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『行ってはいけない場所に行った人だけが書き込める怪談集』幽霊より怖いのは、そこに置き去りにされた人間の悪意だった。  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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11/11

赤い傘の踏切

 雨の日だけ、閉まる踏切がある。


 もう十年以上前に廃線になった、町外れの小さな踏切。


 線路は錆び、枕木の間には雑草が伸び、遮断機のバーは片方だけ折れたまま残っている。近くに駅はなく、周りには古い住宅と、閉店した喫茶店と、月極駐車場しかない。


 けれど、雨の夜。


 午前零時十二分。


 そこを通ると、鳴るはずのない警報音が鳴るという。


 カン、カン、カン、カン。


 赤いランプが点滅し、折れた遮断機がゆっくり下がる。


 そして、線路の向こうに、赤い傘を差した女が立っている。


 女は顔を上げない。


 ただ、傘の下からこう尋ねる。


「ねえ、あの人に何て言ったの?」


 答えてはいけない。


 嘘をついてはいけない。


 もし、その女の前で過去の嘘を隠そうとすれば、次の朝、あなたが一番守りたかった場所に、その嘘が届く。


 だから地元の人間は、雨の夜、その踏切を通らない。


 誰かに言えないことがある人間ほど、絶対に。


     *


 篠原莉子は、結婚式を三週間後に控えていた。


 相手は、大学時代の同級生だった藤堂雅也。


 広告会社勤務。


 背が高く、誰にでも穏やかで、仕事もできる。


 友人たちからは、ずっと言われてきた。


「莉子って本当に勝ち組だよね」


「雅也くん、優しいし、見た目もいいし」


「大学の時からお似合いだったもんね」


 そのたびに莉子は、少し困ったように笑った。


「そんなことないよ」


 そう言いながら、内心ではその言葉を何度も味わっていた。


 勝ち組。


 お似合い。


 選ばれた女。


 莉子は昔から、そう見られたかった。


 派手に目立つタイプではなかった。


 成績も、顔も、家柄も、何もかも中の上。


 悪くはない。


 けれど、誰かの一番にはなれない。


 そんな自分が嫌いだった。


 大学で雅也と出会った時、莉子は初めて「この人に選ばれたい」と思った。


 そして、雅也の隣にはいつも別の女がいた。


 小野寺春奈。


 莉子の親友だった。


 春奈はよく笑う子だった。


 綺麗というより、目を引く子。


 人の話を聞く時、少し身を乗り出す癖があった。雨の日には必ず赤い傘を差していた。安物の傘なのに、春奈が持つと妙に絵になった。


 雅也は、春奈が好きだった。


 誰が見ても分かった。


 春奈も、たぶん雅也が好きだった。


 それでも二人はなかなか付き合わなかった。


 友達のままでいる時間が長すぎて、一歩踏み出せないように見えた。


 莉子は、ずっとその横にいた。


 相談に乗る親友として。


 雅也の話を聞く女友達として。


 二人がうまくいくように応援している顔をして。


 本当は、ずっと待っていた。


 どちらかが傷つく瞬間を。


     *


