる。


「人!?」


いや、耳を見る。


「ハイエルフ!?」


助かった。妖精はそう思った。


「ちょっと! あなたの猫でしょ!? どうにかしてよ!」


「ご、ごめんなさい!」


セリアが必死にクロを追う。


「クロ様! その方は虫ではありません!」


「ニャ?」


クロが一瞬止まる。妖精も止まる。


「そうよ! 私は妖精! 虫じゃ――」


きらきら。羽が光る。クロの目が、再び丸くなる。


「ニャッ!」


「なんでぇぇぇぇぇ!?」


再び追跡開始。


「クロ様ぁ!」


さらに後ろから。


『黒猫様、お待ちください!』


燕尾服姿のヴァルグが現れる。妖精が叫んだ。


「今度は執事!?」


一匹と三人。森の奥へ奥へと進んでいく。


その時だった。ガサッ!茂みが大きく揺れた。


「グルルルル......」


巨大な牙を持つ魔獣が飛び出す。妖精の顔が青ざめた。


「森牙狼!?」


Aランク魔獣。しかも三頭。


「まずい!」


妖精が方向を変えようとする。だが、森牙狼の一頭がクロへ飛びかかった。


「危ない!!」


妖精が叫ぶ。ヴァルグの目が、すっと細くなった。


『――失せろ』


ドンッ!!


何かが弾けた。三頭の森牙狼が、一瞬で、遥か彼方へ吹き飛んだ。木々の向こうから、どごおおおん!という音だけが響く。


「............」


妖精が止まった。クロも止まる。


「ニャ?」


(なんか飛んでったニャ)


妖精が、ゆっくりとヴァルグを見る。燕尾服。整った顔。どう見ても執事。


「............あなた」


『なんだ』


「何者なの?」


『黒猫様の御供をする者だ』


「そうじゃなくて!」


ヴァルグは不思議そうに妖精を見る。


『ただの暗黒竜だが』


「ただの暗黒竜って何よぉぉぉぉぉ!?」


森中に、妖精の悲鳴が響いた。





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第三章:枯れた妖精の森

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妖精の名は、リリィ。森の奥にある妖精の集落に暮らしているという。


「お願いだから、もう追いかけないでね?」


「ニャ?」


リリィがクロへ言い聞かせる。クロは座っている。尻尾の先が、ゆら、ゆら。リリィが少し飛ぶ。クロの顔が動く。


「......絶対まだ狙ってる」


「ごめんなさい......」


セリアが申し訳なさそうに頭を下げる。


『黒猫様に遊戯相手として選ばれるとは、光栄なことであろう』


「命がいくつあっても足りないわよ!」


「ニャ〜」


クロには何のことか分からない。そんなやり取りをしながら、一行は森のさらに奥へ進んだ。


そして、クロが止まった。


「......ニャ?」


それまでとは、匂いが違う。草が少ない。花もない。木々の葉が茶色く変色している。虫の音も、鳥の声も、聞こえない。


「ニャ......」


クロは鼻をひくひくさせた。


(ここ、変な匂いするニャ)


リリィの表情が沈む。


「ここから先が......私たちの森なの」


「これが......?」


セリアが周囲を見る。森は、死にかけていた。さらに奥へ進む。やがて巨大な樹が見えてきた。何十人もの人間が手を繋いでも囲めないほど太い幹。本来なら空を覆うほどの枝葉を持っていたのだろう。だが今は、葉の大半が落ち、枝は乾き、幹には黒い筋が走っている。


「精霊樹......」


リリィが呟く。


「私たち妖精の森を支えている樹よ」


セリアが目を見開く。


「こんなに弱って......」


「三か月くらい前からなの。急に森の魔力が濁り始めて」


妖精たちは原因を探した。水。土。病気。魔物。何を調べても分からなかった。そして、精霊樹が弱るにつれ、妖精たちも力を失い始めた。


「私も原因を探してたの」


リリィは自分の羽を見る。よく見ると、光が弱い。


「でも、何も見つからなくて......」


クロは、話など聞いていなかった。とことこと精霊樹へ近づく。


「クロ様?」


くんくんと根元を嗅ぐ。


「ニャ......」


変な匂い。クロは少し場所を変える。くんくん。また移動。そして、一本の太い根の前で止まった。


「ニャ」


土を嗅ぐ。


(ここニャ)