 春奈が死んだのは、大学四年の梅雨だった。


 あの日も雨だった。


 場所は、町外れの古い踏切。


 まだその頃は廃線ではなかったが、一日に数本しか電車が通らない寂れた路線だった。


 春奈は夜、そこで列車にはねられた。


 事故か、自殺かは分からない。


 警察は事故として処理した。


 傘を差したまま踏切に入ったところ、足を滑らせたのだろうと。


 大学では、しばらくその話で持ちきりになった。


 春奈はどうしてあんな場所にいたのか。


 誰かと会う約束をしていたのか。


 何か悩んでいたのか。


 その時、莉子は泣いた。


 たくさん泣いた。


 葬儀でも、誰よりも泣いた。


 周りは言った。


「莉子、本当に春奈と仲良かったもんね」


「一番つらいよね」


「雅也くんもショックだろうけど、莉子も無理しないで」


 莉子はその言葉に縋った。


 親友を亡くしたかわいそうな女。


 その立場に隠れれば、誰も莉子を責めなかった。


 雅也も、傷ついていた。


 春奈の死後、雅也はしばらく大学に来なくなった。


 莉子は何度も連絡した。


『大丈夫?』


『無理しないで』


『春奈も、雅也が自分を責めるのは嫌だと思う』


 最初は返事がなかった。


 けれど、少しずつ雅也は返信するようになった。


 莉子は、雅也の悲しみに寄り添った。


 春奈の思い出を一緒に話し、泣き、励まし、そばにいた。


 一年後、雅也と莉子は付き合い始めた。


 誰も何も言わなかった。


 むしろ、よかったねと言われた。


 春奈もきっと喜んでいるよ、と。


 その言葉を聞くたび、莉子は胸の奥で何かが冷えるのを感じた。


 喜んでいるわけがない。


 そんなことは、莉子自身が一番よく知っていた。


     *


 結婚式の招待状を出し終えた頃から、莉子のスマホに妙な通知が届くようになった。


 最初は、知らないアカウントからのメッセージだった。


 アイコンは赤い傘。


 ユーザー名は、H。


『結婚するんだね』


 莉子は、見た瞬間に削除した。


 悪戯だ。


 大学時代の誰かかもしれない。


 春奈のことを知っている誰かが、面白がっているのだ。


 そう思った。


 翌日、また届いた。


『雅也には言った?』


 莉子は胸がざわついた。


 何を。


 何を言ったというのか。


 いや、言っていないことはある。


 たくさんある。


 けれど、証拠はない。


 もう十年近く前の話だ。


 誰も覚えていない。


 覚えていたとしても、今さらどうしようもない。


 莉子はブロックした。


 三日目。


 今度は、結婚式場の担当者から電話が来た。


『篠原様宛に、お届け物がありまして』


「届け物?」


『赤い傘です』


 莉子は言葉を失った。


『お心当たりはございますか?』


「……ありません。処分してください」


『ただ、メッセージカードが』


「読み上げなくていいです」


 声が強くなった。


 電話の向こうの担当者が少し黙る。


『かしこまりました』


 切ったあと、莉子はしばらく動けなかった。


 雅也には言えなかった。


 最近、春奈の名前で変な連絡が来る。


 そう言えば、雅也は必ず聞く。


 どうして春奈が?


 何か心当たりがあるの?


 その問いに、莉子は耐えられる気がしなかった。


     *


 心当たりは、ある。


 春奈が死ぬ二日前。


 莉子は、雅也に嘘をついた。


『春奈、他に好きな人がいるみたい』


 大学近くのカフェだった。


 雅也は驚いた顔をした。


『誰?』


『名前は聞いてない。でも、就職先の先輩って言ってた』


『春奈が?』


『うん。雅也には言いにくいって』


 雅也は黙った。


 莉子は、そこでやめればよかった。


 けれど、止まらなかった。


『春奈って、優しいから。雅也を傷つけたくなくて曖昧にしてるんだと思う』


 それは、もっともらしい嘘だった。


 春奈が言いそうな優しさを借りた、ひどい嘘。


 雅也はその日から、春奈と距離を置いた。


 春奈は困惑した。


 莉子に相談してきた。


『雅也、何か怒ってるのかな』


『分からない』


 莉子は知らないふりをした。


『私、何かしたかな』


『春奈は何もしてないよ』


 その言葉だけは、本当だった。


 春奈は何もしていなかった。


 そして、春奈が死ぬ前日。


 莉子は春奈にも嘘をついた。


『雅也、しばらく春奈と距離置きたいって』


 大学の廊下。


 雨の日。


 春奈は赤い傘を持っていた。


『どうして?』


『分からない。でも、春奈に期待させるのがつらいって』


『期待?』


『春奈のこと、恋愛対象としては見られないって言ってた』


 春奈の顔が、少しずつ白くなった。


 莉子は見ていた。


 自分の言葉が、春奈の胸に刺さっていくのを。


 それでも続けた。


『ごめん。言わないほうがよかったよね。でも、春奈が傷つく前に知っておいたほうがいいと思って』


 春奈は笑った。


 泣く前の、無理に作った笑顔。


『ありがとう、莉子』


 そのありがとうが、今でも耳に残っている。


 春奈はその夜、雅也に電話をかけたらしい。


 雅也は出なかった。


 春奈から距離を置きたかったのだと、あとから言っていた。


 翌日、春奈は死んだ。


 莉子は誰にも言わなかった。


 自分が二人の間に嘘を置いたことを。


     *


 式の打ち合わせの帰り道、雨が降り出した。


 雅也は仕事で来られず、その日は莉子一人だった。


 式場の担当者と最終確認をし、引き出物の数を調整し、席次表の修正をした。


 幸せなはずなのに、帰りの電車で莉子はずっと落ち着かなかった。


 スマホには、また赤い傘のアカウントからメッセージが来ていた。


 ブロックしたはずなのに。


『今日、通るよね』


 莉子は画面を閉じた。


 何を。


 どこを。


 そう思った瞬間、車内アナウンスが流れた。


『次は、北町。北町です』


 莉子の心臓が跳ねた。


 北町。


 春奈が死んだ踏切のある町。


 今日は本来、そこで降りる予定ではなかった。


 けれど、雨の影響で乗っていた路線が遅れ、乗り換え案内が変わっていた。


 北町で降り、タクシーに乗ったほうが早い。


 スマホの乗換案内は、そう表示している。


 莉子は迷った。


 次の駅まで行けばいい。


 遠回りでもいい。


 そう思った。


 だが、車内は混んでいて、雨に濡れた人々の匂いがこもっていた。頭が痛い。早く帰りたい。明日も仕事がある。


 春奈の踏切なんて、駅から離れている。


 わざわざ通らなければいいだけだ。


 莉子は北町で降りた。


 タクシー乗り場には長い列ができていた。


 雨は強くなる。


 スマホの地図を見ると、駅の裏手を抜ける道が表示された。


 古い踏切の近くを通る道。


 そこを抜ければ、大通りに出られる。


 莉子は傘を開いた。


 白い傘。


 結婚式の打ち合わせ用に買った、上品な傘だった。


 雨の夜の町は、記憶より暗かった。


 閉店した商店。


 濡れたアスファルト。


 点滅する街灯。


 そして、踏切。


 もう使われていないはずの線路。


 錆びた警報機。


 折れた遮断機。


 莉子は足を止めた。


 通らない。


 別の道へ行こう。


 そう思った瞬間。


 カン、カン、カン、カン。


 警報音が鳴った。


 莉子は傘の柄を握りしめた。


 赤いランプが点滅している。


 折れているはずの遮断機が、ぎい、と音を立てて少しだけ下がった。


 線路の向こう。


 赤い傘を差した女が立っていた。


     *


 顔は見えない。


 傘の下で、女はうつむいている。


 雨が赤い傘を叩く音だけが、妙にはっきり聞こえた。


 莉子は後ずさった。


 踏切の警報音は鳴り続けている。