前脚を上げる。ざっ。土を掻く。ざっ。ざっ。


「クロ様?」


セリアが近づく。


『黒猫様が何かを見つけられた』


ヴァルグも目を細める。クロは気にせず、ほりほり。ほりほり。


「ニャッ」


土が飛ぶ。セリアのスカートに土が付く。


「わっ」


さらに、ほりほり。そして、カツン。クロの爪が、何かに触れた。


「ニャ?」


黒いものが、土の中から覗いている。リリィの顔色が変わった。


「......なに、それ」


セリアも息を呑む。土の中に埋まっていたのは、拳ほどの黒い結晶。表面から、ねっとりとした黒い魔力が滲み出している。ヴァルグの表情が変わった。


『呪核か』


「呪核?」


『周囲の生命力と魔力を吸い上げ、土地そのものを蝕む呪物だ』


リリィの顔が真っ青になる。


「じゃあ......これが......!」


森を枯らしていた原因。精霊樹の根へ直接埋め込まれ、少しずつ、少しずつ、森全体を殺していた。


「誰がこんなものを......」


セリアが呟く。だが、クロにとっては、そんなことはどうでもよかった。黒い。丸っこい。転がりそう。


「ニャ?」


前脚を伸ばす。リリィが叫ぶ。


「触っちゃダメぇぇぇぇぇ!!」





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第四章:黒猫様、呪いで遊ぶ

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ちょい。クロの肉球が、呪核へ触れた。


「クロ様!」


セリアが息を呑む。リリィは両手で顔を覆った。だが。


「............ニャ?」


何も起きない。いや、呪核から伸びた黒い魔力がクロへ触れようとして――ふっ。消えた。【絶対不可侵領域】。クロ本人が害と認識するまでもなく、クロを蝕もうとした呪いは、その身体へ届くことすらできなかった。


クロは、そんなことなど知らない。


「ニャ」


もう一度。ちょい。ころ。呪核が転がった。クロの耳が立つ。


(動いたニャ)


ちょい。ころころ。


「ニャッ!」


クロの尻尾が上がる。リリィが震える。


「ちょ......それ、森を殺しかけてる呪物なんだけど......」


ちょい。ころ。


「ニャニャッ!」


クロは楽しくなってきた。右。左。右。猫パンチ。猫パンチ。猫パンチ。


『おお......!』


ヴァルグが感動する。


『黒猫様が邪悪なる呪いを弄ばれておられる!』


「本当に遊んでいるだけだと思います!」


セリアが叫ぶ。クロの前脚が、少し強めに振られた。ぺしっ。パキ。


「............」


全員が止まった。呪核に、一本の亀裂。クロも止まる。


「ニャ?」


(音したニャ)


もう一発。ぺしっ。パキパキッ。


「え?」


リリィの口が開く。クロの目が輝く。


(これ、割れるニャ!)


両前脚。高速。ぺしぺしぺしぺしぺしっ!


「ニャニャニャニャッ!」


「ちょ、ちょっと待って!」


パキパキパキパキ――!


そして、最後の一撃。


「ニャッ!」


バキィン!!


呪核が、粉々に砕け散った。一瞬、森が静まり返る。次の瞬間、ぶわっと黒い靄が、精霊樹の根から噴き出した。


「きゃっ!」


セリアが顔を庇う。だが黒い靄は、風に溶けるように、消えていった。


そして、ぽう。精霊樹の幹が、淡く光った。


「......え?」


リリィが振り返る。黒い筋が、消えていく。一本、また一本。枯れていた枝の先に、小さな緑色が生まれる。ぷく。新芽。さらに、ぷく。ぷくぷく。次々と、新しい葉が芽吹いていく。地面から、草が顔を出す。萎れていた花が、ゆっくりと、開く。遠くで、鳥の声がした。


「............」


リリィは、何も言えなかった。三か月、何をしても止められなかった森の死が、止まった。目の前では、その原因を粉々にした黒猫が、砕けた呪核の欠片を、ちょい、ちょいと転がしている。


「............あなた」


リリィの目から、涙が落ちた。


「何なのよ......」


クロが顔を上げる。


「ニャ?」


(光る虫、泣いてるニャ)





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第五章:妖精たちの献上品

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精霊樹が回復し始めたことで、隠れていた妖精たちが、一匹、また一匹と姿を現した。


「リリィ!」


「精霊樹が!」


「葉っぱが戻ってる!」


「何があったの!?」


妖精たちが集まる。そして、クロを見る。セリアを見る。最後に、ヴァルグを見る。


「............」


「............」


「............暗黒竜?」


『いかにも』


「「「きゃああああああああ!!」」」


妖精たちが一斉に逃げた。


『なぜ逃げる』


「ヴァルグ様ですから......」


「ニャ?」


しばらくして、リリィの必死の説明によって、どうにか妖精たちは戻ってきた。そして、クロの前へ、森中から集めた贈り物が並べられた。花の蜜。甘い木の実。香りの良い果実。妖精たちが焼いた小さな菓子。