 カン、カン、カン、カン。


 女が言った。


「ねえ」


 春奈の声だった。


「雅也に、何て言ったの?」


 莉子は息を止めた。


 答えてはいけない。


 嘘をついてはいけない。


 噂を思い出す。


 でも、こんなのはありえない。


 春奈は死んだ。


 十年近く前に。


 これは悪戯だ。


 誰かが春奈の声を真似しているだけ。


「誰?」


 莉子は震える声で言った。


「誰なの?」


 赤い傘の女は、少しだけ首を傾げた。


「莉子」


 その呼び方で、もう駄目だった。


 春奈はいつも、莉子の名前を少し柔らかく呼んだ。


 怒っている時も、困っている時も。


 親友だったから。


「雅也に、何て言ったの?」


「何も」


 反射的に答えていた。


 赤いランプが一瞬、強く光った。


 警報音が大きくなる。


 カン、カン、カン、カン。


「嘘」


 春奈の声は静かだった。


「また嘘」


「違う!」


「私には、何て言ったの?」


 莉子の足元で、水たまりが揺れた。


 そこに、十年前の自分が映った。


 大学の廊下。


 雨の日。


 赤い傘を持つ春奈。


 その前で、莉子が言っている。


『雅也、春奈のこと恋愛対象としては見られないって』


 水たまりの映像が乱れる。


 次に、カフェ。


 雅也の前で莉子が言う。


『春奈、他に好きな人がいるみたい』


 莉子は傘を落とした。


「やめて……」


「どうして?」


 春奈の声が近づいた。


 赤い傘の女は、線路の向こうにいるはずなのに。


 声だけが耳元に来る。


「私、莉子に何かした?」


 莉子は首を振った。


 春奈は何もしていない。


 何もしていなかった。


 ただ、雅也に好かれていただけ。


 ただ、莉子より先に選ばれそうだっただけ。


「莉子」


 春奈が言った。


「私、本当に雅也のこと好きだったんだよ」


 その言葉に、莉子の胸がひどく痛んだ。


 知っていた。


 知っていたから、壊した。


「でも、莉子のことも好きだった」


 やめて。


 そう思った。


 責めてくれたほうがよかった。


 恨んでいると言ってくれたほうが、まだ言い返せた。


「だから、分からなかった」


 春奈の声は、雨に滲んでいる。


「雅也に避けられて、莉子にああ言われて、私、何を信じればいいか分からなかった」


 踏切の向こうから、古い電車の音が聞こえた。


 廃線なのに。


 もう電車など来ないはずなのに。


 遠くから、鉄の軋む音が近づいてくる。


 莉子は叫んだ。


「私は殺してない!」


 赤い傘の女は黙った。


「春奈が勝手にあそこに行ったんでしょ! 私は嘘をついただけ。そんなことで死ぬなんて思わなかった!」


 言った瞬間、自分の声が雨の中に裸で落ちた。


 嘘をついただけ。


 そんなことで。


 莉子は口を押さえた。


 春奈は、ゆっくり顔を上げた。


 傘の下にあったのは、血まみれの顔ではなかった。


 潰れた顔でも、恨みに歪んだ顔でもない。


 大学時代のままの春奈だった。


 少し悲しそうで、少し困ったような顔。


「うん」


 春奈は言った。


「莉子は、私を殺してない」


 その一言が、莉子を救うことはなかった。


「でも、私が最後に信じていたものを、全部嘘にした」


 莉子は膝から崩れ落ちた。


 警報音が止まらない。


 スマホが震えた。


 画面には、投稿サイト「夜見帳」の編集画面が開いている。


 開いた覚えはない。


 タイトル欄には、すでに文字が入っていた。


 赤い傘の踏切。


 本文欄に、文字が入力され始める。


 私は、親友に嘘をついた。


 親友の好きな人に、親友には別に好きな人がいると嘘をついた。


 親友には、その人があなたを恋愛対象として見られないと言った。


 どちらも嘘だった。


 理由は、嫉妬だった。


 私は親友の隣にいる男がほしかった。


 親友の明るさが嫌いだった。


 親友が悪気なく人に好かれることが、許せなかった。


「やめて……」


 莉子はスマホを叩いた。


 画面は割れない。


 文字は止まらない。


 私は親友の死後、泣いた。


 親友を失ったかわいそうな女として、彼のそばにいた。


 彼の悲しみに寄り添いながら、本当はその悲しみを利用した。


 私は、彼と結婚する。


 でも彼は知らない。


 自分がかつて好きだった人との間に、私がどんな嘘を置いたのかを。


 莉子は泣きながら首を振った。


「お願い、春奈。結婚式だけは……」


 春奈は、線路の向こうで静かに言った。