「森を助けてくれて、ありがとう」


リリィが頭を下げる。他の妖精たちも続く。クロは。


「ニャ?」


よく分からない。ただ、目の前に食べ物がいっぱいある。


「ニャ〜!」


ぱく。


「クロ様、ゆっくり召し上がってくださいね」


セリアが微笑む。ヴァルグは腕を組み、満足そうに頷いている。


『当然の礼ではあるが、悪くない』


「なんであなたが偉そうなのよ」


リリィが突っ込む。その時、クロの鼻が、ひく。


「............ニャ?」


たくさんの贈り物の中、一本の細い枝。銀色の葉。紫色の小さな実。クロが近づく。くん。


「............」


くんくん。


「ニャ......?」


リリィが気づいた。


「あ。それ?」


セリアが尋ねる。


「何なんですか?」


「月酔樹。妖精の森に生える霊木よ。私たちには普通の薬草なんだけど――」


クロが、もう一度嗅ぐ。くん。


「............ニャァ」


身体が、ふら。セリアが目を見開く。


「クロ様?」


クロは、その場に、ごろん。


「ニャァ〜〜〜♡」


「クロ様!?」


ごろごろ。すりすり。前脚で枝を抱える。


「ふにゃぁぁぁ〜♡」


完全に、酔っていた。リリィが目を丸くする。


「えっ。猫にはそんな効き方するの?」


「私も初めて見ました......!」


クロはごろんごろん転がる。そして、ふらふら立ち上がり、向かった先は、ヴァルグ。


『黒猫様?』


すりぃぃぃぃ。クロが、ヴァルグの脚へ、全身で甘える。


「ニャァ〜♡」


『............』


ヴァルグが固まった。


「ニャ〜」


すりすり。


『............』


ヴァルグの肩が、震え始めた。


『黒猫様が......』


「ヴァルグ様?」


『黒猫様が、我に......これほどまで......』


黄金の瞳から、涙。


『この森は素晴らしい』


「え?」


ヴァルグが妖精たちを見る。


『ここを我が領地とし、この霊木を永遠に保護――』


「やめてください!!」


妖精たちの絶叫が、蘇り始めた森に響き渡った。





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終章:また来るニャ

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夕暮れ。クロたちは妖精の森を後にした。月酔樹の枝は、セリアが厳重に包んで持っている。


「これは少しずつにしましょうね」


「ニャ〜」


まだ少し酔っているクロは、ヴァルグの腕の中。普段なら自分で歩きたがるのに、今日は。


「ふにゃ......」


燕尾服の胸元へ顔を埋め、ごろごろ喉を鳴らしている。


『............』


ヴァルグは、先ほどから一言も喋らない。


「ヴァルグ様?」


『......セリア』


「はい」


『我は今日という日を、生涯忘れぬ』


「そうですか......」


『黒猫様が我が胸に御顔を預け――』


「月酔樹のせいです」


『我が腕の中で喉を鳴らされ――』


「月酔樹のせいです」


『我を信頼し、すべてを委ねて――』


「たぶん月酔樹のせいです」


『............』


ヴァルグは聞かなかったことにした。


森の入口。リリィが小さな手を振っている。


「また来てねー!」


クロの耳がぴくりと動く。


「ニャ〜」


(また来るニャ)


もちろん、クロが覚えているのは、妖精の森を救ったことでも、精霊樹でも、呪いでもない。光って飛ぶ、面白い虫みたいな友達と、美味しい木の実と、とても気持ちよくなれる、不思議な枝。ただそれだけ。


その夜、地下100階層【奈落の淵】へ帰ると、ヴァルグは本来の暗黒竜の姿へ戻った。クロは巨大な頭の上へ登り、いつもの場所で丸くなる。


「すぴー......」


すぐに眠った。セリアはその姿を見上げ、小さく笑う。


「楽しいお散歩でしたね」


『うむ』


ヴァルグも静かに答えた。


『黒猫様のお導きにより、一つの森が救われた』


「蝶々を追いかけていただけですけどね」


『そして邪悪なる呪いを見抜き――』


「匂いが気になっただけだと思います」


『呪核を御自ら打ち砕かれた』


「遊んでましたね」


『............』


「............」


ヴァルグは、静かにクロを見上げた。


『結果がすべてだ』


「それは......そうですね」


二人は顔を見合わせる。そして、眠るクロを見る。


「すぴー......」


尻尾の白い先が、夢の中で何かを追いかけるように、ぴく、ぴくっと動いていた。


(第17話 完)


ご覧いただきありがとうございます!


「面白い!」「クロ様がかわいい!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、

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