「私は、式に呼ばれてないよ」


 莉子は息を呑んだ。


 招待状。


 春奈の名前はもちろんない。


 当たり前だ。


 死んでいるのだから。


 けれど、大学時代の友人たちは何人も呼んだ。


 春奈の思い出話をする人もいるだろう。


 きっと誰かが言う。


 春奈も喜んでるね。


 その言葉を、莉子はまた黙って受け取るつもりだった。


 スマホの画面に最後の一文が入力された。


 春奈が喜んでいるかどうかなんて、私は一度も考えていなかった。


 春奈がいない世界で、自分が選ばれた女として幸せになることだけを考えていた。


 投稿ボタンが押された。


     *


 警報音が止まった。


 赤いランプも消えた。


 莉子が顔を上げると、踏切の向こうに春奈はいなかった。


 赤い傘だけが、線路脇に落ちていた。


 莉子は立ち上がり、ふらふらと歩いて傘を拾った。


 濡れているのに、妙に軽かった。


 その内側に、黒いマジックで文字が書かれていた。


 莉子へ。


 字は、春奈のものだった。


 莉子は傘を放り出し、走った。


 家に着いた時には、雅也から何度も着信が入っていた。


 友人たちからも。


 式場からも。


 投稿は、すでに拡散されていた。


 匿名掲示板にも、大学時代の友人グループにも、結婚式の出席者の間にも。


 夜見帳の記事は、誰かがスクリーンショットを撮っていた。


 削除できない。


 スマホを震える手で開くと、雅也からメッセージが来ていた。


『本当なのか』


 それだけだった。


 莉子は何度も返信を書こうとした。


 違う。


 誤解。


 昔のこと。


 春奈の死とは関係ない。


 どれも打っては消した。


 嘘を重ねることだけは、もうできなかった。


 やがて雅也から、もう一通届いた。


『春奈から、あの日電話が来ていた。俺は出なかった。莉子から聞いた話を信じていたから』


 莉子は画面を見つめた。


『俺も、春奈に謝らなきゃいけない』


 それを読んだ時、莉子は初めて、自分だけが悪者になることに耐えられないと思った。


 まただ。


 自分はまだ、罪の重さよりも、自分がどう見られるかを気にしている。


 そのことに気づいて、吐き気がした。


     *


 結婚式は延期になった。


 雅也とは、話し合いになった。


 別れるかどうかは、すぐには決まらなかった。


 雅也にも春奈への後悔があった。


 莉子への怒りもあった。


 自分が春奈の電話に出なかったことへの罪悪感もあった。


 二人の関係は、式場の花のように簡単には片づかなかった。


 大学時代の友人たちからは、ほとんど連絡が来なくなった。


 何人かは、厳しい言葉を送ってきた。


『春奈の親友の顔してたのが一番怖い』


『雅也くんと結婚する前に分かってよかった』


『でも、私たちも何も知らずに春奈も喜んでるとか言ってた。ごめん』


 最後のメッセージが、莉子には一番つらかった。


 責められるよりも、誰かが自分の言葉を反省することのほうが痛かった。


 自分だけが、ずっと反省しない側にいたのだと思い知らされるから。


     *


 数日後、投稿サイト「夜見帳」に掲載された「赤い傘の踏切」は、さらに読まれていた。


 コメント欄には、さまざまな声が並んだ。


『恋愛ホラーかと思ったら人怖だった』


『こういう女、普通にいる』


『親友のふりして一番近くで壊すの怖すぎる』


『でも雅也も電話出なかったんだよな』


『春奈が最後まで怒鳴らないのがきつい』


『赤い傘ってだけでもう怖い』


 その中に、一件だけ、赤い傘のアイコンからコメントがついた。


『雨の日は、本当のことがよく聞こえる』


 そのコメントは、数分後に消えた。


 北町の踏切は、今も残っている。


 廃線の撤去工事は何度か計画されたが、そのたびに雨で延期になったという。


 地元の人間は、今でも雨の夜にそこを通らない。


 午前零時十二分。


 カン、カン、カン、カン。


 鳴るはずのない警報音が鳴り、赤いランプが点滅する。


 線路の向こうに、赤い傘を差した女が立っている。


 もし彼女に尋ねられたら。


「ねえ、あの人に何て言ったの?」


 その時は、嘘をついてはいけない。


 雨の日の踏切では、言葉は濡れて重くなる。


 軽い嘘のつもりで投げたものでも、誰かの胸に沈んで、そのまま二度と浮かんでこないことがある。


 そして、あなたが忘れたふりをしても。


 赤い傘の下の誰かは、ずっと覚えている。

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